「ん、今日は朝早いんだな、ディーテ」
今日も今日とてダンジョンへと潜るための準備を朝早くから行わなければならないため、最近買ったお粗末なソファーからむくりと起き上がると、いつもロアが起きる時間にはぐっすりと眠っているアフロディーテが珍しくテーブルに腰掛けて、書類のような束と睨めっこをしていた。
アフロディーテは、起き上がったロアに気づいて美しく整った顔を少し不安そうな表情を浮かべて、椅子から立ち上がり、寝起きのロアに少し落ち着きのない様子で歩み寄ってきた。
「おはよう、ロア。…今日もダンジョンに潜るの?」
「あぁ、当たり前だろ。ディーテのためなら危険なところでもどこへだって行ってみせるさ」
「……その胡散臭いキャラどうにかならないの?私から見たら超絶無理しているように見えるのだけれど?」
アフロディーテからジト目で見つめられて、今自分がしていることには未だに慣れないがいつかは慣れると自分に言い聞かせながら、アフロディーテにもこの態度を続けようと思っていたのだが、すぐに見破られてしまい、ロアは自分に課した仮面を取り外し、本当の自分を曝け出す。
「ディーテには敵わないな。しょうがないだろ、みんなを笑顔にするためには、こんな無愛想な顔じゃダメだ」
「私はそんな無愛想な顔でも素敵だと思うわよ。まぁ、私はあなたの意思を尊重するけれど、私との二人だけの時間はその気持ち悪い態度やめてよね?」
ロアの仮面をつけている態度に辛辣な言葉を向けられて、若干傷ついたが、たしかに二人だけの時間は自分を曝け出すほうがいいかと思い、アフロディーテとの時間だけは仮面を外すことに決めた。
「あぁ、わかった。約束しよう」
アフロディーテとの約束をした後、ダンジョンへと潜る装備の点検をしようとすると、未だにロアから視線を離さないアフロディーテに違和感を持ち、何か気に触ることでもあったのかと尋ねてみた。
「どうした?そんな難しそうな顔をして」
「………今日無事に帰ってきなさいよね?」
アフロディーテは、自分でも何に不安になっているのかわからないようで、ロアの帰りを心配する気持ちを露にしてきた。
アフロディーテの心配なら、冒険者に成り立ちの頃に比べて、大きな怪我をすることがなくなり、アフロディーテも少しずつ安心していったのかそこまで不安そうな表情を見せることがなかった。
昨日何かしたかな、と何か思い出そうとするが昨日も無事にダンジョンから帰宅することに成功したので、思い当たる節はない。
それに、ダンジョンから帰ってからステイタス更新を行ったところ、全ての基本アビリティがSまで到達したので、あとは『偉業』を行うだけでランクアップと呼ばれる次のステージへと昇華させることができる。
基本全ての基本アビリティがD以上になり、『偉業』を達成させればランクアップ可能なのだが、『偉業』を達成する前に多くの
その能力の程は様々であり、能力のよくわからない発展アビリティも存在している。
話が少しずれてしまったが、そろそろランクアップしてもおかしくないステイタスなので、逆にアフロディーテが何に心配しているのかロアには見当もつかなかった。
それでも、主神の不安を取り除くのは、眷属の役目である。それに、アフロディーテはそんな不安そうな顔よりも笑顔の方がよく似合っている。
「ちゃんといつも通り無事に帰ってくる。だから、そんな不安そうな顔をしないでくれ」
アフロディーテは、その言葉を受けて、自分が不安そうな表情になっていたことが気づいていなかったらしく、急にぎこちなく口角を上げようと頑張るものだから、おかしくてつい笑ってしまった。
「何笑ってるのよ!」
「いや、悪い悪い。ディーテが変顔をするからつい面白くなっただけだ」
「こんのアホ眷属がっ!心配した私が馬鹿だったわ!」
いつも通りの調子へと戻り、ぷんぷんと怒る主神様は、アフロディーテと軽口を叩いている間に、ダンジョンへ潜る準備が整ったロアの背中を半目で睨みつけるが、やはり送り出す時には心配そうな表情をしていたのがロアにとっては少し心残りであった。
ロアがホームからダンジョンへと向かった後、アフロディーテは顰めっ面で茶色い羊皮紙を眺めていた。
その羊皮紙には、ロアが今まで貯めてきた経験がそれぞれ基本アビリティに振り分けられて数値化されたステイタス更新によって、上書きされた今現在のロアのステイタスが刻み込まれていた。
ロア・バートハート
『Lv 1』
力 : S 957
