迫るデビューと新戦力
11月。秋シニア三冠を懸けた戦いの幕開けや、クラシック路線の争いが佳境に入ることを示す月。
今年ティアラ路線──前世で言う牝馬限定戦だ──に挑むも芳しくなかったイクノと、いよいよ次の月からデビューすることが決まったシダーと、その再来月のデビューが予定されるネイチャ、そこに新たな戦力が加わったチームカノープスは修練に励んでいた。
今より行うのは、練習用の芝コースにスターティングゲートを持ち出し、4人同時に走る実戦形式の模擬レースだ。
ランダムに決めた結果、内枠一番にイクノ、ネイチャ、シダー、新部員という順に、一枠ずつ間隔を空ける形で並び、ゲートに入る。
あとは開閉動作が行われれば模擬レースの始まりだ。
4人の中で最も外側、すなわち7番にあたる位置に入ったニューフェイスの、左右非同色の眼に炎が宿る。
「ターボ、全か……ぶべっ!?」
そして南坂がゲートを作動させた瞬間、衝撃音が響く。
「大丈夫ですか!? ターボさん!」
7番の異変を真っ先に認識した南坂の声と共に、もう併走どころではなくなったメンバー三人が駆け寄る。
「あっちゃ~……またぶつけちゃってまあ……」
「最初から良いスタートを切ろうとするべきではない、とこの間教えたではないですか。まず確実にスタート出来ることに慣れて、そこから徐々にロスを──」
「ターボ、最初から一番がいいもんっ!」
頬を膨らませて駄々をこねる新部員に、小言を言ったりため息をついたり四者四様の反応を見せる旧メンバーと南坂。
蒼髪とオッドアイが特徴的なその新部員の名はツインターボ。
最初からフルパワーを発揮して逃げ切りを狙う、逃げのもう一つ前に行った戦術『大逃げ』を信奉する曲者だ。
ネイチャとクラスメイトであるらしい彼女は、ある日カフェテリアでネイチャとシダーが共に食事を摂っていた際に現れ、カノープスに転がり込んできたのである。
ただし極端なまでにせっかちな性格が災いして、まともにスタートを切らせることに手こずっており、ゲートがいつでも貸し出せる訳もない上に毎回ターボが頭突きをしてしまうため反復練習も思うように進まず、南坂曰くこのままでは年内のデビューは厳しいとのことだ。
ゲート審査の制度は流石に生きていたらしい。
「焦らないようにしてれば大丈夫ですよ。はい保冷剤」
シダーが、持ってきた保冷剤を患部にくっ付ける。
練習場にゲートがやってくる度に何回もこうなっているので、対応も慣れたものになっていた。
「すみません。ターボさんの面倒は私が見ますので、お三方は引き続きお願いします」
すると保冷剤を押さえる手がシダーから南坂のものに変わり、冷やがるターボを抱えた彼はコースの外側にはけていった。
「ん~……ターボのせっかちにも困ったものよねぇ」
「ええ、ですが先日の走り込みの際の最高速度には目を見張るものがありました。素質は確かです」
「大逃げだから、だっけ。あたしは向いてないなー、そういうの」
粗削りではあるが、才覚は本物だ。中央トレセン学園に入学している地点でそのことは疑いようのない事実ではあるが、彼女がその凡百な秀才の域ではないこともカノープスの全員が理解していた。
「さあ、スタート練習に戻りましょうか」
イクノが手を叩き鳴らして促すので、他二人も頭を搔きながらゲートに戻ろうとするが、シダーはあることに気付く。
「あ、トレーナーが居なくなりましたけど、誰がゲートを開くんです?」
このゲートは独りでに開かせられるほど便利なものではない。数秒の空白の後に、イクノが眼鏡を指で押し上げながら言う。
「では今回は私が。次はシダーさん、その次はネイチャさん……と持ち回りにするのはどうでしょう」
「そーね。それでいこ」
イクノの提案は無難ではあるが、最適なものであると言えた。そして特に反対する理由が思い付かなかったのはネイチャも同じだったようで、ほぼノータイムで返答が飛んでくる。
「わかりました。お願いしますね」
「ええ、お任せを」
シダーがネイチャに続き返事をするとイクノは頷き、作動させるための用意に向かった。
「さ、もう一回入ろ。シダーはどっちに入る?」
「あー……またじゃんけんで決めますかね。勝った方が内枠で」
「オッケー。それじゃ……じゃーんけーん……」
あまり時間をかけていられないので、スムーズに勝負に移った。何回かあいこが続き、ややテンポの早い掛け声と共に最終的に勝利したのはシダーだった。
「あ、やったぁ」
「あー負けた……ってことはまた3番のとこじゃん」
内側から2人目、空枠を挟んでいるので本番では3番にあたる位置でスタートすることになる。先ほどターボが頭をぶつけていたときの回でもネイチャはその位置だったのだ。
「持ってますね」
「やーめーてーよ、もー」
「あーいや、そんなつもりでは」
フィーリングで口走ったことが失策であったことに気付き、取りなそうと慌てる。
「お二人とも、そこら辺で」
しかしイクノの咎める声が響き、すぐさま本題に戻った二人はゲートにそそくさと入っていく。
「では参ります。これをこうして……」
操作から間もなく、二人のウマ娘がゲートから解き放たれた。
「ほう、デビューですか」
トレーニングを終えて寮に戻ったシダーは、靴裏に蹄鉄を打ち付けながら同室であるリオナタールと語らっていた。
「ええ、大体1週間後ってところで。ナタールは来月だったっけ?」
「その通りです」
テレビの情報番組を眺めながら返事をするナタール。
