【完結】高い買い物をするはめになった   作:飛沫

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観用少女の外見は十歳前後と考えて下さい


高い買い物をするはめになった理由

 借りている二階建てアパートの向かい側の空き地に、建設業者がやってきた。初めは、コンビニかチェーンの飲食店が建つのかと思っていたが、実際に出来たのは二階建ての洋館風の建物。一体何の店なのかと疑問を抱き覗いてみると、ショーウィンドウに飾られていたのは等身大の少女の人形。それを見て、俺はこの店が何なのか理解する。

 

「へぇ、ここ観用少女の店なのか」

 

 観用少女は、最近芸能人や有名な動画配信者の間で噂されている人形だ。しかも只の人形ではなく、生きている人形だとか。

 そして、生きている故に自分で持ち主を決める。人形は一日三度のミルクと、持ち主から注がれる愛情を糧とし、持ち主だけに見せる極上の笑みは「この人形を買ってよかった」と思えるほどの素晴らしいものらしい。

 当然、そんな特殊な人形な為値段はかなりはるらしいが「どれだけ金を積んでも、人形に選ばれなければ手に入れる事ができない」「主人にだけ見せる最高の笑顔」というのが選民意識を刺激するらしく、欲しがる人間は山のようにいる。俺も少しだけ好奇心を刺激され、眠るように目を閉じている人形の足元にある値札を確認するが。

 

「マジで高いな」

 

 記されている金額は、新卒の初任給二ヶ月分程度の額だった。他のも見るが、金額的には似た感じだ。ショーウィンドウに飾ってある人形でこの値段なら、建物の奥に仕舞われているとっておきは、もっと値段が張るのだろう。しがない大学生である俺には、とてもじゃないが手が出せる品物ではない。

 やっぱりこういうのには、縁がないんだろうなと俺は店を後にする。この時は、もう人形とは関わることはないだろうと思っていた。

 

 

 

 

 

 人形屋が出来て、三ヶ月。最初は、都心でもない場所にこんな店を建てて繁盛するのかと半信半疑だったが、前を通る度に高そうな車が必ず停まっていたから、需要はあるのだと分かった。マジマジと見ていたわけではないので、肝心の人形を連れた人間を見るとこは無かったが。そんなある日、大学の帰りで何時ものように店の前を通っていたら、ドアが開いて店員らしき男が姿を見せた。思わず立ち止まって眺めていると、男はドアの前に張り紙をして中へ戻っていく。何だろうと近寄ってみれば、内容はアルバイトを募集するというもの。仕事の中身は、商品である人形たちへのミルク提供が主で、他には店の掃除と服や小物の整理等とある。仕事自体はそれほど難しくなく、妥当なもののように見えるが、時給がおかしかった。

 腰が引ける程の高い金額が、提示されているのだ。特殊な資格が必要なのかと、何度も確認してみるものの、張り紙には特に記載はされていない。条件だけ見れば、かなりおいしいバイトに見えるんだが。

 

(怪しすぎるだろ……)

 

 やはり金額が怖い。この時給では、危ない事をさせられてもおかしくはないぞ。

 そんな感じで、店の入口前で固まっているとドアが開いてさっきの男が再び顔を出した。

 

「いらっしゃいませ。ひょっとして、アルバイト希望の方ですか?」

 

「あ、や、その」

 

「どうぞ、お入り下さい。今はお客様もいらっしゃいませんので」

 

 ドアを開けたまま、中に促される。どうぞって、履歴書も何もないんだが。

 戸惑って男へ視線を向けるも、向こうは気づいてないのか「お茶を用意しますね」と引っ込んでしまった。しばらくの間どうしようかと立ち尽くすが、遂に覚悟を決める。

 

(ええい、入っちまおう!)

