ファミリア・テイル   作:烏兎 満

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難産


第八話 正義と秩序の女神

 とあるいつも通りの賑やかなオラリオ。

 

 その西のメインストリートには、沢山の仕事をなくしたホームレスのような生活を送っている人たちに給仕を行っているファミリアがいた。

 

「あなたたちのお陰で今日もまた生きることができます。ありがとうございます」

 

「いいえ、私たちは好きで貴方たちに給仕を行っているの。私たちがみたいのは、貴方たちの笑顔なのよ。だから、笑ってちょうだい」

 

「あぁ!なんて素晴らしいお方なんだ!ありがとうございます…!」

 

 一人の神は、優しく微笑むと並んでいる人々にパンを恵んでいく。

 

 そのファミリアの名前は、アストレア・ファミリア。正義と秩序を司る女神、アストレアを主神とした探索系ファミリアであり、ガネーシャ・ファミリアと同じように犯罪者を取り締まったりなど無償で行なっているファミリアだ。

 

 そして、今オラリオの住民が住んでいる西メインストリートにて、たくさんの食べ物を支給していた。

 

 ロアは、その光景をダンジョンに行く前に見つけた。

 

 その光景を見た時、あの時頭の引き出しに詰め込んだ疑問が再び姿を現し始めた。

 

 その疑問の正体にロアは、気づいてしまった。

 

 なぜ、なぜこの者たちは人を、助けるのだろうか?

 

 そこにはなんの利益も生まれないのに、人を助けることを苦とせず、笑顔で人を助けている。

 

 偽善か?

 

 する意味がわからない。

 

 利益をもらっているのなら、きっとロアも納得するだろう。

 

 人に関心を持つことのないロアが、その者たちに疑問を抱いた。

 

 いや、関心を持つことができないからこそ、疑問を抱いたのだ。

 

 その者たちの存在意義に。

 

 だから、ロアはその者たちに疑問を投げかけようと思った。

 

 答えが、欲しかったのだ。

 

 ダンジョンに行くことすら忘れてすぐに彼女たちの元へ向かった。

 

 神はひと目見ただけでわかる。その隠しきれない神の存在感は、その神物が紛れもないアストレア・ファミリアの主神であることを物語っていた。

 

 その主神は、ロアが近づくと小さな身長のためか、孤児と間違われたようでホカホカと湯気の香る暖かそうなスープをロアに手渡してくる。

 

「はい、どうぞ。冷めないうちに食べてちょうだいね」

 

「なんでお前たちは、そんなことを無償にできる?何か見返りでもあるのか?なぜ、そんなに人を助ける?」

 

 アストレアは、渡されたスープを貰おうとせず、見た目にそぐわない冷静な疑問をなんの前触れもなくするロアに、驚いたように目を見開くと慈悲深い眼差しでロアの目を覗き込んだ。

 

 その眼差しは、自分の全てが見透かされているような気分になってしまい、すぐに目を逸らしたが、もう見抜かれてしまっているのだろう。

 

「ふふ、面白いことを言うのね。こんなに小さいのにとても深いことを言っていて、つい驚いてしまったわ」

 

 ロアに対するその接し方は、アフロディーテとは対極な位置に存在しているような優しさで溢れており、アフロディーテとは違う美を持っているような雰囲気を演出していた。

 

「そうね。たしかに見返りなんてないわ。でも、なによりこの人たちの笑顔を見ることが、私にとってとても嬉しいことなのよ」

 

 その偽善からなるつまらない答えに、ロアは新たな疑問を胸に抱き、その偽善者に問いを投げかけた。

 

「それでも、お前が笑顔にできないやつは、大勢いる。そのものたちは見捨てるのか?」

 

 アストレアは、彷徨っている子供をみる困ったような微笑みを浮かべると、ロアに一つの例えを提示した。

 

「そんな考え方ではダメよ。例えばもし、私たちが助けた人が誰かの大切な人だったのなら、大切な人を失わなかったことで、その誰かは笑顔になる。それが連鎖して行って、全てとは言えないかもしれないけれど、人々の笑顔はつながっていく。それはまるで、星々のように輝くと思うの。私はそう信じてるわ」

 

 それは、ひどく自分勝手な思い込みの上で成り立つ机上の空論だとロアは決めつけたが、それと同時にロアの頭には一人の女神が浮かび上がっていた。

 

「…………そうか」

 

「何か力になれたのならよかったわ」

 

 ロアは、すっかり冷めてしまったスープをアストレアから受け取り、ずずっと一気に飲み込むと、アストレアに空になった器を手渡した。

 

 その味は、冷たかったはずなのに、ロアの胃の中に落ちてから暖かなスープに変身してしまったかのようだった。

 

 

 

 

「アストレア様?そんなに嬉しそうな顔をして何かあったの?」

 

「ふふ、そうね。とてもいいことがあったわ」

 

「え、なにがあったの…?」

 

「内緒よ」

 

「えー!」

 

 

☆☆☆

 

 

 ロアは、ダンジョンに向かった。少し遅くなってしまったが、この胸から浮かび上がってくる得体の知れない気持ちを落ち着かせるためには、ダンジョンに行くしかなかった。

 

 

 槍を扱い始めるようになってから、一月程度が経ち、随分と槍を扱うのが様になってきたロアは、下級冒険者の到達可能な最後の階層へと向かうことを決断した。

 

 十一階層までいつもより駆け足で向かい、邪魔するモンスターは蹴散らして行った。

 

 十一階層と十二階層は、下級冒険者の最大アビリティが必要であり、最も上級冒険者に近い下級冒険者のみが到達可能な領域である。

 

