富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(スーパーグリード)
エリザベス女王杯が終わってから、少し日にちが経った。最近はシャカ、ファイン、トレーナーの三人で色々とやっているみたいだ。
「エリ女でファインが見せたあの走りを再現するためにはどうするか、だが……」
「やっぱりあの時の状況を再現してみるのが一番良さそうかな。ファイン、蝶々が見えた時ってどんな状況だった?」
「あの時は確か第四コーナー、自分より速い子に負けたくないって思ってたかな……?」
「なら早速やるぞ。さっさとスタート位置に立ちやがれ」
何でも、再びファインに幻覚を見せようとしているらしい。この説明だけだと何かヤバい集まりみたいになっちゃうな……。まぁ、間違ってはいないので問題ない。
三人組でわちゃわちゃやっている一方で、私は気配を消していた。いつもなら余計なお世話になる勢いで三人の方に絡みに行くのだが、今は一人で寂しく練習中。
これには理由がある。何でも試してみたい事があるからだ。そのためには三人……特にトレーナーとは出来るだけ距離を置く必要がある。
今の私はターフの芝を啜るコガネムシ……取るに足らない存在でごぜぇます。
そんな心持ちで目立たないようにしていた。
「おいグリード!」
しかし、そんな頑張りの甲斐も空しく、シャカに呼ばれてしまう。
「何~! いまからタイム計ろうとしてたんだけど!」
「うるせェ! いいからこっちこい!」
「もー……しょうがないなぁ」
暴君と化したシャカの元へと向かう。
「何の用?」
「ファインの前走れ。俺は後ろからケツを追ッかける。すぐに抜かされたりすンじゃねェぞ」
「えー? そう言われてもファイン相手じゃすぐに抜かされそうだけど」
「俺とファインはすでに何本か走ってる。疲労のハンデで良い勝負になるはずだ」
「そゆ事ね。了解、了解」
私は今から走り始めようとしたので万全の状態。それなら何とか前を張れるだろう。
「じゃあ……よーい、ドン!」
ファイン、シャカ、私で横並びになり、トレーナーの合図で一斉にスタートを切った。
私が一気に加速して前に躍り出る反面、シャカは抑え気味に後ろに位置付けている。ファインはその中間。
終盤まで三人の位置関係は維持されたまま。勝負は最後の第四コーナーに。
道が曲がっているコーナーでは後ろの様子が確認しやすい。かなり後ろからはシャカが一気に迫ってきている。やや後ろからはファインがスパートをかけ始めていた。
私の役割はファインの前を走り続ける事。ファインに合わせて私もスパートをかける。すると、ファインとの差が少しずつ開き始めた。
あれ……? 私の方が速い?
シャカールも随分と伸びてこない。結局、シャカもファインも私に追いつく事は無かった。
二人よりも先に走り終えた私は、流しで走りながらトレーナーの元へと戻る。
さっきのレース、抜かされなかったのはファインやシャカが疲れているのもあると思うけど……私自身よく走れてたのもある。やはり私の試みは間違ってなかったな!
