富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(トレーナー)
最近シャカールの走り方が変わった。綺麗に磨き上げられたフォームから、私が彼女を担当し始めたころの粗削りなフォームに。
シャカール自身、右にもたれる癖を矯正するために長い時間を費やしていたのにどうして……?
ピッ
その疑問には手元のストップウォッチが答えてくれる。フォームは悪化しているにもかかわらず、タイムは以前より速い。
「すごい……癖さえどうにかできれば、更に速くなれるんじゃない!?」
私が素直にそう言うと、シャカールはギロリ、という擬音がぴったりな睨み方をしてくる。
「アホか。癖丸出しのフォームで走ってっからタイムが出てンだろうが。それを直せば元通りに決まってんだろ」
そして最近のシャカールはかなりトゲトゲしい。悪態を通り越して、暴言に近いセリフが多い気がする。初めて彼女と出会った頃も、良く罵倒されてたっけか……。
「いや、フォームを戻すんじゃなくてさ、他の方法で癖を抑制できないかなと思って。例えば、右回りのコースで最内を走るとか。右側に柵があれば嫌でも右にもたれないで済む。まさか柵を飛び越えたりはしないでしょ?」
「……なるほどな、試してみるか」
論理的な提案をすれば、受け入れる辺りは私の良く知っているシャカールだなと思う。
「……ンだよ。何ジロジロみてやがる?」
耳を引き絞り、尻尾を乱暴に振るシャカール。割と怖い。とはいえ、超人的な膂力を持つウマ娘に敵意を向けられてそれぐらいの感想で済むのは、かなり図太い方なのではないだろうか。
四方八方に覇気をまき散らしていた断食中のグリードを指導していたせいで、敵意に慣れてしまったのかもしれない。
「ううん、何でもない」
「……チッ。次もタイム計っとけよ」
私が合図を出すと、スタート体勢を取ったシャカールが走り出す。
シャカールの競争人生を満足の行くものにする。菊花賞で果たせなかったトレーナーとしての責務を、次こそ果たさなければいけない。
最近調子の良いファインと、殻を破れそうなシャカールを頭に思い浮かべながら、再び決心を固める。
……けど、私は何にもしてないよなぁ。ファインはグリードが立ち直らせてくれたみたいだし、シャカールは一人でヒントを見つけたみたいだし。うぅ……胃が……。
痛んだお腹を密かに手で抑えた。
(ファインモーション)
「最近さー、シャカが変じゃない?」
私の柔軟を手伝ってくれているグリードが突然口を開く。その内容は私も同意できるものだった。
「あんまり顔会わせてくれないし、会えたとしても態度がキツいし。なんかセリフにも濁点多めな気がするんだよねぇ……。 「あァ“!?」が「ア”ァ“!?」って感じ」
シャカールの声真似をするグリード。結構似ていたので少しだけ笑ってしまった。
「最近のシャカは……そうそう、入学時の頃に似てるかなぁ。基本大声の濁点付き」
「そうなの? 入学式の日にシャカールとグリード、私の三人で話したと思うけど、そんなにキツくなかった記憶だけどな」
「あの時は私が暴走気味で、尖り気味のシャカとはいえツッコミに回るしかなかったからね。早朝に私と二人っきりの時は、額に青筋浮かべながらブチブチにキレてたよ」
「そ、そうなんだ……」
口が悪いところはあるが、なんだかんだで面倒見が良いシャカール。彼女がそれほどまでに激昂する場面を想像できず、困惑してしまう。
「シャカ、ファインにだけは三割増しぐらいで優しいけど、今はどうなの?」
「う~ん……最近は忙しかったから、シャカールと全然顔を合わせて無いの。だから分からないかな」
使命もレースもトレセン学園への残留も、全てを満たす欲張りな方法。その実現の大詰めで忙しかった私は、こうしてグリードと落ち着いて話すのも久しぶりだったりする。シャカールとも同様だ。
「そういえばシャカールは今どこにいるの? いつもなら一緒に練習してると思うんだけど」
「シャカなら向こうだよ」
グリードが指した先にトレーナーとシャカールが見える。
「一緒に併走しようとしても、睨まれて追い払われるだけなんだよね。今は基本一人で練習してるみたい」
遠目からでもシャカールの目つきがいつもより鋭いように感じられる。今の彼女は食事制限を行っていたグリードのような近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「少し声を掛けてくるね」
「行ってらー」
雑談をしている間に柔軟を終えた私は、シャカールの元へと向かった。少し会わない間に何があったのかを確かめる為に。
「久しぶり、シャカール!」
私が笑顔で話しかけるも、肝心のシャカールは苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていた。
「……なンの用だ?」
一度目を閉じた後、ギロリと睨まれる。それは照れ隠しとか、目つきが悪くてそう見えるとかではなく、明らかな敵意を持った瞳。シャカールからの向けられるその目に、少しひるんでしまった。
「えっ、と……、シャカールと並走しようかなと思って声を掛けたんだけど……」
「やらねェ。とっととテメェの練習に戻りやがれ」
取り付く島が無いほど、バッサリと断ち切られる。
「けど……」
このまま引き下がっては何か決定的な亀裂が生まれてしまうような気がして、掛ける言葉を探す。
「――邪魔なンだよ。俺に構うな」
