ロアが死にかけた翌日。
アフロディーテから本気のお叱りを受け、若干気を落としたロアであったが、体の調子も別に悪くなかったため、ダンジョンに潜ろうとした時。
「はぁ、またダンジョンに行くのね。ま、仕方ないってことで切り替えていきましょうか!で、その前にステイタスの更新をしましょう。私にできるのはそれだけだし」
諦めたかのようにため息を吐いたかと思えば、すぐに立ち上って開き直り、ステイタス更新をしようと言う。朝からなんとも騒がしい神である。
ロアは着ていたシャツを脱ぎ捨てベッドにうつ伏せになり、ステイタス更新をする体制となった。
アフロディーテは、その上に馬乗りになったとき、ふとロアの右肩口に刻み込まれている痛々しい傷跡にそっと手を添えて優しく撫でる。
「無理しないって約束できる?」
「……善処しよう」
アフロディーテは、べしっとロアの後頭部をぶっ叩くと頬を膨らませて拗ねながら、背中に自らの血を垂らす。
「……うわー、これやばいんじゃない?ものすごいステイタスになってるんだけど。え、あ、さすが私の眷属ね!」
「驚きでキャラを忘れた後、無理矢理キャラを戻そうとするな」
これでみるのが二度目である羊皮紙に書かれたアフロディーテの雑な文字をゆっくりと確認した。
ロア・バートハート
『Lv1』
力 : I 0 → I 34
耐久 : I 0 → I 31
器用 : I 0 → I 25
敏捷 : I 0 → I 28
魔力 : I 0 → I 45
《魔法》
【レイシム・グロウ】
・付与魔法
・雷属性
・速攻魔法
《スキル》
【────】
「そこまで上がってないか」
「へ?いやいやいやいや、総合上昇値150オーバーよ?たしかに最初は上がりやすいって言うけど、これは異常だと思うわ…」
ふむ、とアフロディーテの反応から指を顎に添えながら自分がどれだけ異常な上昇値を叩き出したのか考えてみたが、そもそも自分以外のステイタスを見たことがなかったのであまりピンとこない。
「ま、このスキルの賜物ってことなのかしらね。フッフーンッ!それなら、超納得ね!」
昨日の萎れたような態度はどこに置いてきたのやら、いつも通りの騒がしさとドヤ顔を見せつけてきたので、調子に乗るなとジャンプして頭を叩く。
「よし、そろそろ行こうか」
「…………ちゃんと帰ってきなさいよ?」
「わかってるわかってる」
「は、や、く、帰ってきなさいよ?」
「はいはい。じゃ、行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい!」
その元気な言葉に押されて、ロアはダンジョンへと向かった。
☆☆☆
と、ダンジョンに向かうと言っておきながら、まず向かったのはギルドだ。
昨日回収した魔石やドロップアイテムの換金を終えたあと、換金された数千ヴァリスほどを懐にしまい込み、ギルドが無料配布しているダンジョン上層のマップを確認する。
このギルドが配布しているマップに全てが載せられているわけではない。未だ発見されていない領域、『未開拓領域』は多く存在しており上層ですら全てがわかっているわけではないと言う。それほどまでにダンジョンとは広く複雑な形状をしているのだ。
ギルドからのダンジョンマップを片手に昨日の反省からミアハ・ファミリアの本拠地へと向かった。
ミアハ・ファミリアは医療系の中堅ファミリアであり、ディアンケヒト・ファミリアとオラリオでの医療系ファミリアの二大派閥である。
ミアハ・ファミリアのホームへとたどり着くと、犬耳を垂れ下げた獣人の少女が箱いっぱいに入った回復薬をせっせとホームの中まで運んでいる。
「おい、その回復薬を売ってくれ」
「…?回復薬を所望なら、この回復薬じゃなくて店先に売っている回復薬を買うといいよ」
「そうか」
ロアは言葉少なに会話を終えると、すぐにその
(あんなに小さいのにあの喋り方は一体…?それに、私に話しかける時あの子、すごい冷淡な…)
店先には多種多様な回復薬や精神薬が売られており、値段によって量や質は大きく変わるのだろうとロアは予想をつけた。
今握っている数千ヴァリスの三分の一程度を使って、回復薬と精神薬を数本ずつ購入すると、すぐに次の行動へと移る。
準備は整ったと言わんばかりの迷いのない足取りでロアはダンジョンへとその足を向けた。
☆☆☆
雷を身に纏いながら、迫り来るコボルトの大群を麻痺させる程度に魔法の威力を弱めて魔力を節約しながら、麻痺させたコボルトたちを作業的に息の根を止めていく。
今ロアがいる場所は、ダンジョンの上層の五階層。あと一層下がれば新米殺しのウォーシャドウの群れがウヨウヨといる六階層へとたどり着く。
ロアの体は昨日よりも格段に強くなっており、自分の体が別の何かになってしまったような感覚さえ引き起こす。
洞窟の上からヤモリ型のモンスター、ダンジョン・リザードが飛びかかってくるが、あらかじめ体に纏わせている雷ですでに麻痺しており、ピクピクと痙攣しながら、無様にお腹をさらけ出していた。
ロアは躊躇なくヤモリもどきの首を掻っ切ると灰とともに出てきた魔石をポーチへとしまい込む。
これ以上下層へと降りていってしまうと、帰るのが遅くなってしまいアフロディーテを心配させてしまうと考えたロアは六階層の入口から踵を返して戻ろうとした時、その入口から男の悲鳴が聞こえた。
「だ、誰か助けてくれええええええええ!」
その悲鳴は存在しない救世主に助けを乞うて、薄い暗闇から飛び出してきた。
その男は、ダンジョンにいるためすぐに冒険者だと当たりをつけることができたロアは何事もなかったかのように男に背を向けて歩き出す。
その冒険者は右腕が千切りとられ、身体中は切り傷、擦り傷、打撲に裂傷と無事な部分はないのではないかと思われるほどにボロボロの満身創痍な状態であった。
「お、おいっ!た、頼む!後からお礼をするからた、助けてくれぇ!」
その男は小さなロアに向かって無様にも泣き叫びながら、躓き這いつくばってロアのもとへ必死に辿り着こうと体を引きずるが、それがなされることはない。
ロアは冷め切った目で、そこらの道端の石ころを見るような冷ややかな視線で男を見下ろした後、すぐにまた踵を返した。
「頼むよぉ!キラーアントの大群に追われてるんだ!なぁっ!」
冒険者が出てきた暗い穴からはキリキリキリと何かを擦るような音が響き渡り、それが近づくにつれて男の恐怖が再びより濃く浮かび上がってきた。
ロアはそんな男の懇願など聞く耳を持たずに、ここでキラーアントを相手したのなら帰りが遅くなってしまうと考えて急いでこの場を離れようと駆け足で地上へと向かった。
「死にたくない、死にたくないっ!あ、あ、アアアアアアアアアア!」
肉を抉り取るような音とともに男の悲痛な断末魔がロアの背後から聞こえてくるが、振り向くことはない。
もし周りの人々がその現場に駆けつけたのなら、その見殺しにした少年を薄情だと決めつけるだろう。だが、そうではない。たしかに薄情かもしれないがそれは本質ではない。
つまり、ロアは他人に対して無関心だった。いや、アフロディーテ以外の全てに意味を見出していなかった。
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