富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について   作:RKC

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28話 危 の一文字を幻視した

 

(エアシャカール)

 

『以上、今日の天気予報でした。続きまして速報です。現在、日本に留学されております、アイルランド王族のファインモーション殿下が日本親善大使として任命される予定との事です。昨日、アイルランド時刻における15時27分、アイルランド政府は――』

 

 部屋にどうでも良いニュースの声が響き渡る。

 

「凄いんですねぇ、親善大使だなんて……。あ、でもこれでファインモーションさんはトレセン学園に居られるんじゃないですか? レースを通じてアイルランドと日本の架け橋になる、みたいなことをニュースで言ってますし……」

 

「それがどうした」

 

 いつの間にか貼られていた額の絆創膏に触れる。うっとおしかったが、昨日の傷が悪化

 

「えぇぇ~……!? で、でも、シャカールさんってファインモーションさんと仲がよろしかったんじゃ……? それに今度の宝塚記念でも一緒に走るんですよね……?」

 

「そうだ、あいつとは次の宝塚で一緒に走る。――だから敵だ」

 

 朝の支度を終えて部屋を後にする。乱暴に閉められた扉が大きな音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ファインモーション)

 

 いつもの時間、いつものように私は登校する。廊下ですれ違った友人に挨拶をすると、私を認めた周りの皆が一斉に詰め寄せてきた。

 

「今朝のニュースって本当!?」

「ニュースが嘘つくわけないじゃない!」

「これからもトレセン学園に居られるの?」

「よ“か”っ“た”よ“ぉ”~~~~~!! こ“れ”で“は”な“れ”ば“な”れ“に”な“ら”な“く”て“す”む“ん”だ“ね”ぇ“~~~~~!!!」

「レース、引退しなくても大丈夫なんだって!?」

 

「え、えっと……」

 

 皆の勢いに気圧されてしまう。私が言葉に詰まっていると、見かねたSP隊長が助け舟を出して――

 

「はい、みんなストップストップ!! 殿下にお声を掛ける際はきちんと列に並ぶように!」

 

 くれる前にグリードがみんなを制止してくれた。

 

「ありがとね、グリード」

 

「いいのいいの、これぐらい。それより親善大使って! いやーお偉い役職に就いたもんだね! もしかして最近忙しかったのはそのせい?」

 

「そうなの。ごめんね? 事が事だから事前に伝える事も出来なくて」

 

「確かに、私の耳に入れた瞬間SNSから大拡散しちゃうからね。当然の判断よ」

 

 自信満々にそう言うグリードに対して周りの子達が失笑する中、聞きなれた声が響き渡った。

 

「邪魔だ!! 廊下塞いでんじゃねェよ!!」

 

 声の主はエアシャカール。私を目当てに集まってきたウマ娘に対して睨みを聞かせている。彼女の形相は、柔らかな雰囲気を一瞬で氷点下に変えてしまった。

 

「あ、シャカ! 今朝のニュース見た!? ファインが日本親善大使になってトレセン学園に残れるんだよ!」

 

 しかし、グリードは不機嫌そうなシャカールなどお構いなしにグイグイと迫る。

 

「知ってる。いちいち報告してくンじゃねェよ」

 

「ならもうちょっと喜んだら? これからもファインと一緒にいられるわけだし。シャカも嬉しいでしょ?」

 

「別に」

 

「もー、照れちゃって。本当は嬉しい癖に~」

 

「うぜェ。止めろ」

 

「このこの~」

 

 グリードがシャカールを肘でつついたその時、シャカールの腕が動いた。グリードの顔めがけてアイアンクローが飛ぶ。

 

「っ!」

 

 グリードが腕を避けた。いつもなら行き過ぎた揶揄いの代償は甘んじて受けているのだが。

 

「……馴れ馴れしくすんじゃねェよ」

 

 心底苛立たし気に吐き捨てるシャカール。その場の皆が彼女に尻込みする中、今度は私が彼女に話しかける。

 

「シャカール、これでまだまだ君といられるよ」

 

「――テメェもだ、ファイン」

 

