理想とは斜め上に行くものである   作:J・イトー

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もうそろそろ冒頭のシーンの回収に行けそうで安心している筆者です。史実改変タグに仕事させるぞー。


うごめく意志は目前に……/本能と静観の皐月賞開幕編

「……行くんですね」

 

 荷造りを行うシダーの背から、ナタールの声が聞こえる。

 

「はい。……私の初GI、どうぞ見物していてくださいね」

 

 精一杯の虚勢を張りながら返答するチャレンジャーの想いを受け止めた頼れるルームメイトからは、サムズアップの激励が飛んだ。

 

「……さて」

 

 キャリーバッグに荷を詰め終えたシダーがスマートフォンを取り出すと、トレーナーである南坂からメッセージの通知があった。

 

「忘れ物確認リスト……ってそんなのわざわざ言わなくっても。ふふっ」

 

 よくある母親の節介じみたそのメッセージに、失笑をこぼしてしまう。彼らしく生真面目な文面で綴られていたのが、よりシダーのツボに響いていた。

 

「……ふいぃ、よしっと」

 

 ある意味で緊張のほぐれた彼女の精神を象徴するように、返事を打ち込む親指が軽やかに液晶を踊る。

 

 ──心配はいらない。

 

 返した言葉はたったそれだけだったが、そこには新たにした気持ちが惜しげもなく詰め込まれていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ──熱気が、幕越しに肉体をヒリつかせる。

 

 レースを前に、一張羅を披露せんと出走者全員が集うパドックにて、シダーは武者震いを抑えきれずにいた。

 

「ひゅーっ、やっぱ慣れないなここ……」

 

 ランウェイから戻った一番手のウマ娘の台詞を聞き流したところで、シダーの出番がすぐそばまで近づく。

 

『続きまして1枠2番は10番人気、シダーブレードです!』

 

 いよいよアナウンスが入り、目の前の幕に手を掛けたシダー。

 

「……!」

 

 一歩、二歩と歩みを進める彼女の耳に、今までのパドックとは違う種類の熱気を帯びた歓声が飛び込む。

 

『内容こそ悪くありませんが、人気の低さは勝ちがないことから来ているのでしょう。払拭できるか注目です』

 

 解説に手厳しげな前評判を口にされながら、適当なポージングを行うシダー。

 

「見せて──キミなりの自由を」

 

 すると、ふと聞こえたそんな台詞を受け、周りへ視線を這わせてみれば、見覚えのあるウマ娘がこちらに腕を差し出している様が映った。

 

「……まさかあなたにそう乞われる日が来るとは」

 

 どうやら自分を気にして駆けつけてくれたらしいミスターシービーに対し、アイコンタクトを交えて頷くことで視認を示したシダーは、身を翻すと間もなく3番のウマ娘にバトンを渡した。

 

「──演じるしかないのかな、自分が」

 

 数秒前のシービーの鼓舞を背に、そう独りごちるシダー。運命の時である今日も、探し人はいなかった。

 

 それどころか、枠番、バ番、氏名、勝負服の色彩など、すべての要素を考慮した結果、18人の中で()を象った存在として最も近いのは自分であるとすら言えてしまう。

 

(自分なら流されず、そして遠慮なく……って言ってたよな)

 

 先日ナタールと語らったときの内容が、ふと脳裏に思い起こされる。それなりに情熱は注いでいたものの、どこか流されるままに立ってしまった面は否めないこの舞台。しかしそれがもしもこの肉体に課された宿命だというのなら──。そんな酔狂な妄想じみた使命感が、シダーを不完全ながら支配していた。しかし。

 

「……自分はまだ、そこまで出来るほど速くないな」

 

 そう呟いた彼女は、地下バ道に足を踏み入れる。

 

『大外18番、最後に登場するのは一番人気、トウカイテイオーです!』

 

 しばらく歩いた頃、最後にパドックの方から聞こえたのは、その台詞とともに湧き上がる観客の歓声だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『国民的スポーツエンターテイメント「トゥインクルシリーズ」! 実況は私、赤坂でお送りします』

 

『よろしくお願いします』

 

『さあ、いよいよ始まりますのは本日のメインレース、皐月賞です!』

 

 クラシック三冠の第一関門、ここを見ずしてこの一年は語れない。新時代の到来を告げる今日、中山レース場には多くの観客が詰めかけていた。

 

