神の一手   作:風梨

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約6100字



第9話

 

 

 ──季節は巡って春。

 うららかな微風(そよかぜ)の訪れだった。

 

 桜が舞い散って新入生たちが門をくぐる。

 真新しい制服に袖を通した、去年までの小学生たちが興奮と緊張を胸に秘めながら中学校に登ってくる。

 

 何を望んでいるのか。

 新たな出会いか。

 それとも今までと変わりない環境なのか。

 

 なんにせよ、大きな変化の訪れだった。

 それはヒカルも例外ではない。

 

 去年は小学六年生。

 今年で中学生になっており、ヒカルが佐為と出会ってから半年近い時間が過ぎていた。

 

 部活動の時間はすぐにやってきて、放課後に、ヒカルはあかりと連れ立って歩いていた。

 

「ねぇヒカル。囲碁部のメンバー集まりそう?」

「いや、それが中々見つかんなくってさ。──筒井さんとお前と、オレ。まだこんだけだよ」

「そっかぁ。じゃあまだ6月の大会には出られないね。男子が3人必要なんでしょ?」

「そう。 ……あーあ、海王はすっげー部員数いるらしいじゃん。ウチは大会に出れるかどうかも怪しいってのにさ、ちょっとくらい分けてほしいよ」

 

 ヒカルのぼやきに、うんうんと強く同意を示すのはあかりだった。

 

「ほんとだよね、海王は部員が何十人といるんでしょ? 羨ましいよ。私も女子部員欲しいな〜〜」

「んー、また何人か当たってみるか」

「あ、女子は私が声かけてみてもいい?」

「いいんじゃないか? あかりも囲碁部員だろ」

「えへへ、うん」

 

 あかりとヒカルは中学入学とほぼ同時に囲碁部に入部していた。

 入学してすぐに筒井さんに会いに行き、三人という定員を満たしたので仮ではあるが部を作れたのだ。

 そんな囲碁部創設の要となったあかりの実力だが、ヒカルが佐為と出会って、それほど間を空けずに弟子入りしていたこともあって、この半年ほどで囲碁の腕はメキメキと上達していた。

 

 既に筒井さんにも勝ったこともある。

 ヒカル(佐為)がこの半年近く付きっきりで教えた成果だった。

 

『本因坊秀策』の付きっきりの指導を受けて、当初は石の逃し方も覚束なかった少女も一人前以上に打てるようになっていた。

 

 ヒカルもその指導を通して囲碁を改めて学んでいた。

 初めの頃は延々と囲碁に誘ってくる佐為にげんなりして、ずっと打ち続けるのが嫌だ、という理由であかりを誘ったはずだったが、今ではあかりへの指導を通してヒカル自身も囲碁への理解を深めていた。

 

 人に教えるという行為は学びになる。

 佐為だけではなく、ヒカル自身の言葉を伝えたりすることもあって有意義な時間の使い方になっていた。

 加えて、それだけの時間を共に過ごせば当然仲も良くなる。

 ヒカルとあかりは半年前と比べても、より親密になった距離感で楽しげに笑い合っていた。

 

 

 

 

 

「──うわ、進藤くん。やっぱりキミって……」

「ん? 何?」

「いや、何でもないよ」

 

 首を振って、筒井は少し緊張しながら次の一手を打った。

 場所は理科室だった。まだようやく定員三名が集まっただけの、同好会に近い存在なので部室を貰える立場にはなかった。

 その三名も、内訳は男子2人に女子一人。大会に参加するには男子3人か女子3人が必要だから、人数はまだ足りない。囲碁部の発展はまだまだこれからといった状況だった。

 

 そんな状況も相まって「やっぱりキミって」に筒井が続けようと思った言葉は『囲碁部にいるのが勿体無い』だ。

 

 筒井が思い返すのは冬季囲碁大会の光景だ。

 素晴らしい打ち回しで見守る全ての者が感嘆の息を漏らすような一局をヒカルは見せた。

 そして審判長から言われた『来年も期待していますよ』という言葉。

 怒られるだけじゃなく、期待しているという言葉を贈られる。

 偽って参加したのはイケナイことではあったが、ヒカルを誘わなければあの一局が存在しなかった事を思えば、ヒカルを誘って良かったと改めて思う。

 

「あの大会。失格になったけど、審判長のあの一言は嬉しかったね」

「うん。次はちゃんと中学生として参加しなきゃな」

「……あ、そうだ! そういえば進藤くん、加賀に土下座してもらってないよね?」

「あ!! そーいえば大会で有耶無耶になってた!! くっそー、これも作戦のうちか?」

「あはは、あの加賀が土下座するなんて、ボクには想像すら出来ないよ。きっと凄い表情するんだろうなぁ。きっと鬼だよ、鬼」

 

