競争中止描写があります。一応ご注意を。
刃を映すは逆襲の水晶/抱えた雑念とジュニアカップ
新年がやってきた。年度の更新とともにジュニア級はクラシック級に、クラシック級はシニア級にと移行していくトゥインクルシリーズ所属のウマ娘にとって、年越しはキャリアの節目を意味する重大行事。
元日から早速トレーニングに励むチームカノープスのメンバーは、トレーニング前のミーティングとして部室に集合し、ソフトドリンク片手に顔を突き合わせていた。
「それでは皆さん、新年明け……」
「明けましておめでとー!! カンパーイっ!!」
そう南坂の声を喰らう勢いで乾杯の音頭をとったのは、普段よりテンションが数割増しなターボだ。
少々不意をつかれた他メンバーもパラパラと続きながらコップを掲げる。
「──って、ターボよ。そこはトレーナーさんに言わせときなさいって」
「ターボ何でも一番がいいっ! 新年の挨拶だってぶっちぎってやるもんっ!」
「いつでもどこでもぶっちぎり……と。しかしターボさん、デビュー順についてはこの中ではシンガリであったかと」
「え、む、むぅ~~っ!! いいもんいいもん、だったら……そう、差せばいいもんっ!」
「いやいやいや。物理的に無理ですし、それ逃げウマ娘としては終わりなのでは……」
新年早々初ツッコミを決めるネイチャに、いつも通りな返しをするターボ。そこに突拍子もない指摘を飛ばすディクタスに困惑しながら、シダーが控えめに突っ込んでいくという流れは新年に入っても相変わらずだ。
やがてターボの機嫌が直ったところで、苦笑気味な南坂がようやくきっちりと発言する。
「とにかく、現体制のカノープスとなってから二年が経つ訳ですが、今年は皆さんにとってはどのような手応えを感じる一年でしたか?」
話題を新年の抱負決めに繋げようという打算のもと、まずは去年の振り返りを促す台詞を吐く。
「はいはーい! えっとね、ネイチャもシダーもイクノもすごかった!」
手を顎に持っていったり視線を明後日の方向に彷徨わせるなりして熟考を始めたネイチャ、イクノ、シダーと対照的に、真っ先に発言したのはターボだ。
「……そうですね。昨年末期からのデビューとなったお二人の活躍は、目覚ましいものであったと愚考致します」
「ふふ、確かにネイチャさんの二戦目は驚きでしたね、初っ端から先頭に立って逃げていくものでしたから」
「あ、あれはダートのレースで泥を被るのが嫌だったから仕方なくよ仕方なく。そう言うシダーだって、いきなり2連勝しててオープンも2着でしょ? イクノもエリザベス女王杯は掲示板内で調子上げて来てたし、キャプテンの立つ瀬がありませんよってに」
ターボの発言を皮切りに次々とチームメイトについて言及しだし、会話のギアが上がってきたメンバー。ひとしきり客観的視点も出揃ったか、と考えた南坂は本題を切り出すことにした。
「これからは皆さんもGIへの出走が活発化する可能性がより高くなることですし、ここはひとつ各々で目標を設定してはどうかと」
その言葉にメンバーは再び思考し出す。ターボのみはどこからか習字用の筆と紙を取り出し、大はしゃぎで文字を綴り出したが。
「私は、蓄積した経験値の発揮に焦点を置こうかと。昨年は勝利の無いままティアラ路線を駆け抜けてしまいましたし、今年は勝負の年と据えなければなりませんから」
眼鏡をずり上げながらイクノが一番に切り込んだ。この中では最も早くデビューを済ませており、その分誰よりも苦杯を舐めた身だ。その瞳には確かな意志が宿っていた。
「んー……じゃ、アタシは『とにかく出せるだけの結果を出して、勝てるなら勝つ』で。あんまし大層な目標立てて燃えるタチじゃないし」
イクノに続いて、一見後ろ向きながらもただ愚直に頑張ると告げたネイチャ。
一方まだ答えを組み立てきっていなかったシダーだったが、ターボの習字が佳境に入っていることを察し、発言することにした。
「私はある人と戦うために……そう、三大競走すべてへの出走を最上級の目標にします!」
想いを告げ合った三人は口を出すこともなくただ頷いてそれぞれに応えると、やがて出来たー! と筆を置いたターボに視線を集中した。
「ターボはこれっ!」
パッと見せびらかされたその紙には『妥当 テイオー!』と、達筆ながらもどこか違和感の拭えない抱負が綴られていた。
「これは……ターボさんがライバル視しているテイオーさんに見合う実力をつける、ということでしょうか」
「いや、誤字でしょ誤字」
妥当の文字を真剣に捉えたイクノに、躊躇なくターボのミスという可能性を突き付けるネイチャだが、何故か紙を細かく折りだして二人のやり取りを全く意に介していなかったターボは、安っぽい弓矢の玩具を取り出し、即席の矢文を作ってニカっと笑い宣言した。
「早速テイオーに宣戦布告だ~っ!! いってきまーすっ!」
「え、ちょ待──」
