ツーリング・キャンプ仲間のおじさんがピンク髪の美少女になってた件 作:キサラギ職員
秋深まる頃合い。
甲府。山梨県の国中地方に位置する市。山梨県の県庁所在地及び最大の都市で、文字通り甲府盆地の中央に位置している。西を南アルプス、南を富士山と、風光明媚で絶景が楽しめる場所である反面、ライダーの天敵である情け容赦ない盆地特有の高気温な場所でもある。ワインの産地でもあり、数多くのワイナリーが軒を連ね、季節になればシャインマスカットや桃があちこちで栽培されている様子を見ることができる。
『浩庵キャンプ場、い か な い か』
『ネタが古い』
『しくしく』
『別にいいけど。暇だし』
『ルートとしては、甲府に行って観光してから洪庵キャンプ場で一泊して帰る』
『いいんとちゃう。バイクは直った?』
『直った。外装取り換えるだけだったので』
『代車はもらわなかったん』
『50ccのスクーターしかないって言われた』
『なるほど』
というやり取りの後、いつものようにツーリングセットに道具類をしまい、荷物を後部座席に括り付け、高速道路に進む。ちなみに、隣には飛鳥がいる。
「一緒に出られるって言うのはいいもんだねぇ」
「せやな」
いつもならサービスエリアで合流するのに、なぜ一緒に家を出られるのか。それは同棲を始めたからだ。
まず、引っ越しそのものは簡単であったのだが、引っ越しの準備が大変だった。というのも飛鳥の部屋に招かれて行って呆れたのがその“汚さ”である。生ごみこそ捨ててあるのだが、読んだ雑誌が群れを成し、服は畳まず置かれ、床には空き缶が積まれておりそれはそれは酷い部屋であった。
だが、彩人は、なんとなくそうであろうことを察していたのだ、初日にいきなり引っ越し業者を呼ぶなどということはしなかった。威力偵察というやつである。
「掃除手伝って♡」
「急用を思い出したのでじゃ、そういうことで……」
「待ってください! お願いしますぅぅ!!」
と頭を下げられては仕方がないのでその日は掃除をして終わった。ちなみに一緒のベッドに寝た。
翌日。簡単に着替えやらを運び込んだ。それから翌週に引っ越し業者を予約した。もともと、彩人は荷物の少ない男であった。飛鳥の3LDKマンションに引っ越しをしても十分スペースには余力があったのだ。こうして二人の同棲が開始された。
ちなみに会社の場所的にも引っ越しをしても大差ない距離にあることがわかった。なので会社からの許可もあっさり下りた。
「中央自動車道すね」
「うむ。ここからは別料金だってさ。おーこわ」
「何が怖いんだよ……」
首都高速から中央自動車道に乗って、一路西へ。八王子インターチェンジを抜けて、さらに大月へ。大月から勝沼へ。
勝沼と言えば聞いたことがあるのではないだろうか。そう、勝沼ワインである。
下道に降りた二人は、なんとかシャトーを尻目に走り抜けていく。
「バイクって楽しいけどこういうときはねぇ………シャトーで試飲とかしてみたいけど飲酒運転になっちゃうのが……」
「わかる。そればかりはしゃーない。電車で来るなら別だけど」
うーむと残念そうに飛鳥が唸る。バイクは楽しい乗り物だが、酒飲みとは相性が悪い。途中で一杯飲もうものなら最低でも六時間は待機しないといけなくなることだろう。
彩人は先頭を行くアドベンチャーに話しかけた。
「最初はどこにいく?」
「甲府に来たらやっぱりあそこしかないっしょ!」
先に見えてきたレンガ色の建物が山の斜面にへばりついているあたりを指さした。
「ほったらかし温泉!!」
「この斜面がアレか」
「アレやね。なでしこちゃん達が苦戦してた場所」
ほったらかし温泉は山の上にある温泉であり、そこに行くにはおおむね二つのルートがある。一つはフルーツ公園の中を通っていくルート。こちらは比較的なだらかなので徒歩の方もオススメである。もう一つが某漫画もといゆるキャン△でなでしこ達が登っていた急斜面である。
「斜面でこけたらどうなるのっと」
「ぶへへへへ! レッカーかな」
「ぶへへじゃねぇよ………まあ行きますか。慎重にね」
彩人が言うと、飛鳥は爽やか(?)に笑った。
