面倒なので移行は中止しました。
──大洗学園・IV号D型車内──
「信号弾!?」
櫻井の撃った信号弾が民家の塀に当たって炸裂する様子がIV号のキューポラから見えると、みほは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに状況を把握した。
「麻子さん、停止してください!華さんは38(t)のいる交叉点の端に照準を!マチルダはまだ生きています!」
途端、後退をはじめていたIV号が停止し、砲塔が右に廻転した。最後にウィィ、という音を立てて砲身がわずかに俯角をとり、IV号は狙撃態勢に入る。
『──すまん西住、やられた!』
『とりあえず桃ちゃんは射撃技術を磨かないとね……』
『う、うるさい!』
IV号の無線機から、微かなノイズと共に38(t)車内の喧騒が流れ出すが、彼女らはいっこう構わず前方を凝視する。
──やがて、マチルダと思しき車体が交叉点に覗いた。
「もう少し、もう少し……」
みほが自戒するように呟く中、英国戦車らしい鈍足で、マチルダがゆっくりとその車体を現す。敵戦車にどてっ腹を曝している今、
マチルダの砲塔がわずかに顔を出した、その時──
「撃て!」
ドォンッ、と咆哮をあげ、鉄の牙がIV号の砲身から放たれ──一直線に飛翔したその牙は、獲物の横腹をいとも容易く喰い千切った。
「やった!」
「初撃破ですね!」
「緊張しました……」
履帯カバーに穴を開け、白旗を揚げたマチルダを前に、各員がほっと胸を撫で下ろした。
──しかし、櫻井という熟練の戦車兵を一人喪った大洗学園は、確実に劣勢となりつつあった。
──
戦果報告が告げられるはずだったチャーチルの無線機のスピーカーからは、ダージリンが予想だにしなかった報告が飛び込んできた。
『ダージリン様、申し訳ございません!IV号に撃破されました!』
チャーチル車内の空気が一瞬、凍る。
──我々の戦車が、ロクに戦闘経験もない素人に撃破された?
だが、車内に動揺がはしる中、ダージリンだけは紅茶を一口啜り、たちまち氷のような冷静さを取り戻した。
「ふぅ……仕方ないわね。被撃破位置はどこ?」
『BQ/77地点です。敵戦車は
「そう──敵があまり動いていない内に追いつきたいけれど、BQ/77だとここからかなり遠いわね……ウェールズ?」
『──はい、こちらウェールズ車』
「ただちにセクションVII-Cに向かいなさい。敵IV号はまだそのセクションからは出ていないはずよ。流石にクロムウェルだと多勢に無勢でしょうから、敵の射程外から威嚇射撃をして足止めをなさい」
『了解、最終目撃地点は?』
「BQ/77よ」
『ありがとうございます。ローズヒップ、飛ばすぞ』
『わっかりましてございますわ!』
ウェールズの鋭い号令とローズヒップの楽しそうな声が、無線機のスピーカーから飛び出す。ダージリンは微笑を浮かべながら、次の指示を出した。
「クロムウェルは偵察を続行。マチルダ隊は本隊から分離、セクションVIIの東側から回り込みなさい」
『『了解』』
「ウェールズ車が足止めをしてくれているわ。その隙に両翼包囲をかけて
試合開始より二七分──総勢4輛の
並のチームでは、一矢酬いることすらままならない。──観客席では、これから始まるであろう蹂躙劇を思い、溜息をつく者も大勢いた。
だが、指揮をとるダージリン自身は、奇妙な胸騒ぎに一抹の不安を感じていた。
(この不安──妙ね……)
──大洗学園・IV号D型車内──
「敵戦車、いませんね……どこにいるんでしょう」
華が痺れを切らしたように洩らす。今まで遭遇した敵戦車は、先ほど撃破した一輛だけだ。残りの
「向こうにはこちらの位置を知っていますから、全速力でこちらに向かっているはずです。私なら偵察車をもう一度──」
みほがそこまで言った時、ヒュン、と風を切る音がしたと思うと、着弾音と共にIV号の近くの塀が崩れ落ちた。
「──敵戦車、九時方向!クロムウェルです!高速に翻弄されないよう注意してください!」
みほが瞬時に車種を特定し、警報を発する。だが、
はたして──突然、緑の影が隊列の後方に現れ、最後尾の
『えっ?何あれ!?』
『増援ー?』
『な訳ないでしょ、敵よ敵!』
『砲塔旋回──きゃぁっ!』
だが──パシュン、という発砲音がした瞬間、その喧騒は悲鳴に変わった。為す術なく撃破された
『すみません、西住隊長!撃破されました!』
「大丈夫ですか!?」
『みんな無事でーす』
「よかった……皆さん、このままでは前後を撃破されて足留めされてしまいます。身動きがとれなくなる前に、市街地を脱出します!」
みほの声に呼応するように、IV号のHL-120 TRMエンジンが低い唸りをあげる。
「大至急、BR/55地点に後退します!煙幕展開!カバさんチームはBP/76地点の三叉路へ移動、180度旋回して待ち伏せをしてください!」
『了解!』
『了解ぜよ!』
『
打てば響くように威勢のいい返事が飛び、大洗学園チームは煙幕を展開すると、全速力で後退を始めた。
そして、
「
「これは
「いやしかし、あの時は独断での戦闘であろう?」
「指揮官命令ということであれば、ブレスト要塞攻略戦時のソ連軍守備隊のようだ!」
「「「それだ!」」」
──
「……ん?あれは何だ?」
「
「うーむ……しかし、どこかであの配色を見たような気がするんだよなぁ」
「大事を取って、クロムウェルに偵察させますか?」
操縦手が進言するが、車長のプライドがそれを許さなかった。
──戦車道界の大ベテランたる我々が、あの
「……いや、いい。どうせあの練度ではこのマチルダの装甲は貫通できないからな。クロムウェルには偵察と威嚇射撃だけを続けて貰おう」
「クロムウェルは煙幕を焚かれて敵を見失ったそうですからね……今頃、失敗を取り戻そうと躍起になって駆けずり回っていることでしょう。それに──
操縦手が進言を却下されて押し黙る中、砲手が車長の意を汲んで同調する。
「まあ、それも──ある。とにかく、だ……早いとこあいつらを見つけて撃破しないとな。どれどれ……BP/33あたりから市街地の外に出られる道があるな。まずはそこへ行ってみよう」
車長は満足げだが、操縦手の経験からくる勘は、車長の判断に警鐘を鳴らしていた。だが、年長者の意見が尊重されるという聖グロリアーナの
「了解……BP/33地点へ移動します」
聖グロリアーナ本隊から分離した第二軍──2輛のマチルダ隊は、その過剰なほどの装甲を誇るように、砂粒を蹴たてて意気揚々と走った。BP/33地点──すなわち
◇戦車紹介II:チャーチルMk.V
聖グロリアーナの隊長車。英国歩兵戦車伝統の「紅茶を零さない鈍足(MAX: 25km/h)」と、「圧倒的装甲(MAX: 101.6mm)による堅牢さ」を併せ持つ。なお意外にも超信地旋回が可能。
どうして英国面はこう両極端なんだか……
実はチャーチルはソ連にも253輛がレンドリースされており、本車を装備した部隊がクルスクの戦いで活躍している。
なお上記で活躍した車輛は当初、「KV-1」であると発表されていた。
(文・伯林 澪)