これにてこの話は完結です。読んで下さった方が少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
一応完結ですが、上手く纏められたら後日談的な話も上げたいと思っています。
あの後、掛かり付けクリニックでの点滴と望月のミルクの栄養が功を奏したのか、次の日には体温はほぼ微熱程度に収まった。とはいえ、微熱でも熱があるのは変わらないし、無理をしてぶり返すのも迷惑になるだろうから、もう一日休んで様子を見させてもらったが。店長も「有給ありますし、無理しないで下さいね」と言ってくれたし。
仕事復帰して直ぐに、今井さんが店にやってきたので、俺は早速『天国の涙』の買取りを頼む。観用少女本体よりも高いなんて噂がある代物だが、流石に望月の値段には及ばなかった。それでも一粒で、普通自動車の値段がしたんだけれどな。
「いやはや、まさか『天国の涙』をこんなに入手できるとは。しかし伊達君、これだけ泣いて望月ちゃんは平気なんですか?」
「その時に頼んでいた喜多さ……ハウスキーパーの人が泣いてた望月を宥めてくれたそうでなんとか」
「ほう……それにしてもいい色ですね。深い群青色に、シラー効果も入っている。サファイアやブラックオパールに劣らぬ美しさだ」
「そ、そうですか(俺が着てたパジャマと同じ色なんだよなぁ)」
見せた五粒の天国の涙を、今井さんは躊躇すること無く全て買い上げてくれた。なかなか見ることのない金額に生唾を飲み込みながら、渡された小切手を隣でやり取りを眺めていた店長に横流しする。
「おや、いいのですか。多少は手元に残しておきたいのでは?」
「いや、これ全額でほぼ望月のローン完済になるじゃないですか。やっぱり借金は早く返したいというか」
というか、慣れない人間が大金持つと後が怖そうなんだよな。だったら、さっさとローンを終わりにして身軽になりたい。
しっかし、半額近く割引いてもらった上に普通自動車五台分の金を払っても、僅かにローンが残る望月の値段がとんでもなさ過ぎる。よほどの成功者でもなけりゃ、ポンと出せんぞ。店長はこの場所に、そんな金持ちがいると思っていたんだろうか、今更ながら疑問が沸く。
「ところで、肝心の望月ちゃんの姿が見られませんね。今日はきていないので?」
「はい。なんか気になる映画でもあるのか、タブレット離さなくて」
そんな会話をしたのが二週間前のこと。望月の引きこもりは未だ継続中だ。
「望月、今日はどう……またここにいるのか」
最後まで口にする前に、望月がプルプルと首を振る。無理かなとは思っていたが、やっぱりか。
「白妙ちゃん、会いたいみたいだぞ」
別段淋しがる素振りはみせないものの、最近の白妙ちゃんは店に来ると、辺りをキョロキョロと見回すようになった。日によっては店の中をウロウロして、誰かを探しているような素振りを見せる。その事を教えてやれば、望月は僅かに表情を曇らせるものの、もう一度首を振って行かないことを示した。
別に喧嘩しているわけじゃないんだよな、というか観用少女同士で喧嘩するのか?