 シャカールの瞳がこっちを向いた。それだけで僅かに呼吸が止まる。生理機能が停止してしまう程の敵意。少し遅れてSP隊長が私とシャカールの間に割って入る。

 

「馴れ馴れしくするな。宝塚記念、お前は敵だ」

 

 シャカールはそれだけ言ってこの場を後にする。廊下に集まっていた子達は雰囲気の悪さに耐え兼ねたのか、解散してしまっている。グリードと私の隊長の三人だけが取り残された。

 

「……さっきのシャカール、断食中の私に似てたなぁ。鏡で良く見たあの目。思わず手ぇ避けちゃったよ。隊長も感じた?」

 

「はい。二月頃のグリード様にとても良く似ていました。思わず殿下をかばってしまう程に」

 

「だよねぇ、怖い怖い。……って、なんでファインは笑ってるの? 睨まれたのに」

 

「んー……内緒」

 

 グリードの言う通り、私の口角はこらえきれずに持ち上がっていた。だって、シャカールが私に本気の敵意を向けてくれたから。

 そのことが、私を本当のライバルとして認めてくれたようで、筆舌に尽くしがたい嬉しさを覚えてしまう。

 

 初めて君と走った日。あの時は負けちゃったけど今度は負けないからね。

 

 教室へと向かう間、私の姿勢がいつもより前傾気味だと隊長に注意された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日はやけに遅く流れ、カレンダーの日付は宝塚当日、6月26日に。シャカールとの対戦を首を長くして待っていたせいだろうか。楽しい事を待つ時間はどんな時も長く感じられるのがじれったい。

 

 会場は阪神競技場。現地には前日入りしており、今はリムジンで会場まで移動中だ。

 

「シャカも一緒に来ればよかったのにね。わざわざ一人で移動なんてさ」

 

 シャカールがいないため一人分のスペースが空いている。グリードはその空間を贅沢に使い、シートに寝そべっていた。

 

 シャカールがわざわざ単独行動をしているのは、きっと今の彼女に必要な事だからなのだろう。私が使命のため、声援をくれる観客のために走ると好調なように、グリードが行き過ぎた食事制限を乗り越えて勝利を収めたように、彼女にもなにかしらのトリガーがあるんだと思う。

 

 ふと隣を見ると、トレーナーがお腹を押さえているのが目に入ってきた。

 

「大丈夫、トレーナー?」

 

「う、うん……いや、やっぱり大丈夫じゃないかも……。ファインとシャカール、どっちが勝つにしろ、どっちかは絶対負けるんだよね……。それを考えると腹痛が……」

 

「またお腹痛めてる。よしよししてあげよっか?」

 

 グリードが虚空を撫でながら言う。

 

「い、いや、遠慮しとく……。癒されるのは確かだけど、背徳感で余計にお腹痛くなりそうだから」

 

「そっか、それは残念」

 

「ざ、残念って……まさかそっちに目覚めたとか……」

 

「やだなぁトレーナー、本気にしちゃって。冗談よ冗談」

 

 冗談と言う割には本当に残念そうな顔をしていた。

 

 ……本当に冗談なのかな。知らない所で(ただ)れた関係になっていないかちょっと心配。

 

 などと雑談している間にも車は目的地に到着したらしい。緩やかなブレーキングによって体が少しだけ傾く。

 

「うぅ、いよいよか……。あ、シャカールがちゃんと到着してるかも確認しに行かないと……」

 

「さてと、どっちが勝つか高みの見物させて貰おっかな!」

 

 緩慢に降車するトレーナーと、一息に降車するグリード。

 

 ――感じる、シャカールの気配。

 

 今日の好敵手が先に会場入りしているのを察しながら私も降車する。カツン、と靴底が爽快な音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(三人称)

 

 宝塚記念はファン投票で選ばれたウマ娘が走れる。自分たちの選んだ一推しの選手達が走るレース、当然会場は満員。無数の人間に囲まれた本バ場へと、ついに出場ウマ娘が姿を現す。

 