 

 追い出されたら、追い出されただ。話を聞くだけなら(多分)セーフだろうし、資格が必要ならば向こうから断ってくるだろう。

 と決心したものの、やはり怖いものは怖い。結局、俺は恐る恐るといった体で店の奥へと入っていった。

 

 

 

 

 

 二ヶ月後、俺は例の人形屋で仕事をしていた。面接自体は軽く話を聞くだけで終わり、試しにと一体の人形にミルクを渡すと直ぐに採用してもらったのだ。因みに仕事内容は張り紙に書かれていた物だけで、ヤバそうな作業は今のところ言われていない。今日も何時ものように眠っている人形たちにミルクをやり、着替えた服を片付けているところだ。

 

「おっと」

 

 両手に持てる限りの服を引っかけて移動しようとした時だった。一着のワンピースがスルリと腕から抜けて地面に落ちてしまう。反射的に足で引き寄せようとして、思いとどまる。ここに置いてある品は、どれも俺が普段買っている値段よりゼロが一つや二つ多い品ばかりだ。面接の時に出された茶すら、金額を聞いて噎せそうになったくらいだし。

 この服だって値段は聞いていないが、気軽に洗濯機へ入れられないくらいフリルや刺繍が縫い付けられている。確実に俺が持っている服全部足しても、届かない値段設定だろう。破いたら事だ、ちゃんと手を使って拾わなくては。

 しゃがみこもうとして、また思いとどまる。この状態で屈めば、持っている他の服を床に付けて汚してしまう可能性がある。それはそれでまた面倒だ。仕方がない、ここは一度服を置いてから戻るか。

 考え直して、立ち上がる。すると、どこからともなく手が延びてきて床に広がったワンピースを拾い上げると、俺の腕にかけてくれた。礼を言おうと視線を向けて、口を開いたが言葉が出ることはなかった。

 息を飲む程綺麗な人形が、其処に立っていたからだ。俺の貧弱な語録じゃ例えても伝わるか解らないが、満月の夜を擬人化したらこんな感じになるんじゃなかろうか。

 黒い髪は、途中でグラデーションがかっているのか毛先では藍色になっており、両の金の瞳は月と星明かりを集めたかのようにキラキラと輝いている。肌は白いが病的な白さではなく、程好い白さで髪と瞳の色を引き立てていた。

 元々人形だから、どれも完璧な美しさや可愛らしい顔立ちをしているが、これは群を抜いて綺麗だ。人を狂わす美しさって、まさにこれの為に存在する言葉なんじゃないかと納得してしまいそうになる。

 

「……あ?」

 

 と、ふとここである事に気付く。コイツ……誰の人形だ?

 耳を澄まして、店長がお客と商談する部屋の様子を探ってみる。何も音は聞こえてきていないし、人の気配もない。今日、預かっている人形の中にも、これはいなかった筈だ。いたら、直ぐに解るし。

 

「あの……どなたの人形?」

 

 訊ねてみるも、返答は無い。まあ、人形が喋った場面は見たことがなかったから、あまり期待はしていなかったが。

 人形は微動だにせず、ひたすら俺のことを見つめている。いくら人ではないといえ、これだけ綺麗な顔にガン見されると恥ずかしくなってきたので、フイと視線をそらせばなぜか人形は移動して、視界の中に入り込もうとしてきた。地味な攻防を繰り返していると、店長が部屋に入ってくる。

 

「伊達くん。明日の仕事なんですが、頼んでいた洋服一式が届くので、最初にそれの仕分けを……おや、望月」

 

 途中、店長が人形に気付き声をかけた。当然、人形は応えない。そして、とんでも無いことを口にする。

 

「伊達くんが望月を目覚めさせたのですか」

 

「は?」

 

 俺が、この人形を?

 

「え、店長。今名前呼んだじゃないですか。基本的に、人形って持ち主が名前付けるって」

 

「ええ、基本的にはですがね。しかし、職人が最高傑作だと自負できるような出来の子には“銘”が付けられる事があるんです。この子は望月、先日亡くなられた高名な職人の最後の逸品ですよ。先程届いたばかりだったのですが、まさか伊達くんを見て目覚めるとは、予想もしていませんでした」

 

 マジかよ。だが、銘付きというのは納得できた。確かに今までみた人形の中で、飛び抜けて綺麗な顔しているからな。しかし、まさか仕事していて人形を目覚めさせるとは。

 さて、どうするか。人形には『メンテナンス』というモノがある。間違ったり、禁止事項を行った育て方をして不具合が起きた場合、職人に預けて直してもらえるのだ。『望まぬ目覚め』をやってしまった場合も、メンテナンスに出せば初期状態に戻せる。だが、ここで働いている状態では、メンテナンスに出して戻ってきた瞬間にまた目覚めるだろうから、意味がない。辞めるのもな、仕事の楽さと時給の良さを考えるともったいなさすぎる。

 

「店長、因みにこの人形……いくらですか」

 

 『買い上げる』という単語が頭をよぎったので、訊いてみる。正直、これだけ綺麗な顔をしている人形だから、手元に置くのもわるくないと思えたのだ。ローンもきくみたいだし。とはいえ、肝心の値段がどうなのか。

 

「値段ですか。そうですね、望月でしたらこれくらいが妥当かと」

 

 店長が商談で使っている短冊に値段を書き込んで俺に見せてくるが、その額を見て目玉が飛び出そうになった。だってゼロが七つあるんだぜ!?

