ファミリア・テイル   作:烏兎 満

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第十六話 鍛治師の独白

 鉄を打つ音がサウナのように暑い部屋中に響き渡る。

 

 カーン、カーンと規則正しく響き渡る。

 

 これは私の根底に根付く、鍛治師を目指すきっかけとなった昔の記憶。

 未だに幼かった私は、鉄を一心不乱に打ち続ける一人の男にどうして鉄を打っているかと純粋な疑問から聞いてみた。

 

「そうだな、俺は、愛する人を守るために打っている。一度打つたびに愛情と熱意をこの鉄に打ち込む。一度でも手を抜いちゃいけねぇ。鍛治師としてのプライドと情熱が歪んじまう。って言ってもオメェにはまだわからねぇ話だよ」

「む〜!もっと、わかりやすく、教えて!」

「悪い悪いって。じゃあ、これができるのを見て行きな。もうすぐ完成だ」

 

 幼かった私は一人の男────父の語る鍛治師としての在り方を理解できなかった。

 でも、父が目線を私から鉄に変わった時、雰囲気が変わったのがすぐにわかった。

 真剣な眼差しで自分の全てを打ち込まんと言わんばかりに、強く強く鉄を打ち付ける。

 

 カーン、カーン。

 

 また、部屋中に甲高い音が鳴り響く。

 それは、頭の中に響いてきて、常人ならばうるさくて鬱陶しいと思うような音であったが、私は不思議と聞いていると落ち着く音色のような音に聞こえてきた。

 

 父が熱心に打ち付けている鉄が何になるのか小さな私にはわからなかった。打ち付けられるたびに鉄は少しずつ形を変えて、その全貌が少しずつ明らかになっていく。

 その鉄は赤みを帯びてきて、小さなナイフのような形を型辿っていく。

 

 鉄の形が明確にわかるようになると、父は突然打ち付けるのを止めてペンチのような器具を使って赤い鉄を持ち上げると水が大量に入った鉄の大釜に差し込んだ。

 じゅわっと熱せられた鉄が悲鳴をあげたかのように音を立てる。鉄は急速に冷えていき帯びていた赤みは消え去り、完全に冷め切ってから取り出された鉄は、もうただの鉄ではなかった。

 なんの形をしているか明確にわからなかった鉄は、光に照らされて光沢のあるナイフのような刃に様変わりした。

 

 綺麗だった。

 

 思わず私はその太陽のように光り輝く刀身に心を奪われた。それは、まさに父のプライドと情熱を注ぎ込んだ鍛治師としての結晶なんだと心の奥底で理解した。

 

「へへ、どうだ。これが俺の自信作。まだ研いだり槍の柄を作る作業も残っちゃいるが、これがこの作品の一番大切な場所。つまり、心臓部の完成だ」

「……す、すごい…!」

 

 当時の私は目をキラキラとさせてその完成品を凝視する。このナイフのような刀身が槍に加工されて、誰かを守るための武器となるのだ。

 

 誰かを守る。

 

 私にもできるだろうか?

 私も父のようになってみたい。父のような何かをかけて愛する人を守れる鍛治師になってみたい!

 

「………私、鍛治師になりたい」

「ん?鍛治師か?ママのような冒険者じゃなくて?…ククク、それは面白いなぁ。きっとこれを聞いたママは嫉妬しちゃうな。だが、親としてこんなに嬉しいことはない」

 

 父はゴツゴツとした炭のついた大きな手で私の髪の毛を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回すと、心底嬉しそうに私を見つめる。

 すると、入口の方で一人の女性が入ってきた。

 

「ただいま、あなた。……ちょっと、ケーレのかわいい頭をその汚い手で触らないでちょうだい。撫でるならちゃんと洗って」

「お、噂をすればママが来たな。おい、ケーレ、さっきパパに言ったこともう一回聞かせてくれ」

「私、鍛治師になりたい」

 

 一人の女性────母は、私の言葉を聞いて驚いたのか目を見開いて私を凝視する。

 父は心底おかしそうにニヤニヤと笑っており、私はその二人の反応に首を傾げる。

 

