富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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21話 ……バレたかな

 

(エアシャカール)

 

 グリードに諭された翌日。俺はとある空き教室の机に尻を乗っけていた。

 

 ザザ……

 

 手に持っているトランシーバーがノイズを吐き出した後、グリードの声に似た機械音声がさえずる。

 

『こちらエージェントG。聞こえていたら応答を頼む』

 

「別に携帯で連絡とれば良くねェか?」

 

『良くない! こういう時ぐらいしか無線ごっこ出来ないんだから! ほら、もうすぐファインがそっち行くよ!』

 

 ザザ……ピ

 

 結局、エージェントらしい言葉遣いはどこへやら。やかましいノイズを黙らせるためにトランシーバーの電源を切った。

 途端に緊張が襲ってくる。ファインにどう声を掛けるかシミュレーションしていたのだが、それも頭から飛んでいきそうだ。

 カラカラの喉を水で潤していると、ついに教室の扉が開かれた。

 

「「っ……!」」

 

 お互いに体を震わせてフリーズ。俺の方は事前に知っていたにも関わらず情けない事だ。

 

「ごめんなさい……!」

 

 先に動いたのはファイン。6文字を(つづ)った後、教室から出ていこうとする。しかし、彼女が廊下のしきいを跨ぐ前に扉が閉じられた。次いで鍵の締まる音。

 

「えっ……? その、た、隊長? これはいったい!?」

 

 ファインが困惑するのも無理ない。人のいる場所では話せない事がある、とここまでファインを連れてきたSP隊長本人がファインを教室に閉じ込めたのだから。

 

「申し訳ありません殿下。しかし今はお許しください。どうかシャカール様とお話を」

 

 扉の向こう側から気配が遠ざかっていく。それはファインも感じ取ったのか、観念したように恐る恐るこっちを向いてくれた。

 

「……よう、こうして話すのは、久しぶりだな」

 

 潤していたはずの喉がいつの間にか乾燥していたせいで、つっかえながらもなんとか言葉を絞り出す。

 

「……前の続きを話したいの?」

 

「あァ」

 

 机から降りて、ファインの目の前まで歩いていく。

 

「“お前だから”だ。お前だからこそ、俺は自分を後回しにしてでもお前の世話をしてェと思ってる。今もそうだ。……そこまでだったよな、前回は」

 

「…………」

 

 ファインは前と同じように上を向く。

 

「続きを聞かせろ。“私……”の続きだ。お前は何て言おうとした?」

 

「…………」

 

 ファインは天井を見つめたまま、何も言わない。

 

「ファイン!」

 

「――言葉にすると、もっと辛くなるから」

 

 酷く弱弱しい声。普段の快活で明朗だったファインからは予想もできない声。

 しかし、ここで引くわけにはいかない。ファインの心にメスを突き立てて、膿を排出する事は俺にしかできないらしいから。

 

「頼む。俺のためだと思って言葉にしてくれ。お前の心の内を全部聞かせてくれ。そうじゃねェと俺は……気になって夜も眠れそうにない」

 

 卑怯な物言いだ。ファインの優しさにつけ込んで、アイツの心を引きずり出そうとしている。こんな事はしたくなかったが仕方ない。俺にはやるべき事をやる責任がある。

 

「………………も……」

 

 微かに聞こえた。ファインの目じりから雫が落ちる。

 

「……わた……も……」

 

 今度はもう少し大きな声で。音量に比例するように涙量が増える。

 

「私もシャカールだから……! シャカールだから自分より優先して君の事を心配したの……!」

 

 言い切ったファインは、膝から崩れ落ちる。俺は急いで彼女を支える。

 

「レースで走れなくなるとか! 自分の使命とか! ……そんな事じゃないの! 嫌なの! トレセン学園のみんなや、グリード、トレーナー、なによりシャカールと離れるのが!」

 

 背中に回されたファインの手は強く、強く俺の服を掴んでいる。とてもシンプルで簡単な事に気づかなかった俺を戒めるように、余りを失った服が締め付けてくる。

 俺も当事者だったというのに、分かりやすく示された煙幕に誤魔化されて気づけなかった。

 

「嫌だよ……! やだよぉ……!」

 

 ファインだけじゃない。認識してしまえば後は早かった。自分でも驚くぐらい大量の涙が出てきて、ファインの服を濡らす。

 

「俺も、なんだな……俺もだ……」

 

 目つきと口の悪さのせいで人付き合いが希薄だった俺にとっては、今までに抱いた事のない感情。戸惑いながらも徐々に自覚していく。

 

「俺も離れたくねェよ……ファインと……」

 

 壊れた二人の涙腺は膿を流し切った後でも、しばらくは止まらなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪ぃな。服、濡らしちまって」

 

 涙に含まれる塩分で炎症を起こした目をこすりながら、ファインに謝る。

 

「自分でも良くわかンねェ内に涙出てきて……抑えられなかった」

 

 最近の俺は変だ。怒りに任せてグリードに手を上げるわ、ガキみてェに大泣きするわ。それもこれもファインのせいに違いない。こいつが絡むと自制が利かなくなる。

 

「ううん、私もシャカールの服濡らしちゃったし。おあいこだよ」

 