「そっか。じゃあ昼に戻ってくるから、待っててくれよ?」
軽く撫でれば、コクリと上下する頭。……最近、なんか頭撫でると違和感を覚えるんだよな。ただ、その理由がよく分からないんだが。
鍵をかけて部屋を出て、歩いている最中だった。
「あ、スマホ忘れたな」
店の鍵を探していたら、バッグの中にスマホが無いことに気づく。どうするかな、仕事中は使うこともないし、昼になれば部屋に戻るからその時に持っていけば問題はないんだが……。
「時間もあることだし……取りに行くか」
何となく気分で、帰ることにした。今日は早めに家を出られたから、行って戻っても問題はない。扉を開けて玄関に置いたままのスマホを手にして、バッグに突っ込む。その時ふと悪戯心が沸く、このまま部屋に入って、望月を驚かせてやろうと。
音を立てずに靴を脱ぎ、リビングへと向かう。さて、望月は何をしていることやら。
ガチャリと小さな音を立てながらドアノブを回すと、冷蔵庫の近くで後ろ姿を発見する。よし、気づいてないな。
「お~い、ははビックリしたか」
声をかければ、大きく肩を震わせて焦った表情の望月が振り返る、なぜかティースプーンを咥えて。
「……ん?」
なんでそんなの咥えてるんだと視線を下げれば、望月の右手には金属のフタ、そして左手にはジャムの瓶が握りしめられていた。
「『育って』きていますね」
「左様デゴザイマスカ……」
予想通りの言葉に、唸りながら返事をすると
望月は、居心地悪そうに俯く。
衝撃の光景を見た瞬間の後は、正直よく覚えておらず、気がついたら望月を俵抱きにして店の前に立っていた。そして、店長にテンパリながら事情を説明して今に至る。
「はぁ~~」
口から漏れ出すのは溜め息ばかり。何で今まで気がつかなかったのか、それしか出てこない。最近ゆったりした服しか着なかったのを、好みが変わったのか程度にしか考えてなかったが、伸びはじめた身長を隠す為だったんだろう。頭を撫でた時の違和感も、大きくなっていたからだろうし、最近ジャムの減りが早いような気がしていたのも解っていた。
思い返せば「そういえば……」と出てくる事なんざいくらでも出てくるのに、今の今まで気づかないなんて、持ち主としても店員としてもどうなんだ、はぁ。
「仕方がないと思いますよ、少女が自分からミルク以外の物を口にするなど私も初めて耳にしましたし」
落ち込んだ俺の姿を見かねてか、店長が慰めの言葉をかけてくれるが、じゃあ仕方ないですよねー、気分は切り替えられない。
「ところで、メンテナンスの方は……」
「可能ですよ、今回は持ち主の責任ではないから料金も発生しません」
それを聞いて少し安心する。以前見せられた自己責任のメンテナンス費用も、笑えない金額だったからな。下手すると新たなローンを組むはめになる。
「ですが……」
ここで、店長が僅かに言い淀む。珍しいな、結構はっきり意見をいう人が、言葉につまるなんて。渋い顔をしたまま「こちらへ」と商談室へと呼ばれたのでついていく。
「何か問題が?」
「今回の『育ち』は、望月が自らの意思で行ったのですよね。その場合、身体のメンテナンスだけでは同じことを繰り返す可能性がございます」
「……あ!」
「メンテナンスと言えど、短期間で繰り返せば少なからず負担になります。加えて、異物を口にする機会が増えれば『枯れる』危険も考慮しなければいけません。なので、記憶の方のメンテナンスも行うことがお勧めされますが……」
メンテナンスには主に二種類ある。身体面と記憶に関する物だ。
記憶のメンテナンスは、望まぬ目覚め時にやったりするのだが、簡単に言えばパソコンなんかの記憶の初期化みたいなやつになる。
仕草やミルクを飲んだ後の表情は変わらないので、記憶を弄ったところで望月そのものの人格が失われるわけではないが、今まで過ごした記憶が望月から消えるのは……。
「正直、私としても伊達君にどうアドバイスしたらいいか迷っています」
「……あの、店長から見て望月が成長するのは、上手く行くと思いますか?」
「そうですね……。おそらく成功するでしょう。人が加減しながら食事を与えているわけではなく、本人が様子を見ながら行っていますからね。どこまでが大丈夫で、どこまでが危険かはよく理解しているでしょう。……成長後の姿の保証は致しかねますが」
なるほど、それが解れば腹は決まった。
「でしたら、店長。俺―――」
どうしたいかを伝えれば、店長も微笑みながら肯定してくれる。
「そうですね、私も伊達君と望月の今の関係ならそれが一番良い選択だと思いますよ。あぁ、その事で何かが入り用でしたら、特別価格でお譲りしますので」
「アッハイ」
