理想とは斜め上に行くものである   作:J・イトー

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やっと主人公を走らせられる。

ここまでが長かった。


未来を創る初手/上がる狼煙とメイクデビュー

 東京レース場。国内随一の規模を持つ全ウマ娘の憧れの舞台に、彼女は今、初めて立とうとしていた。

 

 パドックでの御披露目を終えて地下バ道を歩むシダー。その心中は走馬灯のように駆け巡る今までの記憶と、どこからか湧き上がる走ることへの欲求が支配し、その感情の動きが彼女に緊張感として伝わっていた。

 

「調子はいかがですか?」

 

 チームメンバーと共に様子を見にきていた南坂が話しかける。

 するとシダーは、何かを絞り出すような形容しがたい声を上げたのち返答した。

 

「めっちゃ……物凄く緊張してます」

 

 まだ走ってもいないのに呼吸のリズムが若干早まっているあたり、嘘でもないらしい。どう気の利いた答えを返したものか、と南坂が詰まっていると、イクノがいつものように眼鏡を指で押し上げながら割って入ってきた。

 

「シダーさんの実力であれば、勝つことは容易いはずです。気を大きくしましょう。いつもの併走トレーニングを東京レース場でやっているだけと思ってください」

 

「えぇ……ハイ」

 

 大味な提案に失笑しながらシダーが短く言葉を返すと、また別の人物が加わってくる。

 

「なーに、いざとなったらターボが代わりに飛び入りで出るから!」

 

「え!?」

 

 ニカッとはにかんで突拍子もない提案をしてきたターボに、思わず驚愕の声を上げてしまう。

 

「ターボさんはせめてゲートの審査に通って頂かないと……」

 

「えええええっ!? マジで!?」

 

「いや、そもそも物理的に無理でしょ……」

 

「ネイチャまでっ! もおおおっ!!」

 

 事実ながらもどこかズレた南坂の指摘にネイチャが突っ込んでいると、ターボが癇癪を起こしてそれどころではなくなってしまった。

 なだめる南坂とイクノの側で、ネイチャと二人してため息を吐いたのち、いつもの調子が戻ってきたシダーは尊敬するキャプテンに向き直り、告げる。

 

「勝って帰ってきます。こないだ付き合ってもらったバックダンサー用の練習、無駄になっちゃいますけど許してくださいね」

 

「言うねぇ……ま、あたしと戦ったときに使うんだし、いいんじゃない? ……いや、やっぱナシ。あたし向いてないわ、こういう台詞吐くの」

 

 洒落た掛け合いを試みるも羞恥心が働いたのか、発言を撤回するネイチャ。しかし、彼女の強さを十二分に知っているシダーは思わず苦笑した。

 

「まー頑張りなよー。勝ってあたしにイイ流れを作ってくれれば万々歳なんで」

 

「ええ、──撫デ斬リニスるノみデスよ

 

 そう言うとシダーはカノープスの面々に背を向け、ターフに向けて足を踏み出してゆく。

 声色に若干の違和感を覚えたネイチャだが、何も口には出さなかった。

 

 きっと血気盛んな捨て台詞の類だろうと考えて。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『2番人気のシダーブレード、ターフへやってきました』

 

 地下バ道を抜けてコースに入ったシダー。

 観客席にこちらに向けてサムズアップをするミスターシービーが目に入ったのではっきりと頷いて応えつつ、ウォーミングアップに移っていった。

 

 シダーの脳内は、メイクデビュー攻略に関することで満たされていた。自分の考えに致命的な落ち度はないか。レース場に大きな変化はないか。対戦相手の調子はどうなっているのか。

 

 何のためにレースに出るのかという問いの答えはまだ出せないでいるシダーではあったが、なんだかんだ辞める気も起きないまま続けてきて、トレーナーやチームの面々に応援、助力してもらえた以上、勝利に全力を尽くすのに十分な動機は揃っていた。

 

(あれが一番人気のキンイロスイショウ……って、感心してても勝てないか)

 

 対戦相手の事前分析については、シダーが独力で行うにはあまりに難しかった。前世のようにせめて血統が見られれば、と思ったがこの世界ではそういった思想がかなり大雑把になっているばかりか、血の繋がりがない先輩後輩同士になっているシンボリルドルフとトウカイテイオーを見る限り考えるだけ無駄とすら言えた。

 

 練習かなにかの様子を見て尻尾を掴めるほど自分は経験を積めている訳ではないし、結果として前世で見た名前を探す他に警戒対象を絞る術は無い、という結論に至ってからは、きっちり全力を出せるように訓練を積む考えにシフトした。

 

(取り敢えず、脚は結構動けるな。前のときはシービーさんも好反応だったし……いけるいける)

 

