富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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18話 もしかしてGIに出てる奴全員幻覚見てる?

 

(ファインモーション)

 

 エリザベス女王杯当日。秋華賞の時と同じように、京都レース場は満員だった。

 

「ファインーー!! 今日も頼むぜー!!」

「きゃー! 女王様―!!」

 

 私がパドックで手を振ると観客のみんなが私を応援してくれる。その声を聞くと、どんどん頬が緩んでしまう。

 “みんなの期待を背負ってターフで競い合う“その事を考えるだけで、嬉しさや楽しさがとめどなく溢れてくる。今の私はきっと締まりのない顔をしているに違いない。

 けれどそのままで良い。“優雅に走る”なんて考えなくても良い。ターフの上では衝動の(おもむ)くままに走って良いのだ。私は表情そのままに控室へと戻った。

 

 

 

「おかえり、ファイン……って、すごいニコニコしてるけど大丈夫? その顔は学校が台風で臨時休校になった時ぐらいしかしちゃ駄目じゃない?」

 

 控室へ戻るなり、グリードが私の顔を見て驚く。

 

「どうかな。レースが楽しみすぎて、もしかしたらゲートが開く前にフライングしちゃうかも?」

 

「それは危ないよ! ファイン、一旦深呼吸して! それで落ち着こう!」

 

 私が冗談を言うと、トレーナーが真に受けたようで大真面目にアドバイスしてくれる。実際に走る私よりもトレーナーの方が緊張しているのではないだろうか。

 トレーナーを落ち着ける為に、目を閉じて深呼吸する。

 

「……うん。もう大丈夫」

 

「良かった……。けど、顔はにやけたままだね」

 

「ふふ、それも大丈夫。今の私はレースを楽しみにすればするほど力が湧いてくる感じがするから。顔が緩んでいるほど強くなれるんだよ?」

 

 私がそう言うと、強張っていたトレーナーの顔も緩む。

 

「そうだね。レース、目一杯楽しんできて!」

 

「うん!」

 

 トレーナーに激を貰った私はバ場へと向かおうとする。控室を出る際、ドアの横にもたれかかっていたシャカールに声をかけた。

 

「勝ってくるからね」

 

「今日は心配してねぇよ。お前なら勝つさ」

 

 シャカール予想のお墨付きも貰った私は意気揚々と控室を後にした。

 

 

 

 

 

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートインしました。…………そして今スタート!!』

 

 

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 凄い。同じGIでも秋華賞の時とは違う。歴戦のシニアが混ざった今日のレースは確実に一段上のレベルにある。

 そんな中でも私は一番人気。その期待に応えるため怯むわけにはいかない。慌てず自分の走りを続けていると、戸惑いは次第に消えていく。代わりに勝つか負けるか分からないというワクワクと興奮が相混じった感情に。

 思わずスパートをかけてしまいそうな自らを何とか抑えながら、好位につけてレースを進めていく。

 

 

 

 レースは終盤、第四コーナー。私は前から4番目。残りは600m。

 

 うん、ここからなら……っ!

 

 自分の脚と相談した結果、イケると判断した私はグンと加速する。最終直線に向けてギアを上げていく私だが、外から迫る影が私を抜かした。

 

 速い……!

 

 更に速度を上げようとするが、コーナーでは思うような加速が出来ない。ズルズルと差を広げられ、フラストレーションが溜まっていく。

 

 ダメ、このままだと負けちゃう……!

 

 この時の私は初めて走った時を思い出していた。シャカールが私を抜かし、それに対して私がカウンターを仕掛けるが、追いつく事は出来なかった。

 前を走る子にシャカールの姿が重なる。

 

 今度は……絶対に負けない!

 

 負けん気をむき出しにしたその時、私の視界を蝶々がよぎった。約60kmで走るウマ娘と蝶々が併走できるわけは無い。そんな理屈を頭に浮かべている間にも、蝶々はふわりふわりと前に躍り出る。私はその蝶々から目が離せず、視界の真ん中に収めようと頭を動かす。

 すると、上がり気味だったアゴが下がり、体の中心に一本の芯が通った感覚が。地面を踏みしめる左足からは、今までにない反発力を感じる。ともすれば足を壊しかねないその反作用を足首、膝、腰、上半身をクッションに体全体で受け止める事が出来た。

 

 その瞬間、体に纏わりつく空気を引きちぎるような音を幻聴した。

 

 

 

 

 

 

『第四コーナー、ファインモーションがどんどんと速度を上げていく! すさまじいコーナリングだ!!』

 

 

 

「っ……! ファイン、お前……!」

 

 

 

 

 

 

 凄い……! 私が私じゃないみたい……!

