富と名声のためにトレセン学園の門戸をくぐったら同期が王族と気性難な件について 作:RKC
(スーパーグリード)
油を爆発させるという年内最後の大ポカをやらかした私にも新学期は訪れる。短い冬休みが終わり、トレセン学園の食堂は学友との再会を喜ぶウマ娘たちでいつもより盛り上がっていた。
いや、盛り上がっていたと言うよりは私が騒いで盛り上がったと言うべきか。発端は私の独り言。
「はぁ~、どうすればもっとフォロワー伸びるんだろ……」
「お前はまたそれか。暇人が」
「またそれだよ。練習がオフの日はそれぐらいしか考える事無いし」
隣のシャカを適当にあしらいながら、スマホを操作する。
「う~ん、私より後にできたファインのアカウントの方がフォロワー数多いんだよなぁ……。同じような投稿してるにも関わらず」
「当然だ。お前とファインじゃ話題性が違う。ただのウマ娘と王族の留学生。同じ事をしてもどっちに注目が集まるかは火を見るより明らかだ」
「それはそうなんだけどぉ……。なら別の投稿を、とは言っても何を投稿すれば良いんだろ……」
「料理写真を投稿してみるのはどうかな~?」
頭を抱える私に隣から声を掛けてくれたのはヒシアケボノ先輩だった。
彼女は料理が非常に上手。寮では後輩、同期、先輩問わず夜食を振る舞っており、何か集会があればこれまた料理係を担っているので、皆から慕われている先輩だ。
「料理の写真ですか?」
「そう。私も料理を作ったらSNSに載せるんだけど、そうすると皆が喜んでくれるんだ~」
「なるほど。三大欲求の内の一つ、食欲に訴えかけるのかぁ。なら、お腹のすく深夜手前に料理の写真を投稿すれば……」
「飯テロ*1扱いでフォロワーが増えるどころが減る可能性すらあるぞ。アホか」
「何? 飯テロ? 大規模なのやっちゃう? 面白そうだしウチも混ぜてよ♪」
シャカから冷静なツッコミが入った所で、会話に乱入してきたのはダイタクヘリオス先輩。彼女は所謂“パリピ”*2と呼ばれるタイプのウマ娘で、その社交性から非常に顔が広い。
私とは二、三度しか顔を合わせていないはずなのに、こうして会話に混ざって来る辺り、とんでもない人懐っこさだ。
「あ、いえ、飯テロをするわけでは無いんですけど……。それよりヘリオス先輩! 先輩はSNSに普段どういう投稿をしてるんですか?」
“パリピ”ならSNSにも慣れ親しんでいるはず。先輩にもコツを聞いてみる。
「SNS? ん~……とりま、良さそうな写真撮ってストーリー*3にとか?
「なるほど。なら私も適当に写真を投稿すれば……」
「アホ。お前みたいな凡人が感覚派のマネをしても失敗するだけだぞ」
確かに。今まで適当に投稿してフォロワー数が伸びなかったわけだし。
「ありゃ、ちょっち力にはなれなかった感じ? う~ん……他にSNSやってるのは……。あ、シチー!」
ヘリオス先輩が呼び止めたのはゴールドシチー先輩。彼女は尾花栗毛の非常に美しい髪と尻尾を持っており、レースだけでなくモデルとしても活躍しているウマ娘だ。
「何?」
「この子がSNSになに投稿すれば良いのか分かんないらしくって。シチーは普段どういう投稿してるん?」
モデルは人気商売、SNSも上手く活用している事だろう。いったいどんな投稿をしているのだろうか?
