富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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誤字脱字報告をくださった読者の方々、大変ありがとうございます。
わざわざ労力を割いてくださる事に頭が上がりません。


17話 私以外はすこぶる順調

 

(ファインモーション)

 

 今日は8月27日、一か月余りの合宿の最終日。私はトレセン学園へと帰るバスの前にいた。バスの窓からは、グリードが口をパクパクと動かしているのが見える。

 声は聞こえないが、口の動きと彼女の性格から“ファイン~! 速く乗ったら?“などと言っているのではないだろうか。

 

 想像の言葉に従うようにしてバスに搭乗する。バスの席は中央の通路を境に、右に二列、左に二列の構成。左の二列にはグリードとシャカールが座っている。私は右列の通路側、トレーナーの隣に座った。

 

「合宿ももう終わりかぁ。……いや、それにしても私は練習の辛さに耐えてよく頑張った、感動した……!」

 

 グリードがスマホを操作しながら呟く。

 

「何いきなり自画自賛してンだおめェは」

 

「だって見てよ、この記録! コツコツ練習してきた集大成が数字としてこのファイルに……って、あれ? データどこに保存したっけ? あー……え? ちょっと待って、ヤバいヤバいヤバい」

 

「保存のし忘れか、間違って削除したか」

 

「終わった~……! え? いや、これダメでしょ……! 私の一か月、全部消えたんだけど……!」

 

「記録だけだろ。体の方には残ってンだからいいじゃねェか」

 

「いーや、これもう終わった。終了のお知らせ。レース引退します。それと今後一切コンピュータを信用しません。やっぱ紙だよ。データとかいう目に見えないものを信用してはいけない」

 

「……はぁ。おら、スマホ貸せ。

 携帯の契約内容によってはバックアップが……いや、アプリのデータまでは残ってないか。それならクラウドにバックアップしてたり……ほら、あったぞ」

 

「データ最強! 技術の進歩最高!!」

 

 左列の賑やかさが、欠員の有無を確認しに来た運転手によって収まる。それからややもせず、バスが出発した。

 合宿所から遠のいていくと、楽しかった合宿も終わってしまうんだな、と少しだけ感傷的な気持ちになった。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「どうしたの、ファイン」

 

「次のレースは秋華賞だったよね?」

 

「うん、そうだけど……急にどうしたの?」

 

「ううん、確認したかっただけ。GIのレースって初めてだから今からちょっとソワソワしちゃってるの」

 

 私が今までに走ったレースは最高でもGIIのグレード。それでも沢山の観客と速い競争相手に囲まれて、その中でコンマ一秒単位を競い合う。とても楽しかった記憶だと今でも鮮明に思い出せる。

 GIIでもあれほど凄かった、ならばGIともなるとどれ程凄いレースになるのか……。

 

「ふふっ」

 

 それを思うと、どうしても笑みを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋華賞当日。京都レース場は満員の観客で溢れていた。

 

「ファインモーションーー! 期待してるぞー!! 頑張れー!」

「今回のレースも勝ってねーー!!」

 

 そのうちの大多数の方が私に期待を寄せてくれている。すさまじい熱気、この内側で走れる。

 

 そう考えると、思わず頬が締まりを失いかける。

 

「……ごめんなさいっ!」

 

「ファイン!?」

 

 最低限の断りを残し、人気のない所まで移動する。口元を抑えてなんとか凛々しい表情を形作ろうとしていると、遅れてトレーナーが追いついてくる。

 

「だ、大丈夫……? 観客の多さに緊張した?」

 

 心配そうな顔で話しかけてくるトレーナーに、未だに決まりの悪い顔で答える。

 

「緊張ではないよ。でもさっきからにやけが収まらないの! ほら、今も!」

 

「に、にやけ?」

 

「そう! あれほどの熱狂の中で走れると思うと、どうしても楽しみで!」

 

 GIIのレースとは観客の数も、熱も、雰囲気も全く違う。私の奥底からグツグツと走りたい、競争欲が湧きだしてきて止まらない。

 

「けど、観客の皆は私の優雅に走る姿を期待しているはずだから、あんまりはしゃいで走らない様にしないと……」

 

 ぐにぐにと頬を揉んで、顔を整える。

 

「どう? 凛々しくなったかな?」

 

「……っぷ、くく……」

 

 トレーナーは私の顔を見て笑いを堪えきれていなかった。

 

「うーん……やっぱりまだにやけてるかなぁ……」

 

「あ、いやそうじゃなくてね……。普通はこういう大舞台じゃあ緊張するものなんだけど、ファインは心配するところがズレてるな、って思っただけなの」

 

