理想とは斜め上に行くものである   作:J・イトー

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10000UA突破記念でございます!!

気づけば2周年まで迎えていたことに驚きを禁じ得ませんが、拙作をこれからもご愛顧いただければ幸いでございます。


獅子と推進の青葉賞

『──さあ始まりました青葉賞。先行争いですがスーパーゲイザーは控えて、外の方から4枠のサイジョウパパスが上がろうとしています。そして大外からはツインターボがやはり行きました!』

 

 ダービーへの切符を懸けたトライアルレースにて、17人のウマ娘が争っていた。

 

 逃げで名を上げたメンバーも多いこの戦いだ、先頭争いには相当な注目が集まっていたが、まずハナに立ったのはターボだった。

 

「……まずは第一関門突破、ってとこ?」

 

「ええ、そうですね」

 

 グングンと後続を突き放すターボの姿を受け、ネイチャと南坂のやり取りが聞こえる。

 8枠という不安要素はあったものの、まずは最低ラインをクリアしてみせたことへの安堵から溢れたものだろう。

 

『1コーナーのカーブを左にとって行きます、まず逃げて行きましたのはツインターボ。3バ身から4バ身のリードを取ろうとしています』

 

 ターボを先頭に最初のコーナーを駆け抜けていく一行。しかし、ナタールを始めとする逃げ予想のウマ娘らがほぼ前に現れていないこの展開に、実況は真っ先に叫ぼうとしていた。

 

『さあスタートから一歩遅れているリオナタール、後方の位置取りとなりましたが大丈夫でしょうか!?』

 

 最内ながらスタートに手間取っていたそのウマ娘は、現在14、5番手といったところだ。

 前走の勝ちパターンをなぞることができなくなったこの状況に懸念を洩らす実況だったが、彼女には考慮に入れていない事柄がひとつあった。

 

『……今までより数段距離が伸びる訳ですから、温存を狙ったのかもしれません。他の三人もおそらく同じでしょう』

 

 それは出走者全員にとって、この青葉賞が実戦における過去最長距離のレースであったことだ。

 未経験の2400mの攻略にあたって、消耗の激しい逃げを避ける選択はそう特異なものではなかった。

 

『そうですか……では巻き返しに期待しましょう! さあ2番手を見てみればサイジョウパパス、3番手は内を通りましてサイジョウカイザーの方が行っています。外からは17番のワンダフルオオナミ、後は2バ身ほど下がったところ、もうひとりのサイジョウ、サイジョウジャポンがここにおります。それから外を通ってタイシャキング、内に入ってオールラマシア、さらにこのグループにはブレスシークラウドもつけています』

 

 およそ前半の順位までをコールしたところで、隊列全体が向正面に入る。

 未だリードを保持するターボの様子は相変わらずだが、後方集団の争いは混沌の様相を呈していた。

 

『さあその後方ですが外から上がったラクシュリー、ちょうど中団です。内を通ってスーパーゲイザー、外を通りまして……えー、ミクロンシゲフジの方が行っています。その後ろ、外からは3番人気ヤマノファンダンゴが続いていきました。あとはフジマサドワス、その後方にラッキーモーニング、内を通って1番人気リオナタールはやはり後方からのレースになっています! それからマーチオイワッケン、最後方からサークルシュウブンという大勢です』

 

 やや判別に時間を掛けながらも実況が順位のコールを終えた頃には、全員が最終コーナーを意識する位置に差し掛かっていた。

 

『展開はややスローか、さあ3コーナーのカーブを回って、これから4コーナーのケヤキの向こう側に向かいますが、先頭は相変わらずツインターボです』

 

 やがてコーナーへ足を踏み入れた一行。ターボが保持していたリードはかなり縮まりつつあり、苦しげな彼女の表情も相まって抜かれるのは時間の問題のように思えた。

 

『さあ1番リオナタールは先頭までちょっと距離がありますが、内から狙う体勢を整えているようです!』

 

 インを突く腹を決めたか、外への持ち出しを図らず前を見据えるナタールへフォーカスする実況。

 間もなく状況は最終直線まで到達した。

 

『さあこれから直線コース! 内いっぱいを通りましてツインターボが依然として先頭ですが、ここから代わるか!』

 

