富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(スーパーグリード)
シャカと並走してからしばらくが経った。彼女は無事デビュー戦を勝利で終え、その後も調子よく勝ちを重ねている。12月に開催されたジュニア級GIレース”ホープフルステークス”でも彼女は一着だった。
……私? 参加すら出来なかったけど文句ある? GIの壁はやっぱり高かった。まぁ、いうてジュニアのGIだしね? 大器晩成の私にとっては時期が速すぎたというか。
話を変えよう。12月といえばファインのデビュー時期でもある。彼女も無事デビューを勝利で終えていた。しかし、幼い頃に走っていないせいなのか、脚部不安がぬぐえないという事でしばらくはレースに出ない予定らしい。
その決定にファインは悲しそうにしていたが、翌日にはいつもの笑顔に戻っていた。それだけを見ると気を持ち直したとも取れるが、彼女は演技が上手いようなので様子と内心が一致しているとは言いきれない。人知れず落ち込んでいるかもしれないのだ。
「というわけで、これより年越し串カツパーティーを始めます!」
「何が“というわけで”、なんだよ……」
私、シャカ、ファイン、トレーナーの四人がいるのはトレーナーの家。そのキッチンを借りて、今日の夕飯予定である串カツを揚げようとしている所だ。
「なんで串カツなんだよ」
「それは私が食べてみたかったからかな。日本に来てからは、ラーメンばっかりで他の物を食べてなかったな、と思って」
シャカの疑問にファインが答える。
「じゃあ何で俺らの手で揚げンだよ。そこら辺の店に行けば良いだろ」
「それは皆で一緒に料理してみたかったから。ほら、楽しそうでしょ?」
「……自分の手で料理する理由は分かった――が、なんでSPまでいンだよ」
シャカールの視線の先にはSPの隊長さんが。つまり、隊長も含めれば4人の人物がキッチンに押し掛けていた。(私、ファイン、シャカ、隊長の四人。トレーナーは居間の方に引っ込んでいる)。
「私の仕事は殿下の身をお守りする事ですから」
それは分かるが、流石に身内の集まりにまで同行してくるとは思わなかった。ファインにプライベートってあるのかな? ……王族も大変そう。
「まぁ、とにかく始めよっか! 油も温まったし。後は買ってきた具材を適当に切って揚げれば完成するから皆の好きなようにやろう!」
「はーい!」
「チッ、随分簡単に言う……そういう奴に限って焦がしたりすンだよな」
ファインはノリノリで、シャカは“仕方ない”という風に調理に取り掛かった。
「食材は……肉は豚、牛、鳥。海鮮はエビ、ホタテ、タコ、ゲソ。野菜はレンコン、ジャガイモ、ナスに玉ねぎ、ししとう、カボチャ、トマト。その他にウズラの卵にチーズ、餅まであンのか」
「あ、エビは残しといてよ! エビ天、年越しそばに入れるんだから!」
「年越しまでここにいんのか!? 帰りはどうすんだよ!?」
「? ここに泊まるに決まってるでしょ? あ、シャカの分の日用品はちゃんと持ってきてるから」
「そういう事は早く言え!! ……ファインも了承してんのか? 王族が外泊なんて良いのかよ」
「ちゃんと許可は貰ってるよ。隊長もいるし」
隊長も泊まるつもりなのか。仕事の範疇超えてない?
