富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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23話 ここに来てみんなが私に力を貸してくれる主人公展開キタコレ!

 

(エアシャカール)

 

 ファインと腹を割って話した翌日。レース後の休養は明けていないが、何となく練習コースに足を運んでいた。

 

「あれ? シャカールも来てたんだ」

 

 昨日までとは打って変わってスッキリした顔のファインが遅れてやって来る。

 

「何となく、な」

 

「ふふ、おそろいだね。私も何となく来ちゃった」

 

 そんな事を言いながら隣まで歩いてくるファイン。俺と同じくコースの外ラチに肘をつく。距離が近いせいでファインと俺の肘は触れ合っていた。

 パーソナルスペースで言えば密接距離。しかし不快感は感じない。

 

「あれ? 何で二人がいるの? まだ休養明けてないんじゃない?」

 

 後ろから呑気な声が聞こえてくる。振り返ると、案の定グリードの姿が見えた。

 

「おはよう、グリード」

 

「おはよう、ファイン。……その様子だと、昨日は上手くいったみたいだね」

 

「昨日、って……どうしてグリードが知ってるの?」

 

「え、あー、まぁ、そこんところはシャカールの口からどうぞ!」

 

「なンで俺に振るんだよ」

 

「こういうのは本人が言っちゃあ野暮ってもんよ。第三者が伝えるから粋になるんじゃあねぇか」

 

 また良くわからない事をぬかすグリード。仕方なく俺は顛末(てんまつ)をファインに話した。

 

「そうだったんだ。ありがとね……いや、褒めてつかわす!」

 

「ははぁー! もったいなきお言葉!」

 

 大げさな茶番を繰り広げる二人を横目に考える。

 

 ……俺もちゃんと礼を言っといたほうが良いのか?

 

 一応はこいつのおかげでファインを助ける事ができた。その事については不本意ながら感謝はしてるし、一般的には謝意の意を示す言葉をかけた方が良いというのも分かる。

 

 ……あ?

 

 突然、嫌な感じがした。

 

 いやどこにそんな要素があった? ……落ち着け。もう一度思考をなぞれば原因が分かるはずだ。

 

 さっきは確かグリードのおかげでファインを助ける事ができたと考えていた。グリードは俺とファインが二人で話せるように図らってくれた。その時、俺が思い込みでキレてグリードの胸倉をつかんで持ち上げて……。

 

 (俺の腕をタップする感触と、細い声に反応して手を離した。ボス、と軽い音が響く)

 

 軽い音。そうだ、軽い音。グリードが尻もちを着いたあの時、明らかに軽い音が響いていた。まるで体内ががらんどうだと言わんばかりに。

 

 その気づきと同時に、俺の記憶が恐ろしく軽い手ごたえを再現した。

 

「……」

 

 俺は無言でグリードに近付き、膝と背中を抱えて持ち上げる。

 

「えぇ!? なんでいきなりお姫様抱っこ!?」

 

 腕の中で驚くグリードは驚くほど軽い。加えて肉よりも固い骨の感触が服越しに伝わってきた。

 

「お前……!」

 

「あぁこれ? 最近食事制限してるから」

 

 腕の中からするりと抜け出したグリードが平然とさえずる。

 

「その軽さ!! 明らかにやりすぎだろうが!?」

 

 グリードの腕を掴み、ジャージの袖を捲る。

 

「……っ」

 

 ファインが息を呑む音が聞こえた。

 少し力を入れるだけで折れそうな前腕。肉が削げた細い手首。絡まったイヤホンコードのごとくうねる、皮一枚だけに守られた血管。

 

 予想以上の惨状に、俺も言葉を失ってしまった。

 

「大丈夫だって。こっちの方が走りの調子は良いからさ」

 

 俺の手を払い、淡々と語るグリード。

 

「そんな体で走って……ううん、そもそもそんな体で大丈夫なの?」

 

