富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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12話 不完全燃焼だったかな

 

(トレーナー)

 

 レース前の控室。そこは様々な雰囲気に包まれる場所。これからのレースに意気込む熱い高揚感、勝つか負けるか分からない先行き不透明な緊張感、勝って当たり前だという油断から生じる倦怠感。私の短いトレーナー人生のでも色々な雰囲気を体感してきた。

 

 しかし、今は経験のどれにも当てはまらない雰囲気に控室が包まれている。

 

「…………」

 

 部屋の中心には目を閉じて瞑想するシャカールが。彼女は諦観にひとつまみの意地を混ぜたような薄く、それでいて少しだけ粘りのある空気を纏っていた。まるで湿気の多い梅雨の大気のような。

 

「……ンだよ」

 

 突然開かれたシャカールの瞳がこっちを向いた。ずっと見ていたのを感づかれたようだ。

 

「あー……、いや、緊張してないかなと思って」

 

 少し気まずくて、その場しのぎの返事が口から出てくる。

 

「緊張、か……。してねェよ。今までの積み重ね、その結果が出るだけだ」

 

 “多分、ダメだろうけどな”

 

「えっ?」

 

「まだ何かあンのか?」

 

「今、多分ダメって……」

 

「? 何の話だ?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 シャカールの様子からするとさっきのは幻聴か。どうしてそんな聞き違いをしたのだろう。

 

 じっとシャカールを見つめていると謎が解けた。今の彼女の雰囲気は、大学合否発表日の兄に似ていた。受験当日に体調を崩し、ほとんど絶望的だと分かっていながらも一縷の望みをかけて合否確認をしにいった兄に。

 

「邪魔するぜぇ!」

 

 突然、扉が乱暴に開かれる。

 

「お邪魔するね」

 

 ずかずかと部屋に入って来るグリード、その後ろにはファインが連れ添っている。

 

「……あーもう、しなしな! 今朝もそうだったけどレース前でもこんなにシケてるとは思わなかった!」

 

 グリードがシャカールの前まで歩み寄る。

 

「もしかして昨日お風呂で寝た? それともシンクの中? そんな火ィついてない状態じゃ勝てるレースも勝てないでしょ?」

 

 額を突き合わせる程の距離でシャカールを煽るグリード。

 

「今の俺は防水マッチだから良いんだよ。そんなに心配されなくてもキッチリ走る」

 

 だが、煽られた本人は平然としていた。

 

「そういうとこなんだよなぁ、いつもより言葉にキレが無いっていうか……ツンとしないっていうか……やさしいお酢っていうか……」

 

 グリードは(いぶか)しみつつ、シャカールから離れる。代わりにファインがシャカールのそばに寄った。

 

「……」

 

 しかし、ファインは悲しそうに目を伏せるだけで言葉を発そうとはしない。(まぶた)を閉じ、再び開く。尻尾を所在なさげに揺らしてから、ようやく口を開いた。

 

「怪我はしないでね、シャカール」

 

「……あァ」

 

 短いやり取りだったが、そのなかに幾億万(いくおくまん)の意味が込められているような気がした。

 

「そろそろ時間だ。行ってくる」

 

 立ち上がったシャカールは、ドアノブに手を掛ける。

 

「シャカール。……今までの練習の成果を全部出すようにね」

 

 何か声を掛けるべきだと思っての発言だったが、今のシャカールには気休めにもならないだろう。レース当日となると、ウマ娘に対して何もできないのがトレーナーをやっていて一番もどかしい瞬間だ。

 

「非常に抽象的だが非常に適切なアドバイスをどうも」

 

 それきりシャカールは控室を出ていった。

 

 

 

「ホントに大丈夫かなぁ……散歩に行くみたいなテンションだった――」

 

「……よ、よしっ、勇気出して……えいっ!」

 

 バンッ!

 

「けどォゥ!!」

 

 部屋から出ていこうとしたグリードがドアに挽かれた。

 

「すっ、すみませんすみません! 柄にもなく意気込んですみません! 勢いよくドア開けてすみません! こんな私がシャカールさんの激励だなんておこがましいですよね、迷惑ですよね! 大人しく観客席の最後方で腕だけ振っておきます~~!!」

 

 この事態を引き起こしたであろうウマ娘が、物凄い勢いで謝りながらグリードに駆け寄る。

 

「あいてて……」

 

「だ、大丈夫ですか……!?」

 

「あー、うん。鼻じゃなくて咄嗟(とっさ)にデコで受けたから軽傷軽傷」

 

 “何とも無い”という顔で、赤くなった額をさするグリードだが、あの一瞬で額受けの判断が出来るのは流石ウマ娘の身体能力といったところか。

 

「それで、貴方は? さっきシャカールの激励とか言ってたけど……」

 

「あ、はい……! その、私はメイショウドトウって言って、シャカールさんと同じ部屋に住まわせていただいています……。それで、シャカールさんはどこに……?」

 

「あの子ならもう、パドックの方に行っちゃったけど」

 

「えぇぇぇぇ~~……!? そんなぁ~~……」

 