そう言って部屋を飛び出していった彼女を、四人は何も出来ないまま見送るほかなかった。
「行っちゃったけど……どーする?」
「そ、そうですね……ターボさんが戻るまで、ミーティングを続けておきましょうか」
「はいはーい。……ったく、もうすぐアタシのレースなのに……」
普段以上に呆れた顔のネイチャにシダーが苦笑する。次走が4日後に迫っているネイチャのことだ、適度に祝ってさっさとトレーニングに頭を切り替えたかったのだろう。
だが、結局5分掛からずターボが帰ってきたことにより、スケジュールに異常が出ること自体はなかったという。
1月を折り返したある日。中山にて三たび2000mのレースに挑むシダーの姿があった。
ゲートを前に気分を整える他の出走者5人を見渡した彼女は、人知れずため息をついていた。
(やっぱり……いないよなぁ)
事前にもらった出走表から脈はなさそうと感じていたが、生で見てみても手応えは変わらず。
1度目偶然、2度目奇跡、3度目となればもはや必然だ。やはりローテーションの組み変わりが起こったのだろうと考え、京都にて若駒ステークスに挑むネイチャに内心で同時出走を蹴ったことを詫びつつ肩をグルグルと回した。
「シダーさん」
すると不意に声をかけられた。声の方へ振り向くと、シダーにとって若干の見覚えのあるウマ娘がいた。
「あなたは……」
「キンイロスイショウです。初めてあなたの錆にされたうちの一人ですよ」
名乗りに添えられた一言で、シダーは相手の正体に気がついた。彼女はデビュー戦で戦い、ギリギリ辛勝を収めたウマ娘だった。
「あのときはしてやられましたが……今回はそうはいきません。初出走初勝利を奪ったツケはここで払ってもらいますから」
スイショウはそう啖呵を切ると返答する間も無く去っていった。
「何だ、急に……いや、考えてみれば当然か」
敵意剥き出しな宣戦布告に戸惑うシダーであったが、すぐにここが勝負の世界であったことを思い出す。
敗北したとしても本質的には何度でもやり直しが利くゲームと違い、人生のうち数年しかない期間のなか戦う一度きりの舞台なのだ。
ライバルに正面きって啖呵を切るくらいの度胸がなければレースを戦い抜くことはできないのだろう。
(ムキになれない自分の方がおかしいのかもな、ゲームじゃセーブデータをスイッチすることだってできてしまったんだし)
そういえばこの間自分が2着を獲ったときはどう思っただろう。どうせ次がある、などとのたまって本気で悔しがってはいなかったかもしれない。
ゲーム気分にかぶれ、目的が人探しにすり変わっていた身では無理もないことだった。
「……自分は一体、何をやってるん──」
呟こうとした言葉は、突如響き渡った音色で書き消される。レースの始まりを告げるファンファーレだった。
心中を未だ整理出来ぬまま、シダーは運命のゲートへ赴く──。
『ジュニア級にて実力を培ってきた精鋭がここに集います。ジュニアカップ、いよいよ開幕です!』
舞台に歓声が響き渡る。重賞と比べ一歩格が落ちるオープン戦なだけに、観客席には空間がまばらに存在しているが、それでもデビュー戦とは比にならない人数だ。
既にゲートに収まったシダーは瞼を閉じて精神統一を繰り返していたが、今日ばかりはよい具合ではない。思考をフラットにしてから雑念の種が生まれるまでの時間が、かなり短く感じた。
『一番人気は2枠2番に入ります、前走にて同条件で勝利を挙げるスーパーゲイザー。また、同レースにて彼女に敗れたトップオブエネミーは5番に入っています』
『スーパーゲイザーは、実力の片鱗は十分に見せていますが、クラシック三大競走についてはあまり興味を示していない珍しいウマ娘でもありますよね』
『そうですね……皐月賞に挑む彼女も見てみたいところではありますが、次の2番人気の紹介に移りましょう! 1枠1番に入りますシダーブレードです!』
『同条件にて1着、2着と続けて好走しており期待は十分に持てるウマ娘ではあります。調子を上げてきていれば末脚は他を寄せ付けません』
『そこに続く3番人気は4枠4番キンイロスイショウ。今まで挑んできた1800mから200m伸びるこのレース、どのように攻略していくか?』
『練習は積んでいるとは思いますが、それと本番のギャップをいかに早く見出だして対応するか、そこが肝要となるでしょうね』
『やはりそこに落ち着きますか。しかし今までの3戦はハナに立ってレースを作ることが多かった彼女です、そのあたりの懸念はさほど無いかもしれません。さあこの人気上位のウマ娘に他3人がどう抗うか、注目していきましょう! いよいよレーススタートです!』
そしていよいよ目と鼻の先まで迫った刻限に従い、沈黙が六人を出迎える。
脳髄に絡み付く何かしらを振り払おうと、息をひとつ吐き出したシダーもスタートの体勢をとり時を待つ。
「──やべ」
