布団越しから軽く揺さぶられて、俺の意識は覚醒した。今日は土曜日、折角だからもう少し寝ていたいんだが、俺の願いなど知ったこっちゃないと揺さぶりは止まることがない。仕方がない、起きるとするか。
「お早う、望月」
身体を起こして挨拶をすれば、先日俺が買った最高級観用少女・望月は、小さく頷いて布団を剥がしてキッチンの方へと歩いていく。そのまま大きく伸びをして眠気を追い出していると、瑠璃色のマグカップを両手で大事そうに抱えた望月が戻ってきた。早く食事にしようということらしい。
「ハイハイ、少し待っててくれな」
キッチンへと向かい、冷蔵庫を開けて観用少女用のミルクを取り出す。余談になるがマグカップもミルクも、結構な値段だったりする。望月を購入するに辺り店長から色々とオマケしてもらい、このマグカップもそのオマケの一つなので金は払っていないのだが、正規の値段を聞いたときは真顔になってしまった。とにかく、観用少女に関する品は総じて高い。深く考えもせずにホイホイ買っていれば、必ず庶民は破産するだろう。
何でこんなに高額なのかというと、良い素材を使った職人の手作り、というのもあるが、観用少女に必須な『愛情』が関係している。簡単に言ってしまえば高い物を与える=愛されているという事になり、管理が楽になるのだ。逆を言えば手間暇をかけてやれば、市販の物でも充分やっていけるということになる。俺のようなのはその辺の調整をうまくやって、金のやりくりをしろということだろう。
大きな欠伸をしながら、ミルクを鍋に注いで弱火で温め、その間に俺の朝食の準備もしておく。とはいっても卵やウインナーを焼いたり、レタスやプチトマトの簡単なサラダを作るぐらいだが。前は食事なんて作らなかったんだが、望月にミルクを飲ませていたら『お前も一緒に食事しろ』と無言の訴えを受けたので以来こうやって作っている。財布と健康には良いんじゃないだろうか。
食事を盛り付けてからミルクをマグカップに移し、残りのミルクは魔法瓶に保存してからテーブルにつく。向かい合うよう座って手を合わせれば、望月はマグカップを持ち上げてグイッと一気に飲み干す。この辺は少女によって個性が出る。ゆっくりと時間をかけて飲み干す少女もいれば、一口飲む毎に長い息を吐く少女等。
望月は結構豪快な部類に入ると思う。高い割には、その辺はお淑やかではないのが少し不思議だ。
そして飲み干してから見せるのが、例の極上の笑み。初めは満面の笑みを想像していたのだが、望月は口元を微かに上げて笑う程度だ。これも少女によって違うらしい。もっと思いっきり笑って欲しかったが、これはこれで可愛らしいので問題ない。
朝食を終えたら昼になるまで、その場で課題を纏めたりと静かに過ごす。望月も買った小説や、録画していたドラマやアニメなどを見て大人しくしている。しばらくするとスマホが震えたので見てみれば、相手は友人の蒲生。遅番のバイトが終わってこれから帰るついでに、俺のマンションに寄って週明けに提出する課題を見せて欲しいとのこと。この時間に来るとなると昼飯と重なるが、文には土産を持って行くと書いてあるので用意してやるとしよう。
冷凍うどんを煮ていると、再び蒲生から連絡が来たので下まで迎えに行く。今は以前の安アパートではなく、セキュリティ完備のマンションに住んでいる。金に余裕が出来たのもあるが、観用少女を所有していることで金を持っていると思われて空き巣に入られるのを防ぐためだ。金目の物がなければ、ならばと望月を持ち出そうとするかもしれない。ローンを終えてないのに肝心の望月がいないなんてなったら、残りの人生泣いて暮らす羽目になるぞ。
「望月ちゃん久しぶり。今日はミルクを持ってきたよ!」
部屋に入るなり、蒲生は頬をだらしなく緩めながら鞄から数本のミルクを取り出して、望月へ捧げるように差し出してきた。望月の方も馴れた様子で当然のようにミルクを貰うと、さっさと冷蔵庫へとしまっていく。
俺のことをロリコン呼ばわりしていた蒲生だが、望月を見るなり「綺麗だ!!」と叫んで以降こうやってやってきては、観用少女の必需品や嗜好品を買ってくる下僕となっている。いや、蒲生だけじゃない、俺の知り合い全員が望月を見るなりその可憐さの虜となって、望月のATMとなっていた。正直、俺よりもコイツらの方がロリコンっぽいと思うのだが、全員来る度に望月の為に何かを持ってくるので、黙っていることにしている。コイツらが貢いでくれるから、助かっている面もあるしな。
