理想とは斜め上に行くものである   作:J・イトー

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世界観はアニメ版ベースですが、時系列がクッソややこしくなるのでこの世界ではseason1は無かったことにしておいてください。


飛び込む決意と将来会議

 ミスターシービーがクラシック三冠という栄光を手にした菊花賞からはや数年。

 世界は違えど、シンボリルドルフの七冠もあったこの時代は、実際に立ち会ってみれば激動という言葉が似合うものだったな、と思えた。

 

 そして、小学校卒業も間近となったシダーは決断を迫られていた。

 ウマ娘として産まれた身には、二つの道が用意されている。

 このまま平々凡々とした道に進むか、トレセン学園に入ってレースの世界に飛び込むかだ。

 

 今まで通り、何気ない日々の中でレースを外野から眺めるのも一興だろう。だが自分は、身体の奥底から自分ではない誰かが叫ぶように、自らの脚で覇を競うことを望んでしまっていた。そして恐ろしいことに、その本能は元来の自分に侵食している節すらある。

 毎日とも言える頻度で行うようになっていたランニングでは、到底満たせないほどに増幅するだろうと考えられた。

 

 学業はまだいい。焦点となるのはレースだ。興味はあるが、自分がやるとなると話は変わる。

 

 なんとなく踏み入るだけでは、どうにもならない気がしてキリがない。

 

 理性と本能とリスクをいっぺんに天秤にかけるが、今の自分では悔いの残る答えしか出せない気がする。

 悩みに悩んだシダーは、リビングにいる母親に恐る恐る悩み事を切り出していた。

 

「どっちでもいいでしょ」

 

 嗚呼、母よ。なんと素っ気ないことか。沸騰しかける脳みそを身振り手振りで鎮める。

 

「いやいやいや……そりゃないでしょ、母さん」

 

「やりたい方を選びなさいって言ってるだけよ。こういうのはどっちを選んでもやっぱもう片方をやっておけばよかったーって後悔するものなんだから」

 

 この世界の母は、こういうとき大抵どうしろこうしろと言う人ではない。しかし、ここまで突き放されると堪える。

 

「もしかしてお金を心配してるの? それなら気にしなくていいわよ」

 

「あーいや、そういうことじゃなくてさ、どっちを選ぶにしても理由が弱くて。母さんの言ったように後悔してしまいそうだから」

 

 心配のベクトルが違うことを訂正しながらも、シダーは内心を吐露する。

 

「叶うならずっとのほほんとレースを眺めてみたい……けどレースに出てみたいって気が無い訳じゃないんだ。シービーさんの走りを見て、その想いはどんどん大きくなってる気がする。でもそんなシービーさんみたいな凄いウマ娘が、きっとこれから何十何百と現れる……って考えたら、自分みたいなのじゃ太刀打ち出来ないよなって」

 

 デビュー後に一勝も挙げられずに消える──下手をすればデビューすらもできない──競走馬たちを、シダーはいくつも知っていた。G1で2着に入れる実力があっても、重賞勝利がなかった競走馬だっているのだ。そのくらい勝つということは様々な要因が絡み合ってしか通ることが許されない狭い門なのである。

 

 もしシービーやルドルフのような名馬とぶつかれば、自分は勝てるのか。既にテイオーに出会っている彼女にとって、その不安は大きかった。先の数年で、テイオー以外にも数えきれないほどの強敵が登場するはずだ。いや、強敵がいない世代など無いとすら言える。

 人間という異物が入り込んだこの体で挑むには、気が引ける試練であったのだ。

 

「じゃあなーに弱気になってるの! 負けるかも、と思いながら走るなんて気持ちがまず三流よ?」

 

 本能と理性との板挟みとなっていた娘に、母の叱咤激励が飛ぶ。

 う、と詰まらせたシダーに対し、母はさらに続けた。

 

「あんたまだ若いんだからさ。リスクばかり気にしてたら損よ」

 

「あははぁ……慎重派って言って欲しいな」

 

「夢持ちなさいっての。あなた小6よ? もっとあれやりたいこれやりたいって真っ直ぐ駄々こねなさいよ。ま、その歳でそのくらいの勘定できるならレースで失敗しても別でやってけるわ。ほら、だから行ってみなさい。トレセン」

 

「結局どっちでもよくないんじゃ……」

 

 最初に前置いておきながらそれをひっくり返してきた母親に苦笑した。

 せっかくウマ娘の母親となったのだ。一人娘にレースで活躍して欲しいと願うのは当然のことなのかもしれない。

 とはいえ、こちらがレース断固拒否の構えを見せていたならば、全く反対のことを言っていただろうということは想像がついたが。

 

「スゥ~~~……はぁぁぁ。ありがとう、吹っ切れた」

 

 ふと大きく深呼吸をすると、余計な考えが吐息と共に抜けていくような気がした。

 

「じゃあ行くよ。トレセン学園。……あ。あそこって寮制だから家のこと手伝ってあげられないし、それにその……色々迷惑かけると思うけど、ええっと……」

 

「いいのよいいのよ、子供は大人に迷惑かけるものなの。こんな時くらいかけてくれなきゃ」

 

「こんな時くらいって……なんでそんな残念そうなの」

 

「利口にばっかしてりゃいいってもんじゃないの!」

 

 前世の自分の記憶を丸ごと持ってきていた分、そのハンデを素行や学業──小学生の範囲などたかが知れているだろうが──などに行使していたのだが、母にとって面白いことではなかったらしい。このいわゆる親心の辺りは、前世でも妻子を得たことがない自分にはわからなかった。

 

 何がともあれ腹は決まった。しかしシダーには、どうしても聞いておかなければならないことがあった。

 

「ふー……うし。ねえ母さん。

 

 

 ───トレセン学園ってどうやって入るの?」

 

 

 

 この直後、母の今年一番の呆け顔と大笑いをいっぺんに見ることになった。

 

 筆記と実技があることを知らされたものの、本能を鎮めようとなんとなくランニングをしていた以外にそれらしい経験がなかったシダー。

 

 その後母とインターネットを行使して何かしらのアドバイスを求めて奔走した末、「無理な筋トレはせず、よく食べてよく動いてよく寝る」という結論に至った。




メイクデビューに行くまでどれだけかかるのか……
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