シャカールは思い悩む私を押しのけ、コースへと向かってしまった。疑いようもない拒絶の言葉に、上下が逆さまになったような錯覚を覚える。
「大丈夫、ファイン?」
「……トレーナー」
トレーナーの声にゆっくり振り返る。
「あんまり気にしない方が良いと思うよ。今のシャカール、すごい気が立ってるみたいだから。私やグリードにも喧嘩腰だしね」
「そうなの?」
「うん。思うように実績を残せなくてイラついているんだと思う。……まぁそれは私の責任に依る所が大きいんだけど……うぅ……」
体を丸めてお腹を抑えるトレーナー。私は彼女の背中をさすりながら、走っているシャカールを眺める。
彼女の走りは鋭さと重さを兼ね備えており、まるで
……今が本来の君なのかな。私がファインモーションとして走る事で理外の走りができたように、君もエアシャカールとして走る事で限界を超えようとしている。
結局、私は何にも出来ていないままだ。シャカールは一人で限界の壁を壊す方法を見つけちゃった。
彼女の力になれなかった事に胸を痛めながらも、トレーナーに聞く。
「ねぇ、トレーナー」
「どうしたの、ファイン?」
「シャカールが出るレース、私も参加したいな」
今は何もできない。手伝う事はおろか話し合う事すらも。だからその分ターフの上では誰よりも雄弁に君と語ってみせるよ。
(エアシャカール)
練習を終えて自分の部屋へと戻ると、まずはパソコンを開いた。さっき食べた夜飯のメニュー、カロリー、栄養素を打ち込んでいく。今日の食事内容が基準内であることを確認した後、今度はスケジュール表を開く。
明日の予定を分刻みで入力していく。普通に考えれば、分刻みの細かすぎるスケジュールは逆効果になりかねない。が、今の俺にとってはその無意味にも思える行為が調子を上げてくれる一要因となっていた。事前に決めた計算通りにのみ行動する、データ厨らしい末路だ。
日程調整が終わると、ベッドの上で
腕の振りはどうだったか。脚の回転は、歩幅は、体の倒し具合は、息の入れ方は。
ただひたすらに自分の走りと向き合う。以前までの俺だったらこんなことはしない。ライバルの走りを研究する方が、レースで勝つためにはより効率的と考えていたから。
しかし、今の俺は自分の走り以外眼中に入れていなかった。ライバルの走り、などという推定する事しかできない曖昧な要素は考えるに値しないから。当日のレース展開も考えるだけ無駄。
考えるのは俺だけで良い。俺の走り、俺の体調、俺の精神。いつでも観測できる指標だけを考えることで、不確定性を最小まで減らせる。自分とだけ向き合い、ストップウォッチの数字を減らしていけば良い。その考えは驚くほど俺の性に合っていた。
――この考えも“ウマソウル”とやらを活性化させてやがるのか?
癖丸出しのフォームに変えてからタイムが縮まった。そして、スケジュール通りに行動し始めてからタイムが縮まった。ライバルの研究を止めてからもタイムが縮まった。タキオンの理論に則るなら、前述の三つの要因によってウマソウルが活性化されているということになる。
「ただいま帰りました~……」
「……チッ」
その声とドアの開く音に思考を乱された。舌打ちが漏れる。
「す、すいませんすいません……。瞑想の邪魔しちゃってすいません~……」
俺の態度に怯えて声を潜めるドトウ。本来なら同じ部屋に住む対等な関係にもかかわらず、まるで居候のよう。
――こうして態度が一層悪くなったのもウマソウルのせいか?
最近はイライラすることが多くなった。以前の俺なら思考の邪魔をされたぐらいで舌打ちはしない。そもそも相部屋に相方が帰って来るだけで舌打ちをするのは客観的に考えて頭がおかしい行動だ。
グリードやトレーナーに対しても突き放すような態度を取るようになった。……ファインに対しても、つっけんどんな態度を取ってしまった。
「――クソッ!!」
ベッドのヘッドボードに頭を打ち付ける。
「ひえぇぇぇぇ~~!?」
「うるせェ!!」
「えぇぇぇぇ~~??!」
俺の奇行を見て驚愕するドトウを一喝しながらも、頭を打ち付け続ける。
俺の選択は本当に正しかったのか……?
ファイン。
涙を流すほどに深く関わった初めての親友。疑いようもない拒絶の言葉を彼女に吐き捨ててしまった。そうしろと、本能が囁いたから。彼女を拒絶しなければ、今まで順調に縮んできたタイムを失ってしまうという強迫観念に駆られたから。
どうやら、俺のウマソウル活性化のトリガーは“気性難”と“孤独”らしい。
「ふざけンなッッッ!!!!」
ベキッ!
一際強く頭を打ち付けると、ベッドのヘッドボードが破損した。同時に額から暖かい物が流れる感覚が。頭を打ち付けた反動のままに後方へと倒れる。
薄れゆく意識の中、トレセン学園での記憶が想起される。
ファインに悩みを聞いてもらった事。
ダービーで負ける悪夢を見続けた事。
ファインと肝試しで奇妙な体験をした事。
限界を超える方法を暗中模索していた事。
ファインの帰国に涙を流した事。
わずか七センチで敗北を喫した事。
どれだけ努力を重ねても予想を覆せなかった事。
閉塞感に押しつぶされ、気が狂いそうだった事。
菊花賞を境に走力が衰え始めた事。
選手としての俺は緩やかに死ぬ? ……そんな予想はクソくらえだ。もともと俺は勝つためにトレセン学園へ来た。俺の限界を勝手に決めやがった神に中指を立てる為だけにここへ来た。――迷う必要は無い。
心の天秤が一気に傾く感覚を最後に、気を失った。