ヘファイストスに案内されて向かった先は北西のメインストリートから少し離れた路地裏のような狭い道に面してある一つの小さな家だった。
「ここは私のファミリアが所有する小屋のようなものよ。2人で住むのなら少し広いぐらいだけど、貴方達に支払えるくらいの金額のところを選んだわ」
「あ、ありがとうヘファイストス…。でも、私たち零細ファミリアでお金が…な、ないのよね…はは」
オラリオの空はすっかり闇に覆われてしまって夜が訪れたが、その夜空には綺麗な星々が太陽に負けず劣らずその自慢の光でひっそりとオラリオを照らしていた。
「お金なら、ローンを作れば問題ないわ。それにしても、あなたこんなに小さい1人の眷属を作って…」
「ちょ、勘違いしないでもらえる?私は、この子の、心に惹かれてこの下界に降りてきたのよ。そんな体目的とかじゃないわよ」
「そうなのね。あなたにも眷属が…。なにか少し感慨深いわね」
先ほどまで不機嫌だった顔が何がおかしかったのか頬を緩めて、静かに微笑んだ。
「そうよ!私はこのオラリオでロアと一緒に超スーパーめちゃ強派閥のファミリアを作り上げるんだから!」
「はいはい…。じゃあ、私は戻るとするわ。アフロディーテ、あなたのこと少し見直したわ」
最後にその眼帯をつけた鍛治神は成長した子供を眺めるような目つきで笑顔を見せて去っていった。
「あいつ、いい奴だったな」
「そうね。彼女は少し面倒見が良すぎて物好きなのよ。ええ、そう、彼女はそこはかとなくお人好しなのでしょう」
さ、我がマイホームで旅の疲れを癒しましょう!、としんみりとした表情から一転してホームのドアを勢いよく開け放つアフロディーテ。
ホームの中は、少しだけ古臭かった外見に対して意外にも綺麗に整えられており、人が暮らすには十分な環境が整っていた。
「なかなかじゃない。私が住むにしてはすこーしだけ物足りなくて狭くて地味だけど、まぁ、今回は勘弁してあげるわ」
我が主神はやはりアホそうな言葉しか吐かないらしい。だけど、さっきまでのアフロディーテらしくない雰囲気よりかはこちらの方がずっと彼女らしいとロアはその楽しそうに部屋の中を堪能するアフロディーテに笑みをこぼした。
「よし、俺たちは明日から身を粉にして働かないといけないし、さっさと寝よう」
「ふふ、さてさて。今この部屋には一つのベッドしかありません」
この小屋は縦に長い家であり、一階と二階に分けられるが二階は物置のようなスペースとなっており、梯子で登らなければならない。
そして、一階の隅にある一つのベッドはシングルベッド。それに小さい。ここに住むのは二人。つまり、二人でこのベッドを使わなければならないのだ。
ロアの体は小さいがそれでも二人で寝るとなると狭い。
「俺は床で寝る」
「は、ハァ!?…え?いやいやいや、そこはこのアフロディーテお姉さんと一緒に寝る以外ないでしょ!…あ!それとも、私と寝るの恥ずかしいの?あなたは子供らしくしてればいいのよ!」
「流石に二人だと狭い。それに……、いいから寝るぞ。俺は毛布があるからそれでいい」
えー、とぶー垂れる我が主神に呆れたため息を吐きながら壁にかけられていた毛布を床に敷いて横になる。
「はい、おやすみおやすみ」
「もー…、仕方ないわね。おやすみ、ロア」
☆☆☆
朝目覚めると主神の寝顔がロアの顔の目の前にあり、驚いてばっと飛び跳ねる。
アフロディーテはだらしなくよだれを垂らして、寝息を立てているため起きない。ロアと同じく床で寝ていることからその寝相の悪さでベッドから落ちてしまったのだろう。
小さな体躯でアフロディーテを抱き抱えてベッドに戻し、自分の寝ていた毛布をアフロディーテにかけてあげる。
今日からダンジョンに潜るため昨日ギルドからもらった初心者用の防具の胸当てとナイフを装備して、アフロディーテの朝食代をテーブルに置いてから、小屋を出ようとした時。
「……ん。……いってらっしゃい」
寝ぼけ眼でまだ完全に覚醒していないアフロディーテがこちらに手を振っていた。
「行ってきます、ディーテ」
☆☆☆
迷宮都市オラリオがなぜ世界の中心と呼ばれているのか。
