理想とは斜め上に行くものである   作:J・イトー

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お待たせしました。
「急に非公開になっていた」と思われた方、ご心配をおかけしました。
過去話にて、文面調整のほかにもpixiv版限定シーンの統合も行っておりますので、よろしければそちらもご覧ください。

初っ端から故障の描写を扱いますので、苦手な方はご注意を。


影響と流転のダービー前哨戦線

『──か、勝ちましたトウカイテイオー! シダーブレードの末脚を僅差で振り切り1着! 写真判定までもつれ込んだ接戦の末、クラシックの一冠目を手にしました!』

 

 ……未だ脳裏に焼き付いて離れない、勝利の瞬間。

 

 自らが憧れ、求めていたものとは大きく異なっていた栄光に、感じてしまったものの正体は説明できない。しかし、何か歯車が狂ったきっかけがあったとすればそれだっただろう。

 

 目の前で見せられたあまりにも鋭利な想いに、自らの覚悟の浅さを突きつけられてしまった気がして。

 

 ──ボクは、1着にふさわしい走りができてたのかな? 

 

 それはトレーナーの下へ戻ったとき、真っ先にした質問だった。

 だからこうして勝っている、とそのときは諭されたものの、心に突き刺さった針が抜けないままトレーニングの日々へ舞い戻ることになったテイオー。そんな彼女に不幸が待ち受けていたことは、ある意味で必然と言えたかもしれない。

 

「あのバカ……飛ばしすぎだ」

 

 ほとぼりの冷めてきた今日、テイオーはダービーへ向けてのトレーニングをしていた。

 練習コースを走る彼女を、そうトレーナーは評していたらしかった。

 

「ペースを上げすぎだ! 集中して走れ!」

 

 どうにもいつもの調子ではなく、上の空のまま速度超過をしてしまっていたテイオーへ、トレーナーが見かねて声を張り上げたときだった。

 

「──え」

 

 このとき、テイオーが向こう正面にいたことも手伝ってトレーナーの声を聞き取れず、注意をそちらへ向けてしまった。

 

 折悪しくもコーナー間際だったことが災いし、外ラチギリギリまで直進を続けてしまった彼女は、慌てて脚でブレーキを利かせようとする。

 

「がっ──」

 

 しかし、時速にしておよそ60km/h以上にもなるそのスピードを、右足一本で殺そうとしたのが運の尽きだったのだろう。

 間もなく足首へ走った激痛によって、テイオーがターフへ倒れ伏すのはすぐのことだった。

 

 程なくして要請された救急車によって、病院への搬送がなされた場面まで回想すると、現在に近いところまで記憶が追いついた彼女は、ふと激痛を訴える右足を見下ろした。

 

 ──もう、三冠ウマ娘になれない。

 

 一応の応急処置は施されたものの、それでも尚堪えかねる苦痛からそれを直感しつつあったテイオー。

 やがて車両後部の扉が開き、自らが寝そべる担架の移動を感じ取った刹那、彼女は思わぬ人物と顔を合わせることになる。

 

「おい、君──!」

 

「テイオーっ! どうした、立てテイオー!!」

 

 周囲の制止の声を受けながら、テイオーの視界に飛び込んできたそのウマ娘は、あの忘れもしない皐月賞で覇を争った相手だ。

 

「なあ、ちょっと足をひねっただけなんだろ? 大事を取っただけなんだろ? おい──!」

 

「……シダー」

 

 ひどく焦ったように詰め寄るライバルへ向け、弱々しく名を呼ぶテイオー。

 しばらく担架へ並行して歩いていたシダーだったが、こちらが施設内へ入るとさすがに限界を悟ったか、足を止めて見送っていた様子だった。

 

「──ごめん」

 

 呆然と立ち尽くしたその姿が徐々に小さくなる中、テイオーはただ一言詫びを溢すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……そっか、それは驚きだね」

 

