富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(エアシャカール)
自然と目が覚めた。目覚ましが鳴った訳でも、太陽光が顔を照らしたわけでもない。ベッドから体を起こし、朝の支度をする。
「あ、シャカールさん! おはようございます~」
「……あぁ」
同じ部屋に住んでいるドトウが挨拶をしてくるが、そぞろな気のない返事をする。
……どうしてこいつは昨日までしっちゃかめっちゃかな態度を取っていた俺に未だに構ってくる?
そんな疑問が拭えない。俺が考え込む間にドトウは制服に着替え、いつもの自身なさげな顔を珍しく引き締めていた。
「シャカールさんに怒られないよう挨拶ができました……。今日はなんだかいけそうな気がします~……! ドジをしないように一日頑張ります~……!」
気合を入れて部屋を出ていくドトウ。しかし、彼女はさっそくカバンを忘れるというドジをやらかしていた。
「……」
いつもなら“カバン忘れてんぞ”の一言で終わるのだが、今はその一言が喉につっかえて出てこない。
しばらくその場に立ち尽くした後、自分のカバンとドトウのカバンを手に部屋を出た。
俺は昨日、待望の瞬間を迎えた。シニア期に入ってからは衰えるだけだった自分の運命を覆した。生まれた瞬間に決まる肉体的な限界を超え、勝利を収めることができたのだ。
右腕の包帯に触れる。刺すような痛みと共に昨日の光景が蘇った。
掲示板のトップに表示された俺の番号。怒号のような歓声。頭痛がするほどの高揚感。
思い出すだけで口角が上がる。昨日の結果に文句はない。かねてからの念願を叶え、人生最高潮の時だったと間違いなく言える。
しかし、その代償は少なくなかった。ウマソウルとやらの機嫌を取るために俺は人間関係を捨てた。拒絶と排斥と孤独。それを生贄に昨日の勝利を手に入れたわけだ。
自分のカバンに手を突っ込み、退学届と書かれた封筒を取り出す。
……もうここにいる意味は無い、か。
願いを果たしたため、無理にレースに出ようとは思わない。加えて人間関係を失ったコミュニティに留まる必要もない。レース関係の授業が無い普通の高校に転入して高卒資格を得るのが合理的だ。
そこから、レースの賞金でニートするなり、大学に行くなり、就職するなり、起業するなりいくらでも自由にできる。そう、この選択が正しいはず。
「……チッ」
しかし、頭では納得していても心は拒否反応を示す。この学園から離れたくないと。自ら人間関係を断ち切ったくせして未練タラタラだ。
こういうバカが投資で損切りできずに沈んでいくんだろうな、と他人事のように考えていると、
「おっはよー!シャカぁ!」
バカのデリバリーが来た。大声に振り返ると、グリードと一緒にファインもいるのが確認できる。
「おはよう、シャカール」
「……あぁ」
やはり気のない返事が口から洩れる。
訳が分からない。あれだけ決定的に突き放した態度を取ったのに、どうしてこいつらは俺にからんでくる? 確実な拒絶の言葉を吐き捨てたはずなのに。
「あれ、どうしたの? 元気ないじゃん。まぁ、昨日あれだけハッスルしたんだからしょうがないよね。ゴール後に叫びすぎて、ウイニングライブじゃ声カッスカスだったし」
ニヤニヤとムカつく表情を浮かべながら俺をからかってくるグリードだが、今は言い返せるような精神状態ではない。
「……あれ? ホントに元気ないね。もしかして腕、結構痛む? カバン持とうか?」
俺が黙っていると、グリードは眉をひそめて俺の心配をしてくる。
なぜ俺の心配をする? あからさまにつっけんどんな態度で接したにもかかわらず。
「……持たなくて良い。そこまで痛くねェよ」
理解の及ばないグリードを遠ざける様に、包帯を巻いた方の腕を振る。そのせいで昨日の傷が痛み、僅かに顔をしかめた。
「ダメだよ。無理したら」
その表情の変化を殿下様は見逃してくれなかったご様子。ファインは俺からカバンを取り上げる。その際ファインと目が合った。気まずさに耐えられず、すぐに視線を逸らす。
「むー……。貴様~、我と目を合わせられぬと言うか~?」
ファインは大げさに頬を膨らませ、俺の顔を覗き込んでくる。その声に含まれている感情は不満。決して怒りや恐れなどでは無かった。
どう対応すれば良いか分からないままファインと見つめ合う。そうしていると、ふいにファインが切ない顔で笑った。
「……レースは楽しかったけど、それまでは少し寂しかったんだよ?」
”お前は敵だ”と吐き捨てた俺に対して、”怖い”でも”怒っていた”でもなく”寂しい”、か。――本当にわけ分かんねェ奴だ。
拒絶の意志を持って接すれば、向こうも拒絶する。人の心なんてただでさえ複雑で曖昧なもの、俺の乏しい対人経験で勝手な予想を立てるにはデータが足りなすぎたのかもしれない。
そう言えば、こいつらは入学当初の尖ってた俺にも臆せず接してきたっけか……。
そう考えると、喉に引っ掛かっていた何かがストンと落ちていったような気分になった。
パサッ
ファインが持っている俺のカバンから封筒が落ちる。
「あ、何か落としちゃった。ごめんね?」
落ちた封筒を拾い上げようとするファインより先に、俺は急いで封筒を拾い上げた。
「別に謝る必要はねェよ。こいつはちょうど捨てようと思ってたところだ」
拾い上げた封筒をゴミ箱に突っ込む。
「本当に捨てて良かったのシャカ? 封筒に入っててなんか大事そうだったけど」
「あぁ。今となってはただのゴミだからな」
ゴミ箱に手を突っ込んだまま目を閉じると、後ろにいるグリードとファインの存在を強く感じる。
「ファイン、グリード。悪かったな、最近は不愛想にしちまって」
謝罪の言葉は、驚くほど素直に俺の口をついて出てきた。
「うむ、許してつかわそう!」
「私も別に気にしてないよ。シャカが不愛想なのは最近に始まった事じゃないしね」
「そうか。ありがとな」
謝罪に引き続き、感謝の言葉も口をついて出てくる。
「うわぁ……。シャカがお礼の言葉を……明日は槍降るでしょこれぇ……」
「……良かったらもう一回言ってくれないかな? 撮影……いや、録音だけで我慢するから」
こいつら……
グリードだけならまだしも、ファインまでもが俺をからかうような言葉を投げかけてくる。少しだけこめかみをひくつかせながらも、不満を無理やり飲み込んだ。
「さっさと教室行くぞ」
少しだけ荒い歩調で歩みを進める。
「あ、待ってよ~。槍は言い過ぎたって! 矢! 矢が降るなら良いでしょ!?」
「音声がダメならさっきの微笑み! 写真撮りたいからもう一回お願いできるかな!?」
後ろから
――あいつにも謝っとかねェとな。それとトレーナーにも。
これから頭を下げる必要があるにも関わらず、俺の心は晴れ晴れとした気分だった。