ファミリア・テイル   作:烏兎 満

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第二十話 トラウマ

 ダンジョンの岩肌に金属音が反響する。暗い洞窟状になっている上層は、その構造上音の振動が反射し合って、冒険者とモンスターの熾烈な戦闘音が響き渡る。

 その発生源は、銀の槍をしなやかに振るってコボルトと戦闘するロアであった。ロアの背後には青い甲冑を身に纏ったルドロットが魔法使いであるエウリカを守るような立ち位置を取っていた。

 反射されて鼓膜の奥まで伝わってくる金属音の中でぎこちないが、綺麗な歌声が紡がれる。

 

「【爆ぜよ。強者、弱者も選ばずただ無慈悲なる鉄槌に震えるがいい。仲間、同胞、主神。我が至宝を守護せんとする礎となれ】!!」

 

 鳥肌が立つほどの寒気を感じて、即座にバックステップでその場を離れると、コボルトが木っ端微塵に爆発した。地面が揺れるほどの衝撃と爆風を浴びながら、無慈悲なまでに強力な魔法にロアはその頭をフル回転させて考える。

 エウリカの放ったこの魔法は、生物にのみ発動する。そして、座標位置の指定が可能であることから、それは生物の内部だけだ。無惨に散って行ったコボルトの爆発寸前、捩れるような歪みが発生し、内側から爆発したように見えていた。

 この魔法はもしかすると、第一級冒険者ですらも抵抗なしに殺すことのできる代物なのかもしれない。

 しかし、座標を確定させるためには目視が必要なのであって……。

 

「兄貴、兄貴っ!!」

 

 考え事に耽っていたロアの耳にルドロットの必死な声が届いてきた。我に返ってルドロットに視線を向けてみると、エウリカが口元に手を当てて苦しみに耐えるように崩れ落ちていた。

 

「何があった?」

「それが、魔法を使ってから呼吸が荒くなったかと思ったら、急にこんな状態になってしまって………」

 

 エウリカの元に屈み込むと、嘔吐してしまったので、背中をさすって落ち着かせる。エウリカは涙と鼻水をとめどなく流しながら、自分を抱きしめる。

 

「……ぐっ、おぇっ! はぁ、はぁ」

 

 数分は経っただろうか? ようやく呼吸の乱れが治ると、青ざめた面貌を取りも直さずに立ち上がった。涙の残った真紅の瞳をロアへと向けながら、弱々しくも自分はまだやれると訴えかける。

 

「いや、今日はここまでだ」

「だ、大丈夫です…! 少し昔を思い出してしまっただけで、まだやれます!」

 

 しかし、彼女の手足は小刻みに震えており、とてもじゃないが彼女がなぜこうなっているのかわからない状況の中でダンジョンに潜るのは危険だと判断して、早急に地上へ帰還することを告げる。

 エウリカは反論こそしなかったものの、顔を俯かせてしまった。

 

 

☆☆☆

 

 

「ってことがあったんだが、何かわかるか? 俺にはよくわからなくてな」

 

 晴天の青空の下、朝日に照らされたロキ・ファミリアの敷地内。多くのロキ・ファミリアが朝練に勤しんでいる中、身体中に鋭く伝播してくる痛覚、右頬の青あざと鼻から出ている赤い液体を気にしながら、冒険者として経験豊富なものを持っているフィンにエウリカの症状について尋ねた。もちろん、フィンとの稽古が終わった後に。

 

「そうだね、僕の知る限り魔法による反動か。或いは、心的外傷を患っている可能性。つまり、トラウマだね」

 

 フィンは、倒れ伏しているロアを見下ろしながら、淡々と自分の見解を聞かせてくれる。

 上半身を起こし体にまとわりついている土をはらったロアは、先ほどフィンの言ったトラウマについて考える。

 

「トラウマは過去に受けた心の傷が原因であることがほとんどだ。他人がどうこうして治すものじゃなく、自分で乗り越えなければならないものだと僕は思うよ」

 

 トラウマとはどのように治せればと思考していたロアに対して、心を読んだかのようにフィンが回答する。心底ウザい野郎だ。

 ロアはため息を一つ吐いた後、フィンにお礼を言って不意打ちで己の槍を振るったが、最小限の動きで避けられカウンターで脇腹に膝蹴りを食らった。

 

