フィンとの邂逅にあわせて人生ではじめての敗北を経験したロアは、ズキズキと痛む体を引き摺りながら、朝日が昇り切って照らされたオラリオの街の中を歩いていく。
北のメインストリートには、服飾関係の店が立ち並んでおり、最近では闇派閥が大きく暴れないためか珍しく明るく賑わっていた。
その暖かな光景を横目に、フィンとの戦闘を振り返る。正面から本気で挑んだのだが、完全に動きを読まれた上でねじ伏せられてしまった。自分の意地を見せてなんとか傷をつけられたが、あんなものロアからしたら無傷も同然だ。
初めての敗北。
今までモンスターにも闇派閥にも与えられたことのないもの。それも、圧倒的な力量差、技術の違いを見せつけられロアの胸には一つの感情が浮かび上がった。それはどんどんと溢れ出していき、やがてロアの胸の中に一つの答えを生み出した。
「…………悔しい」
握りしめた己の槍、噛み締めた奥歯の感覚が深く自分の心を満たしていく。先程フィンに与えられた傷がより痛みも増して神経細胞を伝ってジンジンと喚き出す。
敗北を知らなかったロアは、この悔しくて悔しくてたまらない感情を押し殺しながら、大地を踏み締める。
「次は勝つぞ、絶対に」
あの自信に満ち溢れた余裕そうな表情を浮かべる
☆☆☆
朝の稽古から時は夕立ち。ホームで体の傷を癒しながら、のんびりとくつろいでいると、ミアハ・ファミリアのバイトから帰ってきたアフロディーテが姿を現した。大量のじゃが丸くんを両手に抱えて。
「じゃーん! さっきそこでじゃが丸くんがとびっきり安く売られていたからたくさん買ってきたわよー!」
「んー、おかえり、ディーテ。俺はじゃが丸くんうす塩味がいい」
昼のランチを面倒臭いが理由で食べてなかったロアは、アフロディーテが買い漁ってきたじゃが丸くんの中からべったりと塩のついた油物を摘み上げる。
アフロディーテは腕の中にあるじゃが丸くんたちを大きな食器の上にどっさりと置いた後に、どの味をを食べようかと手が右往左往と行き来する。
じゃが丸くんうす塩味のしょっぱさを堪能していると、最近増えた一人の住居人の姿がないことに気がついた。
「おい、ルドはどうした?」
「んー? 朝から何か重装でどこかに出かけたけど……、ロアは知らないの?」
そこでふと、ロアの頭の中に嫌な予感が漂い始めた。重装で、それもでかけた…?
今日はダンジョンに潜るなとルドロットには伝えていたはずだ。
「あいつ、一人でダンジョンに潜ったのか…!」
ロアの中で合点がいく。初めての迷宮探索でルドロットがダンジョンに対して甘い考えを持っていたことを思い出し、それが危険だと考えていた自分がいたために一人でのダンジョン探索は許可を出していなかった。仮にもしルドロットが一人でダンジョン探索をあの調子で行なっていれば、意識しないうちに下層へと降りていってしまうだろう。そして、実力の合わないモンスターと出会い………。
駆け出し冒険者の最もありがちな結末を頭に思い浮かべて、すぐにダンジョンに行く準備をする。
その様子をまだ理解しきれていないアフロディーテが困惑の表情を浮かべて、ロアに問いかける。
「ちょっと、どういうこと? ルドロットは大丈夫なの?」
「ディーテの神の恩恵が繋がっているなら大丈夫ってところだろう。今すぐに行ってくる」
心配そうな表情をするアフロディーテに一声かけてホームを飛び出す。時刻は太陽が隠れそうなほど、暗黒が差し掛かる夕闇に紛れながらはやる気持ちを抑えて、ダンジョンへ向かう。
ダンジョンから戻ってくる冒険者の行く道から逆走しながら合間を抜けていく。
しかし、いくらロアが上層の明かされている領域全てを知っていたとしても、一人で探すのは骨が折れるどころの話ではない。しかし、時間が過ぎれば過ぎるほど、ルドロットの生存が厳しくなっていく。
まずは第一階層から徹底して探そうと思ったその時。
「あ、お前は確か……『雷撃』だったか? そんなに急いでダンジョンに向かうってことは何か急用か?」
ダンジョン第一階層へと繋がる『始まりの道』を降ろうとしたロアに対して小さな少女が振り返った。その容姿はどこかで見た覚えがあり、ロアの記憶の引き出しから引き摺り出す。
「お前は確か、アストレア・ファミリアの………」
「ライラだよ、名前ぐらい覚えろよな。まぁ、自己紹介はしてねぇけどよ。それで? 何かあるなら手伝うぜ」
そうだ、あの小人族だ。ロアの記憶と目の前の人物の顔が合致して納得して、何故手伝ってくれるのかは疑問だったが、今は少しでも人手が欲しい。
「うちの団員を探している。多分上層にいるはずなんだが、見当がつかない。しらみつぶしに探すしかない」
「うわ、そりゃきついな。いつから潜ってるんだ?」
ライラに対して今日の朝からだ、と伝えると眉を顰める。
「それはまずいな。もう疲弊しきってる可能性が高い。すぐにうちのファミリアも出させるから先にダンジョンにいてくれ。私たちはハ層までを探すから、お前はそれ以降を探してくれ」
「ああ、助かる」
言葉少なにこれからの方針を固めた後に再びダンジョンへと走り出す。あいつのステイタスでは、四階層までが上限なはずだ。それ以降に行っているならば早急に向かわなければならない。
ロアはあの正義感溢れる男を脳裏に浮かべながら、ダンジョンを降りていった。
☆☆☆
数時間はダンジョンに潜っていただろうか?