 スピードに緩急を付けて走ってみたりしている内に、自分にこれといった不調のタネはないことは知れた。

 

 前のとき、というのはミスターシービーと帰路を共にする際よく仕掛けられる併走紛いの競争──距離はシービーの気紛れだ──のことである。

 制服姿にも関わらず風のように走る彼女には、最初ついていくだけでも苦しかったが、最近は見れる出来になってきた自覚があった。

 

(これなら、一番後ろでも追い付けるか)

 

 足への懸念が思考から消えると、次は位置に関する作戦に考えが向いてきた。

 

 出走が決まってから間もない頃に、南坂とした会話の内容が回想される。

 

 ──マイルに分類されていますが、それでも短い訳ではありません。状況次第では、最後方から追い込む構えでも構わないかと──

 

 シダーが得意とするのは追込。次点で差し、といったところか。

 先頭に立ってレースを作る逃げの戦術は、プレッシャーに強く駆られるあまり掛からない保証が薄すぎたために除外──入学間もないときにリレーでシービーと走った際のことが軽くトラウマになったのもある──、前目でチャンスを伺う先行は周りに呑まれるリスクが恐ろしかったので除外し、結果周囲の影響を受けにくい最後方のレースを選んだのだ。

 

(あぁ、生で聴くと緊張する)

 

 そして若干の空白ののち、出走者5人がコーナー中腹あたりのゲート近くまでやってくると、ファンファーレが鳴り響いた。

 

 自分が入るのは4枠4番。

 4は確か縁起の良くない数字だったような気がするな、とかゾロ目で得をした気分だ──5人で走る都合上当たり前なのだが──とか取り留めのない思考を浮かべて気分を紛らわせながら、シダーはその刻を待つ。

 

 しかし妙な気分である。見る側だった自分がまさか走る側に、それも馬としてでもジョッキーとしてでもなく、ウマ娘というフィクションの世界の住人のような身になって回るとは思ってもいなかった。

 人生何があるかわからない、とはよく言われるものだが、それをこんな形で実感するなんて、前世の自分に言ったら鼻で笑われるだろう。

 

 ゲートが開くまでの長く短い時間の中で、シダーはそんな感傷に浸っていた。

 

(にしてもなんか静かだなぁ……ジョッキーの人たちもゲートでこんな緊張感を味わっていたんだろうかなぁ……ん? あ、自分今ゲートに入ってるんだった)

 

 逸れに逸れまくった思考がようやく引き戻される。考え事をしていると意識が明後日の方向に行くのは悪い癖だ。

 無心。その二文字を浮かべて一切の雑念を振り払い、隣の動作に倣いスタートの姿勢をとったシダーを、無音に等しい空間が出迎える。

 

(……今!)

 

 そして目の前の門の繋ぎ目に芝の緑色が現れた瞬間、思い切り地面を蹴りつけた。

 

『スタート! おっと4番、素晴らしい滑り出しです!』

 

 ゲートが開くタイミングぴったりで飛び出したシダー。幸先の良すぎるスタートに、むしろ自分で驚いてしまうほどだ。

 

 少しするとやがて二人のウマ娘が視界に入ってくる。ハーフパンツの色からして1番と3番だろう。差しや追込の巡航速度にしては速い。もしや逃げか。

 

 折角ロケットスタートを決められたのだ。少し脅かしてやろう、とシダーは僅かに加速した。

 

 チラリと覗くとやや驚いた顔の3番と目が合った。スタートの分の遅れを取り戻そうとしているらしく、すぐさま足の回転を速めている。

 

 しかしずっと付き合ってやる気もなかったシダーは力を抜いてそのまま後ろに下がることにした。

 え、と前から聞こえた気がするが構っている暇はない。

 

『さあ先頭争いは1番キンイロスイショウ、3番ソフトオウンパンチと4番シダーブレードの三人……おっと、シダーブレードが後退していくぞ!? これはどういうことだ!』

 

『……そうですね。おそらく本来は後ろのレースをするウマ娘なのでしょうが、スタートから噴かすことで他の前目に付けるウマ娘たちの動揺を狙ったのでしょう』

 

 僅かに聞こえる解説の声に思わず苦笑する。前に居座った行為に『あまりに出だしが良かったので逃げと先行勢を焦らせてやろう』という思惑があったのは認めるが、最初から狙っていたように思われるのはむず痒い。

 

(……まぁ何にせよまずは様子見だ)

 

 意識をセーブモードに切り替え、最初の直線に入って200mは走ったくらいだろうか。

 全員の位置取りが固まり、ペースを維持できるかの勝負に突入する。

 

『さあ大方位置が定まってきたか? 1番と3番の先頭争いの後ろで2番スウハイマックスと4番が競り合い……いや、4番が後ろに下がりました。そこからやや離れ5番コーユーホークが最後方に位置しています』

