理想とは斜め上に行くものである   作:J・イトー

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別件にかまけて半年近く待たせた挙げ句、貴重な史実勝ち鞍をダイジェストにしたクソ筆者がいるらしい。

タイトルに斜線が入ったときは大抵シダーのレースがあるときです。



見え出す異変/膨らむ想いと年末戦線

『シダーブレード、差し切ってゴールイン! 何という劇的な幕切れっ!』

 

 中山レース場で行われるプレオープンのレース『葉牡丹賞』。皐月賞と同じ舞台で行われるそのレースにステップアップとして出走したシダーは、ハナ差ながらも勝利。

 これで、デビューから2連勝を果たしたことになる。

 

 ウイナーズサークルに赴いた彼女は、見慣れた人物を見掛け歩み寄った。

 

「おめでとうございます」

 

「ええ。今回は前目に行って緊張しましたが……キャプテンの分、勝ってきましたよ」

 

 南坂らに代わってひとり応援に駆けつけていたイクノディクタスと言葉を交わした。

 

 シダーの発言はレースの前に、ナイスネイチャが東京で挑んだデビュー戦を惜しくも2着で終えたことを知った故のものだ。

 

「はい、ですがここからですよ。私も2連勝でスタートを切れましたが、そこからは滞りましたから」

 

「……そうですね。この流れを切らさないようにしたいものです」

 

 過信分子の発生に警鐘を鳴らすイクノの発言によって、デビューから2連勝という事実を認識した途端、シダーの表情がわずかに曇った。

 

「……如何なさいましたか?」

 

 心情の変化を察したイクノが、眼鏡を押し込みながら問い掛ける。

 

「いえ、何というか、こう……思い入れのあるレースだったものですので、感極まってしまって」

 

「……左様で」

 

 とっさに本心と違うことを口走ろうとして言葉が継ぎ接ぎになってしまうが、幸運にもイクノはそれ以上追及してこなかった。

 ひとつ息を吐くと、思わず天を仰ぐ。

 

 

(……どこにいるんだよ、シャコー……)

 

 

 心中で愛する名を呼ぶ。

 

 生涯3度しかなかった彼の勝利の舞台に、彼は居なかったのだ。

 もしや自分が居たせいで出走枠から彼が弾かれたのでは、と気にせずにはいられなかった。

 

 ──いや、彼は自分程度のイレギュラーで乱されるタマではないはずだ。

 

 そう半ば身勝手な気休めで不安を誤魔化しつつ、レースの勝者が果たすべき義務を思い出し、イクノに礼を告げるとその場を後にした。

 

(いつか、君とも踊れたらいいのに)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 夜遅くの美浦寮にて、シダーはナタールが見ているレーストーク番組をBGMに、ノートへシャープペンシルを走らせていた。

 

「何してるんです? シダー?」

 

「ローテーションのシミュレーションです」

 

 ナタールの問い掛けに、用意していた嘘を平然と放った。

 途中ノートを覗き込まれたが、まだ枠組みの構築などの下準備しかしていなかったため、疑念も興味も持たれることなくやり過ごせた。

 

「自販機で飲み物買ってきますけど、何か要ります?」

 

 ふと、離れて私物を漁っていたナタールが声を掛けてくる。テレビ画面を見るとコマーシャルに入っており、その内に調達を済ませる気のようだ。

 

「あー……じゃあ乳酸菌飲料をください。中身が薄橙色のヤツです」

 

「えーと……あぁ、あれですね。わかりました」

 

 そう言うとナタールは部屋を出ていった。ピンと来たような声色であったから、それほどイメージがかけ離れたものを買ってくることはないだろうと考え、ノートに視線を戻した。

 

(葉牡丹、ホープフル、共同通信、若葉、皐月、ダービー、なんたら新聞杯、菊花、天皇賞、宝塚、東京スポーツ、ステイヤーズ、えーと…………あ、オールカマーもか)

 

 前世の記憶を頼りに、一頭の競走馬のキャリアを綴っていく。

 

 しかし、その記憶を引っ張り出すにはあまりに時間が経ちすぎていたのか、風化してしまったその知識は、全45戦のうち半分を埋めるのにすら至らなかった。

 

(あああぁぁっ……もっと早くやっておけばよかった、この作業)

 

 頭を掻きむしりながら心中で愚痴をこぼすが、それで記憶が引っ張り出せる訳ではない。

 