「はぁ……。ケーレには冒険者を目指して欲しかったのに…。でも、ケーレがそう願うのであれば、私は引き止めたりしないわ。あと、あなた後で話があるからね」

「ひぇー、後が怖いぜ」

 

 母はいつもは見せない怖い笑みを浮かべており、父はそれに対して苦笑い。

 そんな光景がおかしくてクスクスと笑う私。

 

 三人で笑い合う家族の団欒。

 

 遠い日の日常はぼやけて、薄くなって霧がかかってくる。

 

 

 目を開けるとそこは見慣れた自分の寝室だった。

 

「……懐かしい、夢だったな」

 

 鍛治師を目指し始めてから数年。私は、鍛治師としての技術を父親から丁寧かつ厳しく教えられてきた。

 しかし、日常の風景は変わらずいつも通り母と父と私の三人で笑い合う毎日。

 一生続く光景だと思っていた。

 

 あの時のことを思い出すと少し、寂しさを感じている自分に気づく。

 

 私はベッドからゆっくりと起き上がり、机に置いてあった常温の水を喉に流し込む。

 

 鮮明に思い出すあの時のこと。

 

 母がダンジョンから帰ってこなかった。

 母の危機を感じたのか父は、弱い私を置いてダンジョンへと行ってしまった。

 

「ごめんな。俺はママを探しに行かなきゃならねぇ。必ず連れて帰ってくる。だから、お前はいつも通り鉄を打って武器を成せ。俺の心得を忘れるなよ?いいか、愛する人を守れ。鉄を打つ時に、その想いを乗せろ。鍛治師の本質は技術じゃない。ここから溢れる想いをその武器にぶつけろ」

 

 父は自分の胸を親指で指差すと、私に背を向けてしまう。

 私はその背中がこれまでみてきた屈強な父の背中ではなく、弱々しく今にも消え去りそうな背中に見えてしまい、無意識に追ってしまうが、背後にいたヘファイストス様に捕まえられてしまう。

 

「パパぁぁぁあ!待ってぇ!置いてかないでぇえええ!!」

 

 いつも私の周りにいた鍛治師たちは、俯いて行こうとする父を止めてくれない。

 

 その日から私の目の前から日常の風景が消えた。

 

 

 飲み込んだ常温の水は食道を通り、胃の中にストンと落ちてくる。

 

 あれから私は何かに取り憑かれたように鉄を打ち続けた。

 

 朝から晩まで、晩から朝まで。

 

 父に言われた通りの技術を意識して鉄を打つが、愛する人はもう私の前にはいない。

 どうすれば愛する人が戻ってくるのか教えてくれる父も母もいない。

 だから、私は武器を作り続けた。父の言ったプライドも情熱も、想いも乗せられない不出来な武器を作り続けた。

 ヘファイストス様は無茶をする私のそばにずっといてくれて、安心はすれども私の追い求めている人ではない。

 

 そんな時、あるファミリアの冒険者が私の元を訪ねてきた。

 

「ねぇ、あなた私の鍛治師になってくれない?」

 

 私はすぐに承諾した。

 私は彼女のためではなく、ようやく自分が守れる人を見つけられたことに久し振りに喜びで胸が溢れた。

 父との心得を守れる日がようやく現れたのだと心の底から感じた。

 今思えば、その時の私は彼女のことなどどうでも良かったのかもしれない。私は父との約束しか見ていなかった。

 

 彼女はまさに元気で活発な女の子を体現したような女の子であり、その行動力に私は何度も振り回された。

 彼女のために鉄を打つが、そこに彼女への想いは湧いてこなかった。

 

 ある時、私は『鍛治』の発展スキルを手に入れるべく、彼女に申し出てランクアップの手伝いを頼んだ。彼女は二つ返事でそれを了承して、初めて二人でダンジョンへと潜った。

 私は自分で打った双剣を両手に持ってダンジョンへと潜り、彼女は片手剣に盾といったバランスの良い装備だった。

 

