港街メレンは、オラリオから南西に三キロに位置する大きな漁港だ。巨大汽水湖であるロログ湖に沿って栄える港町は、ロアの視界をその絶景なる景色で覆い尽くしてくれていた。
「いい眺めだな。色が見えるってのは素晴らしい」
「そうね、ほんとに下界は綺麗なものが多いわね」
隣に立っているアフロディーテがこちらの顔を覗き込みながらニヤニヤと笑う。
「こっちを見るな。景色を見ろ」
「もー、この世界で一番可愛くて美しくてゴージャスで最強の美少女を前にしたら、どんな相手でもイチコロってことね」
呆れるロアに対してアフロディーテは高慢で自惚れた思考をもってして自分に酔いしれていた。
「さ、早くオラリオに行こう。もう路銀が尽きるし、あっちに行ったら零細ファミリアだな」
「えーーー!?私そんな貧乏のような生活は嫌よ!そんなことするぐらいなら………はぁ、約束だったわね。しょうがないから、本当にしょうがないから私も働いてあげるわよ。感謝なさい」
ロアは珍しく妥協するアフロディーテに驚きつつも、主神が自分の約束を守ろうとしてくれるのが何よりも嬉しかった。
「向かおう、迷宮都市オラリオ。英雄の都に」
☆☆☆
港街メレンと迷宮都市オラリオは目と鼻の先にある。
徒歩30分程度の距離を歩いて見えてくるのは、高く高く天に届くのではないかと思うほどに高い『バベル』。一昔前に神がダンジョンに蓋をするために立てたと言われるオラリオの中心だ。
オラリオは上空から見れば円形状になっており、
ロアとアフロディーテはその高い城壁の下をくぐり抜けると、そこには迷宮都市オラリオが眼前に広がっていた。
『英雄の都』、またの名を『約束の地』。
だが、その英雄の都は活気がないとは言い切れないが、どことなく暗いイメージを抱いた。
「ふん、辛気臭いところね。こんなところが英雄の都だなんて少し期待はずれかしら。この超絶スーパー[以下略]の女神の私には似合わないところだわ」
「確かにな。やっぱり暗黒期とやらは本当らしい。この区画は外国産のものが多く入ってきて貿易が盛んに行われていると聞いたが…」
通りすがるどの民衆も暗い雰囲気を醸し出しながら、前ではなく地面を見ている。
「ま、ともあれ俺たちのすることは変わらないさ。まずは住むべき拠点を見つけよう」
「そうね、アフロディーテ・ファミリアの物語を今この場所から始めましょう!」
まずはファミリアを結成する申請とやらをギルドに提出しなければファミリアと認めてもらえないらしい。そのため、ギルドの存在している北西のメインストリートまで歩くことにした。
☆☆☆
「アフロディーテ・ファミリアですね。………はい、これで登録完了となります。あなたは冒険者になる予定ですか?」
「そのつもりだ」
「では、冒険者登録も済ませておきます。えっと、私があなたのアドバイザーとなるため今から冒険者について色々と…」
ロアがギルド員に登録の話や冒険者について色々と聞いていたとき、アフロディーテはギルドのロビーで足を組んでまだかまだかとこちらに怒りの視線を向けてきた。少しぐらい我慢を覚えてほしい。
「主神に呼ばれている。その初心者用の武器と防具を貸してほしい」
「え、えっとあなたはまだ子供なのでアドバイスなしで行くのは…」
「また、今度ここによる。それでいいな?」
「え、あ、はい」
十歳の少年から発せられる有無を言わさぬ圧に首を縦に振ることしかできなかったギルド員は、ちょっとした恐怖を少年に抱いてしまった。
それに、ロアはもう換金やドロップアイテムの交換以外の目的でここに来る予定は更々なかった。
ひどく他人に対して無関心。ロアはアフロディーテ以外に興味などなかった。
「悪い悪い。武器とか防具とかそういう話もあって長引いただけだ」
「はー、ほんと私を待たせないでよね。私、待つことが大っ嫌いだから」
「はいはい、でもダンジョンに潜ったりするから帰りは遅くなると思うぞ?」
「………………なるべく、は、や、く、帰ってきなさい」
ロアは自分の主神に苦笑いしながら、なるべく早くアフロディーテの元に戻ることを心の片隅に置いておいた。
「よし、ホームを探すか」
☆☆☆
「あんたらみたいな零細ファミリアに貸す宿なんてねぇんだよ。さっさとどけ」
罵倒と共に追い出されたロアとアフロディーテは、この現状にため息をついていた。
これで断られたのは八回目だ。もう空は赤みを帯びてきてすぐにオラリオが夜の闇に包まれることは容易に想像できた。
最初は断られて怒り狂っていたアフロディーテも八回目だと流石に疲れてしまったのか肩を落としてしまっている。
「…………………………………何をしているの?」
顔を上げると胸の下で腕を組んでその眼帯を巻いた整った顔立ちを不機嫌そうに歪めた
アフロディーテも顔を上げてその相手の顔を拝んだその時、信じられないものを見てしまったかのような顔で後ろへと後ずさった。
「あば、あば、あばばばばばばばっ!?へ、へ、へ、へファイス、ヘファイストスぅっ!?!?!?あががががが」
「へ?ちょ、ディーテ、お前、前からだけど女神とは思えないほど顔歪んでいるよ?口から泡吐いてるし…」
「……………………久しぶりだね、アフロディーテ」
アフロディーテは、意識が飛んでしまったようで白目を剥いていたが、やがて意識を取り戻したかのようにガバッと起き上がった。
「へ、へ、へファイストさん、お、お、お久しぶりでございますですわ」
「お前口調おかしいぞ」
「………あなたは…」
「俺はロアだ」
「…まさか下界に降りてきていたとはね、アフロディーテ。それで、眷属1人連れて何をしているの?」
「えっと、あの、そのー、宿が見つからなくて…」
へファイストスは顰めっ面を隠そうともしないで、正座をしているアフロディーテを上から見下ろしていた。
アフロディーテは頭をぶんぶんと振ると何かを決意したかのようにヘファイストスの顔を覗き込むと立ち上がり、ヘファイストスに向けて頭を下げた。
「あの時は、ごめんなさい!そして、あなたに一つ頼みをしたいの!」
「ふーん、謝罪から頼みとはいい度胸をしているのね、アフロディーテ。私はあなたのこと許すつもりはないんだけど?」
「ひっ、わ、私は!私たちは!今夜泊まる宿がなくて困ってるの!私の眷属のためにも今日中には宿がほしくて…。あなたに宿を提供してもらいたいの!」
ヘファイストスはじっとアフロディーテを見やると、呆れたようにため息を吐いた。
「あの高慢で自分に酔いしれることしかできないアフロディーテが誠心誠意過去のことについて謝罪。あなた、変わったのね。私はあのことについてはまだ許さないけど、眷属のためというなら宿を提供してあげるわ。もちろん、しっかりと家賃は払ってもらうけどね」
「へ、ヘファイストスぅ…!ありがとう!」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚しながら、いつも通り女神としての尊厳を壊している彼女はヘファイストスに抱きつきその汚れた顔をヘファイストスの胸に押し付けた。
「調子に乗るなっ!」
「あべしっ!?」
その光景を後ろから見ていた1人の眷属は、自分のために動いてくれた主神に対して大きな喜びを感じていた。
はよダンジョン潜らせてぇ