「アタシはあんまりSNSやらないよ? マネジとかトレーナーが写真撮って投稿してくれてるだけ」
「なるほど。つまりシャカやファインやトレーナーに写真を撮ってもらえば……」
「お前が撮るよりはましな写真になるだろうな」
「だよね! ……って誰の撮影センスが0だって!?」
「おー! キレッキレのノリツッコミ!」
とりあえず、茶番は置いておいて。気になる事を聞いてみる。
「すごい先輩方ばっかり集まったんですけど……皆さんフォロワー数ってどれくらいいるんですか?」
レースでも活躍し、SNSの扱いも上手い先輩方のフォロワーを聞いてみる。私もいつかはトレセン学園の頂点(フォロワー数)に立ちたいと考えている。ここらではっきりとさせておくのも悪くないだろう。
「お前のフォロワー数は?」
シャカに聞かれたので答える。
「4万」
「……全体から見れば上位10%以上じゃねェか。それで満足しとけよ」
「4万でトップに立てるのならばそれで満足する! しかし、上には上がいるのだよ! それで皆さんのフォロワー数は!?」
まずはヒシアケボノ先輩に目線を向ける。
「う~ん……気にした事なかったけど、確か10万人ぐらいはいたかな~?」
ガタッ!
椅子を後ろに跳ねながら立ち上がる。
「じ、じうまん……?」
バカな。私が入学時に目標としていた数だぞ。それを容易く……!
「ヘ、ヘリオス先輩は!」
「ウチは確か30万ぐらいだっけ?」
「さ、さんじう……!?」
とんでもないフォロワー数の差に足に来た。机に手を付く。
「なんでよろめいてんだよ」
「知らないの、シャカ? 私みたいなフォロワー数を気にして止まない自称インフルエンサー*4は自分よりフォロワー数の多い人を目の当たりにすると、精神的ダメージを受けるんだよ?」
「知らねェよ。つーか、SNSを良く触るお前が何で有名なこいつらのフォロワー数を知らねェんだよ」
「へへっ、自分よりフォロワーの多いアカウントを見ると、みじめな気分になるから出来るだけ目に入れない様にしてるのさ……」
「……そんなんだからフォロワーが伸びねェンだろ」
正論パンチは止めて欲しい。
「続けてヒアリング! シチー先輩は!?」
「私は……76万」
「かは、っ……!」
床に膝をつく。恐ろしいまでの戦力差(フォロワー数差)。ひれ伏さざるを得ない。
「こ、こんな……こんな魔物の巣窟に私は迷い込んでいた……?」
これほどの群雄割拠の中で愚かにも私は一番を狙っていたというのか……!
「そういや、フォロワー300万、超有名インフルエンサーの”Curren”がトレセン学園に入学してくるって噂もあったっけ」
「あ、……あ、あ……!」
300。文字通り桁が違う。圧倒的な差に口から出てくるのは掠れた唸り声だけ。
私は生まれて初めて心の底から震え上がった。真の恐怖と決定的な挫折に。恐ろしさと絶望に腰すら抜かした。これも初めての事だった……。
(エアシャカール)
「ごめんね、遅れて。少しトレーナーに呼び出されちゃって……って、いつもより騒がしいけど、何かあったの?」
いつの間にか食堂に来ていたファインが俺の隣に座る。
「別に。バカがいつも通りバカやってるだけだ」
「グリード、すごい絶望的な表情しているけど……本当に大丈夫?」
「明日になりゃ、ケロッとしてんだろ。にしてもクラシック期に入ったッてのに呑気なヤツだ。悩みがなさそうで羨ましい限りだよ」
「う~ん、彼女には彼女なりの悩みがありそうだけどね。それより……」
ファインは言葉を区切り、俺の瞳を覗き込んでくる。
「“悩みがなさそうで羨ましい限り“って事は、シャカールは今、悩みを抱えてるって事だよね?」
「……チッ、耳聡いヤツだ」
ファインから目を逸らす。
「シャカール、練習中たまに苦しそうな顔してるから。良ければ聞かせて欲しいな」
横から優しい声音が鼓膜を打つ。
「…………俺は」
入学前から悩み続け、いつの間にか精神が弱っていたのか。それともファインの穏やかな雰囲気に流されたのか。
