以降は不定期更新です。
『はい、それでは右耳の方から掻いていきますね。肩に力を入れないで、リラックスして下さい』
「ふわぁぁ~~」
ノートパソコンからヘッドフォンを繋いで、俺は机の上に突っ伏していた。両目を閉じ、声から状況を妄想する。思い浮かべるのは、形のいい手に握られた耳掻きが、音にそって掻いてくれる様だ。当然、耳なんか掻かれてはいないんだが、聞こえてくる音があんまりにもリアルなもんだから、実は耳掻きされているんじゃないかと錯覚しかける。
『此方は綺麗になりましたよ。では、反対側を向いて下さい。あ、でもその前に……』
「~~~っ」
フゥーと息を吹き掛けられる音に、背筋がゾワゾワした。耳元もくすぐったい。リアルな音って、本当に脳が騙されるんだな。
目を閉じたまま身悶えしていたら、ユサユサと肩を揺さぶられた。目を開けて顔を上げれば、いたのは望月。アレ、先に寝てたんじゃないのか?
「どうした、望月。眠れないのか?」
訊ねれば、望月はパソコンを指差しながら俺の顔をじっと見ている。まるで「消し忘れている」と言っているようだ。
「あぁ、これな。これはASMRって言って音を楽しむ物なんだ。今見てるのは耳掻きロールプレイだから、見てもそこそこ面白いけれど」
説明をしてみるも今一理解していないらしく、不思議そうな顔で首を傾げる。ついでだ、耳掻きについて教えてみるか。
「耳ってのは解るか? コレな。そして、耳掻きってのは耳の穴の中を掃除する事をいうんだ。掃除する道具は色々あるけれど、俺は耳掻き棒が一番好きだ。あぁ、耳掻きってはこれだぞ」
俺の隣を軽く叩けば、望月はペタンと傍に来て座る。まず見せたのは、ペン立てに入れておいた耳掻き。コイツはつげの木で職人が手作りした品で、薬局というよりは百貨店なんかに売っているような高級品だ。かき心地は……まぁ悪くはないんじゃないかと思う。こういうのは、素材の良さだけではなく使い手の技術もあるだろうから。
差し出した耳掻きを望月は、しげしげと眺めた後そっと手を伸ばしてきたので、望み通りに渡してやればギュッと握りこんでから穴があくほど真剣に見つめ出す。ううん、そんなに興味を引くような形をしているだろうかコレ。
「で、この映像がその耳掻き行為な」
少し考えた後、俺は検索をかけてどっかの実況者がかの有名な膝枕耳掻き店のレポートをする動画を再生させて望月に見せた。耳掃除そのものの動画を見せるという考えもあったんだが、アレは見方によってはグロ画像に分類されるので止めておく。
膝枕からの目隠し、耳ツボ押しからの耳掻きの一連の作業を見せると、またしても望月は食い入るようにして画面を見つめ出す。観用少女にも色々と趣味があるが、望月はこうやって何かを観るのが好きなようだ。
声を出さないから正確な知能などは解らないが、ドラマも一話完結ものだけではなく連続する話も普通に観ているので、流し観ではなくある程度は内容をキチンと理解しているのだろう。
そのまま終わりまで動画を観終えると、寝るのにはちょうどいい時間になった。「今日はもう終わりな」と言えば、望月は大人しく引き下がり自分の布団へと戻っていく。この時は、耳掻きへの興味はこれで終わりだとおもっていたのだが。
あれから五日。望月は今日も飽きる様子もなく、耳掻き棒を握りしめながら動画を眺めていた。観るのも前回のレポートや紹介系のものから、耳の内部の掃除動画と色々だ。よほど気に入ったらしい、まぁ俺も好きだけれどさ。
と、夢中になっている望月を微笑ましく思いながら食器を洗い、片付けが終わってからASMRを楽しもうと考えていたら、グイグイとエプロンの紐を引っ張られた。ん? と振り替えれば、耳掻きを握りしめたままの望月が。俺と視線が合うと、望月は正座してペシペシと太ももを叩く。んん?
「どうした?」
意図が解らず問いかければ、もう一度ももを叩いて耳掻きを見せてきた。これはつまり……耳掻きをしてやるってことか?
