【完結】高い買い物をするはめになった   作:飛沫

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今回望月はあんまり出番無しです


高い買い物をするお客様・その一

 実は観用少女の中には、少年型の人形もある。少数なのと、服装によっては少女に見えることもままあるので表記は「観用少女」のままだが。

 なんで基本少女の人形に、態々少年型を作るのかというと、観用少女を欲しがる人の中に女性もいるからだ。やはり女性は、少年型がいると見たがるし、気に入って欲しがる率も高い。尤も、本人がどれだけ気に入っても人形が目覚めなければ買い上げる事が出来ないのは変わらないが。

 

「あーん、今日も起きて私の事見てくれなかったんだけれど。お迎えする名前まで決めているのに!」

 

「すみません。こればかりは相性もございますので」

 

「解ってるわ、また来るわよ。熱意に感動して、目を覚ます子もいるんでしょ? ねぇ、店員君」

 

「そうですね、一目でというお客様もいますけど、何度も通いつめて気に入られるというお客様も、それなりにいらっしゃいますよ」

 

 望月の出会いは一発だったけれどな。

 俺の返答に満足したのか、また見に来るから! と叫んでお客様は帰られた。彼女は人物を中心に撮る写真家で、依頼で何度か観用少女を撮影する機会があって興味をもったのだとか。そして、この店である少年型に一目惚れして今に至る、と。今日で来店回数は八回目だ、そろそろ少年も目覚めるかもしれない。

 

「お、もうこんな時間か」

 

 時計に視線を向ければ、そろそろミルクをやる時間になる。今日いるのは三人、望月に白妙ちゃん、そして少年型のオルトレマーレ君だ。

 人数が少ないので、適温になるのも早い。それぞれが持っているお気に入りのマグカップに注いで冷めないうちに運んで渡せば、オルトレマーレ君はつまらなそうな表情で、受け取る。

 このオルトレマーレ君は『気難し屋』というやつになる。パッとみた感じでは、俺への態度もかなりアレに見えるだろうが、目を合わせて受け取ってくれるだけだいぶマシだ。以前持ち主が、出入りしているハウスキーパーにミルクを頼んだら受け取る以前に目も合わせてくれない、と泣きつかれたので店に持ってきたと言っていたから、その他の人間なんか、いないもの同様なんだろう。

 ミルクを飲み終えると、冷めた目で此方を見ながら、マグカップを突き返してきた。うーん、この態度。気難し屋の相手を何度かしてきたのでもう馴れたが、知らん人は腹立つだろうな。

 三人からマグカップを回収し、洗って戻ってくれば望月と白妙ちゃんはくっつくようにして、望月が手にしているタブレットを眺めていた。週に何度も顔を合わせているからか、二人それなりに仲良くなっているようで、頭を突き合わせるようにして同じ動画を観ていることがたまにある。と、そこへオルトレマーレ君もやってきて、望月の隣に座ると一緒になって動画を見始めた。あの気難し屋の彼が珍しい……がちょっと待てよ。

 

(オイ、望月との距離が近すぎやしないか)

 

 髪と髪が触れ合うような、ぐ、オルトレマーレ君の金髪が望月の頬に! やっぱり近い、近すぎる!

 解ってはいる、解ってはいるんだ。観用少女同士で色恋沙汰におちるなんて兆に一つもないことは。しかし、俺よりも数段顔の整った異性(最重要)が! 望月の傍に立つのは! 面白くない!

 どうやって引き剥がそうか、なんて考えながらオルトレマーレ君の傍に寄ると、タブレットに映し出されている景色に目が吸い寄せられ、思わず足が止まる。

 なんてことはない、彼の名前の由来になった群青色の海が画面いっぱいに広がっている光景。綺麗だが、景色そのものとしては大して珍しくもないのだが。

 

(オルトレマーレ君、海が苦手なんじゃなかったか? 今回預かったのだって持ち主の社長さんが、仕事の関係で海外に行くから連れていけないって言われていたし)

 

 映像なら平気なのか、だが飛行機から海見るのも駄目って言ってたし……ううむ。

 悩みながら、俺はオルトレマーレ君を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ここって観用少女って人形の専門店なんでしょ。この子、ボロボロなんだけれど助けてやってくれない!?」

 

 あれは俺が、店のバイトを始めたばかりで、望月を目覚めさせる前のことだった。店長から仕事で注意すべき点を教えられ、せっせとメモをとっていた時に突然勢いよく扉が開き、眼鏡をかけた、いかにも仕事が出来そうな女性が、固く目を閉じたままの少年を抱えて入店してきたのだ。

 状況が把握できずにぽかんとしている俺とは対照的に、店長の判断は素早かった。直ぐにミルクを温め直し、専用の砂糖菓子を溶かして少年の前に持っていくと、溶けた砂糖の甘い匂いにつられたかのように、彼は僅かに目蓋を持ち上げてゆっくりとマグカップに手を伸ばす。

 ほんの数口だがミルクを飲み込むのを確認して、店長が安堵の表情を浮かべる。その後、電話をかけ、話がまとまるとようやくこっちへ視線を向けた。

 

「今、懇意にしている職人にメンテナンスの依頼をしました。一時間程で回収にきてくれるそうです。ミルクも少しとはいえ口にしてくれたので、最悪の事態にはならないかと。しかし……この少年はまだ目覚めていない状態ですよね。どうやってお客様の元へ?」

 

「あー、その子は戦利品というか毟り取ったというか」

 