 手負いのテイオーを呆然と見送ったまま帰路へつくことになったシダーは、ふらり現れたミスターシービーと行動を共にしていた。

 落ち着くや否や、目にしたままを告げた後輩へ短く応えた彼女は、まだ気が治まらないらしい相手へ耳を傾ける。

 

「皐月賞で自分、最後の最後で怖がってしまって、勝てなかったんです。次……ダービーで会ったときは恥ずかしくない走りをしようって、そう決めたばかりなのに、見てしまって……!」

 

 ライバルが病院に運ばれていくのを見た、ダービーで戦えるかどうかもわからなくなった、そう本心を感情の赴くまま溢したシダーに対し、シービーはまた短く反応する。

 

「御運が開けた……とは言ってられないよね」

 

 私情すべてを排せば、シービーが言いかけたことは的を射た事実であると言えた。

 

 見方を変えれば、自分をハナ差で下した相手が消えたのだ。

 しかし、それを不安要素が無くなったと喜べるほど、シダーは勝負の世界を割り切れていない。

 

「なんでだよ……なんでアイツ……いやあの人がっ……!」

 

 口調が本来の自分とごちゃ混ぜになるほどに、動揺して歯を食い縛るシダー。

 悩むように明後日の方向を向いたシービーは、結局言葉を自分の中で形にできなかったらしくこう口にした。

 

「……アタシには、ライバルがいなくなるって気持ちはわからないんだよね。ずっと隣にエースがいたし」

 

 共にトゥインクルシリーズを駆け抜けたウマ娘・カツラギエースの名を口にした彼女は、しかしこう続ける。

 

「でも、きっと恐ろしいものなんだろうな。……今見てるだけのアタシも、寂しいって感じてるんだから」

 

 気持ちはわからない、としながらも、シダーの悲壮感からおぼろ気に察しつつあったシービー。

 すると彼女は、ガラじゃないけど、とも溢しながら慰めの言葉を吐いた。

 

「けどさ、意外とちょっと経ったらそんな気持ち、忘れちゃうかもしれないよ? だってあの娘、ルドルフのお気に入りだしね」

 

 シービーが選んだ言葉は、テイオーはただで転ぶウマ娘ではない、だから悲観することもない、と言外に告げるものだったが、シダーの表情はまだ晴れない。

 

「……私が追い詰めたからかもしれないって、そう考えてしまって怖いんです」

 

 遠慮がちにそう口にするシダー。

 もしこの世界のレースが、自分の知る競馬史をなぞる結果になるとすれば──。このイレギュラーの発生は自らが最たる原因である、と考えていた故の発言だ。

 しかし、シービーがそれに同意することはなかった。

 

「キミひとりに負かされそうになったくらいでそうなるほど、あの娘は弱い娘なの?」

 

 それは、と洩らしながら、シダーは失言に気づく。

 詰まる彼女を前にして困ったように笑いながら、シービーは続けた。

 

「ごめんね、意地悪しちゃって。……でも、ほんとにいい勝負だったもんね」

 

 そう微妙に話題を変えたのは、ある種のフォローだったのだろう。ダービーでも見たかったな、とまもなく溢した彼女の言葉を、わずかに瞳を潤わしながら受け止める。

 

「……どうなっちゃうんだろうね、これから」

 

 しかし、締めに呟かれたその懸念の意味をシダーが解すのは、少しあとのことだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お待たせしました、皆さん」

 

 学園のコースにて練習に明け暮れるチームカノープスらへ、ようやく合流したシダー。

 

「……うん、おかえり」

 

 しかし、一行はどうにもお通夜さながらの落ち込み具合だ。それは声を発したネイチャはもちろん、コース傍に控える南坂も例外ではなかった。

 

 その理由は、シダーにとって明白だった。

 

「あ、あのさ。シダー、あの件……もう知っちゃってる感じ?」

 

 幸いにもネイチャの口から切り出されたその話題。シダーのレスポンスは少し鈍かったが、目の当たりにすらしていた彼女は当然ながら頷いた。

 