「蒲生、そんなに観用少女が気に入ったんなら店に来て自分用の買ったらどうだ? 絶対見つかる保証はしないけど、俺の紹介ってことで多少は安くできるぜ」
「何言ってんだ伊達! 俺は人形が欲しいんじゃない。望月ちゃんだからいいんだ! 望月ちゃん以外の人形なんてどうでもいい!」
キリリとした顔で、ハッキリと「望月以外に興味はない」と宣言された。蒲生は頭もいいし、顔も整っている。内定もかなりいい所が早々に決まって、女子が結構騒いでいるんだが……今の奴を見たらどう思うだろう。やはりイケメン無罪が適用され、観用少女だからノーカンで許されるんだろうか、羨ましい。
「解った。じゃ、これレポートな。飯も食ってくだろ?」
「あぁ、悪いな」
「気にするな、望月のミルク買ってきてもらったしな。そろそろ無くなると思ってたから助かった」
「任せろ、俺がいる限り望月ちゃんに悲しい思いは絶対させやしない!」
レポートを写し、一時間ほど望月を激写してから、蒲生は帰っていった。その後、溜まった家事をこなしてから、夕飯の準備をするべく冷蔵庫を開けるが、想像していたより食材が心許なくなっている。買ってくるか、もう少ししたらタイムセール始まる筈だし。
財布を手にして玄関へと向かうと、望月が後ろに並んでついてこようとしたので、慌てて引き剥がした。
「まて望月、これから行くのは人形屋じゃなくてスーパーだ! お前がついてきたら俺また職質受ける羽目になるだろ、だから大人しく待ってろ!!」
そう、以前深く考えないでスーパーに望月と買い物に行ったら、不審者と間違えられて警察に呼び止められてしまったのだ。確かに、高そうな服を着た飛び抜けて綺麗な女の子を、その辺にいそうな大学生が連れて歩いていたら誘拐犯と疑われても仕方がない気がする。しかもあの時、望月が手を出してきたから普通に手を繋いでいたしな。周りから見れば、さぞかし不釣り合いな組み合わせに見えただろう。
「解るだろ望月。またあんな目にあいたくないんだ。だから留守番を頼む」
手を合わせて頼み込めば、恨めしげな顔で見上げてくる望月。控えめに裾をそっと握ってくる様が、何ともいじらしい。美人てのは、怒ったり拗ねたりした顔すら様になるのだから得だと改めて思う。その顔につい「仕方がないな」と言いたくなるが、グッと堪える。もう、職質された時の警察官の「本当に観用少女なのか? お前のような冴えない学生に買えるものなのか?」という胡乱な視線を向けられるのはもうコリゴリだからな!
土産を買ってくるからと言ってようやく納得してもらえた俺は、急いでスーパーに向かい必要最低限の買い物をすませる。さて、土産を約束したものの何を買えばいいのやら。子供なら甘いものが定番なんだろうが、観用少女はミルクと人形屋で売られている専用の砂糖菓子以外は食べさせられないからな。
「……あ」
悩んでいた時、スーパー内に設置されている本屋が目に入った。そういえば、望月は本が好きだな。どこまで字が読めるかは解らないが、人形屋に売られている絵本から俺が持っているミステリやホラー小説まで、何でも手をつけている。さっき丁度手にしていた本を読み終えたみたいだし、本を土産にするか。
そのまま本屋に入って、良さそうなのがあるかと探していたら俺が好きな作家の新刊が置かれていた。望月が読んでいたシリーズもこれだし、これにしよう。
ラッピングをしてもらってから望月に渡せば、ミルクを飲み終えた時のような笑みを見せてくれた。高額な物ではないが、お気に召してくれたようだ。
その後、夕飯を食べてから望月が本を抱えて読んでくれと訴えてきたので朗読したのだが。
「雪江の絶叫が辺りに響き渡る。なぁ……これ読んで楽しいか?」
真剣に聞いてくれているが、殺人シーンを読み聞かせるのはどうなんだろう。
(次からは普通に絵本とかの、平和な内容の物にしよう)
早く続きを読めと袖を引っ張ってくる望月を見ながら、俺は固く決意したのだった。
「がもうおにいちゃんは、いいひと」