『本バ場入場を済ませた18人が、今か今かとスタートの刻を待ちます』

 

 デビューから7回目ともなれば流石に慣れてきた、返し馬に当たるウォーミングアップの時間を終えてゲート前の地点にいたシダーは、あるウマ娘に啖呵を切ろうと辺りを窺っていた。

 全員が思い思いの衣装を身に纏うこの舞台では、GII以下のレースのように一目で氏名とバ番が分かるゼッケンをつけていてくれないのが厄介だったが、出回っている写真から容姿と名前を一致させておけばそう難しい人探しではなかった。

 

「──あ」

 

 すると間もなく、十字襷を思わせる意匠を刻んだ、紅白の勝負服のウマ娘がこちらへ振り向いたことで発見に至った。

 記憶と違わず気難しげな瞳を向けるそのウマ娘は、以前ジュニアカップにて敗戦を喫したキンイロスイショウその人だ。

 

「……フ」

 

 こちらを見定めるように剣呑な視線を浴びせていたスイショウは、やがて短い笑い声を洩らすと、警戒を解くように姿勢を緩めた。

 

「御託を並べることはしません。見ていてください……後ろからね」

 

 自分が引き出せる限りのオサレ具合を詰め込んだシダーの皮肉混じりの言葉に、くつくつと物静かな笑いを溢したスイショウは、胸をトントンと叩くようにして了解を示してきた。

 

 ──ひとつ鼻を明かしてやろう。

 

 無音で紡がれたその言葉と共に。

 

 互いに思わずニヤついた表情を作りながら見つめ合って間もなく、顔を背け合って別れた二人。

 

(全然変わってないな)

 

 言葉の向けられた先は、自分か全員か。あの日こちらを絶望に叩き落とした冷徹な視線に内心でおののくシダー。

 

(さて、とりあえず義理は果たしてきたけど)

 

 しかし彼女が真にレースで絶対的な壁として目しているのは、スイショウではなかった。

 

「やっぱり、戦わなきゃダメだよなぁ……テイオー」

 

 顎を触り考え込む仕草をしながら見据えたのは、無敗二冠馬を象るウマ娘・トウカイテイオーその人だ。シダーがこの期に及んで回避の可能性に縋る程度には強敵となる存在であり、時系列を考えれば故障癖が付く以前の健康体を維持しているであろう彼女と戦うのは、結果を知っていれば無謀の一言に尽きる難題である。

 

(この皐月賞は穴が開くほど見てきたけど、果たしてそれだけで勝てるだろうか)

 

 愛馬が名を上げたレースだ、展開なら暗唱できるほどには頭に入っている。しかしそれだけで勝ちを拾えるほどテイオーは弱くないし、自分が強いわけでもない。それは初対戦の若葉ステークスの結果からも明らかだった。

 それに出走メンバーの中で自分が対戦したことがあるウマ娘は5人しかいないため、この記憶と実際に走る彼女たちの実力の目安を擦り合わせが不完全となることもネックだ。

 

(せめて、領域? とかいうのがもう一度見られればなぁ)

 

 しかしその前走から得た数少ない収穫を活かせれば、可能性はゼロではないとも言えた。

 尤もそれは再現性のないあやふやなものであるし、他の走者──特にテイオー自身──も使える可能性を否定できない以上、アドバンテージとして当てにできるかどうかも不透明な要素ではあるが、皐月賞攻略に向けて大きな力となってくれることはトレーナーのお墨付きがついている。

 

(それ込みで立てる目標とすれば、2……3着が最高点として妥当ってところかな)

 

 だがシダーがあくまで最善の到達点として見据えるのは、()()()()()()をすべて攻略する結末。

 GI初出走という不確定要素が多い状況である今回は、大舞台特有の空気感に慣れることに注力し、絶対的覇者のテイオーが去る菊花賞にピークを持っていく布石とする──。それがこのレースに向けての狙いだ。もちろん南坂はおろか、誰にも口外していないものではあるが。

 されど、かつていちゲームプレイヤーとして()を勝たせようと尽くしていた過去を拭えなかったシダーは、内心でこのレースをただの布石としてしまうことに折り合いを付けられずにいた。

 

(もし、なんて言えるほど自分は強くない……でも、代わりにといっちゃ何だけど……)

 

 ──勝ってやれないものだろうか。

 

