ツーリング・キャンプ仲間のおじさんがピンク髪の美少女になってた件 作:キサラギ職員
多治見飛鳥名義で借りている小さい貸しガレージにて。
「そうこうかい? 壮年の壮に行きますって書く壮行会?」
「んにゃそっちじゃなくて走る方ね」
「ああ、走行会ね。それがどうしたの?」
「出ることになったんだよねぇ、昔の仲間と一緒にレースって感じでぇ」
「はえー」
ある日、二人はバイクの整備をしていた。整備と言ってもごくごく簡単な整備である。スズキのアドベンチャーの方はオイル交換とチェーン清掃だけだし、BMWのアドベンチャーは車体の清掃と各所の注油くらいなものだ。
ちなみに彩人は本格的な整備ができないのだが、一方で飛鳥はオーバーホールのような複雑な作業を除けば大まかプラグやタイヤ交換作業含めて弄ることができる。年季の入り方が違うのだ。
走行会。つまり通常のレースが開催されていない時に一般人が四輪二輪問わず車両で走る催しであり、本格的なレースからただ愛車を走らせたい人までが集う。
昔の仲間。聞いて浮かんでくるのは走り屋連中であるが。
彩人はオイル交換作業を続けながらうーむと唸った。
「でも走ろうにもアドベンチャーで出るのは……あぁーあれか」
「ん、そうそう。買ったはいいけどアドベンチャー君が便利過ぎて最近乗ってないあの子ね」
飛鳥はワイヤに注油する手を止めると、ガレージ隅っこで寂しそうにしているスーパースポーツを見やった。前から後ろまでこれでもかと真っ白で、隣にかかっているツナギも白一色である。
否、よく見ると黒いシールが貼られている。
「…………バイクはいいとしてツナギは昔のじゃないでしょこれ。体格全然違うし……新調した?」
「ついこの前新調したんだよねぇ」
「白一色って凄いよなぁ。汚れが目立ちそう」
「クラッシュするとキズ塗れ泥まみれになるっしょ? そうしないっていう誓いよ」
「つまるところ安全運転?」
「………」
「いや黙るなよ」
何やら不穏な沈黙があった。
「俺も見に行こうかな」
「うーん、うーん、いいけどぉ……僕の姿を見て引かないで欲しいんだよねぇ」
「豹変でもすんの?」
「豹変はしないけどぉ……」
何やら歯切れが悪いが、そうなるとますます見たくなってくる。見るなのタブーである。
「いくよ」
「わかったよ」
ということで彩人のサーキット随伴が決定したのだった。
当日。
よく晴れた日のこと。某サーキットにて。
大勢の人が賑わっていた。
「おっす」
「飛鳥。うーん、似合うなぁツナギ」
「せやろ。新調したんだよねぇ。峰不二子ちゃんみたいでかわいいっしょ」
ツナギ一枚。ブーツを履き、脊髄パットやら各所チェストプロテクターやらでモコモコになっている。安全性を考慮すれば仕方がないことなのだろうが、当然の如く胸元の形は一切見えない。というのに妙に色気を感じるのはなぜだろうかと首を捻る彩人であった。
「ああ、きちゃったか……」
遠くを見て飛鳥がぼやいた。
彩人は正面で止まると、質問をする。何しろ昔のことなんてわからないのだ。あの、バイク全盛期の頃なんてものは。
「その、昔の仲間って何人くらいいるんすかね」
言われて指を折る飛鳥。腕を組み、うーむと唸りながら言う。
「えーっとねぇ、僕のいたチームは十人! そのうち一人は“散って”しまってぇ……」
「あ、ふーん」
「二人は海外に行って戻ってこれないぽいねぇ」
「つまり今回は飛鳥を含めて七人で走ると」
「いやもう一人はバイク嫁さんが許可してくれないんだって。六人ね」
かつて若者だった青年たちも年を取ればいろいろと事情が出てくるもの。死者蘇生でもできなければ元のチームにはならないと言われてしまえば、彩人は唸らずを得なかった。
待機所のテントにいた集団が歩いてくる。いずれも日焼けをしており、頭部が薄いもの、腹が出ているものと加齢を感じさせる中年男性集団であった。歩み寄るにつれて疑心暗鬼の顔となり、ついにはぴたりと全員が止まってしまった。
「おーみんな元気にしてたかー? 僕だよ、多治見だよ」
「…………いや話には聞いてたけど本当に女になってしかも若くなってるとはなあ」
先頭のいかつい男性がまじまじと見つめながら感想を述べる。
「多田、お前太ったんじゃないのぉ?」
「多治見、それお前が言えたことじゃないと思うぞ。女になりましたは流石に、ねぇ」
多田と言われた男が腕を組み唸り始めると、他の連中も反応を示す。
「嫁さんじゃないの?」
