超突貫の構えはロマンでしたよね!
夕方の五時過ぎ。俺は一日の最後の仕事である観用少女のミルクを温めていた。まだ眠っている少女と預かりの少女を合わせて、今日いるのは十人。分量を計ってから、弱火で時間をかけて温める。手間隙かけてやれば、眠っている少女たちの髪や肌の艶もよくなり、引いては客にも魅力的に見えてくれるので、ミルクを温めるだけの簡単な仕事とはいえ気を抜くことはない。てか、ミルク温めるだけなんだけれど、寝てる少女たちは起きている少女たちよりも拘りが強くて少しでもぬるかったり、熱かったりすると突き返してくるんだよな、何でだろう。
「よしっ……こんなものか」
温度計で確認してから、マグカップに注いで少女たちに渡す。まずは注文のうるさい眠っている少女たちで、それから預かりの少女たちだ。
マグカップを渡せば笑顔は無いものの素直に飲んでくれる。やはり向けられる笑顔は、持ち主だけの特権か。
「望月はどうする、ここで皆と飲むのなら追加でミルク温めるぞ」
預かりの少女たちと一緒に遊んでいた望月に問えば、直ぐに首を振られる。今日はお気に入りのマグカップ持ってきてなかったからな、そうなるか。
「六時になったら帰るから、それまでに準備しておいてくれよ」
こっくりと頷くと、持ってきたタブレットをとりに行く。準備と言っても持ち帰るのはタブレットだけだから、直ぐに済む。
一分もしないうちに、両腕にタブレットを抱えて望月が戻ってきた。そのまま、近くの椅子に腰掛けて脚をブラブラさせて待っていたので、俺も時間になったら即退勤できるように飲みおえたマグカップを集めて洗っていると、音も立てずに扉が開く。店長が驚かせにきたのかとそちらを向けば、僅かな隙間から顔を覗かせてきたのは、俺と同じぐらいの若いサラリーマン。
「だ、伊達君……」
目が合うと、囁き声で名前を呼ばれた。そのままクイクイと手招きをされたので、つられるようにして俺も声を潜めて応える。
「池田さん、どうしたんですか。何かトラブルでもありましたか?」
「いや、問題が発生したわけじゃないんだが……白妙はどうしてる?」
確認すれば、観用少女の白妙ちゃんは見本として置かれている本を手にとって読んでいた。視線は本に集中しているようで、こちらのやり取りには全く気づいていない様子。
「あそこで本見てますけど……」
「よし、俺が来たことはまだ知らないみたいだな。悪いが伊達君、こっちで少し話せないか」
「あ、はい」
返事をして音を立てずに扉を閉めれば、池田さんが長い溜め息を吐く。そして、俺と向き合うと手を合わせて頼み込んできた内容は。
「スマン、そろそろ退勤時刻なのは承知しているんだが、白妙に渡すプレゼントを一緒に見繕ってくれないか!」
池田さんは、俺がこの店でバイトをしていた時に、観用少女の持ち主になった人だ。歳は俺よりも三つ上で、ここから少し離れた会社で経理をやっているそうな。
客と店員の関係になったのは数ヶ月前、俺がマニュアル片手に四苦八苦していた時の事。
突然、外から叫び声が聞こえてきたので、店長と一緒に店を出ると、ショーウィンドウの前でへたりこんでいる池田さんと、展示用の椅子から立ち上がってしげしげと彼を眺めている観用少女―――後に池田さんが白妙と名付ける子がいた。
その後は、呆然としたままの池田さんに声をかけて、店内へと案内。その時、白妙ちゃんはずっと池田さんの顔をガン見しながらくっついて歩いていた。初対面時、俺も望月にこれに似たことをされたが、これは観用少女とかなり波長が合って懐かれた場合にやることらしい。
椅子を勧めてお茶を出し、彼の身に起きた事について説明をすると、池田さんは狼狽えた。
「そ、そんな……俺はつい先日に会社が倒産して無職状態なんだぞ。自分の事で手一杯なのに、こんな高額な観用少女の面倒なんて……」
当然、店長はメンテナンスの説明をする。展示用の少女が通行人を見て目を覚ますということは、珍しいものの全くないわけじゃない。俺は初めてだが、店長もこれで三度目だとか。
万が一の盗難等に備え、展示用の観用少女には保険をかけており、メンテナンス費用もそこから出るので、池田さんには一切の負担は無いことを説明すれば、向こうも漸く安堵した顔をしてメンテナンスを頼もうとしたのだが。
その時の白妙ちゃんの寂しそうな顔は、池田さんを躊躇させるのは十分なインパクトがあったようで。
「……二ヶ月待ってくれないか? その間に良い給料を貰える仕事を見つけられて、かつ続けられそうならこの人形を買いに来るから」
「かしこまりました、お待ちしています。お支払いの方はどうなさいますか? ローンも組めますが」
「ローンで!」
