蜘蛛の糸なんて掴むんじゃなかった   作:しゃけむすび

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 蜘蛛の糸にtsの可能性を感じてしまった。


てんせう

 

 突飛な話で申し訳ねぇんですが、蜘蛛の糸……って聞いたことありますかね。

 あぁ、決して一読者家の皆様方を虚仮にしようって訳じゃあございません。

 何分、私ぁそこに出てくる罪人と随分縁が深いものでございまして……  仔細語るにゃあ、ちと長くなりすぎてしまうものでしてね。

 もしご存知無いようでしたら、大正辺りに名のある文豪様が体よく書き記してくれておりますので、そちらの方を御一読なすって下せぇな。

 

 まぁ、そんな訳で諸々の事情は省かせて貰いますがね、簡潔に言おうと思います。私ぁ世にも珍しい前世の記憶を持った生物です。

 今生の名は“ハスノイト”と申しましてね、前世においては“カンダタ”の名で通った一罪人の生まれ変わりでございます。

 

 因みになのですが、今生の名はぁ仏様からのお達しで、「己が妄執を忘れぬように」との事で……ある種の自戒だと思います。私がこの名である限り劫罰の最中にあることは変わりなく、また私も決してそれを忘れる事がない。つまりは奴隷に使われる焼き印とかと似たようなものですね。

 

 そんでまぁ、何がどうなってこうなったかと言えば、それはひとえに仏様のお慈悲かと思います。

 蜘蛛の糸から落ちて、またプカプカ浮き沈みしていました所に、福音もかくやと思うようなお声が聞こえましてね、希望を見せるだけ見せて結局何も変わらないのは哀れだから、罰を選ぶ権利を与えるとの事です。

 選択肢は二つ。そのまま煮えたぎる血の池にて責め苦を受け続けるか、畜生でも人間でも無い半端の生物に生まれ変わり、その生にて降り掛かる劫罰を以て責め苦とするか。尤も、後者については“全てに耐え抜けばそれで禊とする”との事で。

 

 当時の私ぁ、泣いて喜びましたよ。涙なんぞはとうに枯れておりましたがね、心で泣きました。

 恥ずかしい話ではありますが、血の池以上の苦難がある筈が無いと高を括っていたものですから。それはもう鳥獣なんぞの駆けよりも早く、二つ返事で生まれ変わりを選びました。

 

 まぁ今にして思えば、血の池でプカプカしている方がよほど身の丈に合った運命だったのでございましょうね。

 そこから何だかんだと獄卒にいびられながらも、念願の生まれ変わりを果たしました。

 平時においては、新しく六道世界に生まれる時はそれまでの記憶を消すのが決まりらしいのですが、何でも私の場合は例外だそうで曰く、「そんな事をしては罪なき魂を理由無く苦しめるのと同義になる」との事です。あいや成程、こそ泥なんぞには到底発想に至らなかったであろう理由でした。

 

 まぁそんな紆余曲折がありまして、とうとう私ぁ産声を上げる運びに至りました。

 産まれて間もない頃ぁ目が見えませんからね、声やら物音やらが頼りでございます。澄まさずとも聞こえてくる声は、どうにも私が生きておりました頃よりかは変遷を遂げていまして、些か理解に骨を折りましたが聞くにどうやら私ぁそこそこの金持ちの家に生まれたようでございました。

 

 責め苦という割には中々どうしてそんな兆しも見えぬまま立派に言葉を喋るようになって気付きました。

 私の生まれた家は、どうにも異常だったようです。

 前世では生まれながらに捨て子であった記憶はありますが、それと同時に普通の親子がなんたるかは知識として覚えております。それに当てはめて物を言うと、我が家は少し異常と言って差し支えないでしょう。

 

 幼い頃から教育の名目で、折檻に近い躾を受けました。具体的に申しましても仕方が無いですからここで言う事はありませんが、5.6歳の幼児が身体に痣の無い日は無い、というのはやはり異常でしょう。尤も、当時の私ぁこれが責め苦なら随分と楽なものだと思って、これまたふてぶてしく過ごしておしましたが。まぁ違ったんですがね。

 

 種族に関しては、最初こそはただ人間に獣の耳が生えているだけのように思っていましたが、それがどうやら見当違いのようでした。

 ウマ娘というのは三大欲の他に走る事が本能として強いらしく、この世界ではそれが起因となってウマ娘の駆け比べというのが一大興行となっているようでございました。私も私でどうやら並のウマ娘以上にその欲求が強いようで、日に一度は駆けなければ気が違ってしまいそうになるほどでございました。

 私の生まれた家もそんな興行……レースに並々ならぬ情熱を注いでいたようで、日頃の折檻もそれが発端であろう事は見え透いておりました。

 

 転機となったのが小学生の頃でございます。

 どんな経緯があったかは大した興味も無いので知りませんが、そこそこ裕福であった筈の我が家はある日突然に崩壊致しました。

 何でも前々から虐待? だの何だので目をつけられていたらしく、母親は精神病院へ担ぎ込まれ、父親はお縄について独房暮らしが決定いたしました。僅か半日足らずの事です。

 そこで私と言えば、衆目の認識としては唯一の被害者であったらしく、当面は名のある名家にお世話になる運びとなりました。

 何のコネかと思えば、どうやら私の家系はその名家の分家にあたるらしく、元を正せば我が家の事に関して調べていたのもその家だったようです。

 

