そういえばキタちゃんのダービーにも二人のそっくりさんが出てたような。
──自分以外のすべてから色が抜け落ちた世界の中で、誰かの声を聞いた。
『諦メルツモリカ? オマエはワタシニ勝ッテホシイノデハナイノカ?』
「っ! それは、どういう……!?」
私、という一人称に反応したシダーが咄嗟にその声へ問い返すと、愉悦に溢れた微笑を切り出しとして語りかけてきた。
『コノ世界ニ来タトキヨリ、オマエノ記憶ノスベテヲ見セテモラッタ』
この世界? 記憶を見る? そんな聞き慣れないイレギュラー染みた話し文句に呆けたシダーだが、自分という別世界の住人の境遇を今一度見つめ直した彼女の頭脳に、ある答えがよぎる。
(まさか自分と一緒にここへ生まれ直した誰かか!?)
前世で死して転生してきた者が自分一人だけである保証などない以上、そう疑うのが自然だった。なぜ二人分の精神を肉体ひとつに押し込んだのか、という点では不自然であるが、そもそも転生などという非科学的な事柄を考察する以上、経緯に合理性を求める方が無理があった。
『オカゲデ、朧気ダッタワタシノヤルベキコトガハッキリト見エタ……コレデアノ18ノ──イヤ、トウカイテイオーヘ借リヲ返スコトガ……』
「待て! 待ってくれ! あなたは誰なんだ……!? まさか、あなたが、あの……!」
未だ正体が不明瞭な声の主にそう夢中で問いながらも、聞き取れる台詞からシダーはうっすらと答えに迫りつつあった。
『……誰デモ変ワルマイ。トニカク付キ合ッテモラウッ!!』
「何に……うっ」
尋ねる猶予もなく、背中を押されたような衝撃が走った。
「……!!」
その瞬間、シダーからすべての感情が抜け落ちた。そしてコンマ数秒にも満たないその間にその中身はまったく別の何かにすげ替わり、感じていた重圧や息苦しさがすべて消え去った。
目を開くとモノクロながらも以前より遥かにクリアになった視界が広がり、間もなくただひとり色が着いた先頭のウマ娘に視線が注がれた。
──ドウシタ、相手ハ俎板ノ上ダゾ?
先ほどと同じ声が響き、それと同時にシダーは途方もないほどの活力と全能感に支配された。
「うっ……ああああぁぁっっ!!」
身に滾る感情を言語化する知性と理性を引き換えに、ただひたすらに速くあろうとするその様は、ライバルの目には怪物のように映った。
『トウカイテイオー! トウカイテイオー堂々先頭!』
まだ大外を捲る途中だった故に、まだ実況はシダーの豹変に気づかない。
『モットダ……モット寄越セェェェッ!!』
そう自分にしか聞こえない叫び声を上げる何者かは、すでに限界を数歩も飛び越えるような命令を下していたこの肉体にさらなる負荷を要求する。
(っつ!! こんな走りで、体が持つわけがない……!)
鋭敏になりきった神経は、手足の筋肉から、ジジジ、と何かが焼き切れる音とともに鈍い痛みを訴える。もし肉体の裁量権が半ば乗っ取られていなければ、そのままショックで気絶しているのではないか、という有様だった。しかし自分がここで意識を手放せば、この何者かはいよいよこの肉体に十二分の負荷を掛けにいくだろう。それこそ選手生命を断ち切ることになろうとも。
『シダーブレード! シダーブレードが二番手に上がってくるのか!?』
テイオーが手の届く位置まで近づき、いよいよ肉体が悲鳴を上げ始めていた。
「行けぇぇっ!!」
「差してっ!!」
シダーの葛藤など知る由もない客席からは、あらん限りの声援が飛んでくる。しかし全速力で走ることにすべてを注いでいる頭脳が、そこへ意識を割くことはなかった。
『早クシロッ!!』
「うあああああぁぁぁっっ!!」
叫ぶ。シダーにとっては、世界を揺るがす二択を迫られているに等しかった。
この先の四年を支払ってでも、この勝ちを捧げるべきか、それとも止めるべきか。
『トウカイテイオー抜かせな……いや、詰まるっ!! シダーブレード、並びかけてくるか!?』
ただひた走る内に、無我夢中で追う目の前のウマ娘の振り向く顔が映った気がしたが、彼女にとっては至極どうでもよかった。
そして距離が詰まる毎にその顔は徐々に横顔と化す。
(こうするしかっ、ないのか……!?)