思わぬ申し出に、俺は心のなかで唸る。正直に言えば、鼓膜が心配でたまらない。何しろ望月は耳掻き初心者だ、いくら動画を観ていたからってやったことは一度もない、そんな相手にやすやすと耳を預けるなど、かなりの博打になるのだが。
望月は、キラキラと瞳を輝かせて俺を観ていた。眩しい、可愛い! これを無視するのは別の意味できつい。長い逡巡の結果、結局。
「……耳垢があっても奥まで耳掻きは入れないで、俺がストップと言ったら必ず耳掻きを抜く。約束してくれ」
肩を掴み、しっかりと目線を合わせて懇願すれば、しっかりと頷いてくれた。これで、鼓膜を破られるという危険はかなり下がっただろう。
「じゃあ、頼むな」
優しく肩を叩いてから、望月の膝に頭を預ける。一応動画の通り、身体は望月に対して垂直になるようにした。寝転がれば、早速眼の位置にガーゼのハンカチを置かれる。やっぱり動画を参考にしているようだな。となると、直ぐに耳掻きには入らないか。次は何をするんだっけ。
ボーッと待っていると耳朶に指先が触れてきて、そのままムニムニと弄られる。これは……マッサージなんだろうな。ただ、適当に揉まれたり引っ張られたりしているだけなのに、結構気持ちがいい。
(あ~、これだけでも悪くないな)
少し冷たい望月の細い指がたどたどしい動きで耳朶に触れているというのが、またいい。蒲生たちに言えば、アイツら絶対歯ぎしりする勢いで羨ましがるだろうな。
時間にして数分の間マッサージを堪能すると、両手がパッと耳朶から離れた。いよいよ耳掻きかと僅かに身構えていたら、耳掻き棒のさじが触れてきたのは同じく耳たぶ。そのまま溝の中に入り込むとカリカリと動いて、汚れを取っていく。
こんなの動画にあったっけと疑問が浮かぶが、望月は手当たり次第耳掻き動画を漁っていたからその中にあったのかもしれない。とりあえず感想はアレだ。これはこれで良し!
ほう、と自然に息が漏れる。耳掻きは何度も溝の間を往き来し、その都度抜かれる。ひょっとしたらかなり汚れているんだろうか。汚い箇所を望月に見られていると思うと少し恥ずかしくなるものの、耳掃除っていうのはそういうものだしなぁ、と思い直す。それに動画を見ていたのだから、耳はある程度汚れているものだと理解しているだろうし。
「んっ!」
目を閉じて完全にリラックスしていたら、いつの間にか耳たぶの掃除は終わったらしい。溝から抜かれた耳掻き棒が、穴に侵入してきたので、思わず声が出てしまった。身体を動かすのは流石にこらえたが。すると、直ぐに耳掻きが抜かれ、目元を覆っていたガーゼのハンカチを捲られる。覗きこむ望月の表情は不安気だ、さっきアレだけ念を押したから心配させてしまったかもしれない。
「大丈夫だ。あんまりにも望月がしてくれたマッサージが気持ちがよかったから、ちょっとビックリしただけだから。痛くないから、そのまま続けてくれ」
安心させられるように、出来るだけ優しい声で言えば望月も問題ないと判断したようだった。コクリと頷いてから、再びガーゼのハンカチが目元にかけられる。そして穴の中に入り込んでくる耳掻き棒だが、今回は解っているので驚くことはない。中ほどまでにやってくるとカリカリ、サリサリと掻かれる。掻く強さは少し弱いくらい、といったところか。強すぎて痛いということもなければ物足りないということもない、絶妙な加減だ。
カリカリ、カリカリとアチコチの壁を掻かれる。音に変化が無いから、大物はないのかと思っていたが突然ガサリ、という大きな音が聞こえた。お、と思っていると望月も気づいたらしい。また耳掻き棒が抜かれ、耳たぶを引っ張られて覗き込まれる気配がする。
大体の位置が解ったのだろうか、ソロリソロリと慎重に耳掻き棒が入り込んできた。先程とは違う様子に、駄目だと解っていても身体に力が入ってしまう。中よりも少し奥にきたところでガサリと、また大きな音がした。すると、望月はさじの部分を耳壁に押し付けたままの状態で耳掻き棒を動かし始めた。少しずつ動かして、耳垢を引きずるようにして外へと持っていく。その間ずっとガサガサ・ゴソゴソと音が響くのでむず痒い感覚になってくる。数cmにも満たない耳の中が随分と長く感じられていると、やがてポロリと異物が外に落ちる音と共に耳掻き棒が出ていった。
どれくらいの大物がとれたのかと想像していると、ガーゼのハンカチが外され目の前にさじが突き出される。音の割りには小さく思えるが、あの細い耳のなかに入っていたことを考慮すれば、そこそこの大物なんじゃなかろうか。見せてくる望月の表情もどこか嬉しげだ。やっぱり誰でも、凄いのがとれるとはしゃぐもんなんだな。
仕上げに膝枕耳掻きお約束(?)の、息を吹き掛けて掃除は終了だ。頭を上げてから礼を言えば、満足げな顔をしながらもう一度膝を叩く望月。ちゃんと両耳やってくれるようだ。
反対側を向けて頭を預ければ、またマッサージから始まる。耳たぶを柔らかく揉まれていると、だんだんと眠たくなってきた。さっきまでの耳掃除で、望月の腕前は把握できたから……ちょっとうとうとさせてもらうか。
「望月。俺ちょっと寝させてもらうからさ、終わったら起こしてもらえるか?」
頼めば、了解といった感じで、頭を軽く撫でられる。見た目小学生くらいに甘やかさせるのもどうなんだと一瞬考えたが、誰にも見られているわけでもないからいいや。
納得すれば、一気に眠気がやってくる。ふぁと大きく欠伸をしてから、俺はそのまま目を閉じて夢の世界へと旅立っていった。
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「だてくんは、みみかきがすき」