ルドロットを【アフロディーテ・ファミリア】に迎え入れた翌日。
アフロディーテが神の恩恵を授けると、ロアはルドロットとともに朝早くからダンジョンへと向かっていた。
ルドロットのステイタスは何か特別な魔法はなかったが、一つだけスキルが発現していた。
【
・救済時、全基本アビリティ超高補正。
単純な自分へのバフ効果であったが、そのバフの強力さはとてつもない。それに、この能力の発動条件が実に彼らしいと思い、彼をファミリアに入れたことが正解だったとロアは感じた。ただ、人を助けることのみに特化していることからダンジョンでの戦闘では一切役に立たないだろうな、と思いながらバベルへと向かう。
ルドロットにはホームの二階の物置の部屋を寝室として与えている。彼自身狭い部屋に文句も言わずに承諾してくれたが、少し申し訳なく感じてしまったので、これからもファミリアを増やすと仮定した上で新たなホームを建てることも考えなければならない。しかし、まだこのホームのローンも返せておらず、次の新居を建てる予算も決まっていないためしばらくは三人で狭いホームに住むことになるだろう。
ダンジョンへと向かう途中、ルドロットの様子はソワソワとした感じでなんとも落ち着きがない。
「どうした?ダンジョンが怖いのか?」
「いえいえ全然!いまとってもワクワクしています!」
さながら、これからの冒険に胸を躍らせているような心境なのだろうが、現実はそう甘くはない。そのぬるくて危険な考え方を今日は正さなければならない。
「いいか?ダンジョンはお前が思っているほどに甘い場所じゃない。辛く過酷で完全に安全な場所などどこにもない、常に危険と隣り合わせな場所だ。もっと緊張して危機感を持て。じゃなきゃ、すぐに死ぬぞ」
ロアは経験からなるダンジョンの危険さを語る。それに対して、ルドロットは先ほどまで持っていた自分の甘い考えが間違いだったのかとわかり、真剣な表情を作る。しかし、ダンジョンの過酷さは語っただけではどれだけ説いても理解することは難しいだろう。理解するためには実際に触れて、確かめてみる他にない。
「す、すみません!俺、ちょっと舐めてました…」
「まぁ、実際に体験するのが一番理解できると思う。気を引き締めていこう」
「はいっ!」
ダンジョンに降りる前にギルド本部でルドロットのファミリア入団の手続きをして、すぐにダンジョンへと潜る。
と、その時ゆらゆらとゆれる最近毎日見ている薄ピンク色のクセ毛が視界に入ってきた。
あの特徴的な髪型は、ケーレ以外にいないとロアは予想をつけて背後から声をかける。
「よう、ケーレ。こんなところで会うなんて偶然だな」
「……ロアか。…あぁ、そうだな、本当にお前はタイミングがいい」
ケーレは肩に担いでいる銀色の槍をこちらへと渡してきた。
「ヘファイストス様からの贈り物だ。メンテナンスが思ったより早く終わったらしい。何か不備が有ればすぐに私に言え」
「ふむ、なるほど。だが、一つ疑問がある。なぜお前はその槍を持ってダンジョンに来ているんだ?」
「………ロアがダンジョンにいると思ったからな」
「嘘つけ。なら、今日の墓参りの時に渡せばいいだろう」
「…………後で『冒険者の墓地』に来い。話がある」
ロアは自分の胸にある疑問を胸の中に押し込み、槍を受け取るとケーレの誘いに了解してから蚊帳の外に放り出されていたルドロットとともにダンジョンの上層を周回する。
「あの、兄貴。さっきの人は…」
「あぁ、俺が振られ続けている鍛治師さ。なかなか俺の武器を作ってくれなくてな。あいつの腕は絶対に良いのに、勿体ないとしか思えない。それに、あいつは冒険者のための最高の鍛治師になりたいはずなのに、無駄に拗らせている」
「えっと、それは…」
ルドロットとケーレについて話していると正面からゴブリンが数匹現れた。
「よし、最初はあいつらだ。ここでゴブリンに遅れをとるようだったら、お前は冒険者に向いていない」
ロアはルドロットに向けて、厳しいことを言うがルドロットは怯まずに背中に背負っていた大剣を手に構えて、モンスターを倒して冒険をできる喜びかその瞳の中には高揚感が見受けられる。