本命のリギルに入り損ねたものの、結局他のチームに拾われた彼女は、腐ることなく鍛錬に励んでいるようだった。
この時期でのデビューということは、彼女もテイオーと同じ世代で走ることになるのだろうか。
『続いてのトピックスは、先日行われました菊花賞についてです。同じメジロ家にして一番人気のメジロライアンを見事撃破したメジロマックイーンが勝者となりました』
ナタールとの会話が一段落すると同時に、番組の話題はGIレースの事に移った。聞き覚えのある名前に、視線は蹄鉄に向けながらも耳をテレビに傾ける。
『皐月賞、ダービーの勝者に加え、次々と回避者が続出した中でチャンスを掴みとった彼女は、見事ステイヤーとしての才覚を発揮し、重賞初挑戦ながら見事勝利を収めています。奈瀬さん、どう思われますか?』
奈瀬と呼ばれたコメンテーターは、新進気鋭のトレーナーであるらしい女性だ。
『……不可能に等しいと称されながらも、わずかな0.1%の奇跡を起こしてみせた、それだけでしょう』
『なるほど……そういえば奈瀬さんが担当されておりますスーパークリークの出走の際も、同じような事を発言しておられましたね。やはり同レースを重賞未勝利で制した彼女について意識しているのでしょうか?』
『……ええ。間違いなく、将来ドリームトロフィーリーグにて戦うことになる相手ですから』
ドリームトロフィーリーグ。前世で言う中央競馬にあたるトゥインクルシリーズにて多大な功績を残した者にのみ挑戦の切符が与えられる、なんだかよくわからない夢の舞台のことである。奈瀬が担当するスーパークリークは、そこに活躍の場を移しているらしかった。
『そこまで断言なさるとは……これはますますメジロマックイーンについて目が離せなくなりましたね! さて、次走について注目の集まる彼女ですが──』
蹄鉄を打つペースは落ちずとも、シダーの血が沸き立つ。
メジロマックイーン。史上最強のステイヤーと呼ばれた名馬中の名馬の名を背負う彼女が、ついに本格始動したのだ。
連覇を成した春の天皇賞で帝王を、二度目にはシービーの子を続けて下していたあの名馬が。
そのことに行き当たった途端、自動的にいつかの記憶が呼び覚まされる。
──スタートしました、14頭出遅れはありません──
最初で最後の、名優と帝王の激突。連覇か、無敗か。天地に例えられた驚異的な走りを見せる2頭の対決に世間が熱を上げるのは無理からぬことであった。
そして記憶は最後の直線まで早回しで再生されていく。
──トウカイテイオーはどうか!? トウカイテイオー伸びない!──
しかし、一騎討ちに持ち込むことすらなく帝王は後ろに沈んでいく。距離が長すぎたからか、レースの後に判明する骨折が関わっていたのか、その理由は誰にも分からない。
──トウカイテイオーは馬群の中! 先頭メジロマックイーンゴールイン!──
皐月にて
「……っ」
回想を終えると、かすかにシダーの歯ぎしりの音が響く。何に対して苛立っているのか、彼女自身にも解らぬまま。
そしてシダーの制御を離れた脳は独りでに思念を出力し、気づけば工具を持つ腕に、握り潰さんばかりの力が込められていた。
──倒す。テイオーを最初に倒すのは私だ。他の誰でもなく、この私が倒す。必ず倒す。かなラズ、タ、オ、ス──。
自分のものではない激情に駆られたその腕がシューズに振り下ろされ、そして──
「え、ちょシダー!?」
ナタールの慌てた声に、はっと我に返った。
自分でも驚くほど冷静な感情に包まれながら口を開く前に、シューズを保持していた手の親指に痛みが走る。
反射的に身体が親指を庇おうと動き、手にしていた工具とシューズをベッドの上に放り出してしまった。
何事か、と痛みの引かない親指を見ると、赤く腫れている。
「え、なん、……で」
「いや貴方が蹄鉄ごと打ったのでしょう!?」
バカな。いつだ? まさかニュースの話題に引っ張られてマックイーンのことについて考えていたときだろうか。
思えばあのとき、形容しがたい未知の感情に駆られて若干大振りに打ち込んだ気がする。
そして親指の惨状を認識した途端、一時的に麻痺していた防衛本能が叫ぶ。
「痛ったあああああああっ!!??」
「いやリアクションが遅い!? って突っ込んでる場合じゃない! 氷……冷たいものを! 誰かあああっっ!」
堪えきれず叫ぶシダーに大いに慌てながら、ナタールが部屋を飛び出す。
その後、突然の騒ぎに駆け付けた美浦寮長・ヒシアマゾンによって適切な処置が行われるとともに、シダー、ついでにナタールの二人は騒音についてこっぴどく絞られるのだった。
シダーの預かり知らぬ間に、運命を捻じ曲げんとするその意志は密かに蠢き始めている。
ターボ、参戦(活躍するのはもっと後)。
ストーリーに影響が無ければ、アニメ以外の媒体出身のキャラクターがチラホラ出てきたりします。今回はシンデレラグレイから女体化レジェンドジョッキーこと奈瀬文乃さん。
一部アニメモブウマ娘の名義変更について
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可
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不可
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どっちでもいいので早く投稿して