彼がGIを獲る姿が見たい──。液晶越しに誓った遠い昔の夢物語だったそれを、実際に叶えられるチャンスを前にして逃げ出すほど軽薄な追っかけではなかったシダーは、ようやく腹を決めてもう一人の自分に同化しようとした。
『……ソレデイイ』
返答は至極満足げな声。視界にもやがかかり始めたシダーは、眠気に誘われるように瞳を閉じた。
(ごめんな、トレーナー、みんな……)
もう同じ道を歩むことは、叶わないだろう──。耐え難い激痛の中、チームメイトや師の姿を浮かべるシダー。
汗とも涙ともつかぬ液体を押し流す瞼が視界を染めて間もなく、彼女の今までの記憶が走馬灯のように脳裏に巡る。
「──は」
ただし霞みきっていたはずのシダーの意識は、ふと特定の人物とのシーンにフォーカスした。してしまった。
──ありがとう。君との走り、楽しかったよ。
他でもないターフの演出家との、邂逅の記憶。
そしてつい先ほど乞われた、ただひとつのオーダーを。
──見せて……キミなりの自由を。
……まだ、何も見せられていない。
「……ぁっ、かはっ」
飄々と笑うあの顔を想起し、沈み込みかけていたシダーの意識が浮上する。
『……!? オイ、キサマ……ッ!!』
限界を踏み越えようとしていたもう一人の怒号が響く。
「で……」
抗議に構わず、用意していた回答を寸前で差し替えた。
「……できませんっ!!」
そのまま視界からテイオーの姿が掻き消えるかといったところで、ゴール板を突き抜けた。
『トウカイテイオーとシダーブレード、二人並んでゴールインっ! こっ、これは……! 実に同時、ほぼ同時!! どちらが勝ったのか、放送席からまったく追えないほどの接戦です!!』
ゴールにたどり着いたことを本能が察した刹那、プツンと緊張の糸が切れた。間もなく全速力からスピードを殺しきった彼女に、ある代償が突きつけられる。
「……ぁ」
意識混濁と同時に、四肢へ耐え難い激痛が襲った。立っていられず、崩れ落ちるように膝をついた彼女。まだ主導権は戻っていなかったが、間もなく両腕が頭を掻きむしったことは知覚できた。
『アアアアアッッ!! ワタシノッ!! ヤツヘノッ……ウアアアアッッッ!!!』
加えて声帯が震えているのが伝わってくる。きっと今、自分の体は人目も憚らず叫んでいるのだろう。つい先ほど何十年越しの想いと我が儘を押し付けあった相手の慟哭にも関わらず、シダーにはそれが遠い出来事のように思えた。
(負けたんだろうな……自分、は……)
掲示板は見ていないが、勝つための決断を放棄した以上は敗北で終わっているだろうと言う自覚はあったし、そうでなければテイオーに顔向けできなかった。
(ここを勝って終わるだけじゃ釣り合わないんだ……君の4年は……)
遠くなる意識の中、脚を潰してでも、としなかった訳をそう想起する。泥まみれになりながら駆け抜けた彼の軌跡を、ここで使い切るにはあまりに惜し過ぎたから。しかしそれは後付けの言い訳だ。
(いや、ただの我が儘だな、自分の……)
当人が望んだ結末にブレーキを掛けるなど、外から見ていただけの部外者の分際で思い上がりも甚だしい所業だ。
(あぁ、眠……い、たいな……)
やがて思考速度が、著しく鈍化していく。痛覚も曖昧になり始め、それと比例するように、色の戻らない世界もゆっくりとぼやけていった。
(ごめんな、シャ、コ……)
意識を失う直前、未だ泣き叫ぶもう一人の自分に詫びた。
翌日。皐月賞の勝者を報じた新聞の一面には、どこか禍根が垣間見える精悍な顔つきで指を天に掲げる帝王の姿があった。
『あわや同着』との見出しで綴られたその記事には、2着のウマ娘のウイニングライブ不在も報じられていた。
1バ身差がハナ差に変わったのでれっきとした史実改変です。
……いや冗談です。次のダービーからが本番だから許して()
10/10 10:18追記
オチつけ忘れてました。本当に申し訳ない……
10/12 追記
なんとなくX(旧Twitter)はじめました。何呟くかはまだ決めてない。
https://twitter.com/JestaU007