とにかく、普段ならはぐらかす所だったが俺はバカ正直に語ってしまう。
「昔から分析が得意だった。サンプル数の多いデータを解析して傾向や特徴を見つけるのが得意だった。例えば、ウマ娘の走行データから脚質、距離適性、馬バ適正を見分けるとかな。
もちろん自分の分析もした。俺自身だ、いくらでも好きなデータが取れた。だから俺の脚の事は俺が一番分かっていると思っている。……俺の脚の限界もな」
「……限界?」
「あァ。少し話が逸れるが……皐月賞は“最も速いウマ娘が勝つ“、って聞いたことねェか?」
「うん、聞いたことあるよ。クラシック三冠の内、最も距離が短い皐月賞は速さが勝ちに直結する、ってことだよね?」
「そうだ。だが、この言葉には裏の意味もあンだよ。最も“速い”ではなく、最も“早い“ウマ娘が勝つ、ってな」
机に指で文字を書き、漢字違いであることをファインに示す。
「皐月賞はクラシック三冠の内で一番初めに開催される。だから“早熟”なウマ娘が勝ちやすいんだよ。だから最も“早い”ウマ娘が勝つ、って事だ」
「次に日本ダービー。皐月賞から400m距離が伸びてスタミナが必要になる。皐月賞から1か月半、その短い間にスタミナをつけた奴が勝つ」
「最後に菊花賞。3000mを走り切るスタミナとヘタレないパワーが求められる。最後に開催されるから、晩成型で成長限界の高いウマ娘が勝ちやすい」
「クラシック三冠といっても、各レースに求められる素質は違う。だからこそ三冠ウマ娘ってのはそうそう現れない」
「なるほど……。でも、その話がシャカールの限界とどう繋がるの?」
「……俺はある程度早熟だ、皐月賞は勝てる。だが、日本ダービーは無理だ。俺じゃあ、一か月半という短い間では400m余剰に走るスタミナがつかない。――だがダービーが終わった後、夏ごろから急激に伸びて菊花賞は勝てる。そして菊花賞が終われば後は緩やかに衰えるだけ……。
そういう成長曲線を描くんだよ俺の脚は。何度自分のデータと睨めっこしても、その結論に至る」
無意識の内に手に力が入っていた。拳を緩める。
「――つまりクラシック二冠止まり。そこが俺の限界だ」
努めて平静を装うが、眉間にしわが寄り、口が歪むのを止められない。
「…………そっか、君は自分の限界に苦しんでたんだね」
俺の悩みを復唱するファイン。
「シャカールの予想はどれぐらい正確なの?」
「9割強」
「そんなに……」
最近は胸が締め付けられるような違和感が日に日に強くなっている。さっき話した内容が具体的な理由だろう。
悩みはこれで全て。全部話した。しかし、気分は晴れない。
……クソッ。カタルシス効果*5はどうした? これじゃ話し損だ。
「――そういうわけだ。長々と語って悪かったな」
会話を切り上げ椅子を立ち上がろうとした。その瞬間、ファインの手が俺に
「どうして君は頑張るの?」
「……あ“ァ“?」
ファインの質問内容が要領を得ないため、つい聞き返す。
「自分の限界が決まっているのなら、頑張る必要は無いと思うの。どれだけ頑張っても越えられない壁、それが限界だから。でも君は限界を超える方法を探している。それはどうしてなの?」
「…………」
俺がなぜ限界を超えようとしているのか。
「――生まれついての限界、神サマから与えられた限界にどうして俺が縛られないといけねェ? どうして俺の限界を他の奴に決められなきゃいけねェ!? 俺の限界は――俺が諦めた時だ」
その言葉は自分でも驚くほど勝手に口から出てきた。
「……そっか。君はとても強くて、気高いんだね」
「あァ? どういう意味だよ?」
ファインが訳の分からない事を言う。聞き返すとファインは居住まいを正し、真っすぐに俺の目を見つめてきた。
「希望に向かって進める人は多くいるよ。けど、絶望の中で前を向いて進める人は少ないから」
ファインのあまりに純な瞳に、思わず目を逸らしてしまった。
「……そうかよ」
今度こそ席を立つ。教室に戻る道中、胸の違和感が少しだけ軽くなった。