耐久 : S 901
器用 : S 923
敏捷 : S 968
魔力 : S 982
《魔法》
【レイシム・グロウ】
・付与魔法
・雷属性
・速攻魔法
《スキル》
【────】
【
・肉体的疲労への高耐性。
・
アフロディーテの胸に何故かはわからないが少し胸騒ぎのようなものを感じ、しかし、この胸騒ぎを自分では解決できない無力感にアフロディーテは、不安を思いっきり忘れようとビリビリと羊皮紙を破く。
「はぁ」
気の落ちるような深いため息を吐き出すと、送り出したただ一人の眷属に不安を積もらせるのだった。
☆☆☆
ホームを出てから、アフロディーテ曰く胡散臭い精神的仮面をつけて、路地裏を抜けてから、北西のメインストリートにゆっくりと顔を出す。
まだ朝日は昇っていない少し薄暗いオラリオは、暗黒期も少しずつおさまってきたこともあり、冒険者たちが自分の利益や名誉のためにバベルへと大移動する。
ロアは、いつものように中央広場の噴水に腰掛けると、武器などの最終点検を行い、刃こぼれや欠損がないかの確認を慣れた手つきで行っていく。
槍を使い始めてからステイタスの伸びも少し良くなり、モンスターとの戦いでも十分な距離を置きながら余裕を持って倒すことができるようになってきている。
そのため、自分の装備は自分の命を守る大切なものなので、この装備の点検は何度やっても無駄ではなく、とても重要なことなのだ。
そして、いつものようにこの噴水で装備の最終点検を行なっていると、朝から元気な声でロアに声をかけてきたアリーゼ・ローヴェルがロアの目の前に立ちはだかった。
「おはよう!ロア君!今日もぼっちでダンジョンソロアタックなんでしょう?だったら、この清く美しいアストレア・ファミリアとパーティを組みましょう!」
背後にある噴水へと落ちそうになるほどの勢いを見せながら、その赤い髪をポニーテールでまとめた少女は、一束に結ばれた髪をぶんぶんと振り回すような形でロアに詰め寄ってきた。
「なんだよ、アリーゼか。モンスターかと思ったぜ」
ロアは改めて自分の精神的仮面を付け直すと、おちゃらけた感じでアリーゼに返事を返す。
その返事に納得がいかなかったのか「むむ」と頬を膨らませて少し怒ったようにその緑眼をロアへと向けた。
「失礼な!この美少女アリーゼ・ローヴェルがモンスターだなんて、あなた意地悪がすぎるわ!」
「自分で美少女って言うのかよ…」
ロアは、嵐のような無遠慮な女に呆れたような視線を向けていると、そのアリーゼの背後からゾロゾロと見覚えのある女たちが現れた。
「アリーゼ、その子困っているじゃないですか。あなたはもう少し遠慮というものを覚えたほうがいい」
「団長、このガキこんなにふざけた野郎だったか?私と似たようなものをつけているような気がしてならん」
「輝夜、あなたはその似たようなものを思いっきり外しているように見えるのですが…」
「うるさい黙れ青二才。だから、お前はいつまで経っても未熟なんだ」
「なんか理不尽すぎませんか!?」
「へいへい、お芝居はこのぐらいにしてさっさとダンジョンに潜るぞー」
「あ、ちょっとライラ!ロア君をパーティに…」
「そのロア君は、今困っているから早く行きましょうねー」
アストレア・ファミリアたちは、ワイワイガヤガヤと騒がしくロアへと話しかけたかと思うと、すぐにダンジョンへと向かっていき、さながら本当に嵐のような正義の眷属たちだな、とロアは今の一瞬だけで気疲れしてしまったが、最終点検も終わり、彼女たちと同じようにバベルで蓋をされたダンジョンへと降りていった。
十二階層で霧の空間の中、シルバーバックとの大群を葬り終わり、周辺には手のひらサイズの魔石が転がり落ちており、取れる分だけポーチに詰め込むと、他の落ちている魔石を無視して先に進もうとすると、十三階層の入り口が見えてきてしまった。
ここ数日でギルドが配布しているマップの十二階層は、ほぼ全て攻略済みであり、ついに十三階層の入り口まで辿り着いてしまった。
まだまだ時間もあるので、中層と呼ばれる階層に踏み込もうか迷っていた。
ランクアップするためには、この上層に生息するモンスターたちでは、力不足であり、『偉業』を成し遂げることができないのだ。
そのため、ランクアップするためにはもっと深い階層へと潜らなければ強いモンスターたちとは戦えず、しかし、ここから下に潜るために必要な適正レベルは、『Lv2』以上であり、この適正レベルを破れば容易く死ぬことぐらいロアも理解していた。