いわゆる油断だ。自分の負ける未来を想像できない勝ちを確信しているダンジョンでは絶対に持ってはならない思考だ。
「おりゃ!」
「グギャっ!?」
ルドロットは持っていた大剣をその恵まれた体格で軽々と振り回して、ゴブリンたちを薙ぎ払っていき、数秒後その場には魔石だけ取り残されていた。
「よし!ゴブリン程度余裕ですよ!」
ロアが最初に彼にあった時は、とても弱いやつだと思っていたが、それは見当違いだったらしい。やはり、神の恩恵を受けているのと受けていないのでは大きな差があるのかと改めてロアは理解した。
「ん、やるな。だが、もう少し油断を捨てておけ。相手がいつも自分より格上だと思って相手しろ」
「は、はい…!」
喜んでいたのも束の間といった感じで、すぐにそう言われても彼は理解できなかったのだろう。気のない返事をした後、すぐに「次行きましょう!」と小さな子供が未知の世界に好奇心のみで踏み入るような感覚で下層へと降りていく。
ロアはこのルドロットの油断は危ないと思いながらもどのように正せば良いのかわからなかったため、難しい表情で彼の背中について行った。
☆☆☆
無事にルドロットの初ダンジョンアタックが終わり、ダンジョンから出た時には空は真っ赤に染め上げられ、夕刻を示していた。
「俺はこの後用事がある。先にホームに戻ってディーテと夕飯を作って待っていてくれ。頼むぞ、ルド」
「はい!兄貴!」
ルドロットにホームのことは任せてルドロットと別れてからゆっくりと南東のメインストリートを歩き出す。歩きながら、自分の背中で重みを感じる槍を手に持ち、メンテナンスをされた具合を確かめる。
穂先の刃こぼれは綺麗になくなっており、前よりも槍の鋭利さが増しているような感覚を抱く。
ロアはかなり察しのいい方だ。感覚は鋭くどんなことにも鈍くはならない。そのロアの頭の中で一つの仮説が浮かび上がったが、その答えはこの後訪れる場所にあると確信してから、『冒険者の墓地』を目指した。
「待たせたな。悪い、かなり遅くなってしまった」
「いや、いいんだ。これぐらい遅くきてくれたなら、心の整理もできるというものだ」
いつもどおり疲れた顔を貼り付けていたが、今日はその瞳の中には何かを決意したような意志が宿っていた。そのケーレの思いに応えるようにロアは真っ直ぐに向かい合う。
「ロア。数日前、君が持ちかけてくれた専属契約の話。私は当初、君の願い出を断った。それを撤回させてほしい。そして、一つ約束してくれないか?」
「約束か。いいぞ、俺は約束は破らない」
「そうか。ありがとう。じゃあ、聞いてくれ」
「生きろ。どんなことがあっても生きて、この墓地でまた彼女の墓参りを私と一緒にしてほしい。老衰するまで私と一緒に生きてほしい。…………君の鍛治師になる、から、私を置いて、行かないでほしい…!」
今まで彼女は毅然とした態度で大人な女性のような空気を出していたが、今は一人になる寂しさに怯える子供にしか見えない。ボロボロとこぼれ落ちる涙は、深い目の下のクマに流れて頬を伝っていく。
彼女の想いは、今まで溜め込んだ全ての後悔と寂しさを思いっきり吐き出して止まることを知らない。
「君は、最初に褒めてくれた。君は事実を言っただけだと言うだろうが、紛れもなく私に鍛治師の熱意を思い出させてくれた…!また鉄を打ってみたいって思ってしまったんだ!彼女はきっと私が鍛治師を辞めたままをよしとしないだろう。だから、私は前を向かないといけないんだ…!」
溢れ出した感情の蓋は、ケーレの想いを吐露させてからその場にはケーレの嗚咽だけが残ったが、倒れそうになるケーレをロアが抱き止める。
「……俺は、ケーレを置いて行ったりしない。お前が俺の武器を作ってくれたなら、俺は死なないぞ。お前の作るものは俺を守り、俺を助けてくれる武具だ」
「う、うぁあああああああぁ!!」
ケーレはロアの滅多に浮かべない安心するような微笑みを見た瞬間、今まで開いていた心が埋まっていくような感覚に包まれて、ロアの胸の中でわんわんと泣きつぶれた。
こうして、ケーレ・ヴィシュトはロアと専属契約を果たした
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