確かな手ごたえを感じながら、ベンチに置いてある水筒を掴む。しかし手に力が入らず、水筒を取りこぼしてしまった。
っとと……速くはなれたけど、流石に体力無くなってるなぁ。こりゃ食事制限の塩梅が難しそうだ。
そう。私が現在試みている事は食事制限。一日に食べる量を5分の1程度に減らしたのだ。
一般的には食事量を減らすと、体は足りないエネルギーを筋肉を分解する事で補おうとする。そのため過度な食事制限はパフォーマンスの低下につながる……はずなのだが、私の場合はなぜかその逆。効果は今日体感した通りだ。
いやー、デビュー前からあった食欲不振。最近ひどくなってきたから、“いっそのこと身を任せちゃえ!“ ってのがまさか本当に成功するとは……。
とはいえ完全な無策というわけでもなかった。食事を控え、飢えれば飢えるほど自分の中で何かが研ぎ澄まされていく感覚。そのオカルト的第六感が無ければ、流石に食事制限にまでは踏み切らなかったと思う。
「ファイン、どうだった?」
「……ううん、何も見えなかった」
私が考え事をしている間に、シャカやファインも戻って来る。トレーナーも含めた三人がどんよりとした空気を纏う。ファインは蝶々を幻視しなかったようだ。
「グリード、もう一回お願いできるかな?」
ファインが私に併走を頼みにくるが、シャカがその肩を掴んだ。
「今日はもう止めとけ、走りすぎた。グリードにも追いつけないようじゃあいよいよだぞ」
「ちょっと! その言われようは不本意なんだけど!?」
「そうだね……」
「トレーナーまで!?」
「あ、いや、グリードを
「……うん。併走してくれてありがとね、グリード」
私にお礼を言ったファインは汗を拭いた後、クールダウンに取り掛かる。その隣でシャカもクールダウンを始めた。トレーナーは二人に背中を向け、器具の片づけを始める。
うーん、みんな余裕が無い雰囲気かな……?
私が普段より実力を発揮したのに気づいていない事、私への対応がおざなり気味な事、雑談が少ない事。それらの事実から何となくきな臭さを感じ取った。
「あー……まぁ、いくら疲れていたとはいえね? GI取ってる二人に勝っちゃった私ってば、事実上のGIバと言っても差し支えないんじゃなかろうかね? ん?」
シャカと肩を組み、挑発するように喋る……が、普段から悪い目つきを更に悪くして睨まれるだけだった。悪態や皮肉の一つも言ってこない、非常に省エネな対応。
ファインやトレーナーも苦笑いするだけで何も言ってこなかった。
こりゃ結構重症かもなぁ……。
とはいえ、どうして余裕をなくしているのだろうか。シャカール、ファイン共に直近のGIレースでは勝利を収めているのに。
こっちは重賞で勝てるかどうか、ってラインで悩んでるのにねぇ。そういえば、ここ半年以上はセンターに立ってないっけか……。
ぐるるる……
そう考えると、食事制限で空っぽのお腹が唸り声を上げた。まるで勝利への飢えと連動するかの様に。
おーよしよし……。今に勝ち星上げて、祝勝会でたらふく食わせてやるからな~。
私はそんな独り相撲を繰り広げつつ、チームに蔓延する良くない雰囲気を払拭する方法を色々と考え始めた。
「へい、シャカ! 最近イライラしてるみたいだけど、アロマでもキメてく? ラベンダーでもオレンジでもベルガモットでも何でもござれだけど……」
「一人でやってろ」
失敗。
「ファイン! 明日は練習休みでしょ? 美容室にでも行かない? それでいつもと髪型変えてみたら? レース前に気分一新してみたらどう?」
「ごめんね? つい最近切ったばかりで……」
「そ、そっか……。じゃあ、髪飾りでも一緒に見に行く? ファインのは三つ葉のクローバーだけど、この前十六葉のどうみてもやりすぎなヘアアクセを見つけたからそれの試着とか……」
「気持ちは嬉しいけど、やっぱりごめんね。明日はシャカールと走りについて話し合う予定だから」
これも失敗。
手を変え品を変え色々と試してみたが、どうにもうまくいかない。今の二人は走り以外の事に目を向けようとしない節がある。
レース前で減量が必要じゃなければ、ラーメンを引き合いにファインだけでも釣れるんだけどなぁ……。いや、今は私も食事制限してるんだったか。
ともかく、私が何を画策しようと門前払いされてしまえばどうにもならないと言う事だ。
「どうしたもんかねぇ……」
「何がどうしたものなの?」
「うおわぁっ!!」