 私もそれなりにダンジョンには潜ってきており、すでにステイタスの基本アビリティ全てはD以上に行っている。あとは、『偉業』を為すだけであった。

 彼女はLv.3になる手前のLv.2であったため中層まで降りて行き、ミノタウロスの群れを相手に、彼女とともに戦った。

 

 美しかった。

 

 動き一つ一つが流れるような川のようだった。私は、彼女の足手まといにならないように必死に敵うはずのないミノタウロスに抵抗したが、力量差は必然。すぐに双剣を弾かれてしまい、その太い腕で殴りつけられそうになる。自分の悲惨な未来を想像してぎゅっと目を瞑ると、彼女が守ってくれた。

 

「ほら!最後の一体よ!一緒に倒しましょう!」

 

 気づけば私と戦っていたミノタウロス以外は、全て灰へと化しており、残りは目の前の最後の一体。

 私は尻餅をついてしまった腰に鞭を打って、双剣を構える。

 

「いくわよ!」

「あぁ、やってやるとも」

 

 そこからはあっという間だった。私と彼女との連携は完璧にうまく完成しており、ミノタウロスを圧倒した。

 しかし、その裏側では彼女が私のためにカバーをしてくれたり、致命傷を防いでくれたりと彼女の功績が大きかった。

 そして、自分は守られる存在だったんだと理解した時、心の中の自分が叫んだ。

 

 ────守られるのは嫌だ!!

 

 父が自分を置いて行ったのは、私が弱かったから。心身共に成長した私は、それを深く理解していた。だから、私は父に守られた。

 でも、もう守られるのは嫌だ。私は守るために、誰かを守るために鍛治師になったんじゃなかったのか!!

 

 魂の叫びは次第に自分の胸の中に高まり、ホームに戻りランクアップを果たしてから彼女を、守るべき人のことを想い鉄を打った。

 

 その完成品は私の中で過去最高の出来上がりで思わず自分でも信じられないほどの武器であった。

 

 それから、彼女と共にダンジョンに潜ったり、彼女のために武器を作ったりと充実した毎日を送った。

 いつかの家族の温もりのような穏やかな日常だった。

 

 しかし、壊れるのは一瞬ということを改めて理解させられることになった。

 

 

 ベッドに潜り、彼女が死んだ日を思い出すと申し訳なくて謝っても謝りきれない。

 だって、それは私が鍛治師として未熟だったから。私の彼女への想いが足りなかったから。

 もう、私は父のような鍛治師にはなれそうになかったため、夢とともに鍛治師も諦めた。

 

 ふと、最近出会った少年を思い出した。顔立ちは幼く見える割には身長は高く、出てくる言葉は熟練者のそれ。

 中身と見た目がバラバラな不思議な少年。

 彼の誘いは受けなかったが、不思議と彼に惹かれるような気持ちを抱いた。

 初めて彼と会った時に彼が口にした言葉を思い出す。

 

『お前の作品を今使わせてもらっている。その使い手である俺から一つ言葉を送ろう。お前の武器のおかげで俺は難を逃れてきた。お前の作った武器のおかげで俺は今ここにいる』

 

 彼の言葉は私の原点を思い出させる。彼の使っている武器は昔自分が彼女のために作ったが彼女に槍は合わなかったため、適当に売り出した作品だった。

 その作品が彼を守った。つまり、誰も守れないと思っていた私が彼を守ったのだ。

 それを悟った時、心が震えた。

 

 心の中にカーン、カーンと甲高い鉄を打つ音が響き渡る。

 私の原点。

 

 でも、彼女を守れなかったのは事実だ。だから、私は鍛治師に戻ることはできない。心の昂りを無理矢理に抑えて、気持ちに蓋をする。

 

 これでいい。これでいいんだ。

 

「本当に、それでいいの?」

 

 ホームに戻るとヘファイストス様が出迎えて、そう尋ねてくる。

 やはり、神に隠し事は無理だなと思いながら、ヘファイストス様に答える。

 ヘファイストス様は常に私のそばにいてくれてずっと支えてくれた神。技術も教えてくれて、昔の父も教えてくれた。

 

