【完結】高い買い物をするはめになった   作:飛沫

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望月は多分樹木系の香りがすると思います。
千鳥はエキゾチック系?


ちょっとだけ高い買い物をする

 春。無事に大学を卒業した俺は、晴れて観用少女店の正式な店員になることが出来た。

 本当は地元に戻って就職したかったのだが、地元じゃこれぐらい条件のいい職場なんてそうお目にかかれるモノじゃないから、欲張らないでおこう。

 まぁ同じ県内で、電車を使えば一時間ちょっとで帰れる事を考えれば、地元のくくりに入れても問題ないか?

 家族にも地元には戻らずに大学側の方で就職すること、就職先は観用少女の店ということを伝えたら随分と驚かれたけれど、給料の良さを言ったら良いところに就職出来て良かったと非常に喜ばれた。

 きっかけになった望月の事も話せば、そんなに綺麗な人形なら一度見てみたいから、休みの時にでも連れてきてくれと頼まれたのだが、それについては曖昧に答えるだけで終わらせる。正直、望月を電車に一時間近く乗せた場合、どんなハプニングが起きるか検討もつかないし、対応できる自信がない。連れていくなら車に乗せて行った方が安全だが、俺はまだ自分の車を持っていない。幾ら新卒の割に給料がいいとはいえ、望月のローンに車のローンを加えたら生活が出来なくなってしまう。レンタルで借りるにしろ、お披露目は当分先になりそうだ。

 そんな事がありつつも、正社員になって三週間。仕事に向かう準備を整えた俺は、望月に話しかける。

 

「望月、これから仕事に行くけれど、今日はどうする?」

 

 問うと、望月はじっと俺の顔を見つめてから両手で抱えているタブレットを眺めた。コイツは、動画を見るとノートパソコンを占拠されてしまうので、それを防ぐためにリサイクルショップで買ってきた物だ。安かった分少々古くさいが、動画を見るには充分機能しているので不満は持たれていない模様。

 タブレットをしばらく眺めた後、望月は首をユルユルと振った。どうやら、今日は一日動画を見て過ごしたいようだ。

 

「そっか。じゃあ昼休憩に戻ってくるから、それまでいい子にしててくれよ」

 

 整えられた髪型を崩さないよう注意しながら頭を撫でれば、望月は頷いてからタブレットを抱えて部屋へ戻っていく。

 今観てるのはそんなに気に入ったか。何観てるんだろうな。コメディ、ホラー、恋愛、推理……どれも満遍なく観てる様子だからな。見当もつかないぜ。

 

 

 

 

 

 そんな訳で今日は、一人で歩いて店までやってきた。前の安アパートよりは距離があるが、それでも歩いて十分ちょいで着くのは、充分近い距離になるだろう。いい職場だよ本当に。

 渡された鍵で扉を開けて中に入り、掃除用具を手にして開店の準備を始めていたら、階段から店長が一人の観用少女を伴って降りてきた。

この店は上にベッドが置いてある仮眠室がある。他にも観用少女用の風呂やトイレ、ミルクを温める為の小さな流しとコンロもあるから、住むにはキツイが一日二日程度なら泊まり込みも可能なのだ。で、店長はその泊まり込みをしていたというわけ。

 

「おはようございます、伊達君」

 

「おはようございます、店長。そして千鳥ちゃん」

 

 少し屈みながら挨拶をすると、満面の笑みを浮かべる千鳥ちゃん。この子は、観用少女にしては珍しく誰にでも笑顔を向けてくれるのだが、それは持ち主の育て方が関係しているのだろう。

 千鳥ちゃんの持ち主は豊臣さんという中年の夫婦で、なんと経営しているイベント会社の社員全員で観用少女の面倒をみているそうだ。元々は夫婦だけで育てていたそうなのだが、観用少女の話をしたら見てみたい! と請われたので連れていったら、望月をみた蒲生たちの如く社員たちが千鳥ちゃんの虜になり、以来社員で千鳥ちゃんのミルク係のローテーションが組まれる事になったお陰で、千鳥ちゃんはこうやって人見知りしない子になったとか。

 そんな千鳥ちゃんがなんで店にいるかというと、昨日から豊臣さんの会社が社員旅行だからだ。どうも、イベント関連になると皆が観用少女を構いたがって喧嘩になるからということで預かっている。

 そう、この店は観用少女の販売の他に、預かりもやっていたりするのだ。持ち主の中には独身のサラリーマンがいたり、観用少女が非常に気難しくて他人に世話を頼めないなんて事情も結構あるので、ミルク代だけで面倒を見ている。此方としてはほぼサービスみたいなものだが、利用する人はそれなりにいて、預かった礼として、品物を買っていってくれる事も多い。というか、俺の仕事の大半はこの預かった観用少女の世話だ。大して手は掛からないので楽な事は楽なのだが、たまに自分はベビーシッターになったのかと錯覚することがある。

