富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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15話 普段データキャラ気取ってるのに、肝試しに日和ってる奴いる? いねぇよなぁ!!?

 

(ファインモーション)

 

 時刻は午後8時半。日が長い夏にも関わらず、辺りはすっかり影の支配領域。

 

「これだけ暗いと雰囲気出るなぁ」

 

 懐中電灯の灯りを揺らしながら、いつもよりローテンションなグリードが言う。

 

「なんだよ、ビビってんのか? いつものバカ高いテンションはどこにいった? あァ“?」

 

 そう言うシャカールの声も、いつもよりローテンションである。言葉のブーメランが突き刺さったままの彼女を見ると、姿勢こそ普段通りだが、ウマ耳が周囲を探る様に動いている。顔色も若干青い。

 

「流石に肝試しではしゃぐのはご法度(はっと)でしょ。ちゃんと雰囲気楽しまないとね」

 

 グリードが林の方に懐中電灯を向けると、光に驚いた鳥が葉の音を鳴らしながら飛び立つ。

 

 バサバサッ

 

「キャッ!」「クキッ……!」

 

 驚いたトレーナーが可愛い悲鳴を上げた。

 

「ベタな展開だけど驚く人は驚くんだね。トレーナー、こういうの苦手?」

 

「いや、怖いのが苦手というよりビックリ系がダメなんだよね……。もちろん雰囲気がビックリ度合いを高めてるのは否定しないんだけど」

 

「まぁ、何がいるか分からない夜の暗さは不気味だからね。敏感になるのもしょうがないって」

 

 二人が話している間に私はシャカールの方を見る。トレーナーの悲鳴に紛れていたため近くにいた私にしか聞こえなかったようだが、彼女も奇妙な声を上げていたはず。

 

「鳥……そう、鳥だ。道が整備された人工林なんかで幽霊が出るわけねェだろ……! へ、へへへ……!」

 

 目の焦点が合っていないシャカールが自分を納得させるように呟いていた。普段とのギャップについ、口元が緩んでしまう。

 

「それで、これからどんな心霊スポットに向かうの?」

 

「廃棄されたトンネル。昔、工事中に落盤事故があって人死にが出たんだって。詳しい話、聞きたい?」

 

 私は隣のシャカールを見る。さっきまで周囲を窺うようにせわしなく動いていた耳が、今は何も聞きたくないと言わんばかりに伏せていた。

 

「気になるな」

 

 この発言は、もちろん悪戯心から出たものである。

 

「昔々、ある所に天涯孤独のサラリーマンがおったそうな……」

 

 語り始めたグリードはなぜか昔話風の口調だ。

 

「彼は気まぐれで受けた健康診断で不治の病を宣告されたんだと。寿命はもって3年、“このままでは誰からも看取ってもらえず、一人で死んじまう……” そう悲観した彼はある計画を立てたそうな。

 彼は建設会社で働いておって、今度開通するトンネルの責任者を任されとった。そこで故意に崩落事故を起こして他の人と無理心中しようとしたんだってよぉ。

 ほんで運命の計画当日。労働者達がトンネルに詰めかけ朝の挨拶をするわけ。“ご安全に“、1日の無事を願うはずの言葉の後さ、支柱の一本が突然崩れ、辺りは一瞬で崩落。首謀者含む、十数名が生き埋めになったんだと。

 今でも巻き込まれた人の助けを呼ぶ声や、首謀者の無理心中を誘う声が聞こえるとか聞こえないとか……」

 

 グリードが話を終えると、トレーナーやグリード自身が感想を述べ始める。

 

「無理心中のために崩落事故を起こすっていうのは……何と言うか派手だね」

 

「そもそも死ぬなら一人で死ねよって感じかなぁ、私は。それに現場の責任者がわざと崩落事故起こすって言うのもねぇ……責任感無いよね。もう一人の方を見習ってほしいもんだよ」

 

「もう一人?」

 