 スマートフォンを取り出して検索エンジンを立ち上げると、一年の間に行われるレースすべてを記したサイトにアクセスし、記憶の穴を埋めようと目を走らせる。

 

「ダメだあぁぁっ! 何でGIあまり出てないんだよこの馬っ!」

 

 しかし、30を埋めたところで限界を迎えてしまい、制覇を諦めたシダーはフラストレーションを爆発させてしまった。

 

 ナタールがいたなら問い質されそうな内容の愚痴だったが、飲料を買おうと部屋を空けている以上そんな心配はない。

 

 やがて感情が続けて動転したことで逆に沈静化したシダーの脳は、気分転換のタネを探し始めた。

 

「……そういえば、シャコー以外の馬はどうしてるんだ」

 

 そして一息ついた彼女は、ふと今まで突っ込んでこなかった事柄に気を惹かれた。

 先ほどまで開いていたサイトを葬ると、試しに1990年阪神3歳ステークスの覇者の名前を検索エンジンに打ち込んでみる。同レースは最近行われたばかりだ、それはそれは話題になっていることだろう。

 

 ──が、出ない。おや、と趣向を変えてレース名の方を打ち込んで結果を覗いてみると、『ブレスオウンダンス』なる見知らぬ名前があった。

 

「ブレス……? イブキじゃなくてか……?」

 

 無関係、と断ずることができないどこか似通った名前に訝しみつつ、他の競走馬の名前も打ち込んでみる。未来の話になるが1991年のスターならどうだ? テイオー不在を拭い去った菊花賞覇者は? 「なんとびっくり」でお馴染みの有馬記念覇者は? 

 

 しかし、誰も見つけることは叶わなかった。

 

(もしかして……なれなかった馬もいるのか……?)

 

 前世でよく遊んでいた競馬シミュレーションゲームを初めて手に取ったときの記憶が強く思い出される。

 

 日本総大将、名優を駆った生ける伝説や、不死鳥、黒い刺客を駆ったレコードブレイカーを始めとする希代のジョッキーたちの傍らで、テイオーのラストを飾った名手、現最年少三冠ジョッキーらが偽名での登場となっていたことに不満をこぼしていたあの時を。

 

 もし『ウマ娘』が登場する作品が前世に存在し、それがこの世界を描いたものであるならば、似たようなことが起きていないとは言い切れない状態だった。

 

(シービーのレースの時だって変だったんだ、リードインレースとか、ドカンミライとか)

 

 競技の世界に飛び込む前に見たレースのときから、疑念は始まっていた。それが今になってようやく確信に変わったのは、自分が無意識に目を逸らし続けたからだろう。

 抱えている不安を、それですべて説明できてしまうから。

 

(シャコーが見つからないのは、そういう事情があるからか? だったらもし会えても分からないってことじゃないか)

 

 改名はある程度ひねられるのが常だ。一、二文字程度ならまだしも、先ほどの例から考えれば判別のつけづらい名前になっていることだろう。

 

(待てよ? もしかして、まさか自分は……いや、それは流石に自惚れだよ)

 

 先ほどと似た違和感をかつて自分の名でも味わっていたことに対して、もしや、という思いがよぎるが、不遜であると切り捨てた。

 それよりも目星を付けにいく方がいくらか効率的だと感情に決着をつけて、ノートに視線を落とす。

 

(次に会えるのは……ホープフルかな)

 

 想いを馳せるその名はシダーの次走として南坂に提案されていたレース『ホープフルステークス』だ。聞かされたときはGIを走るのか、と身構えたが1990年代の日本にとって、その名前はオープン戦を指す単語であったことを思い出して内心勝手に赤くなっていたのはいい思い出だ。

 

 葉牡丹賞と同じ中山芝2000mの舞台であるそこはシダーの追う彼もいる。だが、葉牡丹賞でそれらしきウマ娘と出会えなかった以上、必ずしも出走している保証はない。

 それでもすがるようにシダーは感情を紡ぐ。

 

(道を変えていたとしても皐月賞には……間に合わせて来てくれよ、君がいないこの世代なんて……)

 

 極めて侮蔑的な言葉がよぎったが、シダーは首を振って思考を打ち切った。

 

 そのとき、部屋の扉が開き、ペットボトルと缶を抱えたナタールが戻ってきた。

 

「お待たせしました、古い友達と会って話し込んでしまって」

 