十三階層の入り口前で、潜るか否かを自分の実力を天秤にかけて迷っていると、不意にダンジョンを揺るがすような地響きがロアの足元へと伝わってきた。
背後を振り返ってみるが、そこには先の見えない霧が立ち込めており、先まで見通すことができないが、さっきまでロアがシルバーバックの大群を葬った場所にとても巨大な何かがいることが、ロアの冒険者としての勘が警報を鳴らしていた。
その大きな何かは、シルバーバックの残骸である魔石をバリバリボリボリと貪り食っており、そのやけに生々しい食事のような食い方は、当然でありながら、巨大なモンスターということが伺えた。
上層に巨大なモンスターが現れることはない。
ギルドの上層についての資料には、上記の事項が当たり前になっており、ロアだってシルバーバック以上に大きなモンスターを上層では見かけたことはない。
しかし、例外とは常に存在するものである。
ギルドの上層についての資料には、巨大なモンスターは存在しないが、一つ例外がある。
十階層から十二階層に稀にインファント・ドラゴンと呼ばれる
しかし、インファント・ドラゴン程度なら中層に出現するミノタウロスに劣るぐらいの強さであり、例え今ここでこの巨大なモンスターがインファント・ドラゴンだとしても、少し手間はかかるが、倒すのにそう支障はない。
だが、それは
ロアは、その巨大なモンスターから放たれる異様な圧力に、そのモンスターがただのモンスターではないと気づき、背中に背負っていた槍を両手に持って、構えながらその魔石の咀嚼音の元へと慎重に近づいていく。
その巨大なモンスターは、近づいてくる存在を察知したのか咀嚼する音が消え去り、唸り声のようなものをあげ、きっと霧の向こう側でこちらを睨みつけているのだろう。
ここの霧は、冒険者の視界が悪く、十メートル先までしか見ることができない。
そのため、ロアは目の前にいるはずなのに、その存在を視認することができず、いつも以上に慎重にそのモンスターへと近づいていった。
そして、霧の中にいたモンスターがロアの視界に入った時、まずその異様な大きさに驚嘆した。
ロアの予想通りその巨大なモンスターは、インファント・ドラゴンであったのだが、通常のインファント・ドラゴンとは雰囲気とその大きさが違った。
このインファント・ドラゴンから発せられる圧のようなものは、通常の冒険者ならば敵わないと思うほどの存在感からこのインファント・ドラゴンは、普通のインファント・ドラゴンとは異なる強さを持っていることがわかり、尚且つもう一つの特徴は、その上層では見られない異常な大きさだ。
普通のインファント・ドラゴンは、四メートル程度の小竜なのだが、このインファント・ドラゴンは、六メートルを超えており、下級冒険者では、手も足も出ないような巨大なモンスターであった。
ロアの記憶の中では、いつかのギルドの資料で見かけたモンスターについての項目で、このような異常なモンスターの個体の呼び名を思い出していた。
同族であるモンスターを殺して、そのモンスターの核となる魔石を食べることで生まれるより強力なモンスターの個体を強化種と呼び、その強化種は、過去に多くの冒険者を殺したこともあり、
ロアは未だにこちらの様子を伺っているインファント・ドラゴンから視線を離さず、ある一つの仮説が浮かび上がってきた。
それは、このインファント・ドラゴンは、自分がモンスターを倒した後、魔石を放置した結果ではないかということを。
冒険者になってから持ち帰りきれない魔石を放置してきたロアは、この事態を引き起こしたのが、自分だという結論に辿り着き、このモンスターを倒さなければいけないのも自分だと思い、始末すると決め握っていた槍にさらに力を入れる。
だが、インファント・ドラゴンなどきっと余裕で倒すことができるだろう。なら、少し強くなった強化種なんて自分が少し手間取るぐらいだと思っていた。
甘く考えていたロアは、どう倒そうかと考えていた時、気づいたらとてつもない衝撃がロアを襲っていた。
吹き飛ばされた体はダンジョンの壁へと激突して、背中から打ち付けられたロアは、肺に溜まっていた空気と共に赤黒い血を吐き出して壁を背もたれにして寄りかかる。
一瞬の出来事だった。油断した先からこの結末は決まっており、霧の向こうに微かに光る瞳でこちらに視線を向けてその巨大な体から生えている尻尾が動いていることから、インファント・ドラゴンの尾にやられたのだとすぐに理解して、立ち上がろうとしたが、すでに体は限界を迎えていた。