 くすくすと日頃の鬱憤が伺えるくらい笑っている筒井にヒカルもおかしくなって笑った。

 一頻り笑った後にふと思いついたヒカルが手を打った。

 

「……そうだ。 土下座許す代わりに、加賀を次の大会に誘えないかな? そしたらまた前回と同じメンバーで挑めるよ、筒井さん」

 

 ヒカルの悪魔的発想に、筒井はハッとした。

『もう囲碁はやんねー』とにべもない加賀ではあるが、土下座をネタにすれば十分に可能性がある。

 

「……試す価値はあるかもしれない。だって、あの加賀だよ? 土下座なんて死んでもしそうにないから、そういう方向で使ってみるのはありかもね」

 

 思考に耽って一考の余地ありと気がついた筒井は表情を明るくした。

 将棋一本で行くと言いつつも、土下座より囲碁大会に参加する方がいいと加賀も思うハズだ。

 

 そんな二人の会話を聞いて、あかりが不思議そうな顔をした。

 あかりは順番待ちで二人の対局を眺めながら詰碁集を読んでいたのだが、気になる話題に興味を惹かれた。

 

「大会って、ヒカルが中学生のフリして出たっていう、あの冬季囲碁大会ですか? ……やっぱりヒカルって強いんだ」

「まー、結構強いと思う」

 

 鼻の下を指で擦りながら、伸び切った鼻が見えるヒカルの姿に目もくれず筒井が強く頷いて語り出した。

 

「いや! 藤崎さん、彼は強いなんてもんじゃないよ。ボクはここ最近進藤くんに毎日打ってもらってるけど、今までの人生の中で一番幸せなくらいさ。藤崎さんは進藤くんに囲碁を教えてもらってるんだろ? すごく幸運な事だよ。この時間を大切にしたほうがいい。この先の人生で後悔しないようにね」

 

『この先の人生』

 そこまで強い言葉が出てくるとは思わずあかりは怯んでしまった。確かにヒカルは強いとは思う。でも、そこまで凄いとは思っても見なかった。だって、幼馴染としてこれまで見てきたヒカルを思えば、どうしてもそんなに凄いとは思えない。ジッとヒカルを見つめると「なんだよ」と言いながらムスッと見返してくる。

 

「……そんなにですか?」

「お前なー! 首(かし)げながら言うなよ!」

 

 そう文句を言いつつも、さすが幼馴染だと思いながらヒカルは笑っていた。

 

「ほら、多面打ちしてやるから、マグネットの碁盤持ってこいよ」

「え、ウソ! やるからちょっと待っててね!」

 

 わたわたと準備するあかりを眺めるヒカルに、佐為がイタズラっぽく耳打ちした。

 

『ヒカル、照れてます?』

(照れてない! ほら佐為、多面打ちだぞ)

『わぁい♡』

 

 平気な顔をしながら少し照れているヒカルには気が付かず鞄を漁るあかりと、終局して検討に入った盤面を見ながら話し合うヒカルと筒井の三人に、新たな客人が訪れた。

 

 その来客は窓から訪れた。

 春ということもあって、気持ち良い風が通るように窓は開け放たれていたから彼の声は室内によく通った。

 

 海王中学の制服を着た少年。

 ──塔矢アキラだった。

 

 

「進藤!!」

「と、塔矢?」

 

 ヒカルが自分を呼ぶ声に慌てて窓の方向を見れば、そこには塔矢が居た。

 この場所は葉瀬中学校の中だ。

 塔矢の制服は海王中学のモノ。

 だから葉瀬中の生徒ではないのに何故ここにいるのだろうか、という疑問がヒカルの中で首を(もた)げる。

 

 そんな疑問に答えた訳ではないのだろうが、窓越しに身を乗り上げんばかりの塔矢が気炎を吐いた。

 

「進藤!! どうして碁会所に来ないんだ!? あれから、ボクがどれほどキミに会いたいと思っていたか……!! 毎晩君の姿を思い起こすほどだった……!! 研究会(ウチ)にも、ぜひきてほしいと思っている! どうだろうか!?」

 

 そこだけを聞けば熱烈な愛の告白にも聴こえる。

 しかし、そんな言葉を男に言われても嬉しくないし、コイツはただの囲碁バカだ。囲碁漬けになるであろう生活を想像すれば尚更嬉しくない。今のヒカルには、囲碁部で軽く囲碁を打っている方が性に合っているのだから余計なお世話だった。

