富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(ファインモーション)
日中の授業も終わり、今は放課後。トレセン学園の敷地を歩いていると、昨日のトレーナーの言葉を思い出す。
(本当にそれで満足……?)
満足……。
昨日、全力疾走して走る事の楽しさに触れてしまった。芝の上を走っている最中は心の底からワクワクした。どうしてあれほどワクワクしたのか……理由付けは難しい。きっとあれがウマ娘としての本能なのだろう。
走る事の楽しさを知った以上、レースで走らずに帰国してしまえばきっと後悔する。
……けれど私はファインモーション。王族としての責務を放棄する事は出来ない。
「ファイン!!」
「わっ!」
いきなりの大声に耳と尻尾をピンと立ててしまった。振り向くと、昨日のトレーナーが立っている。
「えっと……どうしたの? 少し怖い顔だね」
「昨日は聞きそびれたけど、貴方の気持ちが聞きたくて」
「私の気持ち? っていうと、この間話した“走らずに国に帰って満足か”という事?」
それならば私の答えは決まっている。
「答えは“変わらない”かな。私を気に掛けてくれるキミの気持ちはとっても嬉しいよ! ……でも私はね? 走るために生まれてきたわけではないの。一族と守るべき民達の永き繁栄と安寧のために尽くす……それが私の使命。私の誇り。私が今、ここにいる理由」
私がそう語るとトレーナーは神妙な顔つきに。
「それは貴方に夢を諦めさせていい理由にはならない」
そう言われた私は深く考え込む。
「夢…………私の、夢……」
想像した事も無かった。夢――将来実現させたい事。私の場合は王族としての責務を果たし、自国に尽くす事になるのだろうか?
いや、ここで聞かれている夢には当てはまらない気がする。トレーナーが尋ねる私の夢。それは私の望み? だったら……でも……
結局、その場ではトレーナーに返事をできなかった。
(トレーナー)
ファインモーション。彼女には自分の気持ちと向き合うためのきっかけが必要なのだろう。そこで彼女と親しそうだった二人のウマ娘――エアシャカールとスーパーグリードにお願いをすることにした。
「ンだと? ファインと模擬レースしろだァ?」
「なんでそんな事を私達に……」
「てめェの記憶容量は0バイトか!? 二度言わすなクソが! 半端に首突っ込むなッつッてんだよ!!」
「いや、ちょっと待って待って……なんでシャカはそんなに怒ってんの?」
グリードの方は事態を把握できていないようなので説明する。
「ふむふむ。つまりファインは走りたがっているけど、怪我は危ないし王族としての使命もあるから板挟みになっていると。……えぇ~、じゃああの時の満足そうな顔は演技? 流石王族だわ……」
感心しているグリードを他所に、シャカールは私を睨みつけてくる。
「王族の身を預かる……その意味、分かってンのか?」
私はシャカールの目をまっすぐ見返す。
「分かっているし、覚悟もあるよ」
「……」
シャカールの目つきがさらに厳しくなった。
「軽々におっしゃるのはおやめくださいませ、トレーナー様」
突然現れたのは黒のスーツに身を包んだウマ娘。ファインのSP。
「失礼ながら、事の重大さをお分かりで無いようです。殿下をレースの道に誘うという事は尊き御方を貴方の手で危険に晒すという事……」
SPの声に迫力が増す。
「貴方自身が全てを失う事にさえなり得ます」
SPが言う事は
「ですから、全て覚悟の上です」
私がそう言うとSPは当てが外れたような表情に。しかし、すぐに言い返してくる。
「っ……いいや! あなたは何もお分かりでない! 殿下の御身をお守りする者として、私は断固――」
「全てを懸けてウマ娘の夢を支えるのが私の仕事です!」
SPの仕事はファインの身を守る事。その立場からすれば彼女を走らせる事に賛同できないのは当然だ。
けれど私は引かない。彼女――ファインに後悔してほしくないから。
「……っ」
全く引かない私に言葉を詰まらせるSP。
「……そういうことなら私、やるよ。ファインと模擬レース」
話を聞いていたグリードが小さく手を上げてくれた。
「SPさんもウマ娘だから走る事の楽しさは分かるんじゃないですか? だったらファインにも走らせてあげた方が良いと思います。怪我を心配するのは分かりますけど……」
「……」
SPは沈黙したまま。場の雰囲気がファインに走ってもらう側に流れたその時、シャカールが声を上げた。
「チッ……、心配するのは怪我の方じゃねェだろ!」
「えっ? 他に何か心配する事ある?」
「仮にだ。ファインがレースで走る事を望み、許されたとする。だがその期限は? あいつは王族、ずっと走ってるわけにはいかねェだろ。1年か2年か3年か……とにかく期限付きだ。期限が来りゃあ楽しい楽しいレースとはお別れ。――そン時あいつはどう思う?」
シャカールの指摘に私はハッとさせられた。ファインがレースと別れる時。あれだけ目を輝かせて楽しんでいた彼女が走る事を止めなければいけなくなった時。彼女は……。
「滅茶苦茶がっかりするよね……。少なくとも私だったらそう。というかシャカ、そんな事にまで良く気が回るね」
「けッ、少し考えりゃ分かる事だろうが。……ンで? どうすんだよお前は?」
シャカールが再び私を睨んでくる。
「お前はファインにレースを走らせてやりてェンだろうが、それは本当にアイツのためになンのか? どうせ失う楽しみならいっその事知らねェ方が……」