「不意打ちとは、いただけないね」

 

 フィンの言葉に舌打ちを返して、もう一つの質問をする。

 

「最近、ステイタスの伸びが良くない。やはり、ランクアップを果たすと経験値(エクセリア)は取得しづらいのか?」

「君の場合、四ヶ月半でランクアップを果たすのは極めて異常だ。あの才禍の怪物でさえ、一年以上をかけている。僕の頭にも一つの仮説があるが、その話は置いておくとしよう。大抵Lv2からのランクアップはオラリオでも一握りだ。そう簡単なものじゃないとだけ言っておこう」

 

 ロアはふむ、と頷くと未だにズキズキと痛む脇腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 その時、ロアとフィンの背後から片言のような辿々しい声が聞こえ、振り返る。

 

「フィン、稽古」

 

 金髪金眼、幼いながらも神に劣らないほどの美貌をピクリとも動かさない少女の姿が視界に入ってきた。

 フィンは困り果てたような表情を浮かべるとその少女に向かって素手で構え、何かいいことを思いついたかのように微笑んで目を瞑った。それが、ロアにはとても嫌な予感を感じる微笑みに見えたが。

 

「ロア、僕の代わりにアイズの手合わせをお願いできるかな?」

 

 きっとこれはお願いではなく命令だなとロアは理解すると、今日一番のため息を朝特有の冷たい空気を大きく吸い込んで十秒ぐらい吐き出す。

 フィンにアイズと呼ばれた少女は、腰に装着していた鞘から(つるぎ)を取り出し構えると殺意をその瞳に宿らせる。

 

「ちなみに言っておくが、彼女は上級冒険者だ」

 

 先に言えっ! と悲痛な叫びが喉から出る前にアイズがロアの目の前にまで迫っていた。すぐに立ち上がり地面に寝転んでいた獲物を取り上げると、アイズのスピードに合わせて急速なバックステップを踏む。

 スピードを緩めずに躊躇なく、剣の中で最も速度の速い刺突を繰り返し放ってくるのに対して、避けることにしか意識を向けることができない。

 このままだとジリ貧だと判断して、一撃を避けた瞬間に姿勢を低くして足払いをかける。アイズはこれをジャンプで交わしそのままの勢いで剣を振り下ろしてくる。

 フィンとの稽古から死角からの一撃を入れるにはまず相手の意識を逸らすことが重要だ。ロア自身が自分で導き出して答え。足払いにより視野が狭くなった彼女に死角である真横から強烈な蹴りを叩き込む。

 

「ふぐぅっ!?」

 

 五メートル以上飛ばされたアイズは、すぐに受け身を取りお互いが睨み合う形となる。

 圧倒的なまでのスピードと剣を扱うポテンシャルは並の上級冒険者の一線を凌駕している。

 睨み合う形が続き先に動いたのはロアだった。

 先ほどのアイズの刺突を真似るように距離を保ちながらアイズを徐々に追い詰めていく。彼女自身は獲物のリーチが足りずにこの攻めをいなすのは至難の業だ。

 そして、勝負は呆気なく終わりを迎える。

 

「あっ!」

 

 追い詰められていたアイズはジリジリと後ろに下がる動作の中で、躓いてしまう致命的なミスをしてしまった。

 これを見逃すロアではなく、アイズの剣を持っている腕を槍の柄ではたき落とした。

 

「そこまでだ」

 

 ふー、と息を吐き出したロアは立ち尽くし呆然とするアイズに握手を求める。

 

「いい腕だった」

「…………ずるい」

「え?」

「…私は、負けてない! もう一回!」

 

 小さな子供が駄々をこねるように癇癪を起こし始めると、地面に転がってしまった剣を拾い直しロアに斬りかかろうとするが、フィンがアイズの首に向かって手刀を与えて気絶させる。

 

「やれやれ、ランクアップを果たしたとはいえまだまだ未熟者だ」

「お前、こんな暴れて手のつけられないような修羅娘がいて大変だな」

 

 フィンに対してロアが同情の視線を送る。

 

「いや、そうは思わないさ。育て甲斐があるといえばなんとでもなる。君も団長ならばいつかわかるよ」

 

 分かりたくないな、と思いながら地面に雑に寝転がされているアイズを一瞥してロキ・ファミリアを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

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