富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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25話 わかんないよ

 

(三人称)

 

「結論から言うと、ストレス性の胃炎ですね」

 

 病院特有の白い診察室で医者がそう告げた。

 

「それって急に痛みが生じるものなんですか?」

 

「いえ、普段からしっかり痛かったと思いますよ」

 

「そんな素振りはなかったんだけど……二人は?」

 

 説明を受けていたグリードが振り返る。視線の先にいたファインとシャカールは首を横に振った。

 

「私の予想にはなりますが、痛み止めを常用していたのではないかと。腹痛を抑える為に薬を飲んで、副作用で胃が荒れて、また痛み止めを飲む悪循環に陥っていた可能性もあります」

 

「それで普段は何ともないように振舞ってたっつーのかよ……クソ真面目野郎が」

 

「今日はレースとライブでいつもより遅くなっちゃったから、薬の効果がちょうど切れたのかな……」

 

 ファインとシャカールが浮かない顔つきに。

 

「もう少し遅ければ胃に穴が空いて手術が必要だったかもしれませんが、ギリギリセーフでした。それを考えると今発覚したのは幸運ですよ。安静にしていれば大丈夫でしょう」

 

 医者は腕時計を見る。

 

「彼女の姿を見たいのは山々でしょうが、あいにくと診療終了時間です。今日の所はお引き取りください」

 

 そう言われてしまえば帰らざるを得ない。三人は立ち上がり、病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 病院の外には夜の(とばり)が下りてきている。ファインとシャカールがリムジンに乗り込む中、グリードだけは病院の入り口付近で仁王立ちしていた。

 

「グリード、乗らないの?」

 

「……私はいいや、電車で帰るよ。ちょっと一人になりたくてさ」

 

「……気をつけてね」

 

 彼女がそれだけ言うと、ファインは察して引き下がった。

 

「おい」

 

 代わりにシャカールが釘を刺す。

 

「今の状況、別にお前のせいとかじゃねェからな」

 

「……? それはそうでしょ? 何当たり前の事言ってんの?」

 

 想像していた返事とは乖離(かいり)していたため、シャカールは肩透かしを食らった。

 

「分かってンなら良いんだよ!」

 

「うわ、なんでちょっとキレてんの……?」

 

「それじゃあ、また明日ね」

 

「うん、バイバイ」

 

 病院の前にはグリードが一人、取り残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が寝静まり、月が活動を始めてからしばらく。ちょうど日付を(また)いだ頃。

 

「見回り、行ってきます」

 

 トレーナーが入院した病院において見回りが行われる時間だ。担当の看護婦が各病室を見て回る。普通の人なら消灯された病院を不気味に思うだろうが、夜勤に慣れた看護婦にとっては庭のようなもの。臆せず歩みを進めている。

 

 しかし、今日は彼女の庭にある異変が。

 

 ……ガタガタッ!

 

 看護婦が次に見て回ろうという病室から大きな物音が。これも普通の人であれば夜の病院という雰囲気も手伝い、幽霊か何かかと怯える所だ。しかし、看護婦にとっては患者がベッドから転げ落ちたのかもしれないという心配が先に立つ。

 彼女が急いで病室の扉を開け、光量を絞った懐中電灯を部屋の中に向けた。――が、中には誰もいない。正確には患者全員がベッドの上に寝ている。つまり正常な状態。

 

 看護婦が首をひねりつつも、部屋を詳しく見て回る。すると、椅子が一つ倒れているのを発見した。

 

 あぁこれが倒れたのか、と納得しかける看護婦だが、違和感はぬぐえない。

 

(勝手に椅子が倒れた? 誰かが倒したとかならともかく……)

 

 そこまで考えて看護婦に緊張が走る。患者以外の誰かがいるかもしれない。その可能性に気づくと、嫌でも警戒せざるを得なかった。

 

 看護婦は応援を呼ぶことはせず、部屋の死角にライトの光を次々向けていく。人を呼ばなかったのは、もし自分の気のせいだった場合、周りに迷惑をかけてしまうのを嫌っての事。

 