 マンション買えるぞ!

 

「人形ってそんなにするんですか? 俺、高くても車くらいだと思ってたんですけど」

 

「ええ、まぁ基本はそれぐらいが高額な部類になるんですけれどね。言ったでしょう? 望月は逸品だと。しかも、職人は亡くなっていてもう同じ物は作られない。この値段でも、決して法外な設定ではないですよ」

 

 あぁ、こりゃ駄目だ。買えそうにない。仕方がなしに、俺は人形をメンテナンスに出してもらい、戻ってくる前にバイトを辞めるという決断を下すことにした。さらば人形屋、仕事も店の雰囲気も、結構好きになってたぜ。

 

「と言いたいところですが……ある条件を結んでくれれば、ここまで割引をしますよ」

 

 お世話になりましたと頭を下げようとした時、店長がもう一枚短冊を取り出して何かを書き込むと、俺に見せてきた。六割引き? いきなり下げすぎじゃないのか?

 

「あの、よくある悪徳商法の最初に嘘の値段を言って、それから割引と称して正規の値段を教えて安いと錯覚させる手法ではないです……よね?」

 

「失敬な。私はそこまでがめつくはありませんよ。それに伊達くんもここで働いて、観用少女の質と値段はなんとなく理解しているでしょう」

 

「まぁ、少しだけですが。でも、いきなり半額以下まで下げられたら警戒もしますよ」

 

「確かに。でも、それぐらい下げても構わないくらいなんですよ、私には。そして肝心の条件ですが、簡単なことです。伊達くんが大学を卒業したら、当店に正社員として入ってくれること。それだけですが、いかがでしょう?」

 

 え、本当にそれだけ?

 俺に全然デメリット無いんだけれど、いいのか。

 

「不思議そうな顔をしてますね。実を言いますと『眠っている少女へミルクを飲ませる』という作業は、誰にでもできるわけではないんです。起こさない程度に目覚めさせるというのは、ある意味矛盾している行動ですから、特殊な波長とでも言えばいいんですかね、そういうものが必要なのですよ。だからこそ、望月が伊達くんを選んだのかもしれないですが」

 

「それと、望月ぐらいになると人を選びすぎて、なかなか持ち主が決まってくれないのですよ。観用少女は眠っていてもミルクや入浴、着替えが必要ですから、居られるだけ費用もかかる。なので、私としては多少安くしても売れてくれた方がありがたいのですよ。ドレスやミルク代で稼げますしね」

 

 因みに面接で使った観用少女は、あの時店に置いてあったモノの中で一番高くて、気難し屋だったんです、とついでのようにネタバラシもされた。

 ここまで言われて、俺の心はぐらついていた。正直にいうと、俺がいる学科はそれほど就活に有利ではない。俺自身、就職先はどこかの飲食店の店員か、営業だろうと考えていたくらいだ。それが人形屋。まあ、正社員になれば任される仕事は増えるだろうが、店長の働きぶりをみる限りは、時間に追われてセカセカするような事はなさそうだ。客層もおだやかな人が多そうだから、ちょっとしたことでクレームや怒鳴られたりする可能性も低そうだし。

 だが、六割引とはいえ、ゼロはまだ七つついている。新卒の給料で何とか出来るだろうか。

 

「あ、初任給ですが、総支給額でこれぐらいでどうでしょう?」

 

「ローン組みます店長これからもどうぞよろしくお願いします!!」

 

 これして俺は長期のローンを組むことによって、人形と就職先を一気にゲットすることとなる。この時俺は想像もしていなかった。その後遊びにきた友人・蒲生に勘違いされた結果、大学の知人全員にロリコンのレッテルを貼られる羽目になることなど。




「これからよろしくね、だてくん」
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