富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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10話 実力なさ過ぎてつらたん

 

(エアシャカール)

 

 ドトウがお茶をぶちまけた日からしばらくが経った。俺は学園の中庭を歩いていた。その足取りは苛立ちからか、いつもより歩幅が大きくなっていた。

 

 クソッ……。共通点が見えねェ……!

 

 あの日、目星をつけたウマ娘に直接質問しに行った。どうやって限界を超えたのか、それを探るために。しかし、期待していた結果は得られなかった。

 全員が全員、特別な事は何もしていないと口をそろえて言う。勝つためにハードなトレーニングをしてはいたが、内容はいたって普通だった。

 それでも彼女らは限界を超えていたのだから、何かしらあるはずだ。あるはずなのだが……

 

「チッ……!」

 

 そばにあった空き缶を蹴り飛ばす。カランカランと音を立てて転がった。

 

「――クソッ……」

 

 目をつむり、再度悪態をつく。

 

 やっと見えた光明。限界を超えたウマ娘を発見できたにも関わらず、そいつらに共通する何かを見つける事が出来なかった。俺が限界を超える為に必要な何かを掴む事が出来なかった。

 

 閉塞感、圧迫感、鬱屈感。内臓が重い。気分が悪い。

 一度は見えた目的地を見失う感覚。これまで幾度となく体験したにも関わらず、一向に慣れない。近くにあったベンチに座り込む。

 

「ふー……」

 

 重たい体を少しでも軽くしようと息を吐き出す。当然、体調は何も変わらなかった。じくじくと疼く腹を抑えながら頭を再始動させる。

 

 共通点――そういえばなかったわけじゃない。レース本番の日は胸が騒ぐような感覚があったとほとんどのウマ娘が言っていたっけか。

 ……けどそれが何になる? 仮にその事象が限界を超える事と関係があったとしても、原因・理由が分からなきゃ意味ねェだろうが。

 

 結局、収穫は無かったに等しい。重たい腰を上げようとしたその時、俺の前を人影が通った。

 

「あれ、シャカール?」

 

「……トレーナーかよ」

 

「こんな所で偶然。最近はファインとグリードにかかりっきりだけど、そっちは大丈夫?」

 

 トレーナーは心配の言葉を口から響かせ、俺の隣に座る。

 

「別に。練習メニューに間違いがないか、たまに聞きに行ってンだろ。心配される謂れはねェはずだが?」

 

「それはそうだけど……」

 

 トレーナーは一度目線を明後日の方向に流し、再びこっちを見る。

 

「練習とは別の事で悩んでそうな顔してたから」

 

「チッ……」

 

 顔に出ていたか。ファインといいトレーナーといい、察しが良い奴らばかりで面倒だ。

 

「トレーナー、一つ言っておくぞ。俺は皐月賞の後、日本ダービーまでは暴走する」

 

「えっ」

 

 俺の突然の宣言に、トレーナーは驚いた表情を浮かべる。少し気分がスッとした。

 最近は内心を悟られてばかりだったからな。ここらでやり返しても文句は言われないだろう。

 

「自分をギリギリまで……いや、限界以上に追い込む。端から見れば常軌を逸したトレーニング量をこなすつもりだ」

 

「それじゃあシャカールが……」

 

「分かってるよ。そんなオーバーワークをすりゃあ、ぶっ壊れる事ぐらいはな。だからお前が俺のハンドルを握れ、トレーナー。

 俺に余裕があればアクセルべた踏み、俺が壊れそうならブレーキをかけろ。俺の心情なんかは一つも慮る必要はねェ。俺はそれだけをトレーナーに求める」

 

 俺がそう言うと、トレーナーの表情がみるみる曇っていく。

 

「……そんなチキンレースみたいな事、危険すぎるよ」

 

 至極当然な意見。だが、その忠告は俺の耳には入らない。ここで大人しく耳を傾ける性格ならば、そもそもトレセン学園には入学していない。自分の限界を諦めて普通の学校に通った方がどれだけ効率的か。

 

「ファインをスカウトする時に言ったよな、トレーナー。“満足させてみせる”、“レース人生に悔いが無いようにしてみせる”って。俺はその枠外か?」

 

「枠外じゃないよ、シャカールも私の担当なんだから。……けど、無理なトレーニングで体を壊せば満足するはずは無いし、悔いしか残らない。シャカールも嫌でしょう? そんな終わり方は……」

 

「あァ、そんな終わり方は願い下げだね」

 

「なら……」

 

