富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(トレーナー)
私はあの子を勝たせて上げられなかった。
日本ダービーから一日。私は重たい瞼を何とかこじ開けながら仕事をこなす。しかし、仕事中も隙があれば、どうやったらシャカールを勝たせる事が出来たかを考えてしまっていた。目の下の隈もそのせい。
「……眠い」
このままでは仕事にならない。眠気覚ましのためにコーヒーでも飲もうと、自動販売機に向かった。
ピッ、ガコン
自販機には先客がいた。隈のせいでいつにも増して目つきの悪い教え子が、エナジードリンクを受け取り口から引っ張り出している。
「ん……? トレーナーか、朝から奇遇だな。……そっちもカフェイン摂取に来たのか?」
シャカールは私の目元を見ながら言う。
「あ……うん。まぁ、そんなところ」
気まずさを感じながらも返事をすると、シャカールは追加で硬貨を自販機に投入し始める。
ピッ、ガコン
「ほら」
私は放られた缶コーヒーをキャッチする。
「あ、いや、教え子に奢ってもらうわけには……」
「奢りじゃねェよ。これから俺に付き合ってもらう対価だ」
シャカールは顎をしゃくって近くのベンチを指した。
目の下の隈二人組は、しばらく缶の中身を啜っていた。私の缶の中身が半分を切った所でシャカールが口を開く。
「別に俺の事で気を病む必要はない。基本的には不可能な事だったんだ」
「それは……どういう意味?」
「トレーナーは日本ダービーで俺を勝たせられなかった事を随分気にしているようだが、それがナンセンス、無意味だって言ってンだよ」
「無意味、ってそんな訳……。私がもっとしっかりしてれば、それこそベテランのトレーナーが貴方を担当してれば!」
「俺は勝てた、そう言いたいのか?」
声を荒らげる私とは対称的に、シャカールは横目で冷静に私を見つめるだけ。いつの間にか浮いていた腰を下ろす。
「……昨日は僅差だった。それは私の実力不足が問題で……」
「違う。俺の才能不足だ」
シャカールの発言に目を丸くする。
「才能不足って……シャカールは凄いウマ娘だよ。ホープフルステークスだって皐月賞だって勝った。不足どころか過剰といっても差し支えない」
「ホープフルステークスと皐月賞は勝ったか……。確かに早熟という才能はあった。けど、日本ダービー向けの才能が俺にはなかった。皐月賞から停滞気味だったのはトレーナーも知ってるだろ? その間に他の奴らに抜かされたんだよ。で、わずかな期間で成長出来た他の奴らが日本ダービー向けの才能を持ってたってわけだ。
例えベテランだったとしても短距離ウマ娘を長距離で勝たせるのは不可能に近いだろ? この件はそういう話だ。適性が無かったんだよ、俺には。だからトレーナーが自分の実力不足を嘆く必要はねェ」
「……」
シャカールは私が黙り込んでいるのを確認すると、“分かったら今日はさっさと寝るン
だな”と言って、立ち上がろうとする。
「けれど、貴方は勝とうとしていた」
私がそう言うと、シャカールは動きを止める。
ギリギリで考えが纏まった。続きを話す。
「無理だと分かっていながらも頑張ってきた。合理的な貴方が無茶な練習をするぐらいには勝利を求めていた。貴方のルームメイトからも聞いたよ、毎晩うなされてたって」
「……だから?」
「その願いを叶えられなかった私は、やっぱりトレーナーとして落第だよ。ごめん、シャカール。私は貴方を満足させて上げられなかった。謝って済む問題じゃないけど……ごめん」
そのまま
「わざわざ人を呼び止めて、何を言うかと思えば自虐。何だ? もしかしてマゾか?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
「真面目過ぎンだよ、トレーナーは」
シャカールは空き缶を放り投げる。缶はゴミ箱のふちに当たり、地面に転がった。
「俺がこのまま知らぬ顔で帰っても、お前は律儀に片付けンだろうな」
その通りだった。というか今まさに腰を浮かしかけた所。
「生きづらい性格だな。お前も……俺も」
シャカールは今度こそ本当に立ち上がる。