「……ええ。テイオーさんのことなら、既に」

 

「そっかぁ……。ったく、なにやってんのって感じよね、あの娘……」

 

 どこか気まずそうにボヤく、ネイチャのその面持ちは不安げだ。

 

 シダー退院から間もなく、テイオー故障の報せが世間に知れ渡るのは早かった。

 彼女が所属するチーム・スピカのトレーナーによって発表された内容は、全治およそ半年の骨折発覚。

 三冠も囁かれる有望株の離脱に、無敗三冠ウマ娘・シンボリルドルフの影を重ねていた多くのファンから落胆の声が上がったのは言うまでもない。

 

「……リベンジが先延ばしになったのは残念ですが、まずはテイオーさんに恥ずかしくない勝ち姿を見せられるよう、頑張っていきましょう」

 

 そうやんわりと激励したのは、やはり南坂だ。

 無難に返事を返して間もなく、コースを周回していたターボ、イクノの両名が戻り、会話へ加わってきた。

 

「ふぅ……。シダーさん、お待ちしておりましたよ」

 

「ゼェ……ゼェ……シダー、おかえりっ……」

 

 息を整えながら話しかけてきた二人に頷いて応えつつ、シダーは南坂の言葉を待った。

 

「──さて、皆様集まりましたし、お二人のクールダウンを兼ねた伝達を行いましょう」

 

 戻ったターボ、イクノの休息を促しつつ切り出した彼は、まず彼女らにとって目前となっている次走について触れていった。

 

「ターボさんは青葉賞、イクノさんは京王杯スプリングカップと、それぞれ次走が迫っております。二人とも前走の勢いのまま勝っていきたいものですね」

 

 無難に激励を口にした南坂は、声を掛けた二人が頷いて応えるのを見届けると、残されたシダー、ネイチャへ目を向けた。

 

「そちらのお二人も、トレーニング復帰が近づいておりますし、感覚を取り戻すための備えを進めていきましょう」

 

 足の故障も回復しつつあるネイチャ、炎症の自然治癒が待たれるシダーらへ向けたその言葉に、変わらず頷く。

 

「特にシダーさんは、ダービーに出るのかどうか……ということも踏まえて、先を考えなくてはなりません。考えはまとめておられると思いますが、すり合わせも含めた話し合いも行っていきますよ」

 

「……はい」

 

 そのシダーの短い返事にて、伝達事項は終了となった。

 南坂はイクノらトレーニング組に向き直ると、クールダウン後の指示へ移っていった。

 

(ダービーか、でも……)

 

 病院でのネイチャとのやり取りをしたときは、当然のように出るつもりでいた。

 ただし、故障明けというハンデに加え、テイオー離脱を目にしたメンタルを抱えた今、勝利を見据えた走りができるとは思えなかった。

 

(いや、でもだってだなんて、言ってる暇ないよな)

 

 それでも、不調を言い訳に出走を避けるのは、テイオーへの不義理に思えて仕方なかった。

 責任を取る、というような崇高なことが言いたいわけではない。しかし、自ら──半ば無意識下ではあったろうが、どのみち菊花賞でやるつもりだったのだから同じだ──運命を捻じ曲げたツケと思えばこそ、その感情は大きかった。

 

「──ねぇ、シダー? トレーナーさん呼んでるよ?」

 

 そうネイチャから声を掛けられ、我に返る。見れば指示を終えたらしい南坂がこちらへ苦笑をこぼしていた。

 

「……すみません、ボケっとしてました」

 

 不手際を詫びると、すぐさま駆け寄る。

 

「シダー……」

 

 その無邪気な心配の声は、彼女には届かなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『さあ東京レース場、今日のメインレースはダービートライアル・青葉賞です!』

 

 クラシック級最大規模のGI『日本ダービー』の前哨戦となるこのレース。

 チームメイトのターボを見守らんと南坂らと共に駆けつけたシダーは、ゲートを前にした出走者一行を神妙な面持ちで眺めていた。

 