 果たして彼女が探したところに不審者はいなかった。安堵のため息を吐きつつ、何の気無しに照らしたのはベッドの足。

 

「……まさかね」

 

 それでも一応、とベッドの下を覗き込む。すると光に照らされた二つの瞳と目が合った。

 

「あー……見つかっちゃいました?」

 

 ウマ耳と尻尾を生やした不審者は困ったように笑った。

 

 

 

 

 

 

「あなた名前は……って、聞かなくても良いわね。今日のレース、とんでもない体で走ってたし」

 

「あ、見てくれていましたか?」

 

「夜勤のシフトに入る前に一応ね、スーパーグリードさん。……で、どうやって忍び込んだの?」

 

 侵入者を椅子に座らせ、尋問を始める看護婦。忍び込んだことに多少罪悪感を感じているのか、グリードは背中を丸めて答える。

 

「一般用トイレの個室にずっと隠れてました」

 

「ずっと中にいたわけか……。いったい何が目的で?」

 

「トレーナーの側に居たかったからです」

 

 グリードが見つめる先には、今日入院したトレーナーが。彼女の症状に加え、レースの様子を見ていた看護婦はグリードの心情を推し量り、優しく声をかける。

 

「彼女の事が心配なのは分かるけど、忍び込んじゃダメよ?」

 

「あ、いや、別に心配したわけじゃ……お医者さんが大丈夫って言ってたのでそこは信じてます」

 

「じゃあどうして?」

 

 意外そうな顔をしながら看護婦が問うた。

 

「トレーナーが目を覚ましたらすぐにお礼を言いたくって」

 

「お礼?」

 

「はい。……その、まぁ、冷静に、客観的に考えると私って、あんまり足速くなくってですね。勝ちあぐねてたんですけど、トレーナーのおかげで割と無茶出来て、そしたら勝てたので、そのお礼を」

 

「お礼を言えるのは目を覚ましてからでしょう? 朝まで待ってれば……」

 

「一秒でも早く」

 

 看護婦の台詞を遮ってグリードが口を開く。

 

「その……新しくオープンするお店とかって行列に並んででも速く行きたいじゃないですか。2週間ぐらい待って客足が落ち着いてからの方が効率的、っていうのが分かってても。そんな感じなんです。あんまり上手く言えないんですけど」

 

「だからずっと様子を見ていたの?」

 

「はい」

 

 こうして看護婦と会話している間も、グリードはずっとトレーナーの方を向いている。

 

「……これは私の興味本位だから、答えたくなかったら答えなくても良いんだけどね」

 

 そう前置きをして看護婦が続ける。

 

「あなた、かなり無理な体でレースに出ていたでしょう? それをトレーナーがストレスに感じていたと思う?」

 

「こうして倒れちゃったからにはそうなんだと思います」

 

「その事に罪悪感を抱いたりはしていないの?」

 

「……?」

 

 そこでグリードは首を傾げた。

 

「それ、友人にも言われたんですけど……。その、意味が良くわからないっていうか……」

 

 グリードはしばらく口をもごもごさせた後、考えが纏まったのか話を再開する。

 

「えっと、まず初めにですね。私が無茶したいってトレーナーに言ったんですよ。そしたらトレーナーはOKしてくれてですね、熱心に指導してくれたんです。

 で、まぁ結果としてはこうして倒れちゃったわけですけど……トレーナーがOKした結果こうなったんだからそれはトレーナーの自己責任というか……まぁ、何というか……そんな感じじゃないんですか?」

 

 説明が十分でないと感じたのかグリードは更に続ける。

 

「私がトレーナーより強い立場にあって、“やれっ!”って命令したなら私が悪いのは分かるんですけど。結局はトレーナーが自分の意志で決めたんだから、それは……そういう事じゃないんですかね?」

 

 かなり曖昧なグリードの言い分だが、言わんとする事は理解した看護婦。彼女はグリードの考えが視野の狭い物だと感じ、口を開いた。

 

「確かに最終的には彼女が決めた事だから責任は彼女に帰着する、っていうのは間違ってないと思うわ。でもね、人間、選択肢があるようで無い時、っていうのが往々にしてあるものなのよ」