 尻尾がピンと伸びた後、へなへなと垂れ下がる。彼女は俯き、“ここに来るまでに7回転んだのがいけなかったのかな……”とか“それとも控室に来るまでに4回道を間違えたのがいけなかったのかな……”などと呟いていた。かなりおっちょこちょいの様だ。

 

「今朝のシャカールさん、様子が変だったのでお声がけしたかったのに……」

 

「様子が変?」

 

 呟きの中に気になる発言が。深堀りする。

 

「はい……。シャカールさん、寝覚めが悪くて、“七センチ、七センチ”ってうわ言みたいに呟いていて……。あ、それだけなら最近は珍しくなかったんですけど、今日は顔を真っ青にして、シーツを掻きむしる様にうなされていたので、流石におかしいなと思って……」

 

「それ本当!」

 

「ひぇぇぇ~~……! ほ、本当に本当です~……!!」

 

 思わずメイショウドトウに詰め寄ってしまい、彼女を怯えさせてしまった。

 

「ご、ごめん」

 

 彼女に対して居心地の悪さを感じるが、シャカールに対してはそれ以上の決まりの悪さを感じていた。

 

 彼女の異変に気づけなかった事。彼女が自分の弱さを表に出すタイプでない、というのは言い訳にしかならないだろう。それを押しても打ち明けてくれる関係性になれなかったのは私の責任。そうでなくてもメイショウドトウのような同室相手の子と関係を築いて、普段の様子を聞くとか、やりようはあったはず。

 

 シャカールの行き過ぎた練習を止めるばかりで、その背景にまで気を回せなかった。初めて三人のウマ娘を担当した、というのも言い訳にしかならない。

 

「はぁ……」

 

 息苦しさを紛らわすためにネクタイを緩めた。胸に詰まっていた重たいため息が塊として排出される。

 

 私がシャカールに干渉できる時間はもう終わってしまった。後は見守る事しか出来ない。それを思うと、更に気が重くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ファインモーション)

 シャカールが控室から出たのに合わせて、私達は観客席へと移動する。ターフに一番近い最前列に位置取る。

 これから始まるレースに胸を躍らせる観客達の熱気は凄まじい。しかし、私の心はどこか強張ったまま。

 

 最近、シャカールは私を避ける様になっていた。学校で顔を合わせれば、気のない返事でのらりくらりと躱され、練習の時間になれば一人でアップを終えてさっさとトレーニングを始めてしまう。私だけでなく誰に対してもそう振舞うようになった。

 

 その理由は恐らく日本ダービー。シャカールが新年に語ってくれた、“自分の限界を超える”という旨の話。

 

 ……きっと彼女には余裕が無かったのだろう。思うようにいかず内心は荒れていた。しかし、誇り高い彼女の事だ。自分の弱い姿を見せたくなくて人と距離を置いていた。そう考えるのが(もっと)もに思える。

 

 控室で見た彼女の様子。前に見たギラギラとした闘争心は影も無く、達観したような雰囲気だった。

 

「…………っ」

 

 ついスカートの裾を握ってしまった。

 

 シャカールには未来予知にも近い分析予測能力がある。そして諦めの悪い彼女が勝負を投げたような(たたずま)まいをしていた――それは彼女の予測が自身の敗北という結果を導きだしたからではないだろうか。

 

 あれほど熱く、強く、そして苦しそうに語っていた“日本ダービーを勝って限界を覆す”という目標。それを彼女は達成できないと感じてしまっている。

 

 シャカールは今、どんな気持ちでターフに立っているのだろうか。恐る恐る顔を上げ、ゲートインを待つウマ娘達の方を見る。

 

 

 

 そこには犬歯をむき出しにして、苦々しく前を睨みつけるシャカールがいた。

 

 

 

 ――そうだよね。君は強くて、高潔で、決して諦めない人だから……。

 

 スカートを掴んでいた手を胸の前で組む。

 

 もう少しだけ頑張って、シャカール。両面裏のコインだって側面で直立する事もある。勝負は終わるまで分からないから……。

 

 固く目を閉じて祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残りは400m直線コース、生涯一度の夢舞台が残り400m 栄光まで400! 外からエアシャカールが上がってきた! 先頭まで二馬身の位置まで上がってきている! しかし、最後尾からアグネスフライトもきた! アグネスフライトが飛んできた! 先頭はすでにエアシャカール! エアシャカール粘る! 皐月賞ウマ娘の意地か!? アグネスフライトの夢か!? どっちだぁ!!?』

 

 

 

 

 

 

 アグネスフライトとほぼ同体でゴール板を過ぎたエアシャカール。彼女は肩で息をしながら、目を閉じている。

 掲示板の一着と二着の部分は空。写真判定にしては長い間、審議のランプが灯り続けていた。

 

 

 

 観客から歓声が上がる。

 

「……予測は覆せなかった、ってわけだ」

 

 シャカールは掲示板を一瞥した後、静かにターフを去る。

 

『一着と二着の差は僅か“7センチ”! たった“7センチ”が雌雄を分けた!!』

 

 実況の声をBGMにしながら。

 

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