ファミリア・テイル   作:烏兎 満

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第二十四話 正義の欠落

 鉄と鉄の打ち合う音がダンジョンに響き渡る。しかし、それは冒険者とモンスターの熱い戦いではなく、冒険者と闇派閥(イヴィルス)の冷たい抗争であった。

 ロアが闇派閥(イヴィルス)の幹部らしき人物を押さえている間に、ルドロットとケーレはエウリカの守護をしながら、黒服の下っ端どもの殲滅を行なっていた。

 下っ端たちは、ほとんどがLv1ほどのステイタスであったが、その中の数人は上級冒険者並みの実力を有しており、エウリカを守りながら戦うのは至難の業であった。しかし、ここでルドロットのスキルが活躍する。

 

「こいつ……! 本当に下級冒険者なのかっ!?」

 

 ルドロットの動きに驚愕を隠せない様子のまま大剣で首と胴体が泣き別れする。

 

正心善道(コレクトロード)】。救済時、全基本アビリティ超高補正。

 

 エウリカを護るという行動はこのスキルを発動させる引き金となっていたのだ。このスキルにより、ルドロットは一時的にLv2一歩手前までのステイタスを発揮することができる。

 

「クソがぁ! ルド、来るぞっ!」

 

 ロアの悲痛な叫び声に振り返ると、赤毛の闇派閥(イヴィルス)の幹部がこちらへと、いやルドロット目掛けて感を振るってきた。

 

「ククク、あなたのその瞳、とても興味深い。まるで自分の信仰しているものが必ず正しいと信じきっている。盲信とも呼べるほどに真っ直ぐなその心を砕いた時の表情こそ私をそそらせるものはない」

「そんな言葉に惑わされるかっ!」

 

 意味のわからない言葉をつらつらと並べながら明らかに手加減されている剣戟を大剣と甲冑で上手く弾いてロアが来るまでなんとか時間を稼いでいく。

 

「………ならば、これならどうですか?」

 

 片腕でルドロットの相手をしつつもう片方の手を顎に添えて少し考えたような仕草をした後に何か面白いことを思いついたようにニヤリと笑って見せる。

 ルドロットの相手を片手間に済ませながら、ケーレによりもう半分も駆逐されている闇派閥(イヴィルス)の軍勢の中から一人の名前を呼ぶ。それほどの余裕を見せるこの男に自分では敵わないと判断してロアの援護を待つルドロットは、手加減してくれた方が都合が良いため必死に抵抗するフリを演出する。

 この闇派閥の幹部が呼んだ一人の男は何かに怯えているように瞳を充血させて幹部の男に縋りついた。

 

「どうか、どうか妻と娘の命だけは解放してくださいっ! 私ならなんでもしますから、どうかっ!!」

 

 どうやら必死の形相で幹部の男に縋り付く男は、自分の大切な家族を人質に取られているようだった。その事実に心の奥底から怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。

 このクズどもは、その人の大切なものを取り上げて無理矢理にでも闇派閥(イヴィルス)にしていたのかと考えると時間稼ぎなど忘れてしまいたいほどに幹部の男への殺意が高まっていく。

 怒りで我を忘れ先程までとは打って変わって斬り殺そうとするルドロットを幹部の男は神の恩恵を遺憾無く発揮して蹴り飛ばす。

 

「はぁ、やれやれ。その願いはいつも叶えてやると言っているでしょうに。では今から私が出す命令に従うのであれば、家族を解放してあげましょう」

「本当か! 本当なのかっ!?」

「ええ、もちろんですとも」

 

 その胡散臭い顔に不適な笑みを浮かべながら、人質をとられている男に静かに耳打ちをする。

 それを聞いた男は懐からナイフを取り出すと、その目に殺意と不安を宿してとこちらへとナイフを向けて来た。

 男はルドロットと言葉を交わすことなく、震える手をもう片方の腕で押さえながら覚束ない足取りで進み始める。

 

「う、うぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

 

 その男の必死な想いをのせた叫び声と涙を流しながら歯を食いしばるその表情にルドロットは何もできなかった。

 男のナイフが甲冑の間に深々と突き刺さり、腹の部分にとてつもない熱が感覚神経を通って伝わってくる。

 

「クククククっ! アッハハハハハっ! なんて素晴らしい光景なのでしょうかっ! こんなにも昂る光景は初めて他者の血の輝きを目にした時に匹敵するほどですっ! あぁ、なんと素晴らしい…!」

 

 ルドロットにナイフを刺した男はわなわなと唇を振るわせながら突き刺さったナイフを即座に手放した。その男に善性があったのだろうか、男はその場に崩れ去り泣き言のように呟いた。

 

「俺は、俺はこんなことをするために生きてるわけじゃないんだ…! ただ、家族の笑顔が見たいだけなのに…!」

 

 あぁ、やっぱりこの人はいい人なのだろうな、と気を失いそうになるほどの痛みを我慢しながら微笑んで見せる。幸いにもナイフは刺さったままで大量出血は今のところ心配する必要はなさそうだったので、崩れ落ちた男の顔を覗き込むようにかがみ込んだ。

 

「俺は、大丈夫です…。気に病まないでください…」

「すまねぇっ、すまねぇっ!」

 

 顔を悲痛に歪めて俯きながら必死に謝罪の言葉を口にする男とそれを優しく慰めるルドロットを見下ろす幹部の男は愉悦に浸るように、醜悪な笑みを形作る。

 

「ルドぉぉぉぉおおおおおおっ!?」

 

 自分の兄貴分であるロアの呼びかけに振り返り自分は大丈夫、と伝えようとした瞬間、目の前の男に銀の槍が突き刺さった。

 