私がうんうん
「あ、ご、ごめん……すごい驚かせちゃったみたいで」
「い、いや私も過剰に反応しすぎた所もあるし、そんなに気にしないで、うん」
私がトレーナーに対して過剰に反応したのには理由がある。かなり無理めな食事制限をしている事がトレーナーに知られれば、必ず止めるように言われるだろう。しかし、今の私がレースで勝つには食事制限が一番の近道に思えてしょうがないのだ。実際に成果も出たわけだし。
そのため、不意にトレーナーに接近されるのは心臓に悪いというわけ。痩せた事がバレないよう、体のラインが出ない緩めのジャージを着ているものの、触られてしまえば気づかれる可能性が高い。
もし気づかれて反対されるようだったら……チームを抜けるしかないかなぁ。みんなと一緒にいられる時間が少なくなるのは寂しいけど、レースで勝つためにはしょうがないか。
「それで何の話だっけ?」
「グリード、何か悩んでたみたいだから」
「あ、そうそう。最近なーんかチームの雰囲気悪いじゃん? 余裕が無いって言うのかな? それをどうにかしたいんだけど……ファインとシャカ、気分転換に誘っても応じてくれないんだよねぇ。レース控えてるせいかなぁ?」
「……やっぱりグリードも“余裕が無い”って思う?」
「も、ってことはトレーナーも?」
「私は……」
そこまで話して、トレーナーは口をつぐむ。言うべきか言わないべきかと目線を泳がせた後、最終的には口を開いた。
「……私は原因まで知ってるの、少なくともファインについては」
「原因?」
「ファイン、後一年と少しで帰国しなきゃいけないでしょう? そうなればレースの世界から身を引かないといけない。その事を気にしているみたいで……」
「それでかぁ」
トレーナーに言われて思い出した。そういえばファインは留学生で、一年後には故郷に帰ってしまう事を。
それともう一つ思い出した。シャカールが今の状況を予想していたっけか。“期限がくれば、楽しいレースとはお別れ”って。
「……グリードは、どうすれば良いと思う?」
私が回想している間にトレーナーが意見を求めてくる。その立ち姿はひどく頼りなく見えた。
「う~ん、留学の延長……は多分できないんだよね? だったら……勝つ事。うん、レースで勝つ事。何か節目になるようなレースでちゃんと勝てれば、満足して引退できると思うけど」
言ってから思う。かなり偏った答えになっちゃったな、と。
「レースで勝つ、か……」
「ほら、最近のファインは特に練習に熱を上げてるみたいだし。余裕の無さも次のレースは今のままじゃ勝てないって思ってるのもあるんじゃないかな?」
「……うん、そうかもしれない……」
私の言葉に対して、同調するトレーナー。
「いやごめんトレーナー。言っておいてなんだけど、間違ってる可能性も十分あるからね? というか九割方間違ってると思う。私の思想がえげつないくらい反映された答えだし」
「え、あ、そ、それもそうだね……。前のレースでは勝ったわけだけど、それでも満足できてないわけだし……」
私が訂正すれば、トレーナーは再びそれに同調する。その様子を見ると、今のトレーナーはどこか芯を失っているように思えて仕方がない。
「トレーナーはさ、どうすれば良いと思ってるの?」
「…………分からないの」
心底困ったという表情のトレーナー。
「どうしたらファインを満足させてあげられるのかな……」
私の意見は参考程度に聞いたのかと思っていたが、トレーナー自身は何も考えがない様だ。いや、色々と考えてはいるが、答えが見つかっていないのだろうか。
とにかくファインやシャカールだけじゃなくて、トレーナーも相当
「と、とりあえずさ、有馬までは様子を見たらどうかな? 時間が経てばファインが自分で折り合いを付けるかもしれないし、レースの結果次第で気持ちが変わるかもしれないし」
「…………」
とりあえずの引き延ばし提案には賛同してくれない。深刻そうな顔で地面を見つめるばかり。
「大丈夫だって。きっと何とかなるなる。ファインも今までの人生どうにかこうにか上手くやってこれたんだから。ほら、笑顔笑顔! トレーナーがそんな顔じゃ、ファインも余計に落ち込むってもんよ!」
トレーナーの顔を触り、無理やり笑顔を作らせる。
「……そうだね。ファインを心配させちゃダメだよね」
私が手を離してもトレーナーの表情は笑顔のまま。しかし、無理に保っているせいなのか、その笑顔はどこか