 失礼失礼、と詫びながらテレビを覗いた彼女は、部屋を出たときから大幅に飛んでいる話題を見てあちゃーと残念そうにしている。

 

「いえいえ、買い出しありがとうございます」

 

 礼を述べると手元の財布から素早く百円玉と五十円玉を取り出し、ナタールに放り投げる。

 

「おおっと、別にいいのに……ってちょっと多いですよ?」

 

「駄賃と思ってください、はした額ですけど」

 

 器用にも片手で硬貨二枚をすべて保持したナタールの発言を軽く流しつつ、ペットボトルを受け取り、キャップを捻る。

 

 既に硬貨をポケットに忍ばせたらしいナタールも缶──チラッと見るとカフェオレだった──を開封していた。

 

 互いの容器の底面のフチを軽く突き合わせ、いくらか喉に流し込む。

 

 

「ふぅ……この一杯で、明日からもがんばルンバできますね」

 

「ルンバ? ……あ、こないだのマルゼン先輩の台詞ですよね? なんか使い方が違うような気が……」

 

「え、本当ですか? あやかってみようって試してみたのになぁ」

 

 相変わらずマルゼンスキーにお熱なルームメイトに失笑していると、ふと表情が変わった。ナタールの視線の先を追うと、彼女が見ていたトーク番組の話題が今年のクラシック三大競争に移り、レース映像を流しているところであった。

 

「来年からは……私たちは同じクラシック級のライバルになる訳ですよね」

 

「そうですね」

 

 どこか夢見心地な雰囲気のナタールの発言に頷く。彼女も既にジュニア級でデビュー戦勝利を収めた身だ。適性に難が無ければ、同じ道を歩むという可能性は容易に想定できることだった。

 

「負けませんよ、特にダービーは」

 

 力強い眼差しが向けられた。

 

「ほう。今現在、来年のクラシックはトウカイテイオーが最有力と目されていますが、覆すと?」

 

「おや、そこで自分じゃなくて他人を引き合いに出すあたり随分及び腰ですね、シダー? レースで前評判というのは当てにならないものですよ?」

 

「自分は慎重派なので。ライバルの脅威をしっかり知ってこそ、勝利は近づくというものですよ」

 

 半ばズルで得ている知識だけど、と心中で付け加えながら、啖呵を切る同期に虚勢を張る。

 

「はは。ならば対応すら出来ないくらいに吹っ飛ばすまでです」

 

「言いますねぇ……」

 

 一歩も引かない友人兼ライバルに思わず苦笑する。

 

「えーと、こういうとき他に何か言うことは……あ、私が倒すまでに名を上げてきておいてくださいね!」

 

「善処しましょう」

 

「えー、後は……あ、ここで会ったが百年目ッ!」

 

「時代劇でもやっているので!?」

 

 勢いのある突っ込みに、ナタールの顔が緩んで間もなく笑い声が響き渡る。

 

 その後、思い付く限りの啖呵を切り合った二人の会話はやがて日付を跨ぎ、睡魔に苛まれ眠りに落ちるまで続いたという。

 

 

 

 

 

 そしてその後、シダーは探し人の居らぬホープフルステークス2着を最後にジュニア級の挑戦を終えた。

 

 ダービーに煌めいた風神、名優の台頭、葦毛の怪物が見せた奇跡のラストラン。数々の意志が渦巻いた仮想1990年が終わりを告げ、新たなる世代が歴史を紡いでゆく。

 

 

 

 

 

 

 ただ一人放られたイレギュラーが運命に牙を剥く日は、近い。

 




ジュニア級編、すぐ終わるかもなんて言ってたらもう終わってました。

夏頃から年を跨いでの投稿になってしまい、待っていてくれた方には本当に申し訳なく思っています。
これ以上間が空くのはまずいと思って急遽完成を強行したため、見苦しい文章となっていたら申し訳ありません。

正直なところこの作品の執筆時間を確保する見通しが現状不透明なため、これからも数ヶ月単位のスローペースでの投稿となることが予想されます。

お読みくださる皆様にはご迷惑をおかけしておりますが、これからもご愛顧くだされば幸いでございます。

5/21 追記
ウイニングポスト10にて「現最年少三冠ジョッキー」の実名登場がなされましたが、オリ主くんの転生前の世界の時系列はこの小説の執筆開始日同様にウイニングポスト10の情報公開前であると想定しているので、エピソードの調整は行いません。
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