 ロアはもちろん基本アビリティが全てB以上に到達しており、十分その階層に挑戦することが可能なのだが、最も上級冒険者に近い下級冒険者と言ってもそれは三人以上のパーティを組んだ場合である。

 

 ロアは、ソロだ。どっかのベータテスターのように言えばかっこいいかもしれないが、それはとても危険な行為であり、普通はおすすめのしないパーティ構成だ。

 

 そんなことを露ともせず、十一階層に辿り着き、モンスターを見つけ次第その手に持つ槍で串刺しにしていく。

 

 十一階層と十二階層では、シルバーバックとハードアーマードが新しく出現するモンスターであり、どちらも下級冒険者にとってはハードルの高いモンスターだ。

 

 稀にインファントドラゴンと呼ばれる、希少種(レアモンスター)が出現するのだが、本当に稀なので、きっとおそらくロアと相対することはないだろう。きっとおそらく多分。

 

 ロアの目の前に現れたシルバーバック三体は、興奮した様子でロアへと突進してくる。

 

 その丸太のように太い腕は、当たればペシャンコにされて潰れたトマトみたいになってしまうだろう。基本、シルバーバックは駆け出し冒険者では、太刀打ち不可能である。

 

 まず、一匹目がその太い腕をロアへと振り下ろすが、ロアは最小限の動きで華麗に交わすと、その腕を豆腐を切るようにスパッと肩口から切り離した。

 

 それから、跳躍してからその槍による長いリーチで喉元を掻っ切る。

 

 一匹目が秒殺でやられたことで一瞬突進に躊躇した一匹を空中から槍を投げて顔面に突き刺し、もう一匹のシルバーバックを着地する瞬間に踵落としを脳天に決めて、そのカカト落としを食らいよろける一匹の胸に躊躇なく腕を突っ込み魔石を取り出した。

 

 この間わずか十秒ちょっとの出来事である。

 

 ロア自身そこまで自覚はないのだが、冒険者歴三ヶ月がこの十一階層で余裕を持ってモンスターを蹂躙していた。

 

 ハードアーマードは、槍の穂先がその硬い甲羅により刃こぼれしてしまうため、手軽く魔法で痺れさせたあと、お腹に槍をぶっさすことですぐに片付いた。

 

 

☆☆☆

 

 

 ダンジョンから出てきたのはもう真っ暗な夜であり、思った以上に遅くなってしまい、換金は明日に後回しにして急いでホームへと戻る。

 

 今日アストレアからもらった答えから生まれた得体の知れない感情は、未だに胸に残っていた。

 

 

 この感情がなんであるのか知りたい。

 

 

 ロアは、ホームに帰るまでそればかりを考えていた。

 

「ただいま」

 

「ちょっとっ!遅いっ!心配したじゃない!?」

 

「ごめんごめん」

 

 少し頬を膨らませて胸の前で腕を組んだ我が主神、アフロディーテがロアへの心配からか少しうわずった声で、遅いロアの帰りに心配からの怒りを露にする。

 

「はい、これ『豊穣の女主人』で持ち帰りにしたスパゲッティ。一緒に食べましょ。あなたが帰ってくるのが遅いから冷めてしまったけど」

 

 と、若干嫌味を言うアフロディーテは、ロアが無事に帰ってきて安心したのか椅子に座り込み、二人分のスパゲッティを食べる準備をする。

 

「なぁ、ディーテ。一つ聞きたいことがあるんだ」

 

 ロアの改まった真面目な顔に訝しげな表情を浮かべるアフロディーテは、「話してみなさい」と一言声をかけてから、いつもとは想像のできない落ち着いた雰囲気でロアが話すのを待つ。

 

「人を笑顔にすることは、いいことだと思うか?」

 

 すると、さっきまで神妙な顔つきで待っていたアフロディーテは、なにがおかしかったのかクスクスと笑い出し、アストレアと同じような優しい瞳をこちらに向けた。

 

「なんだと思ったら、面白いことを言うわね。そうね、私はその行為を素敵だと思うわ。だって私は美の女神アフロディーテ。そしてこのアフロディーテが、一番美しいと思っているものは笑顔だもの」

 

 その儚い笑みを浮かべながら、いつもらしからぬ言葉を並べながらロアを導くような答えを出してくれた。

 

 てっきり一番美しいと思っているものはアフロディーテ自身だと言うのかと思ったが、それは間違いだったようだ。

 

「笑顔、笑顔か…」

 

 笑顔という魔法の言葉。

 

 ロアの胸に何かが詰まり、息苦しくなるがそれは悪くないと思えるような感情であり、もう少し、あと少しで自分の中の答えが出せそうだった。

 

「さ、食べましょう?もうロアが帰ってくるまで待っていてお腹ぺこぺこなのよ。全く、もっと早く帰ってきなさいよね」

 

「………悪い悪い、今度から気をつけるよ」

 

 アフロディーテに心の中で感謝をしながら冷め切ったスパゲッティをアフロディーテと一緒に口に入れる。

 

 それは、朝飲んだスープのように冷め切っていたが、この胸に残る熱い感情を冷ますのにはちょうどよさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




 やっと、もう少しで、本編に入れる。
 いやー、まだまだ序章です。
 ロアの話を早く終わらせたい一方、早く本編に取り掛かりたい矛盾。
 ここでロアの話を飛ばしてしまうと後々色々な矛盾が生まれてしまうので、しっかり書きたいなと。

 なので、読者の皆様。もう少しばかりロアが答えを出すまでお待ちください。

指摘などあれば感想にて。
ご愛読ありがとうございました。
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