 不穏な言葉を口にしながら、女性―――村上さんが経緯を説明する。

 少年型の観用少女を見つけたのは三日前。海運会社を経営する村上さんは、昔からの社員十数人と自前のクルーザーで会社の記念日を祝っていたらしいのだが、その際に船が一艘近づいてきて海賊紛いの略奪をやろうとしてきたそうだ。相手は銃やナイフを持って脅してきたそうなのだが、村上さんの社員もかなり腕に自信があったらしく、武器が使われる前に相手に組み付いて奪い取り、相手全員をふんづかまえたらしい。先程の観用少女は、その海賊紛いの船の中に奪ったであろう戦利品と一緒に転がされていたのを村上さんが発見し、最初は誘拐された子供の死体だと勘違いしたらしいが社員の一人に「コイツ、スゲー綺麗な顔してるし服もちょっと変わってるから、最近噂の観用少女ってヤツじゃないですか?」と指摘され、よくよく見たら確かにそれっぽいので急いで日本に戻ってきたのだとか。

 

「へぇ、海っておっかないんですね」

 

「まぁ、略奪行為に出くわすなんてそうそう無いから、それまで用心しなくてもいいと思うけれど」

 

「それにしても、よく押収されませんでしたね」

 

「だって通報してないもの」

 

「……え?」

 

「いや、ここだけの話なんだけれど、私たちもあんまり褒められた手段で返り討ちにしたわけじゃないから連絡できなくてさ。追っかけられても困るから、銃全部取り上げてから相手の船のエンジンぶち壊して逃げてきたの。運が良ければ湾岸警備隊に助けてもらってるんじゃない?」

 

 鮫の多い海域だから、どうなってるか解らないけど。

 

 ボソリと呟かれた物騒な言葉を聞かなかった事にして、笑みを浮かべて対応する。

 過ぎたことを今更どうこう言ったところで、変えられるもんじゃないからな。大っぴらに出来ない手段とやらも、好きで選んだわけじゃないだろうし。あと純粋に怖い。世の中には知らなくていいことなんて山ほどある、これもその一つだ。

 そんな感じで、素知らぬふりしてお茶を勧めたりしていると、連絡をうけた職人が観用少女を引き取りにきてくれた。その後、作った職人も判明し店長が連絡をした所、販売する店に輸送する途中で例の海賊船に船が襲われて行方不明になっていたとのことだった。

 更に販売予定の店に連絡を入れて事情を話し、代金を支払って村上さんが持ってきてくれた観用少女は、当店に飾られることになる。しっかりメンテナンスを受けた観用少女は、見違えるほど綺麗になっていた。ちょうどその日、少しばかり観用少女に興味を持ち始めた村上さんも店にきていて、自分が助け出した観用少女の変化に驚いたようで繁々と眺めている。

 

「はー、見つけた時から綺麗な顔してるってのは感じていたんだけれど、ちゃんとした状態だとこんなに美人さんになるのねー。これはハマるのも解るわ」

 

 感心したように長い溜め息を吐きながら、屈み混んでじぃっと顔を見つめていると。パチリと音がするかのように、深い青の瞳が開いて村上さんを見つめ返した。

 

「え?」

 

 驚く村上さんだが店長は「当たり前だと思いますよ」と平然と答える。

 

「この子にとってお客様は、自分を救ってくれた凛々しい女性騎士なのですから。あ、当店はローンも承っておりますのでご安心下さい」

 

 

 

 

 と、そんな事を考えていたらオルトレマーレ君が顔を上げて手をソワソワし始めた。それに気づくと直ぐに。

 

「オルトレマーレー♡」

 

 勢いよく扉を開けて村上さんが入ってくる。そして、両手を広げてしゃがみこむと、オルトレマーレ君もかけよって胸に飛び込み、ぎゅうぎゅうと音がしそうなほど強く背中に腕を回す。

 

「ごめんねー、寂しい思いをさせて。どうしてもイタリアに向かわなきゃだったから、店長さんと伊達君にお願いしたの」

 

 眼鏡を外して、激しく頬擦りをする村上さん。表情筋は緩みきっていて、あの仕事が出来そうな雰囲気は微塵もない。この人もすっかり観用少女の虜になってるよ、俺も人のこと言えないけど。

 そして、オルトレマーレ君もまんざらではなさそうだ。表情は大して変わってないが俺には解る。何しろ耳が真っ赤になってるからな。

 

「でも、これで暫くは海外に出る用事は無くなったから、当分一緒にいられるからね。……また、そんな仕事がきたら我慢してもらわないとだけれど」

 

「ひょっとしたら、次は大丈夫かもしれないですよ」

 

「えぇ? どうして?」

 

「いや、さっき望月たちと海の動画を見てたんですよ。前、画面越しの海も駄目だって村上さん行ってたでしょ? だから、少しは前進したみたいで」

 

「そうなのぉ? オルトレマーレ」

 

 村上さんの問いに、オルトレマーレ君は耳を赤くしたままコクリと頷く。その際、此方を睨んできたが。おそらくばらしやがってという気持ちなんだろうが、君喋れないだろ。俺がいなきゃ多分一生伝わらないぞ。

 

「そっかぁ、じゃあ今度遠くからでも海見てみよっか? それで慣れたら……お店に預けなくてすむし」

 

 もう一度、コクリと頷くオルトレマーレ君。その後、手を繋いで帰る際に村上さんは「良いこと聞けたお礼に」と上機嫌で服を数着、靴を数足お買い上げしてくれた、カード一括払いで。

 

「あれがスパダリ……」

 

 どう頑張っても真似出来ないな。いや、競うつもりもないんだけれどさ。




「わたしもだてくんと、うみにいきたいなぁ」
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