「俺の事を負い目に思うンなら、ファインの面倒を見てろ。アイツには俺の予測を上回る何かがある。そのデータを出来るだけ集めたい」
「うん、分かった」
返事を聞いたシャカールは、地面に転がった空き缶をゴミ箱に捨て直してから去っていった。
(ファインモーション)
日本ダービーから一日。あれからシャカールと話をできていない。学校の休み時間に会いに行こうとしたが、間が悪いのか出会う事はできなかった。とはいえ、彼女との話は長くなりそうなので、休み時間の短い間では足りないかもしれない。それを考えると、今の昼休みの時間まで彼女と出会えなかったのは、むしろ良かったと言えるだろう。
「シャカール」
彼女は中庭の外れにあるベンチに座り、パンを食べていた。
「わざわざこんな所まで来てどうした。お前はいつも食堂だろ」
「それはシャカールもでしょ。あては無かったけど見つかって良かった」
シャカールの隣に腰を下ろす。改めて彼女の横顔を見ると、目の下には深い隈が刻まれていた。第一声を決めていたのに、口にするのを逡巡してしまう。
「ほら」
「えっ、と」
私が怯んでいる隙に、シャカールはパンを手渡してきた。
「昼飯、食ってねェんだろ」
「あ、ありがとう……」
不調のシャカールに気遣われ、
「シャカール、私に何か出来る事はないかな?」
「何の話だ?」
「君が限界を超えるお手伝い。今までは何にも出来なかったから」
私がそう言うと、シャカールはパンを食べようと口を開けたまま固まる。彼女の口はパンを含む代わりに、大きなため息を吐き出した。
「……当然の様に俺が諦めない、って前提なンだな」
「うん。“菊花賞の後は衰えるだけ“、って言ってたから次の限界はきっとそこでしょ? 今から私にできることはないかな?」
シャカールの方に少しだけ間合いを詰めると、彼女は再びため息を付いた。
「……今はなンにも。しばらくは休暇だ。何をするにも手がつかねェ」
「手がつかない?」
「あァ。ダービーの振り返り、これからのトレーニングメニュー、データに不自然な揺らぎの見えるウマ娘の分析、いくらでもやる事はある。けど、昨日は何をする気にもならなかった。燃え尽き症候群ってやつかもな」
「そっか」
それを聞いて安心する。しばらくずっと張り詰めっぱなしだったシャカール。日本ダービーでの負けを気にして更に無茶をするようだと、本当に壊れてしまいかねない。どんな形であれ休んでくれて一安心だ。
「それじゃあエンジンが掛かったらいつでも呼んでね! できる事なら何でもするから!」
「……やっぱり、俺が諦めるとは思わねェのな。燃え尽きたまま終わっちまうかもしンねェぞ?」
「あ、それ! “燃え尽きたぜ……真っ白にな……”って奴だよね!」
「留学生が良くご存じで」
寝不足のせいか、返事がいつもよりやるせなく聞こえる。その雰囲気をかき消すように私はおどけた口調で言う。
「彼はリングの上で燃え尽きた。シャカールならターフの上でしょう?」
「……あァ。そうだな」
シャカールの眉が緩やかな曲線を描く。彼女がめったにしない柔和な顔。これが見れれば一段落だ。
「ンじゃ、またな」
「あ、待って」
シャカールには“今する事は無い”と言われたが、そんな事はない。今だからこそ出来る事を一つ思いついた。
呼び止められたシャカールは怪訝そうな表情。私は得意げな顔で自分の
「シャカール、寝不足でしょ。余の膝を使うが良い、許してつかわす!」
「……膝はいい、止めとく」
しかし、すげなく断られた。
「むー、余の膝枕が気に入らぬと申すか、貴様~!」
頬を膨らませて怒った素振りを見せる。こうすれば渋々了承してくれると思ったから。
「勘違いすンな。膝は止めとくって言ったんだ、商売道具だろ。代わりに肩貸せ」
しかし、私の思惑とは別に、シャカールが私の肩にこてんと頭を預けてくる。
「え、あ……!?」
「予鈴が鳴ったら起こしてくれ」
「う、うん……」
いきなりの事に少し動転してしまった。膝枕をする準備は出来ていたが、こういう形での接触は予想外。結構ドキドキしてる。頬にウマ耳当たってるし。あ、産毛がふわふわして……動くとくすぐったい……。
今日の昼休みはシャカールが身じろぎするたびにぐるぐると目を回す憂き目に……いや、良き目に遭ってしまった。