マニュアルから一速に入れた飛鳥が、呆れるほど高い斜面を登り始めると、あとから彩人が続いた。
「おおー流石にこんだけ排気量あっても堪えますなぁ」
「ほんと、すっごい坂だわ」
エンジンが唸り声をあげているのがわかった。一速にして正解である。坂道を登るコツは急加速急減速急ハンドルをとらず、まっすぐ一直線に行くことだ。決してよそ見をしてはいけない。よそ見をすると車体が傾き、坂道でずっこけることになる。重量級のアドベンチャーが急角度の坂道でこけようものならレッカーは必至である。
坂道を抜けると、なにやらサーキットのような施設が見えてきた。
彩人の表情が曇る。秩父でさんざんにしてやられた記憶がよみがえってきたのだ。
「AZ山梨サーキット、ねえ」
「ええやん、彩人っちあとでやろうよ」
「っちやめろ。いやー勝負にならんくらい飛鳥強いんだもんなぁ………」
「年季が違いますヨ、当然ねぇ。ここは君に免じてやめておいてあげましょ」
「ああー腹立つ」
「うふ」
などと会話をしつつ、さらに登っていく。急斜面のあとは、比較的なだらかな坂である。とにかく登っていくと、建築途中のキャンプ場のような施設が見えてくる。
「そのうちグランピング施設でも作るんかねぇ」
「ああ、ほったらかしキャンプ場の拡張施設すかね、あの何度予約とろうとしても全然取れないとこ」
ほったらかしキャンプ場は超大人気キャンプ場で、予約はまずとれない。予約が取れなすぎて返ってあまり中が知られていない程である。
「僕も予約は試みたけどだめだったねぇ………いやはやあの漫画の人気はすごいよまったく……ねえリンちゃん! キャンプ、やろ!」
不意打ちでなでしこの声真似をする、そのよく特徴を捉えていることときたら。
彩人は思わず唸った。なんて多才な男もとい女だと。
「俺は女だった……? なでしこみたいな見た目しやがって」
「せやろ。なんでピンクなんだろね僕」
「さあ?」
更に登ればほったらかし温泉が見えてきた。バイク専用の駐車場でバイクをとめると、ジャケットを脱いで着替えを用意する。
「もしかしてなでしこのコスプレですか?」
カップルが声をかけてきた。同じくライダーらしく、Ninjaが二台並んでいる。
飛鳥は一瞬虚を突かれた顔をしたが、すぐににこにこと人の良さそうな顔をして対応する。
あっ嫌な予感がする。彩人は察した。
「そうなんですよ〜彼が髪染めろってうるさくて〜」
「おいっ!」
彼の趣味でやらされてる設定と化したピンクの地毛を触りながら朗らかに大嘘を並べる。おふざけ具合はなでしこどころか犬子以上である。
「すごーく似合ってますよ! その髪色! あー私も染めようかな〜」
「そのままのほうがかわいいよ」
目の前でいちゃつき始めたので、二人はさっさと退散することにした。
飛鳥はタオルを首に引っ掛けてぶらぶらと歩きながら傍らの相棒に声をかけた。
「髪の毛さあ、紛らわしいから染める?」
「飛鳥は、今が一番きれいだよ」
歯の浮くような台詞がさらりと出てきたことに自分ですら驚く。
飛鳥は口元を複雑な形にさせた。
「あ、アリガト……」
「急にしおらしくなるなよ……こっちまで恥ずかしいだろ……」
などと会話しながらほったらかし温泉の温泉前広場に進む。休憩所や、飲食店、ベンチが並び、甲府の街を一望できる絶景である。
あっちの湯とこっちの湯。看板があり、写真もついている。あっちの湯が甲府盆地メインこっちが富士山メイン、である。
「左がブラジルで右が出口だ」
「そのネタわからんのですけど」
いきいきと左を指さし出典不明のネタをかます相方もとい彼女に対し、彩人は困惑した。なにいってんだこいつ。あとで調べてみよう。
「ブラジル湯に行こう!」
「あっちはブラジルだった? あっちの湯ね、あっちの湯」
元気よくずんずんと歩き始める飛鳥を追いかけていく。料金は八百円なり。
「一時間後くらいかな?」
「そうすね、あとで会いましょ」
言うと二人は男湯と女湯に分かれたのだった。
「こっちじゃない!! あっち!!」
「いけね。えへっ」
という定番のやり取りもあったという。
えへってなんだよ!