 

 シダーは現在4番手。本来なら自分以外全員の間隔を把握できるシンガリまで下がっていきたかったが、現最後方の5番が思ったより離れていたので断念した。

 

『さあコーナーに入ります。先頭争いは1番キンイロスイショウに軍配。3番が後を追う形になりました』

 

『3番は4番シダーブレードのけん制を強く受ける位置に居たせいか、ペースが乱高下していますね』

 

 最初──厳密には二回目だろうか──で最後のコーナーに入る頃には、隊列は縦一列となり全員の中間順位が完全に安定した。

 

 このコーナーを越えれば、およそ500mの長い最終直線を走ることになる。スタミナ残量に今現在不安は無いが、スパートのタイミングを誤ればその限りではない。

 

 最初に少し噴かしたのがどれほど響いてくるかは測りかねたが、気持ち遅めに仕掛けるかと決意しつつ、一切の無駄なくコーナーを曲がっていく。

 しかしずっとインを取っていても相手を追い越すことは出来ないので、コーナーの終わり際で慣性に身を任すが如く外側に逸れて、スムーズに相手の横に並べるよう位置取る。

 

『さあ最後の直線! 残り500mだが先頭1番は逃げ切れるか!?』

 

『東京の直線は坂もありますからね』

 

 直線に入って間もなく坂に差し掛かり、足腰が負担の増加を訴える。

 

(……くっ)

 

 しかしペースダウンは許されない。もう少しだけもってくれ、と自身の肉体に話しかけ、無意識に前傾姿勢になりながら走行を続ける。

 

「無理ぃ~~っ!」

 

 状況の変化に慣れてきたシダーがジリジリと足の回転を早めて間もなく、二番手だった3番が下がってきた。

 こうなれば一着争いは現先頭の1番と、ずっと自分の目の前にいた2番との三人、最後方の5番が加わるなら四人で行うと考える必要がありそうだ。

 

 下がる3番を見るついでにふと左側の内ラチを見やると、4と刻まれたハロン棒が目に入った。となればこの坂も中腹まで来たということかと察し、ベストのタイミングでギアチェンジを意味する強い踏み込みを行えるように呼吸のリズムを調整する。

 

(……お?)

 

 左足を踏み込む手応えに違和感を覚えた。何のことはない。坂を登りきったために、左足が踏み込むと想定していた高度分のズレが発生しただけだ。

 

 2と刻まれたハロン棒が後ろに流れる。つまりここからは邪魔者がいない直線勝負だ。

 

 もう加減してやる必要はない。後は残った燃料が200m全力運転できる分残っていることを祈りつつ、息をやや大きく吸い込み、吐き出す。

 

 ──その瞬間、縮んだバネを跳ねさせるような勢いで地面を蹴り飛ばした。

 

『さあシダーブレードが一気に加速する! このまま差すか、はたまたスイショウが逃げ切るか!?』

 

 2番はもう既に視界には存在しなかった。あとは左前方にいる1番を抜けば──

 

「──やってやるっ!!」

 

 肺がせわしなく酸素を要求し、徐々に息が上がり出すが、まだ止まれない。

 

 そしてそれは目の前の1番も同じこと。足の回転数の上昇と比例してこちらに近付く速度が緩まっていくように感じた。

 

「っ、はああああっっ!」

 

 残存するエネルギーを根性で捻り出し、脚に循環させる。

 

『1番と3番の差が詰まる! さあシダーブレード、このままレースという名の水晶を勝利という形に切り出せるか!?』

 

 実況の小粋な台詞回しに闘争心を煽られながらゴールを目指す。それは視界から掻き消えようとしている1番も同じだったようで、シダーより前とも後ろとも判別をつけられない位置で踏みとどまっていた。

 

 ──そしてそのまま、ゴールを通りすぎる。

 

『ゴールイン! シダーブレード、一着でゴール! メイクデビューをクビ差で制しました!』

 

 勝負の世界から解放され、猛烈な疲労感と息切れがシダーを出迎える。

 そして間もなく響き渡るアナウンスを聞き届け、勝利を掴んだことを知った彼女は右腕を天に衝き出しながら、小走りと言える速度で、ターフを駆けていた。

 

 

 

「……ヌルイナ、()()()ヨ」

 

 

 

 不意に発されたその呟きが、誰にも拾われることなく。

 

 




ジュニア級編はレース数の関係からすぐ終わるかもしれません。

8/20-12:07 追記

アンケートの結果を受けて、既存のモブウマ娘の名前を数名分新たに新調します。誰がどう変わるのかは、登場時にお伝えします。

一部アニメモブウマ娘の名義変更について

  • 不可
  • どっちでもいいので早く投稿して
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