「うん。日常生活に支障はないよ。疲れやすくはなったけどね」

 

「……」

 

 ファインがおずおずとグリードの腕を取る。

 

「浮いた血管触ってみる? ぷにぷにしてて気持ち良いよ」

 

「……ううん、遠慮しとく」

 

 その代わりに、浮いた骨を優しくなでていた。割れ物を扱うように優しく。ファインの表情を(うかが)うと、一瞬だけ恥じるような悔いるような顔つきをしていた。

 

「……っ、ちょっとファイン、くすぐったい……」

 

「あ、ごめんね?」

 

 ファインがグリードから手を離した時には、もう笑顔に戻っていた。こそばゆさに口角を上げるグリードとは比べるべくもない硬さだが。

 

 ファインの心情は良くわかる。ひどく痩せた体にも関わらず、俺たちの心配をしてくれたグリードに恥じ入る気持ち。自分達に手いっぱいでこんなになるまで気づけなかったという後悔。

 

 ……待て、どうしてこんなになるまで俺たちは気づけなかった?

 

 ファインの件に気を取られていたのも確かにあるが、それだけでは説明がつかない事がある。これだけ痩せていれば、どれだけ余裕が無くても普通は気づくはずだ。どれだけ厚着をして肌を隠していようとも、顔が外に出ている限りは頬がこけたり、肌が荒れていたり、目が落ちくぼんでいたり等、何かしらの症状が出る。

 

 しかし今のこいつは顔だけ見れば以前と変わりない。

 

「顔見せろ!」

 

 グリードの後頭部を支え、自分の方に引き寄せた。パッと見は、やはり健康そうに見える。

 試しに指で肌をつまんだ。

 

「見せるどころか触られてる……」

 

 厚く、なめらかで弾力がある健康肌。次は髪を引っ張ってみる。

 

「いで! いでで……! 何すんのさ!?」

 

 太く、さらさらで引っ張っても抜けない。健康そのもの。次は手の爪。手袋をはぎ取って放り捨てた。

 

「ちょっと!? 私の声聞こえてる!?」

 

 血色が良い。欠けたりひび割れたりもしてない。

 

「靴脱げ! 足の爪も見せろ!」

 

「もう好きにして……」

 

 手の爪と同様。健康、いたって健康だ。

 

「おかしい。お前の体は明らかにおかしい」

 

「おかしいのはシャカールの行動じゃないかなぁ!?」

 

 こんなに痩せるほどの食事制限。普通なら栄養不足で爪や髪の毛、肌に異常が現れるはずだ。にもかかわらず、そこに関しては全くの健康体。

 しかもこいつの腕。浮いた血管が異様に膨張している。より沢山の血液を全身に送るために発達したかのようで……。

 

「グリード、ちょっと走ってみろ」

 

「シャカール!?」

 

 ファインが信じられないと言う顔で肩を掴んでくる。

 

「大丈夫だ。グリード、昨日も一昨日も走ってんだろ?」

 

「まぁね。ちゃんと2000mは走っとります!」

 

「なら良い。走ってみろ」

 

「言われなくてもそのつもりだよ。準備運動するのと、トレーナーもまだ来てないからちょっと待ってて」

 

 グリードが準備体操を始めるのと時を同じくしてトレーナーがやってきた。

 

「あれ、ファインとシャカール? 久しぶり、けどまだ休んでないとダメだよ?」

 

「別に走りにきたわけじゃねェよ。たまたま会ったグリードの走りを見よう、って話だ」

 

「そうなんだ、なら良いんだけど。……グリード、今日の朝と昼、何食べたかちゃんと書いてる?」

 

「もっちろん。こいつにしかと記してますぜ?」

 

 グリードがメモ帳を放ってトレーナーに渡す。

 

「……うん。今日の走りを見て食事量は調整していこうか」

 

「了解、了解」

 

 この様子だとトレーナーもグリードの状態は知っているようだ。

 