「だが、このまま日本ダービーを諦めるほうが真っ平御免だ」

 

 俺を説得にかかるトレーナー。しかし、俺は(がん)として聞き入れない。

 

「……」「……」

 

 しばしの静寂が訪れる。すると、会話に割いていた脳のリソースが暇を持て余し、勝手にトレーナーの言葉を回顧し始めた。

 

“無理なトレーニングで体を壊せば満足するはずは無いし、悔いしか残らない。シャカールも嫌でしょう? そんな終わり方は……”

 

「…………それはそれで、幸せなのかもな」

 

「えっ?」

 

 俺の独り言にトレーナーが反応する。彼女の瞳は続きを聞きたそうにしていた。

 

「体を壊せば――それこそ二度と走れないようになれば、往生際の悪い俺でも走る事を諦めざるを得ない。そうなりゃ、思うように成長できなくてイライラする事もねェ、パソコンの前で唸る必要もねェ、脱出口の無い迷路に閉じ込められたような圧迫感に悩む必要もねェ。……ハハッ」

 

 自分自身の限界を超える。それに固執してきた俺だが、諦めた時の事を考えてみるとビックリ、メリットだらけだ。

 合理性を重んじる俺が、この選択肢を思い付かなかった事に自嘲気味の笑いが漏れてしまった。

 

「って事だ。バカみてェなハードトレーニングで日本ダービーを取れれば良し、体がぶっ壊れても、それはそれで良し。どっちに転んでも問題ねェってわけだ」

 

 “だから、俺の説得は諦めてお前の方が折れろ”と、言外の意を込めてトレーナーの方を向く。

 すると、彼女は観念したような表情でもなく、かといって俺に反発するような表情でもなく、疑問の表情を顔に浮かべ、“う~ん”と唸っていた。

 

「さっきまでの話の流れで、どうなったらそんな表情になンだよ……!」

 

 気勢を削がれた俺は、げんなりとした顔と口調でツッコミを入れた。ファインやグリードと出会ってからはこの対応を迫られる事が多くなった気がする。

 

「いや、シャカールは“二度と走れないようになれば、諦めざるを得ないだろ?”って言ったでしょ? けど、実際に走れなくなったら諦めるんじゃなくて、まずは走れるようになる方法を見つけそうだなって思ってさ。

 それこそ医者とか研究者になって。それで足を治して走れるようになってから、何食わぬ顔でレースの世界に戻ってきそう。うん、そうに違いないよ」

 

 トレーナーは得意顔。自分の事でも無いのに、よくもまぁこれだけの確信的な語りが出来るものだ。

 

「勝手に俺の事を推し量るんじゃねェよ」

 

「うーん、シャカールならやりそうだけどな。今日の様子を見てると、貴方が諦めてる場面が想像できないんだよね。こう、筋金入りって感じ?」

 

「それ、褒めてるつもりか?」

 

 トレーナーに対して非難の目を向ける。しかし、内心は怒ってもいなかったし、不満にも思っていなかった。むしろ、トレーナーの言葉に対して妙な納得感を得ていた。

 

 そう、俺は限界を超えるという身の程知らずな夢想を抱いた筋金入りのクソバカ。合理だの効率だのを振りかざす癖に、目標そのものが非合理、非効率的な矛盾野郎。

 

 “理性は感情の奴隷である”

 

 誰の言葉だったか。俺の合理という理性は、決められた限界の枠に従うのが嫌な跳ねっ返り精神の奴隷。感情に依った目標に向かって、合理という理性を奉仕させているわけだ。すると、目標が非合理にも関わらず、合理性を重んじるというのは一応矛盾していない。

 

「どうしたの、シャカール? いきなり得心顔を浮かべて」

 

「……いや、何でもねェよ」

 

 自己分析の結果が顔に出ていたか。普段から分析ばかりしているせいか、どうにも癖になっているらしい。

 

「で? 結局どうなんだ?」

 

 話を本筋に戻す。俺がぶっ壊れるギリギリでブレーキをかける役目をトレーナーが請け負うかどうか。その答えを求めた。

 

「ダメ……と言いたい所だけど、私が何をしても――それこそシャカールの担当を辞めたとしても貴方は一人で無茶しちゃうんだろうな」

 

 そう言うトレーナーの顔には諦観がにじみ出ていた。

 

「だったら私の目の届く所で無茶して欲しい。ブレーキ役、請け負うよ」

 

「……そうか」

 