「現場にはもう一人責任者が居たの。崩落の原因を自分の安全確認不足と勘違いした彼は責任を感じて負傷者の救助に向かったんだって」

 

「へぇー、責任感の強い人だったんだ」

 

「まぁ、二度目の崩落に巻き込まれて彼も死んじゃったらしいんだけど」

 

「えぇ……、その人の評価が責任感の強い人から、二次災害に巻き込まれたおっちょこちょいに格下げされたんだけど……」

 

「隊長さんはこの話どう思う?」

 

「なぜ自分に……? いきなり感想を求められましても……」

 

「いや、SPの隊長さんなら幽霊に会ったりした事あるのかなぁって。ほら、偉い人って恨みを買いやすそうだし、幽霊から対象を護衛した経験とかない?」

 

「いえ、ございません。……そういえば、本日の護衛ローテーションから外れていますが、同僚に一人だけ“怨霊と戦った“と話していた者がいました」

 

「え、マジで?」

 

「酒の席だったので、恐らくは与太話でしょうが」

 

 三人が話している間、私はシャカールの方を見る。彼女は体を丸め、腕を組んでいた。体を丸めるのも、腕を組むのも防衛本能の表れだと聞いたことがある。

 カーブを描く彼女の背中に指で触れてみる。

 

「―――――!」

 

 一瞬で背中を逸らしたシャカールは、勢いそのままに隊列の前に出ていく。

 

「あれ? なんで前に来たの、シャカ?」

 

「お、お前らが邪魔で前の景色が見えねェんだよ……! 現代には緑が少なェからな、こういう所で補給しとかねェと体に悪いんだよ……!」

 

「なんか急に訳分かんない事言い始めた……」

 

 そんなシャカールの様子を見ていると、自然と口角が上がってしまう。誰に見られているわけでもないが口元を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分程歩くと、廃トンネルにたどり着いた。外は月明りで少しだけ明るいが、トンネルの中は明かりが一切灯っていない。トンネルの入り口を境に別の空間が広がっているかのような、異質な闇が存在していた。

 

「じゃ、入ろっか」

 

「ほ、ホントにここに入るの……? これは流石に尻込みしそう……」

 

 トレーナーがそう言うのもしょうがない。圧倒的な闇に進んで入ろうとする者は少ないだろう。

 

「地面を照らせばそんなに怖くないでしょ?」

 

 グリードが光を下に向ける。無限の暗闇が広がっていると思われたトンネルだが、私たちが立っている部分と地続きになっているのが分かると、幾分か恐怖心が薄れた。

 

「ぅぉ……っ! じ、自分の髪かよ……、そうだ、何もいねェ……俺たち以外には何もいねェ……いるわけがねェ……」

 

 自分の前髪に奇声を上げかけていたシャカールはその限りではないようだが。

 

「それじゃあ出発。ご安全に」

 

 前方に手を伸ばし、歩き出すグリードに続く。動き出しそうにないシャカールには“置いて行かれるよ、そしたら一人だね”と声を掛けておいた。すると、彼女は私の横に密着してくる。

 私よりシャカールの方が背が高いのだけど、今は体を丸めているせいで、私の方が目線が高い。今の彼女は小動物のように思えた。可愛い。

 

シャカールの珍しい一面が十分に見られてホクホク顔をしていると、急に変な感覚が。何か膜を通り抜けたような違和感。皮膚にべっとりと闇が張り付く嫌な感じ。

 

「ぅぇぃ……!」

 

 シャカールが蚊の鳴くような悲鳴を上げる。

 

「シャカールも感じた? 今の変な感覚」

 

「いやべつに全然一切そんなわけはねェ」

 

 対外的には強がりの姿勢を崩さないシャカールを微笑ましく思いながら、前へと視線を戻す。そこには誰もいなかった。

 

「……あれ? グリード達は?」

 