それは世界で唯一迷宮のダンジョンがあるからである。バベルによって蓋をされているダンジョンはオラリオの地下に円錐状になって広がっており、未だ人類はその最下層へとたどり着いたことはない。
オラリオに存在する冒険者たちはダンジョンから産まれ落ちるモンスターの魔石やドロップアイテムによって生計をたてている。
ダンジョンから産み落とされるモンスターは、ダンジョンを降りていくにつれて強くなり、冒険者たちはモンスターを倒すことで練度の高い『
このダンジョンの仕組みは多くの冒険者に力を与える。そのためオラリオは世界一強い都市と名高いのだ。
そんなオラリオの中心のバベルを目指しながら、まだ日が昇りきっていない空の下、ロアは確かな足取りでダンジョンへと向かっていた。
☆☆☆
ダンジョンの入り口前の中央広場は、この朝早い時間帯から冒険者たちでごった返している。
冒険者たちはどれも屈強で粗暴な見た目をしたものばかりで、随分と背の低いロアはいやでも目立ってしまうものだ。
ロアは昨日のギルド員のアドバイザーから何も話を聞いていない。そのため、回復ポーションや
これだけ聞くと少しかっこいいなと思うかもしれないが、言い方を変えるとほぼ手ぶらである。
ダンジョンはそんな手ぶらでは生き抜けられないほどに過酷な場所だ。
ましてやロアは恩恵をもらったとはいえまだ子供。力も精神もまだまだ未熟であり、ダンジョンに一人で挑むということは自殺行為の他にない。
それでも、ロアは冒険者の波に流されるようにダンジョンへと潜っていった。
☆☆☆
まずロアが上層で初めて出会ったモンスターは、狼男のようなモンスター、コボルトだった。
コボルトはロアを見つけると格好のいい獲物を見つけたかのようにロアへと飛びつく。
飛びついてくるコボルトをナイフで受け止める。コボルトの武器はその手から生えている鋭い爪であり、直接喰らえば子供であるロアはその腑を無様にぶちまけることになるだろう。
それに、十歳の子供がモンスターに恐怖を覚えるのは当たり前だが、この少年は違う。
主神を。アフロディーテを想えばこのモンスターに対する小さな恐怖はないも等しいものに感じる。
故にロアはモンスターに対して遅れをとらないし、恐怖を抱かない。
コボルトの鋭い爪による攻撃を一つずつ丁寧に受け流しながら、敵の隙を縫って少しずつ傷を与えていく。
こんな小さな子供がモンスターと対等に渡り合えるのだ。やはり、神の恩恵はとても強力なものだとロアはアフロディーテに心の中で感謝した。
そして、浅い傷が増えてきて息も絶え絶えなコボルトに対してロアは躊躇のない刃にてコボルトの息を止めた。
「…ふぅ、一体でこれか。骨が折れるな」
子供とは似つかわしくない言動でため息を吐きながら、灰となったコボルトから落ちた紫色の小さな魔石を拾い上げ、ポケットにしまう。
それにしてもナイフは自分に合っていないとロアは自分の手をにぎりしめながら自分のナイフを鞘に収める。
もっとリーチの長い武器の方が使いやすい。しかし、武器を調達するためにはお金が必要だ。家賃も払えていないロアにとってはまだまだ先の話である。
「しかし、一体にこんなに時間をかけて倒してもこんなに小さな魔石しか取れないとは。これじゃあ、ロクに生活費も稼げん」
と、1人愚痴っていると一つのあることを思い出した。
「………魔法か」
超常現象である魔法を使えば、楽にモンスターを倒し魔石を多く入手することができる。
しかし、欠点もある。魔法ばかりを使っていればステイタスであるアビリティは魔力の項目でしか上がらなくなってしまう。そうなると、魔法が使えなくなった時に困ってしまうのは自分だろう。
ロアはその場で立ち尽くして悩んだ結果、ローンが払えるようになるまで魔法を駆使してモンスターを倒すことに決めた。
「【レイシム・グロウ】」
唱えた魔法はロアの預かり知らぬところだが、世界で唯一の速攻魔法でありその詠唱の要らない超速攻魔法によりモンスターと遭遇してもすぐに展開することができる大きなアドバンテージだ。