「おい、トレーナー」

 

「何、シャカール?」

 

「グリード、走らせるつもりなンだな?」

 

「……うん」

 

 少しだけ躊躇した後、肯定が返って来る。

 

「そうか。なら良い」

 

 トレーナーも覚悟を決めてるのなら、俺も手伝おう。

 

 グリードの異常状態も気になるしな。

 

 トレーナーの横に立ちウォーミングアップするグリードを眺めていると、ファインが間に割って入って来る。

 

「待って! トレーナーもシャカールも本当に良いの?」

 

「……グリードがそう望んでるから」

 

「だからって……」

 

「あいつは俺らが何を言ったところで止めやしねェよ」

 

 トレーナーの返事を聞いても、渋るファインに声を掛ける。

 

「あいつはお前とは違う。自分がやりたい事は何があっても――例えこのチームを離れてでもやり通す。多分そういう性格だ」

 

 不本意だがあいつの本質は俺に似てる。俺が限界を超える事を決して諦めない様に、あいつも自分のやりたい事は絶対に諦めないだろう。

 

「なら放っておくよりは目の届く所に置いておく方が良い。違うか?」

 

「…………」

 

 長い沈黙。

 

「……分かったよ。私も出来る限り手伝う」

 

 ファインも納得してくれた。

 

 今度は俺たちがグリードを支える番……なんて青臭い事は思いたくねェが、それに近い形になったのは否定しない。

 

「良し! 準備終わり! じゃあ今から走るから、よく見とけよ?」

 

 当の本人は呑気そうにターフに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうよ? 速かったでしょ?」

 

「うん、確かに早かったよ。けど……」

 

「一回走っただけでフラフラだな」

 

 ファインに肩を借りているグリード。息はもう切れていないが、サムズアップする左手がかすかに震えていた。

 

「なーに、レースで走れる距離だけ持てば良いのよ。もう少し絞っても大丈夫かもね」

 

「なら、明日は少しだけ食事量を減らそうか」

 

「待て、最低限のタンパク質とカルシウムはとらねェと流石にヤバいだろ。食事内容は入念に吟味するべきだ」

 

「ピーマン入ってなければ献立は好きに決めて良いよ」

 

「テメェの食事内容考えてンだよ! もう少し当事者意識を持ちやがれ!」

 

「って言われてもねぇ……。私が献立考えると、クルミと小魚を()むだけになっちゃうけど」

 

「お前マジでぶっ倒れるぞ」

 

 危機意識が欠如しすぎだ。自分だけは何とかなるとでも思っているのか?

 

「とにかく、次のレースまでは俺とトレーナーの指示に従ってもらう。絶対順守だ。泣き言ぬかすンじゃねェぞ」

 

「もち。もとからそのつもりだし」

 

 限界まで体を絞っているグリードは長時間練習できない。結局、この日は夕飯の指示をして解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(三人称)

 

 コツ、コツ、コツ……

 

 トレーナー居室が並ぶ校舎棟に靴音が響く。

 

 ズル、ズルズル……

 

 音が変わった。壁に服がこすれるような音。人影がどんどん下に沈んでいく。

 

「……ぅ……ぅぅぅぅ“ぅ”……」

 

 人影は両手をお腹に当ててうずくまる。

 

「痛み止め切れてきた……。今朝より痛い……流石にチャンポン*1したのは、まずかったかな……」

 

 それでも痛みに慣れてきたのか、人影はゆっくりと立ち上がる。

 

「けど昼間は何とかまともに活動できる……。なら、良いか……。グリードが勝つまで持てば……」

 

 人影は頼りない足取りで再び歩き始めた。

 

 偶然にもその姿を誰にも見られなかったのは、はたして幸か不幸か。

 

 

 

 

 

*1
さまざまなものを混ぜること。ここでは鎮痛剤を二種以上併用したことを指す。

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