 少し足を止めてしまったので、先に行ってしまったのだろうか。いや、それにしても懐中電灯の光が見えないのはおかしい。

 

「光……?」

 

 そこで気づいた。一切明かりの無い廃トンネル、にもかかわらず辺りがぼんやりと明るい。私とシャカールの周囲だけを把握できる明るさ。しかし、少し距離の離れた場所には重たい闇が充満していた。

 それに音が聞こえない。グリードやトレーナーの足音が。

 

「お、おい、グリード……? トレーナー……?」

 

 シャカールがか細い声で呟く。しかし返事はない。こちら側の音が闇に吸収され、外には漏れないかの様だった。

 

「隊長?」

 

 今度は私。殿(しんがり)を務めていたSPの隊長に声を掛けるが、やはり返事がない。

 

「皆どうしちゃったんだろう……?」

 

「あ、あ、あれだろ? ど、どうせ俺らをビビらそうと仕組んでんだろ? あ、明かりを消してどっかにうずくまってるな? 音もしねェし、そうに違いねェ……!」

 

 言葉だけを聞くと冷静な分析を行えているシャカールだが、その目は正気を失っているように見えた。現にかろうじて足元が見える明るさにも関わらず、彼女は駆け出す。

 

「うぉぁっ!!」

 

 やはりと言うべきか、彼女は転んだ。

 

「だいじょう……」「……けて」

 

 “大丈夫?” と声を掛けようとしたが、他の誰かの声が聞こえた。非常に小さいが、妙に通る声だった。

 シャカールの声かと思って、彼女の顔を見る。しかし、彼女は口を(つぐ)んだまま自分の足首へと視線を向けている。彼女の目線を追うと――そこには半透明の手首が。

 

「……は?」

 

 地面から生えた腕がシャカールの足首を掴んでいた。

 

 一拍おいて、シャカールは大暴れし始める。掴まれている足を振り回し、地べたをはいずるようにして、何とか半透明の手から逃れようと必死だ。真に恐怖した時は言葉も出ないらしい。

 超自然的現象の腕も、ウマ娘の膂力には勝てなかったらしく、シャカールの足首を離す。その瞬間、腕は完全に色を失い、見えなくなった。

 

「今、のは……? くそ……ッ、わけわかンねェ……」

 

 肩で息をするシャカール。彼女が立ち上がり、服についた汚れを払い落としていると、肩に半透明の手が乗った。

 

「……ふぁ、ファイン? 別にこれぐらい、手伝う、必要……?」

 

 離れた所にいる私が手伝えるはずもない。私は首を横に振る。

 

「……す……けて……」

 

呻くような声が聞こえた瞬間、シャカールは弾かれた様に上半身を振った。手を振り切った彼女は、倒れ込むようにしてトンネルの壁に背中を預ける。正体不明の腕に対し、死角を減らそうという試みか。

 

「たす……けて……」

 

 しかし、シャカールの抵抗をあざ笑うかのように、トンネルの壁から腕が生えてきた。

 一つ、シャカールの口を塞ぐ。二つ、彼女の腕を掴む。三つ、彼女の脚を掴む。四つ、五つと彼女の体にしがみつく。

 無数の手がシャカールに絡みつき、彼女は物理的に動けない状況に(おちい)った。

 

「シャカール!」

 

 私は急いで駆け寄る。シャカールは口を掴まれながらも首を振る。“近寄るな”と目線で訴えかけられたが、まさか見捨てる事など出来るはずもない。

 

 シャカールの口を抑えている手を剝がそうと、半透明のそれを掴んだ。透過してもおかしくない薄さだったので、(さわ)れた事に少しだけ驚く。その一瞬の隙に、半透明の手は私の手を掴んできた。その力はかなり強い。

 

「バカがッ! 速く逃げろッ!」

 