 だがそんなことを言えばショックを受けそうな塔矢に、そのまんまを言うわけにもいかない。適当な言い訳を考えようと思ったが、ヒカルの脳味噌じゃ碌な案は思い浮かばなかった。

 

「あー、いや。行こうと思えば行けるんだけど。──あー、ほら。前に塔矢の親父と打っただろ? あれからなんか行きづらくってさ」

「そんな! ……わかった。ボクから父さんにもう来ないようにお願いする。さすがに連日は難しいかもしれないが、曜日さえ指定してくれれば必ず約束は守ろう。だがそれなら、研究会は諦めるしか無いか……」

 

 とりあえず塔矢でもどうしようもないことを、と名人を引き合いに出してみたがトンデモナイ方向で話を提案をしてきた。思わずうおい! とツッコミをいれそうになった。

 普通、自分の親父を押し込めてまで約束を取り付けようとするだろうか。

 相変わらず囲碁の事になると周りが見えなくなって普段の冷静さが鳴りを潜める奴だった。形振り構わないにもほどがある。

 

「いや。さすがに名人を追い出すのは気が引けるって」

 

 そこに、筒井が思わず間に入った。

 

「ま、待ってくれ、進藤くん。名人って、その、塔矢名人のことだよね? 名人と打ったことがあるの!?」

「え、あぁうん。確か冬季囲碁大会の少し前くらいだったかな?」

 

 すかさずアキラが口を挟んだ。

 

「ああ、ボクも緒方さんから顛末は聞いたよ。……お父さんにも勝ったそうだね。やはり、キミは『こんな場所』に居ていい人じゃない。さあ、進藤。今からでもいい、打とう! キミに恥じない打ち手となるために、ボクはあれからさらに精進している。だから、碁会所でキミを待ってる。──今日は、それを言いに来たんだ」

 

「か、勝った……? 名人に……? 進藤くんが……」

 

 オロオロとする筒井を余所に、塔矢はヒカルのことしか見えていない。

 澄んだ瞳で見つめる塔矢に対して、ヒカルはため息を吐いて首を振った。

 

「オレまた囲碁大会に出るつもりだし、あかりや筒井さんと打ってるのが今は楽しいんだ。だから、また今度な」

「ま、待ってくれ! どういうことだ? 囲碁大会だって? 囲碁部『なんかに』どうしてキミほどの人が──」

 

「──囲碁部だって、捨てたもんじゃないんだぜ。悪いけど塔矢、オレ、今のお前とは打ちたくない」

 

 そう言い切ってヒカルは窓を閉めてカーテンを敷いた。

 カーテンで視界を区切られた窓の向こうから叫ぶような声が聞こえた。

 

「進藤!!?」

 

 その声にヒカルは答えない。

 代わりに筒井とあかりに向かってバツが悪そうに笑った。

 

「アイツ、悪い奴じゃないんだけど、囲碁になると見境ないっていうか……。そんな訳だから気にしないでくれよ、筒井さん。さ、打とうぜ。あかり、マグネット盤は用意できたか?」

「え! う、うん。でもいいの? 一局くらい打ってあげても……」

「アイツが一局で満足するよーに見えるかよ? 絶対勝つまでやるとか言い始めるって」

 

 嘘だった。

 一度打てば塔矢も落ち着きを取り戻すとは思う。

 けど囲碁部を馬鹿にされて黙って打ってやるほどヒカルは大人ではなかった。

 塔矢にそんな意図はなくっても、だ。

 

「あー、うん。なんかそんな気がしてきたかも?」

「だろ?」

「ま、待って進藤くん。ちょっと頭が追いつかないんだけど、キミって、名人に勝った事があるの!? 大会前ってことは、小学生で!?」

「ウン。まぁでも、3子置かせてもらったから、互先じゃないけどね」

 

 平然と言ってのけたヒカルに、そうだったんだ、と納得しかけた筒井だったが、いやいやいやと首を振った。

 

「き、キミは何を言ってるんだい!!? 名人相手に3子なんて、とんでもないことだよ!? ……普通のプロ以上の、タイトル戦一次予選に出れるプロレベルの実力ってことじゃないか! ……キミは、本当に囲碁部に居ていいの?」

「筒井さん、そういうの言いっこなしだって。……さっきも言ったろ? オレは今、囲碁部で打ってるのが楽しいの。だからいいんだ。とゆーか、別にプロなんて目指してないし」

 

 黒石を碁盤に打ち据えながら何気なく言ったヒカルに、筒井が悲鳴のような声を上げた。

 

「プロ目指してないの!? それだけの実力があるのに!?」

「あーもう! 筒井さんの手番だってば! ほら、打って!」

 