「いや、いいんです。私はもう……」

「後悔しないの?あなたは父親のように誰かを守れる鍛治師になりたいんじゃなかったの?たしかに、あなたは彼女を守れなかった。そして、その悲しみと無念さであなたは立ち直れずにいる。あなたのその一人のために悲しめる感情はとても大切なもの。だから、その気持ちは何も間違ってないわ。でもねケーレ、彼はあなたを必要としてる。それがどんな意味かはあなたが一番よくわかっているはずよ」

 

 ヘファイストス様は私を諭すようにゆっくりと蓋をした私の想い一つ一つを丁寧に開けていく。

 

 私を必要としているその意味。

 

 それは、私が私だけが彼を守ることができるということ。

 

 傲慢な考え方かもしれないけど、それでもそう考えてしまった。

 

「………もう少し、考える時間をください」

「ええ、もちろん。悩みなさい。そして、自分の答えを見つけなさい、ケーレ」

 

 翌日。彼はまた『冒険者の墓地」に姿を現した。

 

 本当に面白いやつだなと思いながらも、彼女に話しかけてくれたことは嬉しかった。

 あとから考えてみると、彼が昨日私が立ち去る時に残した言葉。あれは既に私の本質を彼は悟っていたのではないかと言うこと。

 だとしたら、彼は相当な化け物だと思う。

 

 彼と話すうちに彼の優しさに触れた。彼は人を笑顔にしたいらしい。とても偽善的で一方的な願いであったが、とても綺麗だと思った。

 会う度に彼に惹かれる。彼のために鉄を打ちたいと思ってしまう。

 

 そして、決断した。

 

「ヘファイストス様。私は、彼のために武器を作りたいです」

「……よく、言えたわね。本当に、本当に、嬉しいわ」

 

 ヘファイストス様はそう言うと、その場で泣き崩れてしまい、私は大いに慌てたが、彼女は私のことを本当に想ってくれてたんだなと感じて、ヘファイストス様に感謝を伝えた。

 

「はい、これ。彼から預かっているあなたが作った槍よ。メンテナンスって名目で預かっているから、あなたがメンテナンスしてね」

 

 私は槍の刃こぼれを直して、さらに槍の穂先を研ぐ。

 その具合を確かめるべく、ダンジョンへと潜ろうと想った時、彼と出会ってしまった。正確にはもう一人知らない男がいたのだが、今は気にしない。

 正直あれだけ彼を拒絶しておいて、いきなりあなたの鍛治師になるなんて言うのは少し恥ずかしかったので、槍を押し付けると、墓で会う約束を取り付ける。

 

 墓場にやってきてからゆっくりと深呼吸をして、一つの墓石に語りかける。

 

「私は彼のために鍛治師を続けようと思うよ。これからは少し忙しくなって毎日は来れないかもしれないけど、どうか見守っていてほしい」

 

 それからゆっくりと時は流れて、時刻は夕暮れ。

 

 彼は私の提示した約束を守ってくれると言ってくれた。

 

 生きていてほしい。

 

 ただそれだけの願い。その願いを一生をかけて守ってくれるように『老衰まで』という後から思い出せばプロポーズじゃんと顔を赤らめるぐらいに彼に懇願した。

 

 私は約束を守ってくれると断言してくれた彼の中で子供のように泣いた。今まで溜めに溜めた思いを目から雫として吐き出して、彼の胸を借りた。

 

「ケーレもそんな子供のように泣くんだな」

 

 泣き止んだ後、少しイタズラっぽく笑う少年の顔が恥ずかしくて見られなくなり、腹にストレートをかました。

 それから、急におかしくなったのか彼は笑い出し、私も釣られて笑ってしまった。

 

 愛する人を守れ。

 

 父からの教え。私は今度こそ守ってみせる。

 

 今はまだ気づかないが、それは彼への恋愛感情としての好意が芽生えた瞬間でもあった。

 




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