ロアの発動した魔法【レイシム・グロウ】は、付与魔法であり発動者に雷の類を身に纏わせることができ、魔力の量によってその威力は増減する。
その身に纏った雷電を放出することで中距離攻撃までは可能となっており、まさしく超常現象と呼ばれるに相応しい能力となっていた。
襲いかかってくるコボルトの群れをバッタバッタと雷電により灰にしたり、モンスターの筋肉を麻痺させてナイフで魔石を砕かないように止めを刺す。
そんな虚無的な作業を繰り返して魔石やドロップアイテムがポケットに入りきら無くなり、帰ろうとしたその時。ロアは急な目眩を感じた。
精神力の激しい消費による精神疲弊。
ロアは急いで魔法を解除して重たい体を引き摺りながら、頭を押さえた。
ロアがいるのは3階層。とても初心者冒険者が一人ですぐに潜る階層ではない。
そして、今重要なのはどのようにして地上に帰るかだ。
体は重く、ただ帰るということでも大きな労力となる。
ここはダンジョン。そんな恰好の獲物をモンスターたちが逃すはずがない。
現れたのはこの階層では現れるはずのない黒い影のようなモンスター、ウォーシャドウ。別名新米殺し。
一体とは言えこの階層に現れることなど例外も例外。つまり、この少年は運が悪かった。
「シャアアアアアアアアアアアアアッ!」
そのコボルトよりも鋭い爪は、精神疲弊により体の重いロアにとって死の一撃だった。
なんとか身を捻って躱そうとしたが避けきれず、その爪がロアの肩を抉る。
「ぐぅっ!?くそったれ!」
ズキズキと響く頭と肩の痛みを無視しながら、鞘からナイフを抜き放つ。
コボルトやゴブリンの群れを蹂躙していたロアだったが、魔法も使えない新米冒険者であることは変わらない。
その別名にふさわしい黒い影のモンスターは、幾多もの駆け出し冒険者の命を奪ってきた鋭い爪でロアの体を徐々に徐々に追い詰めていた。
このままだと負ける。
ロアの頭の中に冷静な自分の声が聞こえた。ここはダンジョン。敗北とはすなわち自分の死である。
自分が死ぬ。そうなるとどうなる?
あのバカでアホで高慢な
死ぬわけにはいかない。
心の中に燃え上がる自分の想いが爆発する。背中が熱くなり、それもどうでも良くなって何としてもこのモンスターを倒してあのホームに帰る。
迫ってくる爪をナイフで捌いて、ナイフをふるが軽く避けられてしまう。
狙うは速攻。音を置き去りにする勢いでその黒い影にナイフを突き立てる。
それでも、相手の方が一枚上手。反撃され頬に傷を受けるが、それでも、ロアは止まらない。
ナイフを逆手に持ちウォーシャドウの攻撃を捌いた反動でこちらも反撃をする。狙うは首。ウォーシャドウの魔石の位置なんて分かりはしないのだから。
「アアアアアアアアアアァァァアっ!!!」
「グギャっ!?」
刃が届く。敵の首に狙いをつけたナイフはそのままウォーシャドウの首を止まることなく撥ね退けた。
「…ッ!…はぁ、はぁ、俺の勝ちだ」
少年は泥臭く、勝利をもぎ取った。
☆☆☆
あれからの意識は朦朧としていてよく覚えていない。帰ることだけを頭に入れて邪魔するモンスターは蹴散らし必死に地上へと向かった。
もうオラリオは夜の帳に覆われており、時刻はかなり遅い時間を示していた。
(早く帰らないとっ!)
アフロディーテとの約束を思い出しながら、少年は急いでファミリアのホームを目指した。
「…ただいま」
「遅いっ!…て、ロアっ!?ちょ、え、大丈夫なの…?いえ、ちょっと待っててっ!今神友を連れてくるわ」
「…ディーテ、ただいま」
「…っ!ええ、おかえりなさい。帰ってきてくれてありがとう」
アフロディーテは目に涙を溜めながら、少年の手を取った。
少年は穏やかな笑みを無理矢理に作ろうとしてる主神を最後に視界におさめるとゆっくりと意識を落としていった。
もちろん、主人公は死にません。
《スキル》
【
・戦闘時に想いの丈によりアビリティ高補正。
・アビリティの上昇向上。
前回のヘファイストスの口調に違和感があるとのご指摘を受けましたので、変更しました。
今回ご指摘してくださった方、ありがとうございます。
他にも何かあればご指摘のほどよろしくお願いします。