 色とりどりの勝負服を纏った選手たちに、会場は大盛り上がり。彼女らは観客に手を振ったり、パフォーマンスをしたりと応援してくれるファンに答えている。

 しかし、その中でも特異なウマ娘が一人。耳を伏せ、喧騒に顔を(しか)めながら入場を果たしているのはエアシャカール。彼女はゲートの前にたどり着くと、不機嫌そうに地面を蹴っていた。

 そんな彼女にもファンはいる。そうでなければ彼女はこの宝塚の場には立てていない。彼女のファンが歓声を上げると、シャカールの靴を用いた穴掘りにガサツさが増した。

 

「――チッ……チッ……チッ……!」

 

 舌打ちを隠そうともしないシャカール。舌打ちの音は観客席まで届いていないが、彼女の尋常ならざる顔つきにファンは口をつぐむ。とはいえ、彼女のファンがこの件で抱いた感想は、“いつもより5割増しで機嫌悪いな”ぐらいだ。そのぐらいの感想で済まないのならば、彼女のファンにはなっていないだろう。

 

 そんな様子のシャカールに対して、他のウマ娘達はチラチラと様子を窺っていた。GIに出場するウマ娘達だけあって、露骨に怯えるような真似はしないが、完全に意識から外すことはできないようだ。

 

 しかし、一人だけシャカールを凝視するウマ娘が。顔の前で手を合わせ、集中しているフリを装って薄目を開けているのはファインモーション。

 

 日本親善大使のニュースの影響も相まってか、彼女の人気は凄まじく高い。そのため入場からひっきりなしに声援が掛けられていた。

 彼女もその声援に応えるべく、観客席の方に手を振り続けていたが、ゲートインが近付くと観客が静まり返る。選手が集中できるようにという配慮であり、今のファインにとっては非常にありがたいことであった。

 静寂の中、彼女の視線は現在進行形で芝をめくり続けているエアシャカールに固定されていた。

 

(数分もせずにレースが始まる。君との真剣勝負が……)

 

 ファインは以前にトレーナーから言われたことがある。ターフの上では感情を抑えずに走っても良い。観客は、ファインのその姿を楽しみにしていると。

 だから彼女は笑みを隠さなかった。獲物を狙う肉食獣の様な笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てのウマ娘がゲートインを終えた。人知を超えたパワーと人並み外れた勝利への想いを狭いゲートの中の押し込める。

 押し込め、蓄え、凝縮し――――今解き放つ。

 

 矢の如く放たれたウマ娘達。先頭を欲する者は前へ、後塵を拝す屈辱に耐え、反逆を狙う者は後ろへ。それぞれ意志を持った18の個がしのぎを削り合った結果として、二つの群れと一つの個に分かれた。

 先頭集団、第二集団、そして最後方にエアシャカール。

 

 

 

 第二コーナーを抜けるころになると、レースに大きな変化はない。それぞれが己の信じる最速を実践する。ウマ娘にとって走ることは存在証明に近い。そんな彼女たちの信じる最速、それはアイデンティティと呼んでも差支えないだろう。

 しかし、レースではそのアイデンティティを否定しようとする輩がいる。その不届き者はあろうことか己のアイデンティティを拒絶するくせ、自分のアイデンティティは押し通そうとしてくるのだ。むろんそんなことは許さない。許すはずもない。

 排除だ。自分の人格を否定するような大罪人など当然排除。位置取り、目線、フェイント、使えるものを全て利用してお引き取り願う。

 

 

 

 向こう正面。観客達はそんなウマ娘たちの心情を知ってか知らずか、歓声という名の燃料を大量投下。ウマ娘たちは自分のアイデンティティを肯定してくれるファンの声を薪に情熱の火を燃やす。

 バランスを崩して転んでしまえば、死にかねない速度で走る彼女たち。自身を焼き付くす炎に身を任せ、全力疾走する姿を愚かだと言う者もいるだろう。だが、愚か者でなければこの舞台には立っていない。観客にすら飛び火させ、燃料ATMに変えてしまうほどの異常者でなければこの舞台には立てない。

 

 

 