 未だハナに立ち続けるターボだが、失速はどうしても否めない。そうこうしている間に、他のウマ娘らはスパートを試みていた。

 

『外からはサイジョウパパス、サイジョウカイザーらが上がって参ります! さらに外を通ってワンダフルオオナミ、このあたり横一線になりました!』

 

 次第に襲来してきた後続によって、先頭争いはカオスに陥った。

 やがてターボが2番手のウマ娘に並ばれたかというそのとき、まだ内に伏せていた『獅子』が沈黙を破る様を、シダーは捉えていた。

 

「──行きますッッ!!」

 

 前に三人が並んでいる状況だったそのウマ娘は、そこにわずかひとり分生まれていたスペースを活路とし、唯一絶対の末脚を以て抜け出しを図っていた。

 

『前は大激戦になった! 内から一気に今度はリオナタールが抜けた!』

 

 まさにあっという間に通り抜けていったナタールに大勢が決まった先頭争い。

 

『内でツインターボが粘っているが、外からブレスシークラウドが上がってこようとしている!』

 

 粘らんとするターボだが、差し返しを望むにはあまりに酷な戦況だ。

 

「ターボっ……」

 

 やはり結末は変えられないのか、とネイチャが歯噛みしたそのとき、彼女を含むカノープスの面々は、『中央最後の個性派』の片鱗を目の当たりにすることになる。

 

「んぎぎぎぎ……全開で頑張るって、こういうことでしょ、ネイチャァァーーッ!!」

 

 スタンドで見守る一行の前を横切る刹那、ターボの叫びが聞こえた気がした。

 

『三着争いはどうか、さらに大外を通って一気にラッキーモーニング……だがまだ内にツインターボがいる!』

 

 シダーの記憶の中の彼女──いや、彼は、この地点で既に中位まで沈み込んでいたはずだった。それがどうだ、既に先頭は明け渡してこそいるものの、未だ複勝圏の土俵際で居座っている。

 

「そんな、ターボさんにこれほどの粘り腰が──!?」

 

 共に動向を見守る南坂から、味方ながら驚愕を表す声が聞こえる。捕まれば大敗する他ない戦術を用いている、ということは、師である彼が最も理解している事柄であったからだろう。

 

 しかし、皮肉というべきなのだろうか、そんな想定外の発生を認識している者は彼らの他にいなかった。

 

『あっと言わせたリオナタール、これは強い! 2バ身差をつけゴールイン!』

 

 オーディエンス一同の目は、眼前の『獅子』の圧勝劇を映していたのだから。

 

『2着に3番のブレスシークラウド、3着には16番のツインターボでしょうか? いやー、しかしあっという間の抜け出しでしたリオナタール!』

 

 余韻に浸るような実況の台詞とともに、ターフへ歓声が沸き立つ。

 

「君は……まさか、そんな……」

 

 勝者となった同室には目もくれず、3番手でレースを終えるとすぐに倒れ込んだターボへ向け、シダーはただ見開いた目を向けていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ──初の2400mに挑んだターボへ掛かった反動は相当なものだった。

 息も絶え絶えに倒れ込んでいた彼女を楽屋まで介抱したカノープスメンバーズは、触診を行う南坂の様子を伺っていた。

 やがて結論を出したらしい彼は、ひとつ息をつくとこう口にする。

 

「……ライブには出られるでしょうが、いささか疲れすぎかと」

 

 故障の心配はないこと、しかしウイニングライブへの参加にはパフォーマンス内容の下方修正が必要なことを言外に告げた南坂へ、一同は渋面を作りながらも安堵した。

 

「ま、いつぞやのシダーみたいになんなくてよかったですよっと」

 

「やめてくださいよ、もう」

 

 苦笑混じりなやり取りをシダーと交わすと、彼女の耳元へ寄ったネイチャは小声でこう口にする。

 

「……どうなの、この結果は?」

 

 レース前に訊かれた確認作業と同じベクトルであることを察したシダーは、困ったように首を振りつつ答える。

 

「どうもなにも、自分の知らない通りですよ」

 