なんとか立ち上がれたのだが、千鳥足のようにふらふらと彷徨っているような足取りだった。
しかし、そこは強靭な精神力で自分の意識を持ち、最近強すぎるが故にモンスター相手に使わなかった魔法を展開する。
「…ディーテの勘が当たるとは、明日は雨が降るか」
ニヤリと笑ってもう満身創痍な体に鞭を打ちながら、離さず持っていた槍をインファント・ドラゴンを始末するために向ける。
最初に仕掛けたのは、インファント・ドラゴンであった。
その巨体からは、想像もできないような俊敏さで壁付近にいたロアに向かってその先程ロアを吹き飛ばした尾で壁ごとロアを薙ぎ払おうするが、ロアも油断なく対応したため背後にある壁を足場にした後、その薙ぎ払いを壁を踏み台にして空中に飛び出すと、槍でインファント・ドラゴンの首を掻き切る勢いで突きつけるが、その分厚い皮膚は簡単には千切れてくれない。
少し皮膚に傷をつけられたが、それは軽傷にすぎない。
インファント・ドラゴンは、怯むことなく空中に滞在するロアに向かってそのウォーシャドウとは比べ物にならない鋭い爪が振るわれるが、ロアは槍でその攻撃を捌こうとするが、その大きさから捌き切ることができず、真横へと吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされた後、すぐに受身を取り体制を整えると、獲物を逃すまいとロアへと肉薄してくるインファント・ドラゴンに向かって雷電を放つが、その竜特有の分厚い鱗によって完全に麻痺させることができず、少し勢いが薄れた突進をまともに食らってしまい、またも壁へと叩きつけられる。
強い。
ロアの理性は、ただ目の前の存在の強さに自分では敵わないと思いながらも、やはりこういう時思い出す我が主神の言葉を思い出す。
『………今日無事に帰ってきなさいよね?』
「クソ、わかってる。約束したもんな」
頭の中に今朝不安そうな表情を浮かべて、ただひとりの眷属を見送った主神との約束を守らなければならない。
「……まぁ、約束は完璧には守れなさそうだがな」
すでにロアの体はボロボロであり、壁に何度も叩きつけられたためか背骨の一部分と肋骨が何本か逝ってしまっている。
この体たらくをどうして『無事』な状態と言えるのだろうか。
しかし、どんなに深い傷を負おうとも帰ると約束した部分だけは守らなければならない。
だから、これまで使わないと決めていた切り札を切ることを決意する。
そのロアが身に纏っている付与魔法は、つぎ込む魔力によって威力が左右される。そして、この付与魔法はその魔力の威力を一点に集めることも可能なのである。
それがロアの残した正真正銘最後の切り札である。
今までこの付与魔法の制御を、散々ダンジョン内で試していたこともあり、この一点に雷電を集中させることが可能になり、かざした手の中で雷電を凝縮する。
手放した槍が地面に落ちてやけに大きな金属音を響かせ、周囲が雷電により霧の中を明るく照らされ出していく。
インファント・ドラゴンもその高まる魔力に気付いたのかその自慢の俊敏さでロアへと突撃してくるが、もう遅い。
ロアの手の中で暴れ狂っている魔力と雷電は、今か今かといつでも放たれる準備はできている。
油断はない。
今もてる自分の魔力全てをこの一撃に込めて迫り来るその小竜に、自分の全てを解き放つ。
「『エレクトル・パルス』!」
放たれたロアの最後の切り札は、音をも置き去りにし、その目にも追えないレーザービームは、そのインファント・ドラゴンの巨体が仇となり、自慢の俊敏もこの音速には反応できず、インファント・ドラゴンの胸へと一直線に貫通していった。
貫通した光線は、そのままダンジョンの壁に衝突して壁に大きなクレーターを残して煙を上げていた。その光線は明らかにインファント・ドラゴンをオーバーキルしてしまっており、改めてこの魔法の強さを理解したのだった。
胸に大きな風穴の空いたインファント・ドラゴンは、その目から光を失い、崩れ落ちるとドロップアイテムだけを残して、灰へと還っていった。
ロアの体は精神疲弊により動かないはずなのだが、最近取得したスキルによりその状態を無視することができ、満身創痍の体に持ってきていた
この日、ロアは『偉業』を達成し、後に世界最速のランクアップを果たし、多くの神に目を付けられるのだが、それはまたこれからのお話である。
頑張った