 叫ぶシャカールを他所(よそ)に、私は半透明の手に集中していた。掴まれて初めて分かる、この手は私達を害そうとしているわけでは無い。何かに(すが)るような手つきに感じられる。“溺れる者は藁をも掴む”という日本のことわざが、なぜか頭に浮かんできた。

 

「たす……けて……」

 

「……」

 

 私は半透明の手を両手で包む。そうしていると半透明の手から力が抜けていき、霧散していった。

 それを皮切りにシャカールを掴んでいた腕が一斉にこちらへと伸びてくる。所かまわず体を掴まれ、少しだけ体勢を崩してしまった。

 

「ファイン!」

 

「大丈夫」

 

 私に纏わりつく手を払おうとしたシャカールを制止する。私に縋って来る半透明の手、その一つに手を重ねる。

 

「君達も大丈夫だからね」

 

 再び半透明の手が霧散する。その後も一つずつ丁重に(とむら)っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の手が成仏した後、糸が切れたようにシャカールが地べたに座り込んだ。

 

「なんなんだここは……悪い冗談だぜクソッ……」

 

「本当にいるんだね、幽霊って」

 

 “幽霊”と私が口にした瞬間、シャカールは身震いした。

 

「い、いるわけねェだろ、幽霊なんか……。非科学的だ」

 

「さっきから非科学の連続だったけど……」

 

 半透明の手が地面を透過したり、壁を透過したり、霧のように消えたりと、どれも科学では説明できない現象だった。

 

「と、とにかくだ! こんな薄気味悪い所にいられるか、さっさと外に出るぞ」

 

「それには賛成だけど、先にみんなと合流しないと」

 

 二人で辺りを見回すが、暗すぎるせいでどっちの方向から来たのか、どこにみんながいるのかがさっぱり分からない。

 

「「……」」

 

 さっきまでは異常事態の真っただ中で気にする余裕が無かったが、冷静になると明かりの無い空間の不気味さが心を侵食してくる。

 

「け、携帯で連絡取りゃあ……」

 

「やっと見つけた!」

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

 突然の声にシャカールが大声を上げ、携帯を取りこぼした。それだけに留まらず地面を転がるようにして声の方向から距離を取る。

 地面に落ちたスマホの光が、シャカールを驚かした正体をぼんやりと照らす。

 

「あ、グリード」

 

「二人ともどこ行ってたの? 急に姿が見えなくなってもー、探した探した。ほら、付いて来て」

 

 グリードの軽い態度が今はありがたい。不気味なトンネルの中だが、幾分か気が紛れる。

 

「…………」

 

 安堵する私とは対称的に、シャカールは(いぶか)しむような表情を浮かべていた。

 

「シャカール、どうかした?」

 

「……いや、何でもねェ。今はあいつに付いていく。ただし手ェ繋ぐぞ」

 

 シャカールは私の手を握り、歩き出す。私も引っ張られるように足を進めた。

 

 

 

 トンネルを歩く道中、誰も言葉を発しない。変な緊張を感じながらもグリードの背中を追っていた。

 ふと気づく。どうしてグリードは満足な光源が無い中、迷いなく歩みを進められるのだろうか。トンネルに入る時は懐中電灯を持っていたはずなのに、今は持っていないのだろうか。

 

「ねぇ、グリー……」

 

「昼間食ったスイカは美味かったよなァ、グリード?」

 

 私がグリードに疑問をぶつける前にシャカールが口を開いた。

 

「え、スイカ? 急に何? どしたん?」

 

 足を止め、怪訝そうな顔で振り向くグリード。が、それも当然の反応だ。私もシャカールの問いかけの真意を理解できず、首を傾げる。

 

「スイカ割りの時のだよ、美味かったか?」

 

「まぁ、そりゃ美味しかったけど……」

 

 その返事を聞いた瞬間、シャカールの意図に気づいた。

 

「今する話? それ? 今はトンネルを抜けるのが先でしょ」

 

 グリードは呆れた顔を見せた後、再び先導を始める。しかし、私達が彼女について行く事は無い。

 