 トレーナーの了承を受けて、初めに浮かんだのは安堵だった。次いでトレーナーに対する感謝。跳ねっ返りの俺は“ありがとう”なんて口が裂けても言わないが。

 

「日本ダービーに向けて不安があるかもしれないけど、大丈夫。私、こう見えてもゴールド免許だから。特にブレーキは上手いんだよ? 停止線を超えた事、一度も無いしね」

 

「……俺をキッカケにゴールドを剥奪されなきゃ良いけどな」

 

「シャカール! そういう所だよ!」

 

 照れ隠しの憎まれ口を割と本気で怒られた。流石に軽はずみだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

(スーパーグリード)

 

 どうも。皐月賞で一着どころか、そもそも出走資格すら満たせなかったクソ雑魚ビッグマウス娘のスーパーグリードです。

 

 …………正直マジでヘコんだ。勝負の舞台にすら立てないってのは、えげつない能力不足感に襲われるものだ。流石の私も1時間は放心してしまった。

 

「まぁ、私は大器晩成型だし? 皐月賞を逃したくらいでクヨクヨする必要ないよね! これからの日本ダービー、菊花賞を取れば問題無し」

 

「……お前のそのポジティブさだけは尊敬するよ。いや、本当」

 

 隣のシャカが呟く。

 

「でしょ? ……ハッ! 皐月賞ウマ娘に尊敬されてるって事は、実質私は一冠取っているという事では……?」

 

「前言撤回。お前のそのアホさ加減だけは尊敬するよ」

 

「ヘッ、よせやい。照れるぜ」

 

 シャカは無言で私から目を逸らした。

 

 先ほどの茶番から分かるだろうが、皐月賞を勝ったのはシャカだ。物凄い末脚で前の集団をごぼう抜き。見ていて気持ちの良い勝利だった。

 

「シャカール! 休憩終わりだよ!」

 

「おう」

 

 トレーナーに呼ばれたシャカは、練習に戻っていく。その足取りはいつもより鈍く感じられた。

 

 最近、ハードな練習ばっかりしてるみたいだからなぁ……。皐月賞を勝ったにも関わらず、油断のないこって。日本ダービーも本気で取りに来てるね、あれは。

 

 彼女の走りに対する真摯な態度に舌を巻きながらも、自分の事に考えをシフト。

 

 日本ダービー、私はどうしようか。冷静に客観視すると、今のままじゃあ勝てそうにないんだよな。そもそも、出られるかどうかも分かんないし。

 

 直近のレースで自分の基礎能力の足りなさを実感していた。“惜しかったなー”という負け方ではなく、“まぁ、そりゃ負けるよね”って感じの負け方。例えるならママチャリと競技用自転車じゃあ、当然“競技用の方が速いよね”って感じ。

 

 ママチャリ乗りが今から一か月半練習しただけで競技用自転車に勝てるだろうか? いや、勝てるはずもない(反語)。つまり基礎能力を徹底的に高め、競技用自転車になる事がまず最優先なのではないかと個人的に思っている。

 

 そう考えると今の状況は都合が良い。シャカにかかりきりのトレーナーからはどうせ指示を受けられないのだ。基礎練習の反復に時間を費やすには絶好の機会。

 

 一つ問題なのは、基礎練習は死ぬ程つまらない、という点だ。

 

 マジでつまらん。死ぬ程つまらん。だって考えてみて欲しい。野球をしたいからと野球部に入った人が、素振りだけの基礎練習を毎日やって“楽しい”と思うだろうか? いや、思うはずもない(反語二回目)。素振りよりはバッティング練習、バッティング練習よりは試合の方が楽しいに決まっている。

 

 とはいえ、楽しくない基礎練習を(おろそ)かにすれば、楽しい試合で勝てないという落とし穴にハマってしまうわけだが。ままならないね、勝負事ってのは。

 

 話を戻す。つまらない基礎練習、それをどうやって毎日続けるか? 今から答えの一つをお見せしよう。

 

「ファインー! 今から走り込み行かない?」

 

 秘儀、“誰かと一緒にやる”。一人でやる苦行よりかは、二人でやる苦行のがまし。それに、ファインに至ってはクソつまらん基礎練習でも楽しそうにこなすから、こっちの気も楽になって来る。

 

「うん、良いよ。私も今からやろうと思っていたから」

 

「そんじゃ、早速しゅっぱ~つ!」

 

 殿下のお供をさせていただくという栄誉を(たまわ)った私は、意気揚々と駆けていった。

 

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