「……ナタール、まさか君があの馬だったなんてね」

 

 ゼッケン1番を背負う同室の名を口にし、わずかにため息を漏らす。

 シダーの脳裏にいたのは、クラシック最後の一冠を手にした『獅子』の姿だ。

 

(マルゼンスキーにお熱だったのは、そういうことかぁ)

 

 トウカイテイオーとシンボリルドルフの間柄のように、ウマ娘たちの関係性には前世で知る競走馬の血統の影響があると知っていたシダーは、その疑問をようやく解消に至らしめていた。

 

(そうなると、ターボには残念なレースになるだろうな)

 

 シダーの知る歴史をなぞるならば、このレースを制するのはナタールだ。

 イレギュラーの可能性を考慮しても、ここまで自分とぶつかっていない彼女へそれが及ぶとは考えづらい。そもそもターボは、ここでは掲示板にも入れずに、キャリア初の敗北を喫していたはずだ。どう転んでも、勝算は薄いだろう。

 

「……ねえ、勝つのは誰?」

 

 隣のネイチャから、そう小さく問われる。いま当てにされたのは直感ではなく、()()の方だろう。以前の見舞いにて、自分の身の上はある程度察せされているはずだ。

 

「……確証は致しかねますが、私の同室が有力かと」

 

「……そっ」

 

 明言を避けつつ口にすると、ネイチャは短く反応した。

 

『さて、逃げで2勝を挙げたウマ娘が5人もいるこのレース。予想では1番・リオナタールが行くのではないかとの見方も多くあります』

 

『さすがに1番人気ですからね。このレースでもそれを貫いて勝てれば、2年連続の逃げウマ娘のダービー制覇も夢ではありません』

 

 やはりというべきか、注目の的はナタール一色だ。11番人気のターボは触れられもしないか、とシダーが納得していると、ネイチャがふと溢した。

 

「……やっぱりこんだけ逃げがいちゃ、ターボでも厳しいかね」

 

「いえ、だからこそという考えもできます」

 

 そう即座に反応を返したのは南坂だ。

 

「一度前に立てば、ターボさんを止めることは難しいでしょう。引き離してしまえば、他の逃げウマ娘も含めて後ろのペースは崩れるはずですし、チャンスが生まれる可能性はあります」

 

 それは粉微塵に等しい勝ち筋だが、と内心で付け加えながら語る彼の本音を薄々感じ取りながら、シダーらは改めてターボら出走者を見据える。

 事実、逃げを戦術とするならば、大外に等しい8枠へ飛ばされたのは極めて苦しいハンデだ。距離で見れば1パーセントに満たない延長であっても、先頭でレースを作る義務を果たす上では重くのしかかる差だ。

 

「……大丈夫です。あの方は、他でもないツインターボというウマ娘なのですから」

 

 出で立ちに似合わずアバウトな台詞を吐いたイクノへ、一同は苦笑混じりな賛意を示す。

 すると出走のコールを待つ実況は、解説とのやりとりを総括へ移そうとしていた。

 

『──なるほど、それでは内から1番のリオナタール、水色の体操服に注目していただきたいと思います! さあ青葉賞、いよいよスタートです!』

 

 その総括から間もなく、場内へファンファーレが響き渡った。

 

『さあ枠入りが順調に行われます。クラシック戦線へ名乗りを上げるのは誰になるのか』

 

 やがてゲートへ収まった一同を観客全員が固唾を吞んで見守る中、沈黙に支配されるスタート地点では、幾多もの意志が渦巻いていた。

 

「ターボ、勝つから……テイオー」

 

 それはそのうちのひとつでしかなかったが、随一の鋭利さを放っていた。

 

『さあ、ダービーへの切符を懸けたレースが今、始まります!』

 

 アナウンスからゲートが開くまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 ──運命を覆すための前哨戦が、始まる。




これからも拙作をご愛顧いただければ幸いでございます。
そしてお読みくださった皆様には格別の感謝を……。
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