「……どうしたの二人とも? 忘れ物?」

 

「お前、誰だ?」

 

 振り返ったグリードに、シャカールが厳しい目を向ける。

 

「誰って、グリードだけど」

 

「フルネームだ、言ってみろ」

 

「…………」

 

 答えない。それが答えだった。

 

 

 

「シャカール、どうして気づいたの? あの子がグリードじゃ無いって」

 

「不審な点は色々あったが……1番は俺がアイツの声にビビッて明らかな醜態をさらした時。本物のグリードだったら他の何を差し置いても俺を揶揄(からか)うに違いねェからな」

 

「それは……確かに」

 

 そんな所から偽物疑惑が掛けられた目の前の人が、少しだけ不憫(ふびん)に思えた。

 

「そンでカマかけたって訳だ。グリードがブッ叩いたせいでスイカは爆発四散したからな」

 

 誰も食べていないはずのスイカを美味しいと言ったため偽物だ、という論理。

 

 “初めからフルネームを聞いていれば、カマを掛ける必要はなかったんじゃないかな?“ その疑問は心の奥底に封じ込めておいた。多分シャカールがカマをかけてみたかったのだろうし、今はそれを聞くような場面では無い。

 

「とはいえ、ここからどうするか。た、多分あいつもあれか……? あ、あの半透明の手と同じ手合いか……?」

 

 さっきまでは探偵の様な推理を披露し、頼もしく見えたシャカールだが、相手が幽霊の類かと疑った瞬間に冷や汗をかき始めた。繋いだ手も若干震えている。

 

「…………」

 

 “グリードの姿をした誰か”は沈黙を貫いていた。いつもは表情豊かなグリードの顔が、今は無表情に脱色されている。それが何よりおどろおどろしい。

 

「このまま下がるのはどうかな? あの人、私達を向こうに連れて行こうとしてたから、その逆に行けば逃げ……」

 

 ピシッ!

 

「ぅお……っ!」

 

 突然のラップ音。私もシャカールもつい振り向いてしまった。急いで視線を前に戻すが後の祭り。“グリードの姿をした誰か”は目の前まで迫ってきていた。

 

 ペチ

 

 今度は間の抜けた音が響く。シャカールの眼前で猫だましが繰り出された音。彼女は怯み、目を閉じてしまう。“グリードの姿をした誰か”はそのままシャカールにぶつかり、姿を消した。

 まるで、幽霊がシャカールに乗り移ってしまったかのような光景だった。

 

「……シャカール?」

 

 不安を隠し切れない声で呼びかけるが、返事はない。シャカールはゆっくりと歩き出した。幽霊が私達を連れて行こうとした方向に。

 

「だめっ……!」

 

 咄嗟にシャカールの腕を掴む。しかし、単純な膂力はシャカールの体の方が上。次第に体が引っ張られる。

 

「つれてく……ひとりは、さびしい……」

 

 シャカールの体から男性の声が聞こえた。恐らくは幽霊の声だろうか。話せるなら交渉の余地がある。

 

「連れて行かないで欲しいな。大事な友達なの」

 

 返事はない。徐々に体が引っ張られる。

 

「……お願い、シャカールを返して」

 

 返事はない。しかし力が拮抗する。私とシャカールの体、双方が動きを止めた。

 

「つれてく……ひとりは、さびしい……」

 

 先ほどと変わらない文言。だが、言葉には続きがあった。

 

「けど、つれてくのは……ひとりでいい……。だから……えらんで……」

 

 その意味はすぐに理解できた。

 

 

 

「わかった……。いっしょに……きてほしい……」

 

 シャカールの手が私を掴む。返事は口にしていない。しかし、無意識化では決めていたらしい。そのまま何かが体に入って来る感覚と共に気が遠くなっていく。

 王族としての使命を果たせない、レースに出られなくなる、しばらく顔を合わせていない家族。大切な事が頭をよぎるが、それも次第に薄れて―――。

 

