アフロディーテがダンジョンに向かったロアを見送ってから二度寝を敢行し、起きた時には太陽は真上を過ぎ去ろうとしていた頃だった。
急いで起き上がったアフロディーテは、ロアが残してくれたお金を懐にしまい、自分も仕事を探そうと中央広場に向かったところ旧知の
「あ、ミアハじゃない!久しぶりね」
「む、アフロディーテか。いやはや下界に降りてきていたとは」
「ええ、かわいい子供を見つけたのよ。あ、あなた私に仕事を提供してくれない?」
「い、いきなりだね。…まぁ、そうだね。うちのファミリアで働いてみるかい?今ポーションの原料の発注やらなにやらで色々と忙しくてね。……それにしても随分とおとなしくなったというか、そなたは本当にアフロディーテかい?」
「ハァ?私以外にアフロディーテなんていないわよ。この超絶[以下略]な女神の中の女神。それがこの私、アフロディーテよ!」
「ふむ、やはり相変わらずだったようだ」
ミアハは天界にいた頃のような自己肯定感の強いアフロディーテの自己主張の強い自己紹介を聞いて思わず苦笑してしまった。
「あ、一つ注意したいことがあるのだがうちで働くなら魅了を周囲にばら撒くようなことはしないように」
「大丈夫よ、私の眷属との約束があるんだから私は魅了を使わないわ」
「うむ、それならばよいのだ。早速だが…」
☆☆☆
「はぁぁぁあ!疲れたー!このか弱くて儚いこの私におっもい荷物持たせんじゃないわよ!腰が痛い…」
「はは、今日はありがとうね、アフロディーテ。そなたの助力感謝する。また明日からもよろしく頼む。これはほんのお礼だよ、受け取ってくれ」
ミアハから手渡されたものは回復ポーションと精神力ポーションを二本ずつと今日の働きによる五千ヴァリス。
「ご、五千ヴァリスって大金じゃない!いいの?」
「サービスだよ、アフロディーテ。そなたの眷属がいつか私のファミリアで回復薬などを買い物してくれれば良いのだ」
その甘いマスクをにっこりと微笑ませて、並の女性なら一瞬にして虜になってしまうようなスマイルを浮かべながら、本人には自覚ないが口説くような口調で軽々と言ってみせる。
アフロディーテは、相変わらずねー、とお金を眺めながら特に興味なさそうに答えた。
それからミアハとは別れてルンルン気分で帰っている時、ふとジャガ丸くんが売られている屋台を視界の隅に捉えた。
アフロディーテは考えた。ここでジャガ丸くんを買えば、我が眷属ロアは泣いて喜ぶのではないかと。
そうと決まれば早速ジャガ丸くんを四つ購入して、ジャガ丸くんパーティを眷属と一緒に開こうと。
我ながらめっちゃ名案だと思いながら、スキップをしそうな足取りでホームに戻ることにした。
☆☆☆
「帰ってこない…!」
一時間、二時間、どれだけ待ってもロアは帰ってこない。
空は日が暮れてしまい、ホームに添えられているロウソクで微かな火を灯してアフロディーテはロアの帰りを待っていた。
先ほど買ったジャガ丸くんもすっかり冷めてしまい、アフロディーテの名案であるジャガ丸くんパーティは失敗へと終わった。
(うちのかわいい眷属はどこほっつき歩いてるのよ…!)
だんだんとイライラが積もっていき、一人の眷属に対して怒りが溜まっていく。この時のアフロディーテは、ジャガ丸くんパーティを台無しにされたという少し理不尽な理由でキレているのだが、この女神は大体自己中心的なのだ。
また数刻たった時。流石にロアの帰りが遅すぎて心配になってきたころ、ホームに近づいてくる駆けるような足音がして玄関に勢いよく入ってきた少年がいた。
帰りが遅かった少年にイライラとした感情ではなく、心配からの怒りの感情をもって叱ってやろうと思った時、彼の体の容体に目がいった。
ボロボロだった。腕も足も腹も、今日着ていった服がボロボロになっておりその所々からは血が滲み出ている。特にひどいのは右肩口で上から抉るような傷跡が生々しくつけられていた。
アフロディーテは、自分の眷属に飛びつくように近づき今日貰ってきた回復ポーションを特にひどい肩口に直接注いだ。
「ディーテ、ただいま」
「…っ!ええ、おかえりなさい。帰ってきてくれてありがとう」
ロアはそのまま安心したように意識を途切れさせてしまった。
これにアフロディーテは慌てた。それはもう慌てふためいて、もう一本の回復ポーションをもう一度ぶっかけた後、すぐにミアハのところに駆け込むぐらいには慌てていた。
自分の眷属が死んでしまうのではないか。
唯一、ただ一人の眷属。初めてできた眷属は、体が小さいくせに生意気だったが賢かった。そして、誰よりもアフロディーテのことを考えて行動してくれた。
それに彼はアフロディーテに想いを寄せていてくれた。
嘆いた。自分でも何に嘆いているのかはわからない。自分が何したって今の状況は変わらない。
今まで感じたことのない無力感と自責の念に駆られていたアフロディーテは、手術室から出てきたミアハを見つけるとすぐに駆け寄りロアの容体についての説明を要求した。
「……アフロディーテ、彼に命の別状はない。一番酷かった肩口の傷も傷跡が残るが、それ以外の傷は全部元通り綺麗に治すことができた。今は精神疲弊もあり、精神力が足りていない状態だが特に気にするような問題はない」
「よ、よかったぁ!私のかわいい眷属がいなく、なっちゃうかと、思ったじゃない…!」
気がつけば涙が頬を伝っていた。
ロアが無事だったことからへの安堵か腰の力が抜けてしまい、その場でへたり込んでしまう。
言うことの聞かない足を無理矢理に奮い立たせると、ロアのいる部屋へと入り、寝ている彼に抱きついた。
彼の心臓からはドクンドクンと脈打ちながらその命の鼓動をアフロディーテに届けてくれる。その鼓動は、不思議にもさっきまで荒んでいた心を落ち着かせ、それでも止まらない嗚咽と涙で彼の胸の中で泣いた。
「……ディーテ?」
アフロディーテの泣き声で起きてしまったのか覚醒したロアは、驚いたようにアフロディーテの泣き顔を認識した。
彼女は嬉しさを押し殺して、今回こんなにも自分を心配させた一人の眷属に怒りを爆発させ……ようとしたが嗚咽で叱っているようには見えなかった。
「ロアっ!早く帰ってきてと言ったわよね?!…私がどれだけ待たされたか知ってるのっ!?…私が、どれだけ、心配したか…。うあ、うあああああぁぁぁああん!」
おいおいと泣き続ける主神の背中に手を添えながら、申し訳なさそうな顔を作る。
「心配させてごめん、ディーテ。そして、心配してくれてありがとう」
「ほんっとに!私の眷属はおバカなんだから!バカバカバカ!私より先にいなくなるなんて承知しないからね!」
神より長生きしろとはなんという無茶振りをするのだ我が主神は、と呆れて笑いながら、アフロディーテの頭を撫でる。
アフロディーテはいきなりバッと顔を上げて視線を合わせると、流していた涙を拭き取り、少年に向けた言葉を送った。
「生きててくれて、ありがとう」
その時浮かべた彼女の笑顔はこの世の何より綺麗で色鮮やかで儚く、そんな言葉だけでは表せないほど美しかった。
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