「SPってのは労基に喧嘩売るのが仕事なのか……?」
シャカールも私と同じ感想を抱いたようだ。そんな事を話している間にファインが一人で揚げ物の準備を終えていた。
「衣ってこれくらい付けたら良いの?」
「あー……うん、いいんじゃない?」
「おいちょっと待て! 手で押さえてもっとしっかり衣を付けねェと油の中で剥がれちまうぞ」
「へぇー、そうなんだ」
「手で押さえて、それじゃあ油に入れるね?」
バチバチパチパチ……
「…………これっていつ引き上げたら良いのかな?」
「衣付けると揚げ具合が全然わかんないね。ちょっとつついてみれば……」
「止めろ。無駄につつくと衣が剥がれる。泡を見ろ泡を。泡の出が悪くなってきたらひとまず引き上げて、足りなきゃまた沈めれば良い」
「二度揚げ、その手があったか……」
「泡の出……そろそろ大丈夫かな。――そのままお皿に移して良いの? 油が滴ってて、このままだとお皿が油で浸りそうだけど……」
「それはキッチンペーパーで拭いて……」
「おい、網があるんだから先にこれを使えよ! 余分な油を落とさねェといくらキッチンペーパーがあっても足りやしねェぞ!」
「あぁ、そんなのあったんだ」
「なんで巻き込まれた俺が一番世話焼いてんだよ!」
シャカにおんぶに抱っこ状態だったが、何とか調理を進めていく。ほとんどの材料を揚げ終え、残りはほんの少しとなった時、事件は起こった。
「後はナスだけか」
「野菜に衣は付けんなよ」
「分かってるって。素揚げにすれば良いんでしょ」
後片付けをしているシャカに忠告を貰いながら、ナスを輪切りにする。
「隊長。出来たお皿、運んでくれる?」
「分かりました」
ファインとSPが私の後ろを通って居間へ料理を運んでいく。私は水でナスを洗い、キッチンペーパーで水気を取ろうとした。――が、ない。キッチンペーパーがもうない。
今から買いに行く? いや、ナスを揚げるだけにわざわざ買いに行くのは面倒だなぁ……。
そう思った私はナスをそのまま、まな板の上にまとめて置いた。
その時、居間の方から一足先にファインが戻って来た。私の背後を通る。それと同時に、私は濡れたナスを油の中に放り込んだ。
「――ッ! おい!!」
私は理解していなかった。油に食材を入れる前に水気を拭き取る理由を。“そうするものだ”という一つの手順としてしか認識していなかった。
――瞬間、油が爆ぜた。
(エアシャカール)
ナスが油の中にダイブする瞬間、フライヤーのそばにいたファインとグリードを押しのけた。エプロンをひっ掴み、顔をガードする。ほんの少し遅れて、油が盛大な音を立てて飛び散る。
バチバチバチバチバチッ!
クソッ! 思ったより激しい……!
コンロの火を消そうと、袖の中に手を引っ込める。そんな事をしていると、
「何事ですか!?」
SPが音を聞いてすぐに駆けつけてきた。状況を即座に把握した彼女は素早くコンロに近付き、火を止める。少しすると、油跳ねが収まった。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
「う、うん、私は大丈夫。それよりシャカールが……」
「俺も大丈夫だ。服が油で汚れちまったが――チッ、やっぱり少し熱ィ」
油の跳ねた袖が熱い。エプロンごと服を脱ぎ、シャツ一枚になる。一応、腕を流水で冷やしておく。
「みんな、大丈夫!? シャカール、火傷した!?」
遅れてトレーナーもキッチンに出張ってきた。
「火傷って程じゃねェよ。俺よりSPだ。コンロの火を消す時、油が皮膚に散らなかったか?」
「手と顔に少々。ですが問題ありません。それより殿下、本当にお怪我はありませんか?」
「うん、シャカールがかばってくれたから。それより“手に油が散った”って……大丈夫なの?」
ファインがSPの手を取り、状態を確かめる。
「先ほども言いましたが問題ありません。少し冷やせばすぐに治る程度です」
「そっか……」
ファインは安堵の表情を浮かべた後、眉を引き締めて真面目に言う。
「その身を傷付けてまで私を守っていただき、ありがとうございました」
「いえ、それが私の使命ですから」
ファインが礼を述べ、SPが謙遜する。いつもやっているのか慣れた様子だ。
「ンな茶番してる暇があったらさっさと手を冷やせよ」
「あっ! そうだね。ほら、隊長。早く手を冷やして!」