 

 

 パチン

 

 良く響く指鳴りの直後、意識が明瞭に。力を失い、重力に従うシャカールの体を咄嗟に受け止めた。

 

「一体何が……」

 

「生存良し」

 

 また別の声が聞こえてきた。声のした方に急いで視線を送る。そこには作業服を着た人が立っていた。ただし、首から上が存在していない。

 首なしの幽霊はシャカールを指差している。

 

「生存良し」

 

 今度は私の方を指差した。

 

「退路良し」

 

 次にトンネルの向こう側を指差した。退路、あちらに行けば帰れると言う事だろうか。

 

「君が助けてくれたの?」

 

「照明良し」

 

 私の問いかけに対しては何も答えてくれない。代わりにトンネルの照明がぼんやりと灯る。

 

「……助けていただき、感謝致します。貴方のおかげで無事に済みました」

 

 厳粛にお辞儀をするが、やはり返事はない。気絶したシャカールを背負い、首なしの幽霊が指した方向に歩いていく。

 

「ご安全に」

 

 背中からはそれだけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 自分の足音だけが響くこと数十秒。一人の時間に押しつぶされそうになる。首なしの幽霊と一緒にいた時の方が安心できるとは、何とも奇妙な事だ。

 シャカールを背負い直し、また一歩進む。すると何かを通り抜けるような感覚がした。それをキッカケにトンネルの照明が落ちる。突然の暗闇に足を止めていると、視界に一条の光が。

 

「あー! やっと追いついた!」

 

 遅れて、底抜けに明るい声が聞こえてきた。

 

「二人とも速すぎ……、というかこのトンネル意外と長いな……」

 

 私の目にはグリードが膝に手をつき、一息入れている光景が映っている。

 

「……ねぇ、グリード」

 

「何?」

 

「自分のフルネーム、言ってみてくれる?」

 

「スーパーグリードだけど……え、何? 何の本人確認?」

 

「う、ううん、何でもないの。気にしないで」

 

 内心胸をなでおろす。グリードは首を傾げていた。

 

「それよりさ、ファインもシャカもいきなり走りだしてどうしたの? まぁ、追いつけたから良いけど。……というか、この暗闇の中で良く走れたね?」

 

 私達があの非日常を体験していた間、グリード達の方では私達がいきなり走り出した事になっているらしい。

 

「殿下! ご無事ですか!?」

 

 そこに隊長も駆けつけてくる。

 

「えっと……それは……」

 

「そりゃ、“あんなの”が追ってきたら誰だって逃げンだろ」

 

 どう説明したものかと思い悩んでいると、シャカールの声が。彼女はいつの間にか私の背中から降りていた。懐中電灯の光で目覚めたのだろうか。暗いせいで、シャカールが気絶していた事はグリード達には気づかれていない様子だ。

 

「“あんなの”って?」

 

「半透明の化けモンだよ。今思えば、あれは幽霊だったかもな」

 

「幽霊~?」

 

 怪しい、といった表情を浮かべるグリード。

 

「私は見てないけど? それに追ってきたって……隊長さんが一番後ろにいたでしょ? 見た?」

 

「いえ、私は見ていませんが……」

 

「私も見てない、隊長さんも見てない、多分トレーナーも見てない。と、いう事は……?」

 

 グリードは顎に手を当て、ニヤニヤと口角を歪めた。

 

「シャカがビビりすぎて幻覚でも見ちゃったとか?」

 

「俺だけならそうかもな。だが、ファインも見たぞ。……なァ?」

 

「うん」

 

 この場はシャカールに合わせる。すると、グリードは頭に疑問符を浮かべ始めた。

 

「うーん……。シャカだけならともかく、ファインまでも……」

 

「殿下。その、疑う様で申し訳ないのですが……本当に見たのですか?」

 

「はい。この目でしかと」

 