 

「……どういうことですか?」

 

 そこでグリードはようやく看護婦の方を見た。

 

「例えばあなたの家族が1時間後に死んじゃうとして、それを止めるためにはあなたが全財産を支払わなければいけない。そうなったらどうする?」

 

「それはまぁ全財産払いますけど」

 

「かなり極端だけど、さっきの質問は選択肢があるようで無かったでしょう?」

 

「それと今回の件も同じって言いたいんですか? でも今回の件はトレーナーが断ったって別に大事にはならないじゃないですか」

 

「それはあなたの視点から見て、よ。トレーナーは実際以上に重くとらえていたかもしれない。それこそこんなになっちゃうまでね」

 

 グリードはトレーナーに視線を戻しながら首を捻った。まだ納得いかない様子だ。

 

「……私がトレーナーに対して間接的に強制していたかもしれないのは分かりました。そうだとしてもですよ。どうして倒れる前に何も言ってくれなかったんですかね? ヤバい状態だったなら言ってくれれば良いのに」

 

「体調が悪いとトレーナーが申告してくれば、あなたはトレーナーに頼るのを止めたでしょう?」

 

「当たり前じゃないですか」

 

「彼女は多分、それが嫌だったのよ。あなたの力になり続けたかったから、あなたに心配をかけるのが嫌だったから何も言わなかった」

 

「…………分かんないですよ」

 

 グリードは困ったように顔を伏せる。

 

「看護婦さんの例は命とお金を天秤に掛けてました。私は命の方が大事だと思ってるので、全財産払う方を選びましたけど……今回トレーナーが天秤に掛けたのは自分の体と私の勝利じゃないですか。

 だったら普通、自分の体の方を優先するはずですよ。誰だって自分の事が一番大切じゃないですか。自分が危なくて余裕が無かったら、人の心配なんかせずに態度で周りに示す。赤ちゃんだってやる事じゃないですか、所かまわず泣きわめいて。なのになんでここまで無茶して……」

 

「大人はね、その赤ちゃんでも出来る事が出来なくなる時があるのよ」

 

「……なにそれ、バカみたいじゃないですか」

 

 心底信じられない風に吐き捨てるグリード。

 

「……私は、自分のために身を削りました。あんなキツイ減量、誰かのためにやれって言われたって絶対お断りで……だからそれはトレーナーも同じなはずで……」

 

 グリードは乱暴に首筋を掻く。

 

「…………やっぱり分かんないよ」

 

 その言葉は看護婦にではなく、トレーナーに向けられたもの。

 

「言葉にしてくれなきゃ……何にも分かんないよ……」

 

 その瞳から、一滴だけ涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリードの目元が光ってからしばらく。

 椅子に座る彼女はこっくり、こっくりと船をこぎ始めていた。看護婦が肩を叩く。

 

「っ……あ……その、すみませんでした……勝手に忍び込んじゃって……すぐに帰ります……」

 

「いいわよ、もう夜も遅いし。空いてるベッド使っていいから泊っていきなさい」

 

「……ありがとうございます」

 

 ベッドを使っても良いと言われたグリードだが、椅子を離れようとしない。少しして、また船をこぎ始めた。

 看護婦はグリードの肩に布団を掛ける。その重さに、再び目を覚ますグリード。しかし、やはり眠そうだ。

 重たい(まぶた)の下に備えた無垢な瞳でトレーナーを見つめるグリード。

 

“ウマ娘は一途で入れ込みやすい“

 

 看護婦はどこかで聞いた一文をぼんやりと思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(スーパーグリード)

 

 カーテンから差す僅かな光で目を覚ます。椅子で寝ていたわりには、結構な目覚め。大きく伸びて体をほぐした後、トイレの鏡と水で最低限の身支度を整える。

 

 椅子に座ってトレーナーが起きるのを待つか……。

 

 そう思って部屋に戻ると、トレーナーが体を起こして辺りを見回していた。

 

「トレーナー! 起きたんだ!」

 

 私が急いで駆け寄ると、ビックリしたようにこっちをみるトレーナー。

 