 GI馬の称号に最も迫ったこのレースの勝ちを捧げてやれれば、どれほどよいだろうか。

 しかし願望を掲げて勝てる世界でもないと知っているシダーは、それを一笑に付して考えを打ち切る。

 

「──ソノ言葉、本心に相違ナイナ?」

 

 すると一瞬、思考が寝起きの如くぼやける異変に襲われた。

 しかしあっけなくクリアに戻り呆けながらも、この現象が前走でも経験したことのあるものであると思い返したシダーは何とも言えぬ感覚に包まれる。

 

「ヒッ!」

 

 そのとき、隣から怯え声が聞こえた。何事かと振り向くと、目が合ったウマ娘──3枠7番だったろうか──に露骨にビクつかれ、そっぽを向かれた。

 

(えぇ……)

 

 明らかに過剰な警戒心を抱かれていることに対し、何かしてしまったのだろうか、と不安がるシダー。

 

 なにやら釈然としない気分のままゲートインを待つ羽目となるのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 鳴り響くファンファーレ。伝説の称号・クラシック三冠への第一関門が、いま全ウマ娘の前に等しく立ち塞がる。

 

『さあお待たせしました、今日中山のメイン・第10レースはGI皐月賞。散り残る桜の木の下で、ゲートインがこれから始まります』

 

 胸が締め付けられるような緊張感の中、迷わず2番のゲートに入ったシダー。後扉の閉鎖音がひとつ、ふたつと聞こえる中、いつも通り気休めの柔軟運動を行いながらスタートを待つ。

 

『各ウマ娘順調にゲートに入り、最後に大外枠のトウカイテイオーがゲートイン。出走の準備が今整いました』

 

 そして足音の減り切った空間から最後の閉鎖音が鳴ったところで、辺りに張り詰める空気は戦いにおけるそれへと変貌する。

 

 それから経ったのは数秒か、数分か、数時間か。心なしかいつもより長く引き延ばされたスタート前の一瞬を過ごしたシダー。そして──。

 

「──く」

 

 決死の2分間が始まった。わずかに重心がブレた踏み込み方となったせいで、タイミングはともかく初速で劣るスタートとなってしまったが。

 

『横一線きれいなスタート! 正面スタンド前、大観衆が見守る中第1コーナーに向けての先行争いです!』

 

『注目のブレスオウンダンス、トウカイテイオーは共に好スタートを切っていますね』

 

 今回も先団争いに付き合う気はなかったシダーにとっては致命的なミスとはなっていなかったが、しこりを残したままのスタートとなったのは気がかりだった。取り残される風になりながらも、すぐさま速度をセーブし後方で様子見に移る。

 

『8番ベンチャーリンク、5番のヨイデボイジャーが飛び出していく中、まずは最内にコースを取った逃げ宣言の4番ネクストゥミーが果敢に先頭を行きます。そしてベンチャーリンク、上がってきた16番キンイロスイショウの三人の先行争いで第1コーナーに向かいます!』

 

 先頭争いに注目が集まる一方、最内の1番の1バ身後ろを追っていたシダーの前には、4、5番のウマ娘が前に出て行ったことで生まれたスペースを横切る形で6番が現れているところだった。先頭の競り合いを後ろから見届ける、いつもの形でスタンド前を駆け抜けるシダー。

 

『あとは2バ身差、17番オオイチバンが4番手。その後ろは2バ身開いて内の5番ヨイデボイジャー、あるいは12番ジュニアオーエヌが5番手というところで第1コーナー突入です』

 

 いよいよ最後尾周囲らも最初のコーナーに差し掛かる頃合いとなったそのとき。ようやく外の方から1番に追いついたシダーの目に、前の方で5番手付近の競り合いに何人かのウマ娘が加わろうと上がっているのが映る。

 

『9番ネオホーリースカイはその後ろ……おっと7番ラッキーモーニング、3番ナントウミスト、あるいは15番ホワイトシャッコー、トウカイテイオーがその5番手集団にまで上がっていきまして、1、2コーナーの中間に入りました!』

 

 やはり前で横一線の列が出来る展開は避けられないか、とラストスパートの軌道のイメージを膨らませながら第1コーナーを走るシダー。ただし順位にして一つ前後となるウマ娘の二人に最内を取られている中でのコーナリングは、慣れていても精神を擦り減らすものだ。

 