「それは違うよ」
「……あ“ァ“?」
シャカールの目つきが更に鋭くなったが、私は気圧されず自分の考えを説明していく。
「確かに彼女は期限付きでしかレースに関われない、私もそう思うよ。けどそれは他のウマ娘だって一緒。どんなウマ娘でも全盛期が終わればいつかは引退する。レースで勝てなくて引退する子もいる。……怪我で引退する子もいる。期限は皆にあるものだよ。ファインの場合はそれがはっきりと分かるってだけで」
「……」
私が話すと、シャカールは無言のまま続きを促してくる。
「だからウマ娘達は悔いが残らないように全力を尽くす。自分のレース人生が納得いくものになるよう懸命に走るんだ。――短い期間かもしれないけど、ファインに悔いは残させない」
「……チッ」
私の言葉を聞いたシャカールは舌打ちをした。
……説得できなかったかな。選抜レースの時にファインが特別気に掛けてたシャカールには模擬レースに参加してほしかったけど……。
「――で? いつやンだよ? その模擬レースとやらは」
シャカールは仏頂面でそう言ってくれた。
(ファインモーション)
「隊長……本当に見逃してくださるのですか? 模擬レースだなんて」
隊長から模擬レースをすると聞いたときは本当に驚いた。彼女の立場を考えると、私が走る事に一番反対しそうなのに。
「トレーナー様は己の全てを賭してでも殿下を後押しするつもりでいらっしゃいます。その上で、殿下ご自身も望まれるのならば……ずっとお傍で殿下のお働きを見守ってきた者として、これ以上お止めする事はできません。――どうぞ御心のままに」
御心のままに。そうは言われても私の心はまだ決まっていない。
「私は……」
「オイ! いつまでンなとこにいやがるつもりだ!? それとも、ここに来てまだ“走らなくても満足“だなんてフザけたこと言いやがるのか?」
コース上からシャカールが大声を出して私を誘う。
「ほらほら。殿下、コースまでエスコートいたしますよ」
「え、あっ……」
グリードに手を引かれてコースへと続く階段を下りる。
「シャカール、グリード、二人とも……」
「観客として見ていたぐれェでレースを知った気になってンなよ、殿下様。役者の“熱”は、“狂気”は、ンなもんじゃねェからな。来いよファイン。――知りたくねェとは、言わせねェぞ」
そう言うシャカールの瞳を見ていると、吸い込まれるように彼女の隣に歩を進めていた。
「私がペースメーカーになるから気楽にね」
私の外側にグリードが並ぶ。そうして私たちの模擬レースはスタートを迎えた。
「はっ……はっ……はっ……!」
前を走るグリードについていく形で芝の上を駆ける。それだけで私の心は震えていた。
地面を蹴った時に感じる反発力。自動車に乗っている時のように、後ろに飛んでいく景色。肌に風が当たる感覚。
私、今走ってる……!!
走っている感動に加えて、心の中にはある衝動が。
前を走るグリードを……競争相手を抜かしたい……!
衝動のままに加速すると、前との距離がグングン詰まる。
「む、むり~!」
グリードの声が後ろから聞こえるようになった。――抜かしたのだ。すると、私の前には誰もいない。
その瞬間、えも言えぬ快感に包まれ、体が軽くなった。更に加速する。
すごい……。走るだけじゃなくて、ターフの上で競う事がこんなに楽しいなんて……!
「ハッ!! オイオイ、そンなもんかよ殿下様ァッ!!」
その声の直後、後ろからシャカールが私を追い抜いて前に。力強く走る彼女からは「抜けるもンなら抜いてみな」と幻聴が聞こえてきそうだ。
何てプレッシャー……肌が粟立ってる! このまま持っていかれそう!
慣れない全力疾走。鼓動がうるさい上に、足にも疲労が溜まっている。
でも……でも……っ! なぜかしら……!?
「私、まだ……まだまだ走れるみたい!! ――はぁああああああーっ!!」
全力疾走だと思っていたが、更に加速できた。シャカールに並ぶ。
「ヘッ、少しはやりやがる……! けど、させッかよ! オラァアアアッ!!」
けれどシャカールは更に速度を上げ、私の前に。私も再び加速する。
ああ……すごい! 心が震えてる、魂が叫んでる! 「もっと早く」「さらに前へ」「走れ、走れ」って!!
けれど限界はあるようで、シャカールに追いつく程の加速は出来なかった。彼女の背中を見続けていると、悔しさが湧いてくる。
これがレース……。
「っ……、私は――私も……!!」
自分の心の叫びを自覚してまもなく、模擬レースは終わりを迎えた。
「――ヘッ、俺の勝ち」
そう言って得意そうに笑うシャカール。彼女の珍しい表情を見れたおかしさと、レースの余韻の心地よさが混じった笑みがこぼれる。
「ふふっ……うん。とっても悔しい!」
そこにトレーナーが駆け寄ってくる。
「ファイン……」
「トレーナー! ……ありがとう。私に、自分と向き合うチャンスをくれて」
トレーナーがSP隊長を説得してくれたからこそ、今がある。感謝の思いでいっぱいだ。
「……それからごめんなさい。一つ嘘をついてしまいました。私――まだ国には帰りたくありません。ここで、もっともっと走っていたいから……!!」
そして心のままに言葉を紡いだ。身勝手な願いなのは分かっている。しかし、ここまではっきりと自覚してしまっては、もう抑え込む事は出来なかった。
「あの……ちょっと……私……忘れられてる……気が……。でも、まぁ、何か……良い感じにまとまったみたいで……良かった……」
遅れて戻ってきたグリードは、息も絶え絶えに倒れ込んでいた。