「ぁ…ぇ?」

 

 深々と埋め込まれた銀の槍は男の左胸を正確に突き抜いており、この男が助からないことは誰がどう見ても明白な事実であった。

 男の瞳からは光が失われて、それと同時にこの男の幸せな未来が閉ざされたことを理解した時、ルドロットは頭の中が真っ白になった。

 

「この槍は、兄貴の……」

 

 受け入れ難い事実に目を逸らそうとする意識とこれが事実なんだと無慈悲に伝えてくる理性がせめぎ合い頭の中に鈍い痛みが広がっていく。

 

「おい、ルドっ! 早く高級回復薬を使えっ! 止血しろ!」

「ククククク、アハハハハハハハハハハ!」

「気狂いが…! ルド、早く動けっ!!」

 

 自分のことを助けに来てくれたことはわかった。だが、目の前に倒れ込んだこの男を放ってはおけなかった。

 

「あ、兄貴、この人は……」

「ククククク、わかりましたか? そうです、あなたのお仲間がその男にトドメを刺したのです…! これが本当にあなたの信じた『正義』なのですか?」

 

 狂ったように笑う幹部の男の言葉はルドロットの奥深くを抉るように響かせていく。自分の力が足りなかったのだと自責の念に駆られてしまい、自分のナイフの刺さった痛みなど忘れてしまうほどの激情が頭の中で渦巻いていく。『兄貴は悪くないんだ』と、必死に頭に理解させようとするがもう一人の自分が『兄貴が悪い』、と囁いてくる。

 

「クソっ、クソォ!」

 

 自分の慕う人を自分自身がどこかで否定していて、その自分自身に怒りを隠せない。

 

 そして、ここで更なる凶報がロアたちを地獄の底へと突き落とすことになる。

 

「ロアぁっ!? エウリカが縦穴に落とされた!」

 

 ケーレが縦穴付近にいる闇派閥の頭をはねると、今までにない焦ったような声でロアに向かって叫び伝えた。

 中層にはダンジョンギミックとして、下の階層へと繋がる多くの縦穴がそこかしこに存在する。怪物の宴(モンスターパーティ)が多く発生する中層では、その勢いに押されて縦穴に落とされることがあることは珍しくない。自分たちの実力に見合わない階層へと落ちてしまい、パーティ全滅なんてものはダンジョンによくある事故の一つであった。

 

(状況が悪すぎる、闇派閥(イヴィルス)の雑魚どもは大体片付けたが、この幹部の男は推定でLv4。とてもじゃないが俺が食い止められるほどの相手じゃない。それに、ルドロットは大怪我を負っている。庇いながらクズ野郎(こいつ)を十秒以内で殺す。その後下の階層に落ちたエウリカの救助………)

 

 あまりにも時間が、実力が足りていなかった。この状況下でこのパーティとして最高のリーダーを務め上げるのならば、エウリカを見捨てての逃亡。

 

「そんなこと、できるわけがないだろう……っ!」

 

 昔の自分であったのならば迷わずに切り捨てられたであろうこの選択肢をロアは自分の意思を持って蹴り飛ばす。きっと、フィン(勇者)ならば仲間を見捨てる選択を刹那のうちに決行することができたのだろう。

 だが、今のロアにはそんな非道は歩めなかった。

 

 いつかの帰り道の光景をこの手で掴み取るために……!

 

 幹部の男はその細い目をさらに細めて、歪んだような笑みを見せる。

 

「ククク、お仲間が一人下の階層に落ちてしまったようですね。それも、このパーティでは一番弱いサポーターといったところでしょうか。あぁ、そういえば私はこの後少し予定があるんでした。私のことなど無視してお仲間を追われては?」

 

 不幸中の幸いとも呼べる男の言葉にロアは眉間に皺を寄せる。この男の戯言に耳を貸すつもりなどない。しかし、これが本当ならば数ある障害の一つが取り払われることとなる。

 

「どういう算段だ? クソ野郎」 

「口が悪いですねぇ。やり合いたいのであれば、あなたなど一瞬ですが」

 

 今この状況。癪ではあるが、この男の戯言を呑み込むしかないのかもしれない。

 深く深呼吸をとったロアは、崩れ落ちて未だに何かと葛藤しているルドロットの胸ぐらを掴み上げ、自分の懐にある高級回復薬をその腹に突っ込んだ。当の本人は苦しそうにうめいていたがそんなの気にしている余裕はない。

 ルドロットを引きずりながら、最後の闇派閥を殺し終えたケーレに指示を飛ばす。

 

「今からエウリカを追う」

「……あいつはどうするだ?」

「無視する」

「…………わかった」

 

 険しい表情を浮かべるケーレは、幹部の男を一瞥するとエウリカの落ちた穴へと走り出す。

 

「立て、もう大丈夫だろ?」

「………大丈夫です、心配かけさせてすみません」

「そういうのは後だ」

 

 ルドロットは一度後ろを振り向くと拳を握り締めて何かを我慢するように俯くがすぐに前を向いて走り出す。

 ロアも幹部の男に振り返り最後に名前を問いただした。

 

「私の名前? ククク、まぁいいでしょう。私はヴィトー。この薄汚れた箱庭を手中に収める神々を憎み、理不尽に抗う英雄を慕うものです」

 

 イカれたクズ野郎だな、と言葉さえかけずロアはヴィトーに背を向けてルドロットとケーレの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの縦穴は十七階層へ繋がる死の滑り台。果たして彼らは生き残れるのでしょうか?」

 

 ロアたちの背中を歪んだ笑みで見送る男は、まさに狂人の名に相応しかった。

 

 

 

 




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