それにしても美容室のマッサージは何であんなに気持ちがいいものなのか
耳掻き棒が抜かれ、フゥと息を吹き掛けられる。頭を軽く撫でられれば、終了の合図だ。
「いやー、今日も気持ちよかったぞ。ありがとな、望月」
横になっていた身体を起こして礼を言えば、望月は頷いてから微笑んでみせる。あれから一ヶ月。すっかり耳掻き(をやる方)の虜になった望月によって、俺は定期的に耳掻きをしてもらうことになっていた。とはいえ、毎日はできないので二週間に一度のお楽しみになっているが。
それにしても、まだ三回ほどしかやっていないのに、やるたびに耳掻き技術が上がっていっている。気持ちよすぎて意識が飛んでいってしまうレベルだ。正直、金をとれる腕前だと確信している。蒲生たちだったら、言い値でも即払いそうだ。アイツら、完全に望月の財布と化しているからな。
大きく伸びてから立ち上がろうとした時、肩に手を置かれた。何だと疑問に思うまもなく、今度は両肩を揉まれる。
「あ゛~~~」
オッサンみたいな声が出たが、そんな声が出てしまうのも仕方がないくらい、望月の肩もみは絶品だった。自覚は無かったが、俺の肩はそれなりに凝っていたらしい。ギュッギュッと揉まれる度に、じんわりとした温かさと快感が、肩から背中全体へと広がっていく。
肩を揉まれて血行がよくなったと分かるほどに背中がポカポカとしてくると、手が首にやってきてグイーッと押される。うわーこれも効くな、観用“少女”と言われるだけあって望月は小柄な方だが、全体重をかけているかグイグイ押される度に痛気持ちよさがやってきた。耳掻き同様されるがままになっていると、やがて指は背骨にそってグイーッグイーッとゆっくりと降りてくる。指は腰の辺りまできてから、またグイーグーイと押しながら上に戻ってきた。その後は、美容室や床屋なんかでやってくれる両手を合わせた状態でパチパチと肩を叩かれ、背中を摩られる。これで終わりか?
「はぁぁぁ~~~」
望月が離れると同時に、気の抜けた声を上げながら近くにあるテーブルに突っ伏す。駄目だ、望月の技術が凄すぎて身体がぐにゃんぐにゃんになっている。もはや何もする気が起きない。みんな終わらせて寝るだけにしておいて本当によかった、この状態じゃ動くのも億劫だ。
くったりしたまま視線だけを望月に向けると、気づいた望月が此方を見る。若干ドヤ顔をしていて、なんか「計算通り」って声が聞こえてくる気がしないでもない。
(これは次回から耳掻きとマッサージのセットになるな)
あまり働いていない頭で、そんな事を考える。勿論悪いことではなく、俺としては極楽の時間が増えるので、とても喜ばしいことだ。
だが、その一方でこうも思う。ここまでしてもらう以上、こっちも何か返してやらないとだな、と。
何を望月に贈ろうかと悩みながら、ページを捲る。眺めているのは、観用少女の服を紹介している項目。店長にドレスの仕入れを頼まれたので、それついでに探しているというわけだ。
「うーむ」
悩みながら、またページを捲る。服はフリルや刺繍、モノによってはスパンコールやスワロフスキー? とかいうキラキラした石がふんだんに使われていて、多分女性なら一度は憧れるような作りになんじゃないだろうか。というか相変わらずゼロの数おかしいし、これ服じゃなくてドレスなんじゃないか?