シダーがエンジンをスタートさせたとき、ゲートは既に開ききっていた。
『さあスタート!』
致命的というほどではないが、やや出遅れてしまった。周りを見つつ走りながら、シダーは内心舌を打った。
『勢いよく飛び出していったのは4番キンイロスイショウ、その後ろで6番オウカターボキングと2番スーパーゲイザーが並び、5番トップオブエネミーが4番手。最後方では3番シンバホリデーに、やや出遅れてシンガリからのスタートとなった1番シダーブレードがぴったり着いている様子が伺えます』
手近にいるホリデーを盾にして向かい風を凌ぐ。最内枠に居たおかげで左右の移動、警戒による消耗を省いてこの位置に収まれたことを考えれば、図らずもスタートで出遅れたのが功を奏したといえるかもしれない。
『上り坂を越えた先はさらに上り坂を携えたコーナーが待っています。さあ前の集団はどうでしょうか? いまだ先頭のキンイロスイショウがジリジリと差を広げる中……おっと2番手争いはオウカターボキングに軍配か?』
『掛かっているようにも見えます。息を入れられるでしょうか』
先頭集団の争いをよそに、相変わらずホリデーの後ろでインを走り続けるシダー。すると前の方でまた動きがあった。
『さあ2コーナーが終わり一気に下り坂、六人はどう対応し……おーっとオウカターボキングが失速したか。下りで増した周囲のスピードに飲み込まれるようにして次々と抜かれていきます』
『ふむ……崩れるには早い段階な気がしますが、作戦ととるには大胆すぎる気もします』
直線で坂を下っていく中、突如失速したオウカが自分より後ろに流れていくのを見送りつつ、次のコーナーに入る。仕掛けるとすればそろそろだ。
『さあ第4コーナーをまわって直線に向かう! いよいよ後方のシダー、ホリデーがジリジリ上がっていきます。ゲイザーも抜け出しを図りますがエネミーはまだ仕掛けない!』
やがてシダーはホリデーの横に並んで追い抜くと先頭に向かって脚を伸ばす。
『そうこうしているうちにシダーが2番手に上がる、スイショウが逃げ切れるかどうか!?』
『後ろでホリデーがゲイザーを抜かさんとしていますが……ああっ!?』
観客席前を横切る最終直線。シダーの耳は観客のどよめきを捉えた。しかし声援の類ではない、驚愕の色が強いどよめきだ。
『ゲイザーの足が止まった!? 競走中止、スーパーゲイザー競走中止です!』
異変の原因など未だ知るよしもない、いやそこに構う暇がなかったシダーは変わらずスイショウを追う。やがて並びかけるが、チラリと見たスイショウの横顔には余力が見えた。
『さあ最後はこの二人のつばぜり合いだ! 後続を突き放しながら僅かにシダーブレードが前に出ます!』
「く……そっ……!! 重……ッ……!!」
前に出たのをいいことにこのまま加速して突き放してしまいたかったが、思いのほか脚が重くトップスピードまで持っていけない。
『しかししかし! スイショウ粘る! 差し返すか!? その遥か後方ではオウカターボキングがシンガリから3位付近まで浮上しています!』
振り向かずともスイショウがハナ差どころか真横まで迫ってきていることを察したシダーは、太腿に無理を利かせた──そのとき、あっさりと抜かされた。
『差し返した、そしてその差はもう覆らない! キンイロスイショウ1着でゴールイン! そして2着にシダーブレード! 3着に圧倒的な差をつける激戦でした!』
勝負はついた。シダーの両脚は勝手に止まっていた。
実況の言葉はもう少し続いていた気がしたが、内容はまったく頭に入ってこない。
「……ああっ」
シダーは肩で息をしながら、両脚を引きずるようにして、スイショウに近づいていく。疲労困憊といった状態だが、1着を讃えるくらいの余裕は残っている。
「……私は、勝ったとは思っていませんよ」
振り向いたスイショウに、不意に告げられる。息が絶え絶えなシダーが視線を上げる形で彼女を見やると、相手は不満げに言葉を次いだ。
「今日のあなたは、レースをしに来ていなかった。あのメイクデビューのときの方が、数段恐ろしかったです」
期待外れだった、と言外に告げるスイショウに何も言えず押し黙る。それが底辺まで落ちきっていた相手の期待値にトドメを刺したのだろう、彼女はこちらに背を向けるとウイナーズサークルの方に歩きだした。
「……あなたにその気があるのなら、次は皐月賞です」
ふと立ち止まったスイショウが、声だけをこちらによこしてきた。どうにか気の利いた返事を探すシダーだが、相手にそれを待つ気は毛頭無いらしくそのまま立ち去っていった。
「……くそ」
敗北の屈辱や、腑抜けていた自分への憎しみ。それらすべてが凝縮された負の感情に突き動かされ、ただ拳を握りしめることしかできなかった。
今度こそ遅筆コースです。
次回はテイオーとの初対決となる、かもしれません。
18:33 追記
章管理を忘れておりました。お詫び申し上げます。