 完全な嘘ではない。幽霊自体は本当に見た。私の返事を聞いた隊長は誰かに電話をかけ始める。

 

「……分かった! シャカがビビッて逃げ出したのをかばうため、心優しい殿下が口裏合わせてる、とか!」

 

「アホか。口裏合わせる暇がどこにあったんだよ」

 

「そんな暇は……無かったな、うん。だったら……ファインがテレパシーで全ての事情を察した、とか!」

 

「テレパシーの存在を前提にすンなら、幽霊の存在の方を前提にしろよ」

 

「ダメダメダメ! すぐ引き上げて!」

 

 グリードとシャカがいつものやり取りを繰り広げていると、突然大きな声が鳴り響く。発生源は隊長の携帯からだ。どうやらスピーカーモードになっている様子。

 

「どうしたの?」

 

「も、申し訳ありません。幽霊という事で怨霊と戦った経験があるという同僚に電話したのですが……」

 

「あ、殿下! お聞きしていますでしょうか!? 聞かれているのならすぐに引き上げてください! 幽霊は本当にいるんです!」

 

「幽霊の危険性は?」

 

 電話口のSPはかなり慌てている様子。隊長が冷静に問いかけると、幾分か声のトーンを落ち着ける。

 

「……あいつら、生物には基本干渉できないので、そこまで危険ではありません。しかし、驚いたり、恐怖の感情を抱いた生物に対しては干渉してきます。そうなると金縛りにしたり、体を乗っ取ったりと、向こうの思うがままです。ですので、何かある前にその場を離れた方が賢明かと」

 

 分かりやすく簡潔に幽霊の危険性を伝えてくれた。その内容は私の体験と照らし合わせても大きなズレが無かったので、あれらは本当に幽霊だったのだなと再認識する。

 

「殿下、お手を失礼します。私について来て下さい」

 

 隊長は私の手を握り、先導してくれる。

 

「え~マジでいるんだ、幽霊って」

 

「言ってる場合か。さっさと出るぞ」

 

 遅れてシャカールとグリードも私たちの後に続く。

 

「は、速すぎ……とても……追いつけない……。 あれ……? みんなどうして、ぇぇぇぇぇ……!」

 

 道中、息を切らしていたトレーナーを回収し、私達は一目散にトンネルを抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜の11時。無事、宿泊所に戻ってこられた私達は各々の部屋で眠りにつこうとしていた。

 

「……シャカール、起きてる?」

 

 シャカール、グリード、私の学生三人は同じ大部屋。そのうちの一人に呼び掛ける。

 

「……一応な」

 

 ぶっきらぼうな返事に少し気分が高揚した。夜に同年代の友達と秘密の話をする。それも普段と違う環境であれば尚更。

 

「何だか眠れなくって」

 

「そうだろうよ。グースカ寝てるこいつの方が異常だ」

 

「ウリが……ウリ科の野菜が襲ってくる……! 昼間割ったスイカの事は謝るからぁ……!」

 

 愉快な寝言を呟くグリードに、二人で笑った。

 

「まぁ、こいつは実際に体験したわけじゃないか」

 

「うん。今になって思い返すと本当に非現実的な体験だったね」

 

「これ以上深堀りは止めろ。思い出したくもねェ……」

 

 声だけでも“うんざり”という感情が良く伝わってきた。

 

「そうだね。これ以上話しちゃうとシャカールが一人でトイレに行けなくなっちゃうもんね」

 

「っ……! ……付き合わねェぞ。今日は色々あって疲れた。トンネルでは事実のすり合わせが面倒だったから適当に誤魔化したンだ。ここでも面倒はゴメンだね」

 

 ごそごそと擦れる音が聞こえる。恐らくシャカールが私に背中を向けた音。

 

「お休み、シャカール」

 

「……あァ、お休み」

 

 それでも“お休み”の一言を返してくれるのは、優しいなと思った。

 

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