俺と入れ替わるように隊長が流し台で手を冷やし始める。俺はタオルで腕を拭き、この事態を引き起こした元凶に詰め寄った。
「バカかお前は!? 脳の回路がどっか焼き切れてんのか!? 高温の油の中に水を放り込んだら一瞬で膨張して爆発すンのも分かんねェのか!?」
「……ご、ご、ごめん、なさい……」
グリードは顔を真っ青にして、床を見つめている。かなりの罪悪感を覚えているようだ。
クソ……ッ! 調子狂うな……! 普段は“怖い物なし”と言わんばかりに傲慢な態度の癖に、こういう時だけはきっちり反省しやがる。
「チッ。大方めんどくせェからって水気を拭きとる手順を飛ばしたンだろうが……全ての手順には理論に基づいた意味があンだよ。お前の勝手な判断で省略すンじゃねェ」
「はい……」
「……ケッ、分かったなら良い。さっさと飯食うぞ、揚げ物はただでさえ寿命が短けェんだ」
グリードを立たせて居間に向かわせるが、相変わらず
このままだと雰囲気が悪いままだな……。
「――うずらと
「え?」
「その二つ、お前の分を俺によこせ。そいつで今回の件はチャラにしてやる」
「……う、うん。分かった」
この罰でグリードの罪悪感が多少薄れる。恐らくこの対応が一番合理的だ。
山盛りの串カツを全員で平らげ、場も静まってきた。時計を見ると時刻は23:30。
「“年越しそば“って年をまたぎながら食べないといけないんだよね? そろそろ作った方が良いんじゃないのかな」
「そうだね。そろそろ作ろうか」
ファインの台詞を受けて、トレーナーが立ち上がる。すると、グリードが慌てた様子でトレーナーを制止する。
「わ、私が作るよ! い、色々騒がせちゃったしさ……」
「そう? じゃあ、任せようかな」
グリードが立ち上がり、キッチンの方に向かう。それをファインが目で追った後、俺に話しかけて来た。
「大丈夫かな? 自分のした事を悔いて、何かをしようとする気持ちは分かるんだけど……こういう時、慌てて失敗を重ねてしまう事もあるから」
ファインは心配そうな表情を浮かべ、再びキッチンの方に目線をやる。
「それなら心配ねェよ。あいつはバカだが舌の根も乾かねェ内に同じ失敗はしねェ。さっきも
「そっか……。よく見てるんだね、彼女の事」
ファインが優しい瞳で俺を見つめてくる。
「――ふン、嫌でも目に入ってくンだよ」
気まずい雰囲気に、俺は誤魔化すように返事した。
「ふふふ……」
そんな俺の様子にファインが手を口に当てて笑う。
……クソッ。調子狂うぜ……。
ファインから目を逸らし頬杖をつく。すると、隣でファインが居ずまいを正し、俺の方に体を向けてきた。
「さっき言いそびれたから今言うね。――先ほどは私を守ってくださりありがとうございます、シャカール。君がかばってくれなかったら、きっと火傷していました」
「そうかよ。殿下の御身を守る事が出来て大変に光栄なこッた」
さっきまでファインの手のひらで弄ばれていたように感じているせいで、少し拗ねたような口調になってしまった。言ってから後悔する。
何をガキみてェなマネしてんだ俺は……。
グリードに対してだといくらでも悪態を付けるのだが、ファインに対しては何故か悪態を付きにくい。代わりに
こいつの流麗な所作と独特な言葉遣いに知らず知らずの内、飲まれているのかもしれない。
「本当に感謝してるんだよ。さっきの事もそうだけど、君は模擬レースで私に走る事、競う事の楽しさを教えてくれたから」
ファインは居住まいと言葉を崩し、もう一度お礼を言ってくる。さっきの
チッ、全部計算してやってんのかこいつは……?
気ままに振舞った結果そうなったのか、それともすべてを計算づくでコミュニケーションを取っているのか。一見すると前者、王族という生い立ちを考慮すると後者か。
「俺は一緒に走っただけだ。模擬レースの場を設けたトレーナーに感謝すンだな」
「それはもちろんだよ。トレーナーには感謝してるし、初めに私を先導してくれたグリードにも。
けどね、シャカール。私は君の選抜レースを見て走りたいと思ったし、君に負ける事で自分の心に気づけたの。君は特別なんだよ」
「…………」
言葉を返せない。いつもなら “特別ねェ。口が上手い奴の常套句だな。誰に対してもンな事言ってんじゃねェのか?” とか悪態が口をついて出てくるのだが。
「……そうかよ」
やはり、曖昧な返事しかできなかった。
国際問題回避