 

 絶好調、それですら控えめな表現だ。今の私は自分が想像すら出来なかった理想以上の走りを実現できている。

 異常な好調も視界の中に蝶々が現れてから。今も蝶々は私を先導するように飛翔している。私はそれについて行くだけで良いのだ。

 

 レースの終盤。一番苦しい最終直線にも関わらず、私の表情筋は笑顔を生み出していた。

 

 凄い……! 凄い凄い凄い……! これが本当のレース……! ターフの上でだけ味わえる感覚……!

 

 全身が混然一体となり、各部分の存在が希薄になっていく。頭、腕、足、胴体、の区切りが曖昧になった今の私は一人の“ウマ娘”。それ以外の表現はできなかった。

 

 ずっと……ずっとこのままターフの上で……!

 

 

 

 そう願った瞬間、体がバラバラになる感覚が襲ってきた。一体化していた全身が分離してしまったのだ。腕は腕、脚は脚、頭は頭に戻っている。

 

 今、私……“ファインモーション”である事を忘れていた……?

 

 独立した私の頭は、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 私が正気を取り戻した頃には、すでにゴール板を通過していた。掲示板を見ると、私が一着である事を確認できる。再び前を向くと、もう蝶々は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「ファイン!」

 

 控室に戻るなり、シャカールが掴みかからんばかりの勢いで迫って来る。

 

「第四コーナーから最終直線! いったい何がありやがッた!?」

 

「え、えっと……」

 

「隠してねェで吐けッ! 明らかにあの走りは異常だッただろうが!!」

 

「ちょ、ちょっとシャカール! 落ち着いて! ファイン走ったばっかりで疲れてるから! ビークール! カームダウン!」

 

 グリードがシャカールを羽交い絞めにして、私から引き剥がす。しばらくして、シャカールはようやく落ち着いた。

 

「……興奮しすぎたのは認める。だがこれだけは意地でも聞かせてもらうぞ。終盤、何があった? どうやったらあの走りが出来る? あれは明らかにお前の限界を超えた走りだった」

 

 シャカールの発言と共にグリードとトレーナーの目線も私の方に向く。口には出さないが気になっている様子だ。

 

「う~ん、理屈は説明できないんだけど、何を感じて何を見たのかを話すことは出来るよ。それでも良い?」

 

 シャカールは神妙に頷いた。

 

 

 

 

 

 

「蝶々……ねェ」

 

 私が見た事、感じた事を素直に話すと、シャカールは怪訝そうな顔をして考え込んでしまった。

 

「ハイになりすぎて幻覚見たとか?」

 

「興奮しすぎたかどうかはともかく……あの蝶々は多分私の見た幻覚だと思う。レースが終わったら消えちゃったし、そもそも蝶々がウマ娘についてこれるはずは無いからね」

 

「う~ん、さっぱり分からん。トレーナーは?」

 

「私もお手上げかな。でも、レース中に幻覚を見た事があるってウマ娘の話は何人か聞いたことがある。その子達はみんな一様に“過去一番の走りが出来た”って言ってたらしいけど……」

 

「えぇ……もしかしてトレセン学園ってヤバい奴の巣窟だったりする? ……あ! 別にファインがヤバい奴って言ってるわけじゃないよ!? マジで! 本当に!」

 

「うるせェ! こっちは考え事してんだ! 少しは静かにしろ!」

 

「えぇ……シャカールの当たりがいつもより強い……。沸点下がってない?」

 

 グリードの言う通り、今のシャカールは余裕がないように見える。

 

「……とにかく、ファインはこの後ライブ。ここで論じている暇はないか。休養明けの日、俺に時間をくれ。一日中付き合ってもらうぞ」

 

「うん。役に立てるかどうかは分からないけど付き合うよ」

 

「あァ。……ファインが蝶々を見始めてから一気に走りが良くなった。幻覚というよりは無意識が生み出したガイドみたいなもンか……? それとも……」

 