それにしても、望月はどんな服が好みだろう。観用少女ってのは結構好き嫌いが激しくて、自分の興味が無いものには手にとってくれない。例えそれが、持ち主が観用少女の為に必死に悩んだ末、選んだ物だとしてもだ。
だから、この服選びも意外に重要だったりする。紹介されている服を適当に見繕って注文すれば、見向きもしてくれないのだ。さっきも言ったように、彼女らの服はゼロの数が多いので、間違えると大きな損失になってしまう。
あ、これ望月に合うんじゃないだろうか、でも赤系の服は着たことないんだよな、何時もの青や紫系が多いから、好みじゃないかもしれない。値段考えると、挑戦するのはちょっと怖いか。お、ならこっちの明るい青緑のはどうかって高いなおい! 流石に手が出せないわ。
「はぁぁぁぁ」
結局、服に関しては顔を青くするだけで選ぶことが出来なかった。悪い、まだしばらくは着回しで我慢してくれと、心の中で謝罪しながら、もう一度最初ページから眺め始める。基本的に観用少女は女の子らしい可愛い服を好むから、この黄色と白のワンピースを頼んでおくか。暖色系をメインに、たまに寒色系を挟んで候補を上げていく。とりあえず十着程選び、付箋を張り付けておくと、まるでタイミングを見計らったかのように店長がやってきた。
「伊達君、お疲れ様です。此方も商談が終りましたので、少し休憩にしませんか」
「あぁ、いいですね。じゃあ俺がお茶をいれますよ」
「おや、すみません。それでは、座って待たせてもらいます」
軽く頭を下げてから、椅子を引いて腰かける店長。入れ替わるよう俺が立ち上がり、棚を開けて茶葉と道具一式を取り出して準備をする。俺も正式な店員になれば、こうやって茶を出しながら観用少女の契約やら相談をすることになるので、ちょっとした練習というわけだ。せめてお茶くらいは、うまいものをいれられるようにしておきたい。
「お待たせしました。まだ店長ほど上手くはないですが、どうぞ」
「ありがとうございます。フフフ、その内伊達君もコツをつかんで、美味しくいれられるようになりますよ。若い人は覚えがいいですからね」
向かい合う形で座って、互いに長い息を吐く。一息できる時間がしっかりとれるのはありがたい、いい職場に就職できる事に感謝しながら、店長と仕事のことやそれ以外の日常のことなど、とりとめない会話をしながらお茶をすすった。
「そうだ店長。今度仕入れる服をリストアップしてみたんですけれど、こんな感じでどうでしょう」
「拝見しましょう。ふむ、これなら売れ残りも出ませんね、いい選択だと思います」
店長からお墨付きを貰えたので、ホッと胸を撫で下ろす。その後、更にこうした方がいい等の細かいアドバイスをもらったのでメモをとりながら頭の中に叩き込む。観用少女の好みは、作る職人の好みが反映されるから、職人の好みを覚えておくと楽か、参考になったぜ。
「あ、店長。仕事じゃないんですが、ちょっと相談が」
「はい。どうしましたか」
休憩ついでに、俺は最近の望月の行動について話し、礼として何かしてやりたいがどんなのがいいかと訊ねてみる。勿論、出来るだけ金がかからない方法があれば助かると加えて。
「でしたら、これはどうです?」
店長が、ページを捲ってある商品を指したので、つられるように覗き込む。
「値段は……伊達君の予算の範疇に収まっているかは分かりませんが、衣装に比べれば安上がりですし、壊れさえしなければ一生使える物なので元はとれると思いますよ。それに、耳掻きのお礼としてやってあげれば、望月も只貰うよりもずっと喜ぶでしょう」
成る程、耳掻きのお返しにやる。確かに悪くない手段だ、それほど難しいものじゃないしな。毎日なら少し手間だが、たまにやるくらいなら悪くない。
「しかし、耳掻きとマッサージをするなんて。望月はよほど伊達君の事を好いているんですね」
「へ、そうなんですか?」
「ええ。観用少女というのは、基本的に受け身です。『愛される』前提で作られていますからだいたいは大人しく待ち、持ち主から愛情を注がれるのを待って、望んでいた物を出されて笑顔で応える。それが彼女らの在り方なんです。自分からやり方を覚えて、それを実践するというのは、なかなかやらないんですよ。持ち主を喜ばせようと努力するなんて、健気じゃないですか。大事にしてあげて下さい」
へぇ、そうだったのか。今度蒲生たちに自慢するとしよう。
そんな事を考えながら、服と一緒に店長が勧めてくれた物も一緒に注文しておく。届くのは一週間後だとか、届くのが楽しみだ。
グリグリと首の付け根を親指で押されて、気持ちよさに吐息がこぼれる。まだマッサージは二回目だってのに、なんでこんなに上達しているのか、動画見るだけで技術が身に付くなんて凄すぎじゃないか? 羨ましい。
そして、ポンポンと両手で肩を叩かれてマッサージは終了。礼を言えばコクコクと頷く望月。そのまま立ち上がって布団の方へ向かおうとするので、名前を呼んで呼び止める。振り返ってジッと見つめてくる望月に「俺からもお返し」と先日届いた例の品が入っている箱を開けた。
入っていたのは櫛、相変わらずおかしい値段設定だが、観用少女の髪質と艶を維持するにはこの櫛がいいんだとか。確かに、観用少女の髪の毛ってサラサラでツヤツヤだからな。
「耳掻きとマッサージが絶品だったから、お礼。毎日使ってくれよ」
手渡せば一瞬だが、望月の金の瞳の輝きが増した、気がした。両手で受け取り微笑むと、直ぐに俺の方へと突き出してくる。ああ、やってくれってことか、お安いご用だ。
「よし、じゃそっち向いてくれ。梳かすだけでいいよな? 俺、女の子の髪なんて弄ったことないから、凝った髪型なんて作ってやれないし」
促せば、背中を向けながらもチラチラと喜びと期待に満ちた視線を飛ばしてくる望月。これは俺も動画を見て、髪型の勉強をした方がいいかもな。
とりあえず今回は、髪を軽く梳かして終りにさせてもらった。それからは、耳掻きとマッサージの後には、お返しの髪の手入れとセットというルーチンが組み込まれることになる。
「このかみがた、だてくんがしてくれたの」