トレセンも。学園も。私としちゃあ、全く関心の外のことでございまして、言うなれば浄瑠璃だの歌舞伎だの、観る分にゃあ構いませんが、やってみようとは思わない、大体そんな感じの認識だったわけですが、この度メジロの家長たるバァさんに、なんだかよく分からないまま入れられる運びとなりそうです。
困るなぁ、嫌だなぁ。あ、それキュっ。
「お婆様、お気持ちは重々承知の上ですが、やはりこの子には少々酷ではないかと思いますの。せめて、もう少し様子を見るべきかと思いますわ」
こんな具合でごぜぇます。今、私が何をしたかといいますと、マックイーン様のお袖を少し、こう、キュっ、と。握ってみました。うぇへへ、罰と言えど、ただ受けようなんざつもりは御座いません。そんな賢しらな性分なら、端から蜘蛛の糸なんぞ掴んだりゃあしないのです。
「アナタの言い分は正しいものです。けれど、長い人生の中、真っ当に競い合うこともなく、ただ楽しそうに誰かが走るのを眺めているだけ、というのは、それこそ、ハスノイトには酷な事ではないかしら」
どうしましょう。ウマ娘的な物の見方をすると、この上ない正論なような気がして仕方がございません。かといって、普通にランニングしてたりする時ぁ、全く見えないあの地獄の様相も、何故だかレースがどうのと絡むと、チラチラと覗き始めるもので、出来ればほどほどが良いのです。ちょこちょこ趣味で走って、日銭をのらくら稼いで……そんな暮らしが、一等欲しいのです。
「それはっ……、いや、お婆様。私たちだけで進めて良い問題ではありませんの。ハスノ」
あ、でも博打は打ちたいですねぇ。こう見えて通った腕前、せっかく再びの生を受けたんなら「これ。ハスノ?しっかりなさい」
「うぇ、あ、はい!」
「少し難しいかもしれないけれど、よくお聞きなさい。アナタの未来に関わることですのよ?」
「へへっ、こりゃあ申し訳ねぇです」
「今、アナタには二つの道がありますの。一つは、このままレースを走るウマ娘として生きていく道。もう一つは、そう言ったものとは無縁の、一般の方と変わりない生き方をする道。本当はもっと自由に選ばせてあげたいのだけれど、諸々の問題で、それは難しいのですわ。だから、ハスノ。どちらの道に進んで行くのか、考えてくださいまし。気負うことはありませんわ、私がついていますもの」
肩にポン、と手を置き、マックイーン様はそんな風に締めました。あいや、成程。言われてみれば極端な話だなぁ、なんて思わなくもないのですが、やはりそこら辺、今生の私の父母が何だかやらかしたと見て良さそうです。
少し、無い知恵とやらを絞ってみようではありませんか。まず以って、いくら熟達した精神年齢であろうと、体裁の一つ取り繕えないこのナリでは、そこまで意味がありません。つまりは、私はここからメジロの家と縁切るようなことは、土台不可能であるのです。加えて……何やらマックイーン様は憂いておられるようですが、私としては、今生の両親がこれこれ、というよりは、やはり劫罰の方に、恐ろしさの比重が偏っています。
ただ、一つ。仏様に拝謁した際の金言に依らば、どうにも罰には限りがあるご様子。となれば、いつまでもささやかな不幸に苛つく暮らしをするより、何かと体力だの気力だのに有り余る若年において全て凌いでしまった方が、丸いのではないのでしょうか。
「叶うならば、私ぁ、競い合う、というのをしてみたいです。母があれだけ執心したのだから、きっと楽しい事だろうと思うのです。母も喜ぶと思うのです。あ、でも、痛いのはある程度に留めて頂けると嬉しいでさぁ」
ぽつぽつと、思いのほか強いような、さして強くもないような、そんな声音が出ました。どうにも、ひらめきに依る昂揚は、私に平時とは著しく異なる様相の感情を齎したようです。態度がどうとか言って、折檻を喰らうものかとも思いましたが、バァさんはやにわに頷き、マックイーン様は、嬉しいような、しかし何か言いたげな、そんな顔をしておられました。顔の半分ずつで、まるで三面阿修羅のように感情が綯交ぜになっておいのようです。かと言って、双方、押し黙るわけにもいかぬと見たか、これまた厳かな風体で、バァサンが口を開きました。
「……ハスノイト、アナタの言葉が聞きたいのです」
「?」
「他人を理由にしてほしくないですって」
耄碌こいたか、と臍を噛みましたが、マックイーン様がさりげなく呟いて下さったので、その真意であるところの、私の覚悟を問うている事が分かりました。───まぁ、思うに。一度やり切ったこの命、惜しむ根性は皆目無いのです。何か体良く事が運んで、罪が消えればそれで良し。中途で果てようと、それもまた仏様のお導きかと。
罰があるから楽しめない、そんなのは二流のこそ泥が言うことです。一流のこそ泥は、鞭打ちの最中だって、お役目の銭をどうギろうか考えるものです。こそ泥に位階があるのかなんて言われてしまえば口を結ぶ以外に手立てはありませんが、兎角、惜しむ物が無いというのは、こういう時だけは、案外良いものです。
「命を賭けてみたいのです」
「何故?」
「ただ一つ、是と思った物にさえ賭けられない命なら、価値が無いではありませんか。そんな物をどこで使えるというのです」
「……」
「元より、ソレ以外に何も持たぬ身でございますので、存外、収まりが良いとも思います。関われずとも困りませんが、叶うならば、レースをこそ、胸に残る恐ろしさをこそ、楽しんで見せようと、腹の中で常々考えておりました」
十八番の嘘八百でございます。そんな大層な事を宣える性分であらば、地獄などには落ちちゃあいません。けれど、本心も少しばかり含んでみました。嘘を吐く時は、その程度の塩梅がちょうど良いのです。
「……そうですか、分かりました」
にわかに俯いたではありませんか。これはあれですか、少し早めのごーとぅーふぁっきんへるですか?打首獄門ぱーちーですか?
「……あ、あのぅ?」
「今日は、一先ず下がって構いませんよ。また後日、話しましょう。」
「う、へぇい」
「入学の手続きは、本人がいなければ始まりませんからね」
このバァさんは落として上げるのが上手いですねぇ。
やはり性根がアレなので、自分の言葉にすら乗せられますね。彼女と噛み合うウマ娘ってどなたなのでしょう。アプリ時空にでも投げ込んでみようかな。
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