 有無を言わさぬヒカルに押されて、ドギマギしながらも筒井は打っていく。

 しばらくはヒカルのことを伺うのをやめられなかったが、盤面が進むにつれて次第にそちらに集中し始めて疑問なんて飛んでいってしまった。

 

 

 

 

「──大会だぁ? おい筒井、オレはもう将棋一本で行くって言ったよな、もう忘れたのか?」

「それに関しては、進藤くんから話があるんだ」

「話ぃ?」

 

 怪訝そうな顔で、加賀がヒカルを見やる。

 ヒカルはその視線を受けて意地が悪い笑みを浮かべた。

 

 嫌な予感が()ぎったが、加賀に聞かない選択肢はない。

 少しだけ顔を引き攣らせながら堂々と腕組みをした。

 

「……おう、言ってみろよ、小僧」

「おほん! ──加賀って、約束守る男だよね」

「当たり前だろーが」

「勝負で決まった事は絶対だよね」

「そーだな、負けたんなら二言はねえよ。……おい待て、もしかして、アレのことか!?」

 

 ニヤリと笑って、最終通告を突きつけた。

 

「にっしっし、土下座。忘れてないよね」

「んぁあああ!! くそ! 有耶無耶に出来たと思ってたのに! ってか、時効だろ時効!」

「あれれぇ、おかしいぞぉ〜。加賀って約束守る男だったはずなんだけどなぁ、オレの勘違いかなぁ」

 

 某名探偵風な癪に障る言い回しに青筋を浮かべた加賀だったが、言っていることは最もだ。

 奥歯を噛み締めて手が出るのは堪えたが声には漏れた。

 

「ぐっ!! ……くそっ、んだよ、何が望みだコラ」

 

 打って変わって神妙な表情でヒカルが続けた。

 

「大会参加してくれるんなら、土下座はなしでいいよ。たった1日だけいいんだ、加賀の力が必要だから手を貸して欲しい」

「……ったく。はぁ、しょーがねえな。勝負事を持ち出されたからにゃ引けねえ。やるからには勝ちに行くぞ? 小僧ども」

 

 加賀の了承の声にパァッと表情を輝かせたヒカルが真っ先に喜んだ。

 

「うん!! 去年のリベンジだぜ!」

「小僧って、ボクと加賀は同い年だろ!」

「おめーなんざ小僧で十分。ヘボはなおったか? ん?」

「む! これでも、毎日進藤くんと打ってるんだ。以前のように簡単にやられたりはしないさ」

「お、いいねぇ。久々に打ってやるか。んで、そっちは新入部員か?」

 

 加賀が視線を向けた先には初めて見る女の子が立っている。茶髪の結構可愛めの女子だった。

 

「あ、うん。藤崎さんだよ。進藤くんの幼馴染なんだって」

「はーん、そう。ああ、そういえば前もこいつに引っ付いてたっけか」

 

 学園祭の時のことを思い出して、納得した加賀に女子──藤崎あかりは丁寧に頭を下げた。

 

「えっと。初めまして、藤崎あかりです」

「おう、よろしくな。んじゃ、さっそく打つか。おら、行くぞ筒井」

「あ、おい加賀! 引っ張るなよ!」

 

 ワイワイと新たな大会メンバーを引き連れて、去年の雪辱を晴らすために理科室での特訓が始まった。

 時は瞬く間に過ぎ去って6月。

 中学囲碁大会が始まった。

 

 打倒海王囲碁部。

 そこには、塔矢アキラの姿もあった。

 

 





三谷のお姉さんは第二部で登場予定です。
つまり──ということですね。



お伝えしたいこと。

完コピ。質の悪い原作の焼き増し。内心以外同じなら全部削って欲しい。
そういった、類似する意見を『評価』で3ついただきました。
内容はしっかりと確認させていただいております。
ご意見ありがとうございます。

その上で批判を覚悟で言わせていただくのですが、私は文章を書くくらいしか能のない人間です。
しかし、面白いと思った内容しか書きません。

あえて言いますが、私は、この小説が面白いと思う。
だから、書きます。

声援に背を押してもらうことはあっても、書くという意志は私だけのものです。
読者の方には申し訳ないのですが、忖度して内容は変えません。
自分の中で面白いと感じる気持ちに嘘をつきたくありません。

ご意見は歓迎しますが、その点はブレません。
申し訳ございませんが、ご了承ください。
朝から長文乱文失礼しました。

願わくば、今後とも皆様のお時間を割いて頂き、ご愛顧頂ければこれに勝る喜びは御座いません。
季節の変わり目ですので、お身体にお気をつけて本日をお過ごしください。

風梨
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