「そうなの? じゃあ私の顔、にやけてない?」

 

「うん、今はにやけてないよ。……というより、観客はファインの優雅な姿よりも、全力で走っている姿を期待してると思うよ。だから、にやけながらでも何でもいいから全力で楽しんでおいで」

 

「そっか……うん、それならそうするよ!」

 

 大義名分を得た私は、頬を緩ませたまま競技場へと戻る。心身共に絶好調の私は誰にも負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

『ファインモーション抜け出した! 残りは200! 後続は追いつけない! 差をどんどんと広げていき――今ゴールイン!!』

 

 

 

「はぁっ……はぁっ…………ふふふっ」

 

 一番にゴール板を駆け抜ける気持ち良さに笑みがこぼれる。

 

 いけない。ターフの上で歯を見せるのは良くないよね……?

 

「うおおおおおぉぉぉ!!」

 

「わっ!?」

 

 自分の行いを制していると、突然観客から歓声が上がる。

 

「すげー……! 鳥肌立った!」

「あの顔見てたら私まで走りたくなってきちゃった……!」

「俺もウマ娘に生まれてればなぁ~……!」

 

 観客達はそれぞれの笑顔を浮かべて、口々に感想を言っている。それを見て、私も我慢せずにとびきりの笑みを浮かべた。

 

 皆は本当に私の凛々しい姿じゃなくて、全力で走る姿を期待してくれていたんだ……。

 

 少しだけ安堵しながら、空を見上げる。

 

 ――なんて綺麗な秋空。本当にレースって素敵……!

 

 私はGIの舞台で、人生最大ともいえる喜びを嚙みしめた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

「お疲れさまー! いやー、凄い人気だったね!」

 

 秋華賞のウイニングライブを終えた私を真っ先に迎えてくれたのはトレーナー。次いでグリード。シャカールは腕を組んで、遠巻きにこちらを見ている。それに少し寂しさを覚えたが、今はトレーナーに確認するのが先だ。

 

「トレーナー、次のレースだけど……!」

 

「き、気が早いね……足に問題が無いようなら、一か月後だけどエリザベス女王杯になるかな」

 

 次走もGI。また、今日の様な熱気の中でレースができる。そう考えると、無意識に足が動いてしまう。レースとライブの疲労も感じない程に精神が高揚する。

 

「今から楽しみ……! あ、でもその前にシャカールの菊花賞があるんだっけ?」

 

「一応な」

 

 出走するシャカール本人は気の無い返事を返してくる。

 

「なーんか気合足りないぞ? そんなんで本当に菊花賞勝てんの? 勝算は?」

 

「九割九分」

 

「データキャラの99%は信用できないんだよなぁ。大体裏目引くじゃん」

 

「まぁまぁ……、今の時点でもシャカールの仕上がりは完璧だから、このまま調子を崩さなければ見込み大だよ」

 

 怪訝な顔をするグリードにトレーナーが補足を入れてこの話には区切りがついた。グリードが別の話題を持ち上げる。

 

「それにしても、今日でファインもGIバかぁ~……。こりゃ、同じチームとして私も早いとこGIとっとかないと」

 

「GIつってもどれ取るつもりだよ」

 

「う~ん、手近な所で出走条件を満たせそうなのは……有記念とか?」

 

「今のお前の状態でどうやったらファン投票で選ばれると思いこめンだ? どういう思考回路してンのか開示してくれ」

 

「いやー、最近オープンクラスで一勝したし? 加えて私の溢れて隠し切れないスターオーラをもってすれば、滑りこみギリギリくらいで選ばれたりするんじゃない?」

 

 グリードの大げさに見積もった発言に対して、シャカールは大きくため息をついた。

 

「まぁ、滑り込みギリギリって表現をした所にほんの僅かの成長を感じてやる」

 

 いつものように憎まれ口を叩くシャカールだが、どことなく元気が無いように感じる。

 

「……やっぱりな~んか元気ないんだよなぁ」

 

 鈍感なグリードでも気づくぐらいには。

 

「別に俺の事はどうでもいいだろ。ほら、これからファインの祝勝会だ。先行ってるからな」

 

 ひらひらと後ろ手に手を振りながら、シャカールは行ってしまう。

 

「うーん、あんな調子で大丈夫かなぁ。日本ダービーの二の舞にならなきゃいいけど……。トレーナーから喝入れた?」

 

「喝は入れてないけど、それとなく探ってはみたかな。そしたら“負けたら負けたでそっちの方が都合が良い”って言ってた……」

 

「負けても良い!? そりゃまたどうして!?」

 