『後はホワイトシャッコーの後ろ、2バ身控えて10番のトリプルダンサー、これをかわすように14番オウカムサシキングが続きました! さらに2バ身差で外を回って13番ヨイデシーズン、内を回るブレスオウンダンスは後方の定位置! さあここからバックストレッチです!』

 

『13番、前の三人の壁で引っかかっている印象があります。ブレスオウンダンスについては得意の追い上げをここからどうイメージしているかに注目ですね』

 

 いよいよ向こう正面に入った面々。勝者が決まるまでもう1分もあるかどうかという緊迫とした状況が未だ続く中山レース場にて、18人がしのぎを削る。

 

『それから2バ身差、後方は三人で、ブレスの内へ浮上中の6番クリスタルゲイル。2バ身控えてシダーブレード、さらに1番ヨイデスパルタと、枠番1のウマ娘二人が行っています!』

 

『向こう正面も中間を過ぎて、折り返し地点です。どう仕掛けてくるでしょうか』

 

 最内かつ前にいた6番が若干前に出て、最後尾組が自分と1番の2人になった。内からの進出を考えるなら内のスペースに入ってしまいたいところだったが、十分に差が離れていない1番を背に斜行を行えば進路妨害を取られかねない。

 

(やっぱり行くなら外か……と、前に出るか。合わせないと)

 

 最内を進む方針を切り捨てたところで、件の1番が6番を追うように位置を上げ始めたのに合わせ加速を行う。

 

『先頭へ戻りましょう。ハナを進むのは依然としてネクストゥミー。2番手にはベンチャーリンクがつけています。あとは内からオオイチバンとキンイロスイショウ並んでいますが……おっとスイショウが2番手に並んでいきました! さらにネオホーリースカイが上がって、それをマークするようにトウカイテイオーはその後ろ! いよいよ第3コーナーカーブしていきます!』

 

 いよいよ迫る最終コーナー。外に出て捲るしかないシダーは既に進出を開始し、一列先に足を進めつつあった。

 

『さあ600を切った! 後続からブレスオウンダンスはまだ中団! バ群の中へ突っ込んでいく! オウカムサシキングが、中団から先団を狙って上がっていきまして4コーナーカーブに入りました!』

 

 横に広がって固まった群衆をひとり、ふたりと追い抜きにかかるシダー。しかし、ふとシダーの脳裏に自嘲めいた考えがよぎる。

 

(これじゃあ、まるであの時の焼き直しじゃないか)

 

 大外から追い込んでいく1枠2番。そんな何度も見直した強襲劇と思い切り被ったこの戦況に、無意識な()への模倣が色濃く現れていたと悟った彼女は思わず苦笑する。出走前に彼と自分とで重なる事柄を思い返していたことも手伝ってより強く意識されていた。

 

『さあ先頭は横一線になってキンイロスイショウ、トウカイテイオー、ネオホーリースカイ! 内粘るベンチャーリンク! 4コーナーカーブから直線に向かって、ラッキーモーニングが間に突っ込んだ!』

 

 いよいよ突入した最終直線。外へ持ち出しフリーとなっていたシダーにとっては、遮るものなく末脚を使い切るだけの勝負となっていたものの、それが先頭まで届くことは永久にないだろうということは、目の前でスパートに移ったテイオーの背を見て本能が感じ取っていた。

 

(ましてや初めから割り切ってしまった自分じゃあね)

 

 菊花賞への布石、と勝利への執着を捨てていた自分ではなおさらだ、と嗤った彼女。どう転んでも真の意味で死力を引き出せない自分では、彼が踏み入れた場所に納まることはできないだろう。

 しかし、目的を果たすこととそれとは別だった。

 

『最内はジュニアオーエヌ! 大外からはシダーブレード、オウカムサシキングが突っ込んでくる!』

 

 自分よりひとつ内にいたオウカを捉え、なおも進み続けるシダー。これでいい。無謀にも夢見てしまった結末は、あくまでゲームの中だけで望んだことなのだから──。

 勝敗への感情に折り合いをつけた、そのときだった。

 

 

 

 

「──ヌルイ、マサニ拍子抜ケヨ!!」

 

 

 

 

 突如響いた怒号とともに、シダーの世界が止まった。




なお決着は次回……
今度はあまり待たせないうちに更新する所存。

名称変更リスト
・チアーリズム→ネオホーリースカイ
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