「あ、あれ? グリード? 待って、ここどこ? えっと……どういう状況?」

 

 頭を抑えて混乱するトレーナーに、説明する。

 

「ライブ終わってトレセン学園に戻る途中、トレーナーがぶっ倒れちゃってさ。現在youは入院中」

 

「あ、あぁ……思い出してきた」

 

 事態を把握したトレーナーはしばらく目を閉じた後、申し訳なさそうな顔でこちらに向き直る。

 

「その、ごめんね? 心配かけたみたいで……」

 

「本当だよ! 体調悪いんだったらちゃんと言ってくれないと! 私鈍いし、ただでさえ減量中で余裕が無かったんだから気づけないでしょ?」

 

「う、うん……ごめんね」

 

 暗い顔がぬぐえないトレーナー。それを払拭するべく、話題を正のものに切り替える。

 

「そんな事よりさ……ありがとうね、トレーナー」

 

「え……?」

 

「ほら、昨日レースで勝てたのは、トレーナーの助けが大きかったじゃん。“食事制限する!“、なんて私のわがままにも付き合ってくれたし。だから、そのお礼。ありがとね」

 

「あ、あぁ……」

 

 トレーナーは判然としない顔で私を見つめている。その時、突然トレーナーの瞳から涙があふれ始めた。

 ワ、泣いちゃった……。

 

「え? え? ちょちょちょ!? 今の流れで泣く所あった!?」

 

「い、いや……? 別に無かったと思うけど……。あれ……? なんで……?」

 

 初めは困惑した顔で目から水を垂れ流すトレーナーだったが、次第に横隔膜の痙攣が始まり、しゃくりあげるように。

 

「ぐす……っ、ぅぐ……っ……、うぅぅ“ぅ”……っ……」

 

「とととトレーナー! 大丈夫!?」

 

 今日日(きょうび)見る事のない大泣き。それが大の大人の所業となればなおさらだ。慌てる私を他所に、トレーナーは大量の涙を手で拭いている。

 

「あ……っ“、あり、がとう”……っ……グリー、ド……ホントに“……ありっ”……、ありがとっ“……!」

 

「う、うんうん! どういたしまして! だから泣き止んで、ねっ!?」

 

 わけの分からないまま感謝されてもどう対応すれば良いか分からない。トレーナーの背中を撫でて、慰めてみるけど収まる気配はなかった。それどころか私の体を縋る様に掴んできて、密着してくる。

 

「わたしっ“……、なんにもできてなかったけど……! グリードのおかげでっ”……!」

 

 トレーナーは言葉にしてくれているものの、内容は支離滅裂で良く分からない。しかし、今のトレーナーにはとにかく優しくしてあげる必要があると思った。

 

 その時、頭に浮かんだのはスーパークリーク先輩。前におしゃぶりを咥えさせられて1時間可愛がられた事がある。あの時の全てを忘れて、ただ甘える行為の心地よさたるや。今、それをトレーナーにさせてあげる必要がある。

 今の私には先輩のような母性と包容力が求められていた。

 

 思い出せ、あの時のスーパークリーク先輩の姿を。名前もたった二文字しか違わない。私にもできるはずだ。クリーク、インストール!!

 

「よしよし……。何にもしてないなんて、そんなことないよ。私を勝たせてくれたじゃん。トレーナーはすっごく頑張ってるから……」

 

 トレーナーのぼさぼさ髪を撫でながら、自分でもビックリするぐらいのお姉さん声でトレーナーをあやす。

 

「でもっ“……! シャカールとファインに”は……っ、何にも出来てなくっ“、てっ“……!」

 

「……かもしれない。けど、これから取り戻していけば良いから、ね? だから今はいくらでも泣いて良いんだよ……」

 

 私がそう言うと、トレーナーはぐりぐりと頭を胸に押し付けてくる。

 

「ぐず……っ……、~~っ“ずず……ひ、っく……」

 

 子供のように泣くトレーナー。その姿に安心しながら、毛束をほぐすようにトレーナーの頭を撫で続けた。

 

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