「そこまでは分からない。シャカール、あんまり語るタイプじゃないから。……いや、それとも私、信用されてないのかなぁ……」

 

「まぁ、シャカールもお年頃だからね。繊細な時期なんだって。トレーナーのせいじゃない、ない」

 

 グリードがガックリと肩を落とすトレーナーの背中をさする。

 

「学生に慰められる私って……」

 

「あら、地雷踏んじゃった……?」

 

 しかし、逆効果だった様子。少し経ってからトレーナーはシャキッと背中を伸ばす。無理やり気持ちを切り替えたようだ。

 

「シャカール、あんな調子だけど体の仕上がりは過去一番なんだよね。贔屓(ひいき)目込みでも彼女が負けるとは思えないんだ」

 

「そっかぁ……わざと負ける、ってのもシャカっぽくないしねぇ」

 

「そもそもわざと負けるならあれだけ体を仕上げたりしないだろうし」

 

「つまり“敗北を知りたい”……ってコト!? ……もう知ってるのに」

 

 トレーナーやグリードが色々と想像を広げているが、私はシャカールが負けたがっている理由が多分だけど分かる。

 

 きっと彼女は自分の予想を覆す存在の出現を望んでいる。そうなれば、予測を覆した人を起点として自分の限界を超える方法を探すのだろう。

 

 シャカールはデータ屋さんだから、自分を負かした人を隅から隅まで調べて何か法則を見つけて……

 

 そこまで考えて、何故か胸がモヤモヤした。シャカールを負かした人を見ず知らずの誰かから自分に置き換える。するとモヤモヤが晴れた。

 

 私も長距離を走れたら良かったな。流石に菊花賞の3000mだとシャカールに勝てる自信はないし……。でも、もし私がシャカールを負かしたら、彼女は私を特別意識して……。

 

 思考がイケない方向に流れているの気づく。頭を振って思考をリセットしようとするが、浮かんでくるのはシャカールの事ばかり。

 

 そういえばシャカール、私には何にも言ってこないっけ。“出来る事があれば手伝う”、って言ったのに……。

 

 結局、その後もじっとりとした思考がキノコみたいに次々生えてきてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊花賞当日。結果から言うと、シャカールは勝った。しかし、GIで勝利を上げたのにも関わらず彼女は終始仏頂面だったのと、

 

「……やっぱり予測は覆らねぇか」

 

 そう吐き捨てていたのを良く覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊花賞の後に、シャカールと二人で会う機会があった。珍しくシャカールの方から呼び出されて、だ。

 

「シャカール、どうしたの? 急に呼び出して」

 

「とりあえず横、座れよ」

 

 言われるままに、シャカールの隣に腰かける。

 

「……エリザベス女王杯の後は、有に出ンだろ?」

 

「ファン投票次第だけどそうだね。シャカールも出るんでしょ? 公式戦じゃあ初めてシャカールとレースするわけだね。……ふふっ、今からすごく楽しみ!」

 

「ケッ、二つ先のレースより一つ先のレースの心配をしやがれ。エリ女は秋華賞と違って、シニアの奴らもレースに参加すんだぞ?」

 

 呆れた顔のシャカールに対して、私は勢いそのままに答える。

 

「その点は大丈夫! 今の私、誰にも負ける気がしないから! もちろんシャカールにもだよ?」

 

「……ハハッ、そうかよ」

 

 私が威勢よく宣言すると、シャカールは根拠のなさを指摘するでも、対抗心をむき出しにするでもなく、どこか安心した様子で笑っていた。

 その様子に違和感を覚えた私が少しの間黙っていると、続けてシャカールが発言する。

 

「一つだけ良いか、ファイン?」

 

「なぁに?」

 

「……有で一着を取ってくれねェか?」

 

 

 シャカールの突然のお願い事。私の頬がみるみる緩んでいく。

 

 シャカールが私を頼ってくれた。有マでシャカールを負かし、一着を取る事で彼女の予想を覆す事が出来る。すなわち、私が彼女の特別な存在になり、彼女の心に(くさび)のように居続ける事が出来る。そして同時に、行き詰まっている彼女の道しるべともなれるのだ。

 

 そう考えると、興奮と喜悦を抑えられなかった。

 

「分かった! 一緒に走ってるシャカールが見惚れるぐらいの走りをするから!」

 

 私は嬉しさのあまり、ベンチから立ち上がりながら快諾する。

 

「あぁ……頼んだ」

 

 そう言うシャカールの声には、どこか縋るようなニュアンスが含まれている気がした。

 

「うん……頼まれたよ」

 

 私の深読みかもしれないけれど、使命感に燃えずにはいられなかった。

 

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