白妙ちゃんのおねだりは、池田さんにとってプラスに働いてくれたらしく、宣言してから三週間前後で今勤めている会社から内定をもらい、今に至るというわけだ。
「プレゼントですか?」
「ああ。なんだかんだで専用の物は、ここで白妙を買った時にサービスとしてつけて貰ったものしかないからな。迎えに来る度に、他の観用少女と見比べると申し訳なく感じていたんだ。だから、たまにはと思って」
「お気持ち、痛いほど解ります」
池田さんの想いは、心に染みるほど深く理解できる。というか、この店に来る観用少女の持ち主で、一般人の財力しかないのは俺と池田さんだけだ。後は程度の差こそあれ、金持ちに分類されると思う。
なので、俺たちの観用少女は 他の少女に比べれば、質素な格好と言えよう。特に衣服に関しては、片落ち品を多少安くしてもらえるといえ、池田さんは市販の子供服も合わせて着まわしをしている。勿論、市販の量産品とはいってもしっかりしたブランド物だから、物凄い見劣りするというわけでもないのだが。
「なら、どれを贈ります? 個人的に服はお勧めしませんよ、高いのに加えて洗濯機に入れられずにクリーニングに出す類いが多いから、買った後も出費がかさみますし」
「だろうな、他の少女を見てつくづくそう思う。出来れば小物系で良さそうな物があると助かるんだが」
「うーん」
首を捻りながら考える。多少高くても、小物の方が持ちがいいし、手入れなんかもそれほど難しくない物が多い。どんな物を勧めようかと、この前見たカタログの内容を必死に思い返してみる。
「そういえば、伊達君もこの前望月ちゃんに贈り物をしたんだよな。参考にしたいから教えてもらえないか?」
「俺は櫛を贈りましたよ。望月が使うこともあれば、望月に頼まれて髪をすく事もありますけど……白妙ちゃんには……どうかな」
雪のような真っ白な頭髪から名前を付けられた白妙ちゃんは、肩に若干届かないくらいの長さのボブカットだ。櫛を贈り物としたら、少し物足りないかもしれない。それに櫛って「苦」と「死」を連想させるから、贈り物には云々って最近何かで聞いたんだよな。俺望月にプレゼントしちまったし、望月は喜んでくれたから問題ないとおもうけど。
「他に思い付く小物というと、ミルク用のマグカップとか」
「白妙を買った時に貰ったマグカップは、まだ壊れていないんだ。本人も気に入っているから新しいのを買い与えるのもな」
「となると、アクセサリー類とかですかね。でも、観用少女のアクセサリーって、本物の宝石使ってるのが結構あるから、値段が服以上したりするんだよなー」
おまけに少女に宝石なんて、どうぞ少女ごと盗んで下さいといってるようなものだ。防犯対策が整った環境でなければ、やってはいけない気がする。
「……いっその事、俺が望月にしてやったように、タブレットを買い与えるとか」
「残念ながら、白妙は望月ちゃんほどの動画勢じゃないんだ」
ならば……ぬぬぬ。
唸っていると不意に腰をつつかれたので、振り替えると望月が立っていた。そして、手には観用少女のカタログが。どうやら俺たちの話を聞いていて、気を利かせてくれたらしい。
二人してカタログを開き、片っ端からページを捲っていると、俺はある商品に目を吸い寄せられた。
それは、ぬいぐるみの形をしたリュックだ。猫や犬、ウサギや熊をモチーフにした可愛らしい物で白妙ちゃんにも良く似合うと思う。よし。
「池田さん、このリュックなんか値段的にもいいんじゃないですか?」
「リュック? だが、白妙と出掛ける事なんてほとんどないぞ。せいぜい、この店に預けに連れ出すくらいで」
「短い時間とはいえ、毎日外に出るならリュックは使えると思いますよ。それに、お気に入りのマグカップや、読みかけの本なんか入れたりなんかすれば」
「なるほど、しっかり活躍してくれるな。ならカタログをよく見せてくれるか? 良さそうだったらそのまま注文を頼むかもしれない」
「毎度ありがとうございます」
カタログを譲れば、真剣に検討を始める池田さん。手柄をたてた事を褒めれば、コロンビアポーズを決める望月。一体どこで覚えたんだ。いや、望月程の美少女になると何やっても様になるからいいんだけれどな。
それから十分ほどして、池田さんは白いウサギのリュックを予約すると、白妙ちゃんの手を引いて帰っていった。後日届いたそれを渡せば、早速次の日からリュックを背負って店にくる白妙ちゃん。
ぬいぐるみリュックを背負う後ろ姿があまりにも可愛らしく、望月にも欲しいかと訊ねてみたら興味をしめしたので、黒猫のリュックを買えば背負ってくれた。
タブレットは入らないようだが、猫を背負う姿は筆舌に尽くしがたい程に可憐で、買ってよかったと自分の行動を褒め称えておく。
「えへへ、だてくんにほめてもらっちゃった」