やはり店長は店長だ。
仕事を終え、望月の手を引いてマンションへと戻る。あれからずっと顔を下げっぱなしだったが、ミルクを出せば少しだけ顔を上げ、マグカップを手にとっていつものように一気に飲み干す。それを見届けてから、休憩中に抜け出して買ってきたプレーンヨーグルトの封を開け、例の砂糖菓子を砕いて混ぜる。
「ほら」
差し出せば、妙な顔つきで見つめてくる望月。何でこんなものを出してくるのか解らないといった様子だ。
「何時もミルクを飲んでるから、乳製品の方が反応が少ないんじゃないかって店長が言ってたんだよ。とはいえ、あくまでも想像でしかないらしいけど」
まだよく解ってないようだ、手を付ける素振りはない。
「……メンテナンスはしない。なんのつもりで大人になろうと思ったのかは知らないけれど、俺は望月が決めた事を尊重する」
「てかさ、店長に言われたんだ。成長を止めさせるには記憶をリセットしないと駄目だって。それ聞いて……嫌だと感じた。この前、展望室で望月に言った言葉も、それを聞いて喜んでくれたのも無かったことになるのがっておおぅ」
言い終える前に、望月が腕に顔を押し付けてくると、グリグリと擦り付けるように頭を動かしてきた。はは、なんか猫みたいだな。
「ああ、そうだ。店長からは、このままいけば上手く育つだろうって言ってもらえたから大丈夫だと思うけど、帰ってきたらぶっ倒れてたなんてのは嫌だから、食べるのは俺の前でやってくれよ。約束だ」
グリグリと、返事をするかのように頭を擦り続ける。不安が全くないわけじゃないんだが、望月は望月だ、そう思えばどんな姿も受け入れられるだろう。
俺が許可をしてから、望月はミルクを飲み終えるとプレーンのヨーグルトを引っ張り出して食べるようになった。食べる機会が増えた事と、育つと食べられる量も増えるのか、目に見えて背丈が伸びている。今までは、高身長の観用少女の服でなんとかなっていたが、そろそろ大人用の服を用意した方がいいかもしれんと、ネットで望月が好みそうな服を色々とサイズを変えて数着注文して用意して数日。
「伊達君」
朝、知らない声が俺を起こした。
「伊達君、起きて」
布団越しから身体を揺すられる。声に覚えは無いが、この起こし方、急いで布団をはね上げれば、毛先が藍色の不思議なグラデーションをした黒髪と、キラキラと輝く金の瞳を持つ高校生くらいの美少女が俺を見下ろしていた。
「お早う、伊達君」
「望月……でいいんだよな」
「うん」
念のために訊ねれば、微笑みながら頷く美少女。口角を僅かに上げるこの笑い方、望月と同じだ、いやまぁ身体的特徴は一緒だったから、そうだろうとは思ってたけどさ。
「なんか……一気に成長したな」
「起きたらこうなってたの」
とりあえず、サイズが合致した服があったらしく、着てくれているのはありがたい。これ、もしちょうどいい服がなくて俺の服を適当に羽織っていたりなんかしたら間違いなく奇声を上げていた。望月の前ではなんとしても「頼りになるお兄ちゃん」でいたいしな。
「んー、色々と訊きたい事とかもあるんだが……何だって大人になりたがったんだ?」
大人になったからか、少女から変質したせいかは解らないが、普通に意志疎通が出きるようになったので、一番気になっていた事を問いてみる。すると、返ってきた言葉は。
「風邪引いた時にね、決めたの。伊達君が私に優しくしてくれたみたいに、私も伊達君に優しくしたい。困った事があったら助けてあげたいって」
「だって、私の伊達君だもの」
つまり……アレか? 俺は「歳の離れた可愛い妹」的な目で見ていたが、向こうは「身内以上の感情」を俺に持っていたということか?
「……何時から『私の伊達君』って思ってくれてたんだ?」
「起きた時からだよ」
あ、これはもう俺が絶対に責任とって幸せにしないといけないやつだ。
俺は直ぐ様スマホを手に取り、此方に顔を向ける望月を撮る。
「どうしたの?」
「とりあえず蒲生たちに自慢する」
とびきり可愛い顔が撮れたので、アイツらのグループLINEに載せる。後は店長にも見せつけて、池田さんたちにも教えて……忙しいな。
「よし、着替えて店長の所に行こう」
「今日、お休みの日じゃなかったっけ?」
「俺の為に大人になった望月を見せに行って何が悪い。後は……買い物かな、何か入り用とか欲しいものがとかあるか?」
「うーん……服は大丈夫そうだし、今すぐこれが欲しいってのはないかな。それより私、伊達君と出掛けたい」
「いいけど、休み今日だけだから遠くは無理だぞ。何処行きたいんだ?」
悪戯っぽく笑って望月が答える。
「海。白妙ちゃんみたいに、手を繋いで!」
「これからもよろしくね、伊達君」