 名家の名は『メジロ』と申します。何だかマグロみたいな名前ですが今生の第二の我が家でございます。尚、この家のウマ娘は皆んな名前の頭にメジロがつくのですが、私ぁ区別の意味合いでその慣例が施される事はありませんでした。『メジロハスノイト』……ともし呼ばれてもどうにもしっくりきませんね。これも仏様のお導きでしょう。

 

 さて、ここで本題の責め苦の内容なのですが、それはメジロ家に引き取られた辺りで発覚致しました。

 とりあえず健康診断と運動を兼ねて、軽く走ってみようという時にそれは起こりました。何の気なしに最初の一歩を踏み出そうとした瞬間、景色が変わったのです。

 

 見やればそこらかしこに骸が積み上げられており、それはさながら前世にて責め苦を受けていた地獄のようでした。そして次の瞬間です。

 ヒタヒタ、ザリザリと何かが迫ってくる音が聞こえました。肝まで震え上がり蹲って泣きたくなるのをこらえながらも振り向いてみれば、そこには大小様々の無数の手、手、手。

 しかもようく目を凝らせば、それらは正しく蜘蛛の糸が垂らされた時に私の遥か下方にて我先にと伸ばされていたモノに相違ありません。

 

 私が最も恐れているのは、実を言うと血の池でも蜘蛛でもなく、私が再びの絶望の淵に立つ遠因となった“手”でございます。しかも未だ目に焼き付いて離れなかったあの時のもの。

 悲鳴の一つも碌に上げられぬ程の驚嘆の末に、私ぁ必死こいて駆け出しました。

 ヒィヒィ、ヒィヒィと情けないうめき声を漏らしながらもやっとこさの思いで手が見えなくなりましたかと思えば、そこは先程までいたメジロ家は練習場に相違ありません。後方には何やらひどく焦った様子で何かを叫ぶ使用人の方々が見受けられました。

 

 私もこの世に生まれてからはキチンと教育を受けておりましたので、どういう事が我が身に起こったかは否応無しに察してしまいました。

 私の身に降り掛かる劫罰の内二つは、間違いなくこれでしょう。“強大なウマ娘の本能”と、“最も恐れているものの幻影”。

 走らなければ日常に支障を来す程の本能で我慢する事も出来ず、走ってしまえば己を見失う程に恐ろしいトラウマの幻影が迫り来るのです。

 いずれ慣れないものだろうかと思ったりもしましたが、その様に生半可であれば責め苦にはなりません。

 あの手を見るたびに、いつまで経っても気が可笑しくなる程の恐怖に襲われます。つまり私は、この先一生涯いつ終わるかも分からぬまま心を磨り続けるのです。

 

 自死を試みたりもしましたが、どうにもその全てが中途で失敗に終わります。そこで私ぁ失念していたことを思い出しました。この今ある命は真っ当に享受したものじゃあございません。

 罰と禊の為だけに設けられた、謂わば更生の時間。逃げ出す事など、端から認められる訳がないのです。

 

 しかしまぁ、何も悪い事ばかりじゃございません。引き取られてからはメジロと名のつく方々にうんと良く接していただきました。今までは女なんぞというものは前世も含めて碌な者が居なかったもので、最初こそはお心遣いを無下にしてしまう事もありましたが、最近はようやっと普通に会話できるようになりました。

 これもまた精進の結果でしょう。見ていて下さっていますか? 仏様、カンダタは頑張っております。なのでそろそろ勘弁してください。

 

「ハスノ、少しお話できる?」

 

 とりあえず徳を積まねばと日々給仕の方々のお手伝いをさせていただいているのですが、本日はそんな時にお声が掛かりました。

 

「うぇ、勿論でごぜぇます」

 

 声の主は『メジロマックイーン』という方でして、どうにも私とは縁遠い気品漂うお嬢様でございます。この方が一番気にかけてくれていた様な、そうでない様な恩がある為、こう言われれば断れないのが常なのです。

 

 言われるがままに後をついて行き、嫌に広いお屋敷をあっちこっちと闊歩する内に、一際大きな扉の前へと着きました。屋敷内は至って快適な気温だと言うのに、私ぁ嫌な汗で背中がじっとりと濡れてきたのが分かります。

 戦々恐々としながらも、マックイーン様の後ろに隠れるようにして室内へと入りました。奥の方には、これまた気品漂う風体のバァさんが威厳たっぷりに此方を見据えております。

 

「態々悪いですねマックイーン。そして、こうして話すのはいつぶりでしょうね、ハスノイト」

 

 マックイーン様は事も無げに首を横に振りました。

 

「へへっ、そ、そうでございますねアサマ様。私にゃあ見当もつきません」

 

 怖いんでさぁ、この方は。私を見る目がまるで、ゴミ箱の塵紙を見ているような感じがしましてね。今まで下衆や外道などとは思われても、そんな事は一度も無かったものですから、不気味に思ってしまいます。

 こんな風に睨まれていたら私ぁ堪えきれずに泣いてしまうでしょう。つまりは、多少の勇気を出して本題をとっとと聞かなくちゃあなりません。

 

「それで、その……どういったご用件で?」

 

「そうですね、まだるっこしい言い回しでは混乱してしまうでしょうから簡潔に伝えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴女、トレセン学園に入学してみませんか?」

 

 えぇまぁ、何も……悪い事ばかりじゃございません。きっと、恐らく、多分。

 

 

 





 因みにハスノイトが内心でも敬語みたいなのを使う理由ですが、「とりあえず媚びた話し方しときゃいいだろ」という考えに基づいています。
 彼女のIQは2です。

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