「いや娘さんかも」
「髪の毛派手だなァ。最近のコはバイクもやるんだな」
と全く信じていない様子だった。
「だから嫌だったんだよなぁ」
「わかりますけど」
一人小さい声でぼやく飛鳥に対し多田が言う。
「びびって娘さん寄こすのはよくないよなぁ。ま、お父さんに伝えておいて。無茶は禁物、もう若くないんだからってさ」
どやどやと一同が引き上げていく。事前に説明はしていたらしいが、どうやら娘を寄こしてきたと思われているのか、信じてくれなかった。多田だけは唯一疑っていたが、みんなに同調してしまったらしい。
「……」
黙ってヘルメットを握りしめている飛鳥を見て彩人は察した。
(頭に来てるなこれ)
すると飛鳥はすぽっとヘルメットを被りカチカチ言わせて固定すると、首をごきりと捻った。そして今まで聞いたことがないような低い声で言うのだ。
「ブッ潰す」
六台のバイクがグリッドについた。耐久レースではないのでグリッドからのスタートである。ルールはコースを三週して順位を決める単純なものである。
先頭は、まさかの飛鳥だった。そもそも横一列に並べばいいものを、なぜか飛鳥が先頭にポツンといる時点で舐められていると言ってもよい。バイクレースは素人の彩人でもそれがわかった。
彩人は観客席でレースを見守っていた。
「……」
勝つのだろうか。負けるのだろうか。
ふと、飛鳥の乗るバイクの真っ白い車体に何か黒線のようなものが走っているのが見えた。それは削り取られたような痕跡で、よく目を凝らすとシールかあるいは塗装のようだ。黒い稲妻のように見える。ガレージでは気にしなかったが、白一色に黒は相当目立つと改めて気が付く。
「………黒い稲妻? か?」
レース開始。各車一斉にスタート。最初は車体を振りつつタイヤを温めに掛かる。
先頭の飛鳥は何故かのろのろとしたスタートを切った。案の定他の五台にブチ抜かれる。
「何してんだ! 飛鳥!」
飛鳥はのろのろとした動きから一変、タイヤに白煙を乗せながら急加速し、集団に食らいつき始めた。カーブ。アウト・イン・アウト。速度をほとんど落とさないまま各車一斉にバンクする。リターンライダー集団らしい的確なフォームで曲がっていく。
その集団をごり押しで抜けていく一台。白いバイクだ。飛鳥はさらにインに出ると、車体を限界までバンクさせあろうことか腕と肩まで地面にこすり付けんばかりだった。下手すれば逆向きの力が作用し、ハイサイドで吹っ飛ばされかねない。
あっという間に数台をごぼう抜きにして、次のカーブに差し掛かる。またもや肩を擦らんばかりの無茶苦茶なバンク。白いツナギが真っ黒に色合いを帯びていく。
見ているこっちは気が気ではない。正気とは思えない速度と角度でカーブに侵入し、もはやゴリ押しで強引に曲がる。集団に飲み込まれそうになると、車体を振り回して回避してとにかく先に進んでいく。
「なるほどね、見られたくない理由ってこれか」
普段は規制された法定速度をビタ一文超過しない慎重な運転だが、それはかつての運転スタイルを反面教師にしたものだったのだろう。
膝で地面を押し込むかのような、もとい実際に押しているらしく膝パットから白煙が上がる。ぐいぐいと前進していき集団を置き去りにすると、ひらりひらりとカーブをいなしてゴール。
「ひゃっほおおおおおおおお!!!」
ウィリーしながらゴールに突っ込んでくると、コース外に出てきた。そこで白煙まき散らしつつスピンターンを始めたではないか。後からやってきたメンバー全員がヘルメットを外すと、申し訳なさそうに頭を下げているのが見えた。
「ほーら見ろ! やっぱり僕だったじゃないかよぉ! オラ多田ァ!」
「あのイカれた走りは間違いなくリーダーだったよ…………そんなかわいい子になっちゃってまあ………」
「今日奢れよ! ウマい肉が食いたいんだからさ!」
観客席から待機所に走ってきた彩人に対し、飛鳥はピースサインを作ってぴょんぴょん飛び跳ねて歓迎したのだった。
「どんなもんよぉ!!」
自称“黒い稲妻”を名乗った狂犬染みた走りで有名だったとかなんとか。
コケた回数数知れず。白い車体の塗装がそのたびにハゲて稲妻のような塗装に見えたことからそう名乗った云々。
コケてガードレールに叩きつけられ骨を折る事故を起こした時に鎮痛剤を打たれてマゾに目覚めたらしい。
現在は安全運転を心がけています。
みたいな設定があるとかないとか
レース描写は私にはこれが限界です。