 俺の胸に顔を(うず)めていたファインが顔を上げる。その声はいつものトーンだった。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「完全に、とまではいかないけど……うん。きっと言葉にするのが大切だったんだね。少し気が楽になったかな」

 

 ファインは立ち上がりスカートの裾を払う。続いて俺も立ち上がる。

 

「お前は皆と別れるのが嫌って言ってたけどよ。別に今生の別れってわけでもねェンだ。その気になれば会える。だからそんなに気に病むな」

 

 俺がそう言うと、ファインは困ったような顔に。

 

「でも日本とアイルランドだよ? ……会いに行くにも会いに来てもらうのにも、ちょっと遠いかな、って」

 

「別に遠くねぇだろ。直線距離で約10000km。飛行機に乗りゃあ一日足らずだ。気が向けばいつでも会いに行ってやるよ」

 

「本当?」

 

 一転、ファインの表情が華開く。

 

「レースで稼いだ賞金があるしな。旅費も時間も確保できる。なんならお前のSPとして働くのも悪くねェかもな」

 

 何気なく呟いた最後の一言。ファインはそこに、異様に喰いついてくる。

 

「SPかぁ……ふふふ、よいぞ! 私に仕える事、許してつかわす!!」

 

「給金は弾ンでもらうからな」

 

「シャカール手当を弾んで進ぜよう!」

 

「はは、そりゃひでェ公私混同だ」

 

 冗談を言い合う間に、スマホで隊長に連絡を送る。少しすれば鍵を空けに来てくれるだろう。

 

「――シャカールは、私に会いに来てくれるって言ったけど……それは私のためにそうしてくれるの?」

 

 スマホをスリープモードにしてポケットにしまう間、ファインがそんな事を訪ねてきた。

 

「…………」

 

 俺は少しだけ返答に困った。しかし、さっき大泣きしている間浮かんできた想いの断片を集めて纏めると、答えはすぐに見つかった。

 

「俺のためだ。俺がお前と離れたくないから。一緒にいたいから会いに行く。多分、そうなンだろうな」

 

「多分?」

 

「――自分でもまだ良く分かンねェんだよ。全寮制のトレセン学園に来た時も、親と離れたくねェなんて女々しい事は思わなかった。卒業式でも学校の奴らと別れるわけだが、別に何とも思わなかった。だからこんなのはお前が初めてで……」

 

 そこまで言って、ようやく途轍もない程恥ずかしい事を口にしていると気づいた。

 

「待て! 今のは……っ」

 

 急いで誤魔化そうとするが、少し遅い。ファインが今まで見たこと無い見事な恵比寿(えびす)顔で佇んでいた。

 

「……」

 

「お、おい……」

 

「…………」

 

「何か言ってくれ……」

 

「あ、ごめんね? ちょっと、筆舌に尽くしがたい感情だったから。それにしても照れちゃうな、そこまで特別に思われてると」

 

 頬に手を当てて顔を赤らめるファイン。しかし、顔の赤さで言えば俺の圧勝だった。

 

「聞かなかった事にしろ……!」

 

 ガシガシと頭を掻きむしり、無性に襲ってくる(かゆ)みから逃れようとする。

 

「“俺のためだ。俺がお前と離れたくないから――、一緒にいたいから会いに行く”……とっても情熱的だったよ」

 

「蒸し返すンじゃねェよ!!?」

 

 肌をかきむしる手が首にまで伸びる。

 しかし、グリードに揶揄(からか)われる時と違って、不快感は少なかった。それどころか、奇妙な心地よさすら感じる。

 

 これまた未体験の感覚を味わいながら、隊長が来るのを待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ファインとシャカールを空き教室に閉じ込めた少し後)

 

「上手くいってるかなぁ……」

 

「シャカール様なら恐らくは」

 

「だといいんだけどね」

 

 空き教室から少し離れた所。そこでグリードと隊長が待機していた。

 

「ま、事の結果は隊長だけでも確認できるでしょ? 私は練習行ってくるね」

 

「はい。色々とありがとうございました、グリード様」

 

「やだなぁ、そんなかしこまって。それに様付けだなんて……もっと言っても良いのよ? っと、おわわぁ……っ!」

 

 クネクネと体を動かして照れるグリード。彼女は足をもつれさせて転びそうに。苦笑していた隊長だが流石はSP、すぐに反応してグリードを抱き止めた。

 

「大丈夫……ですか?」

 

 なぜか隊長の言葉尻には疑問符がついていた。グリードは弾かれた様に自立歩行へと移行する。

 

「大丈夫大丈夫! 隊長が受け止めてくれたし! それじゃあ私はこれで!」

 

 隊長は急いで遠ざかるグリードを眺めながら、彼女を抱きとめた腕を上下させる。

 

(あの軽さはいったい……ウマ娘一人の体重とはとても……。それにグリード様は一年前の冬、あれほど厚着をしていただろうか?)

 

 彼女は学生服の上からパーカーを羽織っていた。今日はかなり暖かいにも関わらず。

 

(それにスカート、少し前から異様に丈を長くしていらっしゃる。室内なのに手袋まで。まるで肌を見せたくないかのように……)

 

 その考察は、隊長の心の中だけにとどめられた。

 

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