 私が約束をした後、シャカールは再び自分の世界に閉じこもってしまった。時計を見るとそろそろウイニングライブの時間。

 

「それじゃあ行ってくるね」

 

「振付け、間違えないようにね!」

 

「……」

 

「ほらトレーナーもちゃんと声掛けてあげないと!」

 

「あ、う、うん。頑張って来てね」

 

 グリードは快く私を送り出してくれたが、トレーナーはどこか歯切れが悪い。

 

 ……やっぱり鋭いな、トレーナーは。

 

 私の心のもやに気づいたのだろう。

 

「トレーナー、ライブが終わった後でちょっと良いかな? 話しておきたい事があるから」

 

「……分かった」

 

 私の言葉にトレーナーは不安そうな顔をする。

 

 あんまり心配かけたくはなかったんだけどね。私のポーカーフェイスもまだまだだなぁ……。

 

「今度こそ、行ってくるね」

 

 控室のドアに手をかける。

 

「ファイン!」

 

 するとトレーナーに再び声を掛けられる。

 

「今は楽しんできてね」

 

「……うん!」

 

 今の声はどうだっただろうか。ちゃんと明るく返事ができただろうか。

 

 ごめんねトレーナー。今はちょっと……難しいかな。

 

 頭の隅にはゴール間際での気付きがいつまでも巣食っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はファインモーション。王族として生まれたこの身は、故郷の発展と民の安寧のために消費されるべき存在だ。私もそうあるべきだと思っているし、そうでありたいと思っている。

 けれど、私も使命を果たすための機械ではない。感情のあるウマ娘として使命だけでなく、もっといろいろな体験もしてみたいと思っている。例えば留学したり、ラーメンを食べて見たり、友達とお泊り会をしてみたり……レースで走ってみたり。

 それ自体は悪い事では無いと思う。今は脱線していても、時期が来れば本来の線路……王族としてするべき事を果たすようになるだろうから。

 

 ……けれど私はターフの上で願ってしまった。ほんの少しだけとはいえ、渇望してしまった。“全部を忘れて、ずっとターフの上で走っていたい”……と。

 それはファインモーションとしてあるまじき思考。滅私奉公を理想とするべき王族にとってはタブーな思考。

 

 “ただ走っていたい”、“王族として正しくありたい”。二つの相反する思いはお互いに拮抗してどちらも譲らない。感情では決着がつきそうにない。

 だから、決め手は感情以外の要因だった。前者を達成するために必要な犠牲と困難さ、後者に流れる簡単さ。

 すぐには納得できないけれど、私の心は決まった。

 

 ……シャカールなら、どんな艱難辛苦でも走る事を諦めないんだろうな……。

 

 けれど私はファインモーション。高潔なウマ娘ではいられない。ただ賢明なだけの王族でなければ。

 

 

 

 

 

 

 ウイニングライブの後、私はこのレースで生じた心の動きについてトレーナーに話した。すると彼女は予想通り、苦虫をかみつぶしたような表情に。

 

「そんな顔しないでトレーナー。これは私がわがままを言おうとしただけなの。だからトレーナーは“メッ”って叱ってくれないと」

 

「……そんな事ないよ。ファインが走りたいって思うのは普通の事で……わがままとかそんなのじゃ絶対ない!」

 

「普通のウマ娘だったらそうかもしれない。でも私はファインモーションなの。普通の事がわがままになっちゃう立場だから」

 

「でも……!」

 

「それにもう決めた事だから。……ううん、決まっている事かな? 私は生まれた時から祖国の礎となるべき存在。その使命を放棄はできないの」

 

 トレーナーはまだ何かを言いたそうだったが、口を固く閉じ、その上から手で押さえて黙り込んでしまう。

 しばらくして、彼女は頭を下げた。

 

「ごめん……! 期限がある事は私も知ってたのに深入りしちゃって」

 

 トレーナーは謝罪の言葉を口にした後、顔を上げる。

 

「だから私は期限までにファインを絶対満足させてみせる! 必ず笑顔で帰国させてみせるから!」

 

 強く言い放つトレーナー。彼女の強気な態度は、今の私にとってはとても頼もしいものに映った。

 

「……うん! 私も悔いの残らない様に全力で楽しんじゃうから!」

 

 

 

 

 

 

 そうして私の口から出た言葉は、ただの空元気に終わる事となる。

 

 

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