やはり、ダンジョンの中にいれば時間感覚がわからなくなってしまう危険がある。これもルドロットに学ばせなければならないと頭の片隅に置いておく。
しかし、あまりにも時間が経ち過ぎている。時間が経つにつれてロアの焦りは広がっていき、胸の鼓動が増していく。
そして、ついに中層入り口まで辿り着いてしまった。まさかとは思うが中層にでも行ったのか?
八層から下は隈なく探したはずだ。他の冒険者たちにも事情聴取をしたが、ルドロットらしき人物は見ていないという。
背後から襲いくるシルバーバックを蹴り一つで粉砕して、一度冷静になりまずはアストレア・ファミリアと合流するのが先だと中層に踵を返した時、前方から東洋の特徴的な服装を着た女性がこちらへと駆けてきた。
「ようやく見つけたぞ。まったく、どこまで行ってるのかと思いきや中層一歩手前まで行ってるとはな。それより、貴様のいう男が今救助された。無傷とは言えんがな。ほれ、戻るぞ」
ロアはほっと安堵の息を吐いた後に、東洋人に対して首肯を返し、急いで地上へと上がっていった。
☆☆☆
ルドロットが見つかったのは六層のウォーシャドウがよく現れる場所。そこで、ウォーシャドウに囲まれ、満身創痍のところをアストレア・ファミリアのエルフが発見したらしい。
中央広場まで帰ってきたロアは、アストレア・ファミリアのメンバーに囲まれ俯いているルドロットを見つけて、駆け出した。
「戻りましたよ、団長さま」
「あ、ありがとう輝夜。ロアもおつか───」
「ボギャッ!?!?」
ルドロットの目の前まで駆け出すと、その勢いのまま飛び出してルドロットの顔面に拳をねじ込んだ。仮にもLv2の本気のパンチを喰らったルドロットは数メートルは軽く吹き飛んで、停止した。
ロアの顔は無表情であったが、その顔色から怒気が滲み出ていることは側から見ていたアストレア・ファミリアからでも伝わってきた。
「ルド、俺との約束が守れないのか?」
「す、すみません、兄貴……」
「前にも言ったがダンジョンはそんな生やさしい場所じゃないと言っていたはずだが。お前は俺の話を聞いていなかったのか?」
ルドロットはその場で正座をすると、殴られて真っ赤に染まった頬とは対照的に顔を青くする。
そんなルドロットに対してロアは、粛々と説教をしていく。
「俺、調子に乗って下に降りちゃって……。兄貴の話を聞いていなかったわけじゃないんです。でも、強くなりたくて……」
「強くなるにも過程が大切だ。そんなすぐには強くなれない」
「すみません……」
しゅん、となって縮こまったルドロットはその巨体を猫背に丸めて悔しそうな表情を作る。
ロアはルドロットが反省していることを態度から感じ取ると、軽くため息を吐いてルドロットの目線まで屈んだ。
「反省してるか?」
「………はい、兄貴の言っていたことを身をもって思い知りました」
「はぁ、よし。ホームに帰るぞ」
ルドロットはまだ怒られると思っていたのか呆けたような表情を作って、状況を理解していない。
「だから、許すと言ってるんだ」
「か、勝手な行動をした俺を脱退させるんじゃないんですか…!?」
「飛躍しすぎだ馬鹿野郎」
ロアは予想斜め上の解答を受けて、困ったような表情を浮かべる。
ルドロットは、状況を理解して顔に涙を溜め「兄貴〜!!」と叫びながらロアへと抱きついてきた。しっかりと避けたが。
話がついたのを見計らってアストレア・ファミリアの面々がこちらへと歩み寄ってきた。その団長であるアリーゼが満足したような表情でロアへと笑いかける。
「ふふっ、いい仲間を持ったわね! そして、いつかの借りは返したわよ!」
「借り…? あぁ、シティアを助けた時のアレか。気にしなくてもよかっただろうに」
アリーゼは、借りはすぐに返さないと利子が貯まるからねっ! と、どこか変わったところを気にしているなとロアは苦笑しながら、アストレア・ファミリアに感謝を伝える。
「ライラ、お前がいなかったらこいつは危険だったかもしれない。ありがとう」
「む、正面から言われると少し恥ずかしいな。それに、見つけたのはアタシじゃなくてこのエルフ様だぜ?」
ロアは金髪の緑を主体とした服を着たエルフに頭を下げる。エルフの名前はリュー・リオンというらしく、アストレア・ファミリアの全員にもお礼と自己紹介を行った。
話がひと段落つくと、アリーゼがロアへと話しかけた。
「またお互い困ったことがあれば、貸し借りなしで助け合いましょまう! アフロディーテ・ファミリアと仲良くできることは私たちからしてもとても頼もしいわ!」
「あぁ、こちらからもよろしく頼む」
ロアは改めてアリーゼと硬い握手を交わしてアストレア・ファミリアと別れて、ルドロットとともに帰路に着いた。
「兄貴、心配してくれてありがとうございます!」
「心配なんかしてねぇよ、そう、全くしてないね」
「そこはしといてくださいよ……」
ルドロットとロアは何がおかしかったのかわからないが二人して吹き出してしまった。
二人の行く道は、爛々と輝く月が照らし出していた。
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