 第三コーナー。情熱の火で身を焼き、ようやくウマ娘達の体が温まってくる頃。アイドリングの済んだ暴走機関車たちがそれぞれのタイミングでスパートをかけ始める。

 その中で一人だけ導火線に火を付ける者がいた。チリチリと縮まる導火線、その先には俗に“ウマソウル”と呼ばれる異世界の生物の魂が。

 導火線がウマソウルの尻を突っついた瞬間、ファインの体は重力と空気抵抗から解放された。ブチリ、と世界の物理法則から完全に切り離された彼女は、常人の想像だに及ばない速度でコーナーを抜けていく。同時に、後方から急速に迫って来る好敵手の気配を感じ取っていた。

 

 

 

 第四コーナー。ファインが先頭集団を捉えている頃、第二集団の後方では複数のウマ娘がもつれ合っていた。それぞれが理想のラインで走ろうとした結果の混雑。

 コーナーで速度を出すと遠心力も強くなるため、ある程度膨らんだラインが理想となる。しかし、混雑でやむを得ずイン側のラインを走らざるを得ないウマ娘がいた。その子が自分の位置取りの甘さを呪い、歯噛みをしていると、さらに内側から黒い影が迫る。

 

 ――内側? 一人分のスペースすら空いていないのに?

 

 その子が疑問に思ったのも束の間、ずっと後ろで控えていたエアシャカールがその子と内柵の間に無理やり体をねじ込んだ。

 

 ジュザリ

 

 鈍い音の後、一瞬でその子を抜き去ったシャカールは先頭を目指してひた走る。デッドスペースを駆け抜けた代償として右腕の皮と肉を柵に置いて来たが。

 体の一部がこそげた当の本人は、痛みではなく殺意に顔を歪めていた。自分の前を走る奴は全員(かたき)だと言わんばかりに。

 彼女の腕から遅れて血が噴き出る。勝負は最終直線へ。

 

 誰が見てもこのレースの勝者は二人に絞れる展開だった。ファインモーションかエアシャカールか。

 先頭を突き進むファイン。勘の鋭い者が見れば、彼女の周りに光る蝶々を幻視したことだろう。ふわりと華麗に、しかし時速65kmに迫る速度でファインを先導する蝶々を。

 そして彼女の通り過ぎた後にはアイルランドの国花であるシャムロックが芽吹く。芝がみるみるうちにクローバーで埋め尽くされ、彼女の背後には無限に広がる高原すら見える。

 

 そのシロツメグサたちを踏み荒らすウマ娘が一人、エアシャカールだ。これまた勘の鋭い者が見れば、彼女の周囲が脱色されモノクロに染まっていくを幻視したことだろう。

 色をデジタルで表すと、0~255までのRGB値の組み合わせ。しかし、16777216通りの色相など贅沢だと言わんばかりに(0)(1)に世界が変化していくのだ。

 

 

 

 残り200m。ついにシャカールがファインに追いついた。やはり勘の鋭い者が見れば、二人の世界が喰い合っているのが見えることだろう。

 ファインの蝶々がシャカールの世界に侵入しようものならば、一瞬でモノクロに脱色され、ついには01に分解され消滅。反対にシャカールの世界がファインの世界に浸蝕しようものならば、白黒の背景は華やかに侵され、メルヘンチェンジを果たしていた。

 ファインは大きな瞳を収縮させ、獰猛さを帯びた笑顔でラストスパート。シャカールは腕から血をまき散らし、犬歯をむき出しにしながらラストスパート。

 

 ついに二人はゴール板を割った。

 

 

 

 

 

 

 二人とも掲示板を睨みつけていた。シャカールの腕からは、心臓のビートに合わせて血が漏れる。100回ほど血を漏らした後、ようやく掲示板の1着、2着の欄が灯った。

 

「………」

 

 シャカールが静かに膝をつく。

 

「……ぉ、ぉ………」

 

 うめき声と涙が零れる。

 

 

 

 

 

 

「おおオオオォォォォッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 およそ一人の声帯から発せられたとは思えない、勝者の咆哮が響き渡った。

 

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