 その後、店を開けると観用少女を預けにきたお客さんや、新しく観用少女を見に来たお客さん等がやってきて、店内は少しだけ華やかな雰囲気となった。観用少女は喋らないので、何人いても騒がしくなることがないのが不思議で未だに慣れないが。

 そして、観用少女は望月も含めてだが基本的には大人しいから手間はかからない筈なのだが。

 

「うぉっ」

 

 何かにつけて、千鳥ちゃんがタックルするように抱きついてきた。正面からぶつかってこられれば、まだ対応できるのだが背中を向けている状態で突撃されるとよろけてしまう。

 ひょっとして嫌われてしまったのかと勘ぐってしまうが、千鳥ちゃんは変わらず笑顔のまま。嫌いな奴に笑いかけるってことはないと思うんだが……笑顔で嫌われてる可能性も微レ存?

 

「千鳥は、会社の男の人には体当たりして構ってもらうのが当たり前だったようで、伊達君のことが気に入らないというわけではないので心配いりませんよ」

 

 眉間に皺でもよっていたのか、店長がそんなことを教えてくれた。よくみれば、店長もどことなく疲れたようなオーラを全身から醸し出している。ということは。

 

「じゃあ、店長も昨夜はずっと千鳥ちゃんの相手を?」

 

「ええ。預かってから疲れて眠るまで、何度も遊べ、構えとぶつかられまして。お陰で寝不足ですよ」

 

 くぁ、と小さく欠伸をする店長。正直、何時も飄々としている店長が眠たそうにしているのを初めて見た。千鳥ちゃんの構って攻撃は相当激しかったようだ。

 

「ん……?」

 

 と、しがみついてくる千鳥ちゃんから、不意に良い匂いがフワリと漂ってきた。何だこの匂い、線香……じゃないか。芳香剤とも違うし香水か? けど、観用少女に香水ってあったっけか?

 

「伊達君、千鳥からする匂いは『香り玉』を食べさせたからですよ」

 

「香り玉?」

 

「これですね」

 

 そう言われながら、目の前に差し出されたのは薄い紫色をした少し大きめの飴玉っぽいもの。こんな商品もあったのか、今知ったぞ。

 

「これを観用少女が食べると、全身から芳しい香りがするようになります。香りは植物系や柑橘類など……様々ですね」

 

「へぇ」

 

「面白いのは同じものを食べても、観用少女によって匂いが変わってくるということです。場合によっては、朝食べさせた時と夜食べさせた時で、別の匂いになることもあるとか。仕組みは解りませんがね。因みに、人が食べても問題ないですよ。匂いはしませんが」

 

 また不思議な品物だな。とはいえ、観用少女自体も謎の塊みたいなものだし、真剣に考えると頭がパンクする。

 その後も、数度のアタックを受けながらも午前中の仕事を終えてて、望月へミルクを飲ませるために部屋へ戻ると。

 俺の傍に寄ってきた瞬間、望月は頬を膨らませて睨むような目で見つめてきた。ど、どうした、まだ何もしてないのにそんな非難がましい目で見つめてくるなんて。

 理由をたずねようとも観用少女は言葉を発しないから出来ない。喋られたとしても、こんなにむくれている様子じゃ教えてくれるかもわからんし。

 面白くない、という雰囲気を全身から醸し出す望月に参って唸りながら頭をかいていると、先ほど千鳥ちゃんからしたお香っぽい匂いが微かにした。あー、そういうことか。

 

「ヤキモチかぁ」

 

 よく考えなくても、持ち主が他の観用少女の匂いをプンプン纏わりつかせて帰ってきたら、機嫌も悪くなるよな。

 そうなると、どう説得したらいいものか。仕事なんだから仕方ないだろは、通用しないし俺もあんまりしたくない。

 

「ゴメンな望月、こんな匂いさせるのは今日だけだから。何だったら午後からは一緒にくるか?」

 

 しゃがみこんで目線を合わせながら謝れば、まだ膨れたままだが許してはくれたようだ。クルリと食器棚に向かうと、自分のマグカップの用意を始める。

 そして、休憩を終えて仕事に行こうとすると、タブレットを抱えたまま服の裾をギュウと握り締めてついて行くという仕草を見せた。

 可愛い少女のいじらしい姿……たまんねえな。

 そうして、上機嫌のまま店に行き、香り玉を興味深そうに眺める望月の姿につい「買うか」と口にしてしまい軽く後悔することになる。

 だってこの飴玉、十粒で四千円するんだぜ。

一粒四百円って高すぎだろ。匂いも半日も持たないし。




「わたしのだてくんなのに」

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