 まさかこうも簡単に結末を変えてしまうとは、と内心で驚き呆けていた彼女だったが、ネイチャは意に介さず笑っていた。

 

「……ま、運命なんて人の手で簡単に変えられちゃうってことよ」

 

 アタシが威張れる立場じゃないけど、とおどけながら口にされたそれは、おそらく皮肉混じりの激励であろうと思えた。

 

「……ええ、まあ、そうなのでしょうね」

 

 返答に窮し、当たり障りのない言葉を返すシダー。彼女にネイチャの激励が作用しなかったのは、既に犯した事柄がまだ頭を離れてくれない故だった。

 

「すみません、だからこそ怖いんです……自分や誰かの運命も、簡単に崩し得ることが」

 

 まだ割り切れない様子のシダーを前に、ネイチャは頭を掻く。

 

「こりゃ、簡単には行かなそーかなぁ……」

 

 ふとぼやくネイチャだが、それは当然とも言えた。

 

 ──既に、間接的にテイオーの脚を折っているのだから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ふっふーん、これで私もダービー行きですよ? シダーさん!」

 

 自室へ帰った夜、ひとしきり余韻に浸ったらしいルームメイトが語ったのはそんな言葉だった。

 

「はは、おめでとうございます」

 

 穏やかな笑い声を洩らすとそう賛美したシダーは、寝転がっていたベッド上で座り込むように体勢を変えることで向き直ると、この会話に興じることにした。

 

「これでやっと、あの人の無念を……なんて、カッコつけ過ぎですかね?」

 

 そう自嘲するように溢したナタールへ向け、曖昧な笑みを向ける。

 彼女は敬愛するウマ娘・マルゼンスキーが不幸にも出走の叶わなかった、このレースへ強い思い入れを抱いていた。

 

「いいんじゃないですか? カッコつけたって」

 

 せっかく一生に一回の舞台なんですし、とおどけるシダーへ、ナタールも笑んで応える。

 

「そういうことなら、精一杯粋がって勝つだけですね」

 

 そう朗らかに進んだやり取りは、ふと目つきを変えたナタールによって様相を変えられることになる。

 

「無論……それを最も示さないといけない相手は……シダーさん、あなたですけどね」

 

「……私?」

 

 ナタールの言葉に対し、解らない様子で返したシダー。

 

「病み上がりとはいえ皐月賞2着……侮れるほど、私は腑抜けちゃいません。そしてテイオーがいない今、一番勝ちに近いのはあなたです」

 

「随分買い被ってくれることで……」

 

 自らを脅威と認める発言に、シダーは肩を竦める。正直なところ、同じことを言い返してやりたい気分だったからだ。

 

 ナタールの基となったであろう競走馬は、日本ダービーにてテイオーの2着を手にした俊英だ。その1着が消えている今、繰り上がりで勝利を手にする展開は自分よりもはるかに想像がしやすい。

 

「どこぞの慎重派な誰かのせいでしょう? 残念でしたね、強い上に驕ってもくれないなんて」

 

「あははっ、そう言う人は『驕っていない自分』に驕っているものです」

 

 そうひとしきり言葉の応酬に興じると、堪えきれず笑い合う二人。ただしナタールは、シダーの笑みにひとつ影が射していることには気付いていなかった。

 

(皮肉だな。ずっと内にいたあの馬の想いを、なにもわかってやれなかったのに)

 

 自嘲するように吐息を漏らしているシダー。

 デビューした去年、いや今世の初めから自分の内に在ったのかもしれない彼の願いを叶えてやれなかった皐月賞。

 エゴを通して他でもない愛馬の望みを阻んだ自分の有り様を、彼女は驕りと称する他に知らなかった。

 

「……どうしたのです?」

 

 訝しむようなナタールの声が、数テンポ遅れてシダーの鼓膜を揺らす。

 

 何でもない、と首を振ったシダーは、以後表情を曇らせる素振りを見せなかった。

 

 

 

 ──世代最高の席を争う舞台は、目前まで迫っていた。




次回、ダービー突入。

次は今年中の更新を目指して……と言いたいところですが、同時投稿の新作(https://syosetu.org/novel/355274/)と折り合いをつけながら執筆していこうと思います。

それでは。
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